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2.王太子殿下のお茶会

「……で、どうして私が王太子殿下の婚約者候補に? こんなお茶会、まっぴらごめんよ」

「ブレシア。お兄様は君をそんな淑女に育てた覚えは」

「今手元にコッペパンとかがないのが残念で仕方ありませんわ」

「物騒だなぁ……」


 今、私はお兄様と一緒に馬車で王宮に向かっていた。余所行きのドレスの布がヒラヒラして邪魔だ。

 どうして私が女神だった時みたいにシンプルなドレスがないのか。この時代の貴族とやらはいちいち面倒くさい。


 王宮に到着した私はお兄様のエスコートを待たず馬車を降りる。「淑女が~」とか言われても、私が女神だった時代にはそんな風習はなかったのだ。繰り返すが面倒くさい。

 あの騎士様──リヒトにされるのであれば満更(まんざら)でもない……かもしれないけれど。


「ブレシア・ロッテルダム様ですね。あちらへどうぞ」


 私はお兄様と別れ、会場へと足を踏み入れる。お兄様は父が働いているという区画に向かうらしい。最近父が遅いから手伝いに行くのだとか。


 席につくと、そこにはすでに何人かのご令嬢が座っていた。皆様からどこか厳しい視線を向けられている気がする。理由は何となくわかっている。


「あーら。ロッテルダム様ではありませんか」

「あら、ごきげんよう……ブリュッセル様?」

「ブリストルよ! アマルナ・ブリストル。貴女に名乗ったのは何度目かしら?」

「何度目か、ですわよね?」

「ええそうよ。貴女、社交界に向いていないのではなくて?」


 そう緊張感のある視線を向けてくるのはこの国の筆頭公爵が娘、アマルナ・ブリストル様だ。

 輝かしいばかりの金の髪は絹のように滑らかで、アイスブルーの瞳の奥には青い炎が燃えている──気がする。


 それに続いて、厳しいお言葉を垂れる彼女に追従する、同じテーブルの他のご令嬢たちの声が聞こえてきた。


「そうですわ! 王太子殿下は聖女の家系だとか興味ないみたいですわよ!」

「そうそう。文官の兄に聞いた限り、王家の方は本物の聖女を求めているのだとか。でも、婚約してから十八になって聖女でなかったと知ってしまったらどうするのでしょうね?」


 クスクスと蔑む声。「どうせ公爵家だからって理由だけでは婚約者になれないわ」とか、「他の方の名前も覚える気がないやる気なし令嬢が呼ばれるなんて」とか心の声が聞こえてくる。


 いや、もちろん私も殿下の婚約者なんてまっぴらごめんだけれど。

 皆様好きなようにしてくださいましと言いたいところだが、そうは問屋が卸さない。


 何度でも言うが貴族って面倒くさい。


 とはいえ、なぜか聖女の力があるのでそれは全力で行使させてもらう。普段は家族以外の声はあまり聞かないようにしていたけれど、聞こうと思えば簡単に聞けるのだ。


「皆様、はしたないですわよ。貴女方のような令嬢では殿下の婚約者に相応しくありませんから」


 ピシャリとそう言い切ったアマルナ様。面と向かってはブリュ……ブリストル様と呼ばないと失礼だが、心の中で呼ぶ分には問題ないだろう。こちらの心の声を読まれている気配を感じたことなど一度もないのだ。大丈夫な、はず。

 心の声も聞いてみたが、本当にそう思っているらしかった。


 婚約願望とかないのかな、と思ってもっと深くまで聞いてしまったのだけれど「私が悪うございました」と言いたくなるような理由だったのでこれは割愛だ。うん。




 そう会話に興じている(?)と、会場の後ろの方が静まり返っていた。このテーブルに集まっているご令嬢方は当然、そんな重要な変化を見逃すような方々ではない。──私を除いて。


「皆。今日は集まってくれて悪いな」


 その声は、前世で騎士一人にしか恋をしたことがなかった私の鼓膜に衝撃を与える程度には威厳がこもっており、それでいて水のように軽やかなものだった。


 整えられた髪も、少々つり目気味の瞳も、この国で王者の色とされる淡い金色だ。背丈も私より高い……のは年上の男性だから当然か。


 彼はご令嬢方の黄色いひかえめを一切無視して私たちの机を通り過ぎ。私たちの目の前、正面のちょっと高くなっている所に、今しがた用意されたのであろう豪華な椅子に腰掛けた。


「皆。私のことは知っていると思うが、あらためて自己紹介をしよう。私はレオン・ベルゼール。自分で言うのも何だがこの国の王太子だ」


 再び上がる黄色い声援ひかえめ。いちいち(うるさ)いな、と思うけれどこれは貴族の令嬢の性なのだろうか? 違うと言ってほしい。

 私たちの前に座っている彼は、なおも話を続けた。


「私が今日皆を招待したのは──いや、違うな。父上が皆を招待したのは、私に婚約者を決めてほしいと思ってのことだと聞いた。だがな……」


 そこで一度話を切った殿下。今度は黄色い声が上がることはない。

 それを確認したのか、彼は再び口を開いた。


「皆。私は『暗黒時代』の研究をしている。理由は聞くな。だが、それを受け入れられないという者は即刻、ここを立ち去るがよい。今ならまだ『暗黒時代』のことを聞かずにすむ。私が婚約者に望むのはその時代を悪としない者。それだけだ」


 殿下の宣言に会場中が騒然とした。それもそうだ。「暗黒時代」は現代において野蛮で、見る価値もないものとされているのだから。


 でも、私だけは違う。だって──これはあの騎士様について調べるチャンスなのだ。

 調べはもうついている。私が以前女神として生きた、恋に落ちたあの時代は、紛れもなく「暗黒時代」なのだ。


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