31.心の中がばれているようで
「さて、デビュタントは純粋無垢を表す白系のドレスの着用が一般的ですが……いかがいたしましょう?」
つい先ほどまで抱きしめ合っていた私たち。しかし、今日このお店に来た目的はそのようなことをするためではなく、ドレス選びのためだ。
というわけで、今の私たちは横並びになって──手を繋いでいた。
ようやく今日の本題に入った私たちの目の前の机には、マダムとアシスタントの方が並べてくれた、色とりどりの……というか、たくさんの白い布が広げられていた。
ベルゼール王国では、貴族の子息令嬢が始めて夜会に参加する時に着るのは、白系の衣装と相場が決まっているのだ。
とはいえ、白と一言に言っても、その色味は様々だ。青みがかったものもあれば、紫がかったものや、淡い黄色と言ってもよさそうなものまである。
もちろん、遠目には白に見えるような、非常に淡い色ではあるのだけれど。
触ってみてわかったけれど、布の触感や光の反射具合も、そして施されている模様も色々だ。素材も違うものが使われているのだろう。
さすが一点もののオーダーというだけはある。
「うーん……。レオン様はどれがいいと思いますか?」
「そうだな。この淡い黄色の布はどうだろう? これに真珠をふんだんに使えば、シャンデリアの下で輝いて見えるだろう」
「おお! さすがは殿下ですねご自分の髪の色のドレスを……」
「黙れユージン」
レオン様がきつい言葉遣いをするなんて。珍しい。
それはさておき。レオン様が示してくれた布は、店内の明かりの下で繊細に光を反射していて美しい。
この布で作ったドレスなら、きっと公爵令嬢として恥ずかしくないものに仕上がるだろう。
「レオン様、真珠って高くありませんこと?」
「俺はこの国の王太子だ。俺の婚約者である君には高いドレスを着てもらわなえればならない。そうしなくては、他の令嬢たちが控えめなドレスしか着られなくなってしまうぞ」
「え……そうなのですね」
そのようなことは公爵令嬢なのに教わった覚えがない。父やお母様に全て任せていたので、今着ているドレスの値段もわからないのだけれど……それが急に怖くなってきた。
今度からは確認するようにしよう。うん。
「パーティーでは、身分が上の者よりも質素にしなければならないという不文律があってな……」
「豊穣時代は服装を気にする必要もありませんでしたしね。ベルゼール王国って相変わらず決まり事が多いですわよね?」
「……そうだな」
あれ? レオン様の反応が微妙だ。私は何か返し方を間違えてしまったのだろうか?
「どの布にするかお決まりでございますか?」
「ああ。この布でよろしく頼む」
レオン様が示したのは、先ほど私たちが話題にしていた、黄色がかった布だ。
私としてもこの布を使うということで異論はない。
「ブレシア様にぴったりの布かと思いますわ。この布をふんだんに使って、先ほどの型のドレスを織ることにいたしましょう」
「マダム、先ほどの見本を見せてはもらえないか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そうしてこの場に残ったのは、いつもの五人からアマルナ様を抜いた──彼女はそもそもここに来ていない──四人だけになったのだけれど。
「ブレシア」
「はい、レオン様?」
名前を呼ばれた私は、布に向けていた視線をレオン様の方に向けた。彼もまた、私の瞳の方へと真っ直ぐと向けられる。
「先ほど、君は俺と出会った茶会のことを覚えていないことを気にしていると言っていたが」
「当然ですわ。もしもレオン様との出会いについて聞かれたら答えられないではありませんの」
「そうか。君はそういう……クッ」
「一体何なんですの!?」
突然肩を震わせながら笑うレオン様。何がおかしいのか説明してほしい。
「いや、君はそういう人だったなと」
「まったくおっしゃる意味がわかりませんわ!」
「本当は、俺とはじめて出会った日のことを思い出せなくて、俺に申し訳が立たないのだろう?」
「──っ!?」
まったくもっておっしゃる通りです、レオン様。
もしかして、レオン様も私の心の中を……と考えて、彼は男性だったことを思い出す。聖女になれるのは、スキルを授かることができるのは女性だけ。彼は私の心の中を読むスキルなど、持っているはずがないのだ。
それでも。最近はよく彼に心を読まれている気がすることに変わりはない。
本当に読めるはずはないのだから、あくまで気がするだけ、なのだろうけれど。
「その気持ちだけで十分だ。ありがとう」
「ありがとう、だなんて……。それはこちらの台詞ですわ、レオン様」
そう告げればレオン様はたちまち笑顔になる。ああ、もう反則だ。その顔はずるい。
「ブレシア。俺はもう君がいなくては駄目になってしまいそうだ」
「私……も、ですわ。レオン様が私の婚約者でよかったと思っておりますもの」
「先ほどの見本をお持ちいたし……」
端の方から聞こえてきた声に、私たちはハッとなってそちらを向く。そこにはマダムがいた。
「あ、大変お見苦しいものをお見せしました……」
「大丈夫ですわ。お茶会で皆様にお伝えしませんと。殿下には婚約を破棄なさるつもりなどない、と」
「えっ? 婚約を破棄、ですか?」
「この話についてはわたくしよりも殿下の方が詳しいかと思われますが……」
「ああ。マダムの言う通り、ブレシアとの婚約を破棄するつもりはない」
レオン様の宣言に、顔がかっと熱くなっていくのを、胸がうるさくなっていくのを感じる。
「見本を少し見せていただこう」
「かしこまりました。ただいまご用意いたします」
私たちの前にある、先ほどまでドレスの布が広げられていた机の上に見本のページが開かれる。
その書物に書かれた内容を見て、私はレオン様のことを頭の中から追いやろうとした。
たしかに、こうしてあらためて見てもシンプルなラインとなっており、ダンスも踊りやすそうだ。
「マダム。このあたりに真珠をこのように配置して……」
「殿下、それでしたらやはりこちらに……」
ああ! やはりレオン様の声が聞こえるたびに彼の笑顔を思い出してしまうのだから、いただけない。
顔はまた熱を帯びるし、心臓は先ほどよりも早く脈打っている。もう一度、机の上の資料に集中する。
目の前でああでもない、こうでもないと唸りながらも、そんな二人によってドレスの細かい部分が次々と決まっていく。
ドレスを日常的に着ている私よりもレオン様の方が詳しいというのが、どことなく悔しい。今度は自分で選べるように勉強しなくては。
……と考えている間にもレオン様のことを時々考えてしまいそうになったのは秘密だ。
「かしこまりました。ではそのように準備いたしますね」
「ブレシアを最高に輝かせる一着を頼む」
マダムにお礼を言った私たちは、店を後にしようとしたのだけれど。
「ブレシア。手を」
「は、はい……」
マダムから聞いた話──に思うところがあった私のせいで。そして、レオン様に心が読まれているような気がしたせいで。
その上、彼が言ってくれた「婚約を破棄するつもりはない」と言われたことが嬉しくて。
そんな小さな理由の積み重ねで、店に入る前には何とも思わなかった手を繋ぐということすらも、恥ずかしいと感じるようになってしまったのであった。
いつか、レオン様と共にいることに慣れることができたなら。
恥ずかしさがることなく、堂々と隣にいられる日が来るのだろうか?
少なくとも言えるのは、レオン様と一緒にいられることに、今の私が温かさを覚えてきているということだった。




