20.賑やか()な朝食
本日も昨日に引き続き、昼と合わせて二話投稿しております。
明日からは今まで通りの一日一話投稿に戻りますので、よろしくお願いいたします。
翌朝。いつも通り起こしてくれたメリダに着替えさせてもらい、食堂に向かう。
「お嬢様のおっしゃった通り、手紙は届けていただきました」
「……いつもありがとう」
「その言葉はバルト様にお伝えしてください」
どうやら、お兄様が何とかしてくれたらしい。ありがたや。
私が食堂に到着すると、そこには既にお兄様がいた。
「おはようございます、お兄様。ありがとうございます」
「おはよう。見直してくれたかい?」
「ええ。少しは」
えっ少しだけ、とはお兄様。
私が席につくと、パンがたっぷり詰め込まれたバスケットが運ばれてくる。私はコッペパンをひとつ手に取りながら、お兄様に昨夜のことを話した。
「……へえ。それで?」
「とりあえずお母様に送るお手紙もしたためはしましたけれど、問題はサラさんですわ」
「だよね……あの子、父上が何をしようとしているか絶対気づいていないし」
「お父様、どう考えても私たちより自分に似ているというか……。サラさんには聖女になってほしい、とか思っていそうね」
私の言葉に頷くお兄様。自己顕示欲たっぷりの父は、間違いなくそれを狙っている。
とはいえ、まだ彼女は私同様に成人を迎えていない。もし、彼女が聖女でないと判定されたらどうするのだろう。そう私たちが頭を悩ませていると。
「おはようバルト!」
私たちは顔を上げ、声の主の方を見る。食堂の入口に立っていたのはサラだった。
服も昨日着ていたものではなく、華やかなフリルがついた、いかにもお姫様が着ていそうなドレスだった。さすが自称がお姫様なだけはある。
聞いたところによると、彼女は私と同じ年齢だというのだけれど……着ているドレスが幼いというか。
ひとつ言えるのは、彼女のきつめの容姿と、甘めのドレスが合っていないということだろうか。たぶん着たい服を選んだのだとは思うので、そこだけはちょっと同情する。
とはいえ、それと教育がなっていないのは別問題だ。恋人でも年上でもないのにお兄様を呼び捨てにするなんて、貴族社会では問題にしかならない。
お兄様の心の声を聞けばちょっと嫌そうにしているのがわかるからか、余計に腹が立つ。
親しき中にも礼儀あり。
ここは彼女の大好きな「お姫様」を合言葉に彼女を教育すべきではないだろうか。
「おはようございます、ですわ。サラさん」
「おはよう、ございます? 何よそれ!」
「ええ。それがお姫様の話し方ですわ。それから、お姫様は兄のことを呼び捨てではなく、お義兄様と呼びますのよ?」
不思議そうな顔をしているサラ。でも、それは一瞬のことで、次の瞬間にはこちらをキッと強いまなざしで睨んできていた。
「フン! わたしはお姫様なの。指図しないで! あ! でねでね、昨日のソファ、パパに言ったら新品を買ってくれるって! 聖女失格なんて言われてるあなたのソファなんかに座ったら、わたしも聖女失格になっちゃうからちょうどよかった」
「そう? それはよかったわね」
「フン」と鼻息荒く主張するところは、父に似ていなくもない気がする。アマルナ様はこういう時、義妹に物をとられると言っていたけれど、彼女の場合はどうやら少々違うらしかった。
豊穣時代大好きと公言しておいてよかったと思ったのは、レオン様との婚約絡み以外では初めてかもしれない。
それはさておき。彼女はお姫様になりたいと言うのだ。だから、勉強も少しぐらい受け入れてくれるはず。……というか受け入れてくれなければ、お姫様なんて夢のまた夢だ。
そう心の中でサラのこれからを心配していると、彼女の後ろからもう一人、普段ならこの時間に起きてくるはずのない人物の足音が聞こえてくる。
「お前たち! 私の朝食の用意はないのか?」
「旦那様……おはようございます。只今準備するので少々お待ちください」
「あまり待たせるなよ。勿論サラの分もだ」
「かしこまりました!」
そう言って席につく父。机を軽く叩きながら、サラにも座るようにと指し示す。
突然の父の登場に皆慌てているけれど、当然だ。
だって、普段ならお父様はまだこの時間、ぐっすりと眠っているのだから。準備が終わっていないのも仕方がない。
父は夜型人間らしく、帰って来るのも大抵、日が回ってからだったと聞いている。少なくとも私が起きている間に帰ってきたのは、パーティーに行く日ぐらいだろうか?
リーズという女性がまだ眠っているらしい……ということだけが救いかもしれない。
さすがに父にサラにリーズと、我儘そうな三人を一度に相手にするのは使用人の皆も一苦労だろう。
私はコッペパンをスープに浸しながら、頭の中で考えを走らせ続ける。
「……ブレシア、聞いているのか!」
「はんへほう、ほほうはは」
「パンを食べながら喋るな!」
私がコッペパンを口にしている時に話しかけ、返事がないのを咎め、返事をすれば口に食べ物を入れていることに文句をつける父。
もし、私が前世の記憶を持たない普通の女の子だったなら参ってしまっていたと思う。
「食事中に話しかけないでくださいまし」
「お前はいつから私より偉くなったのだ?」
「ハア……それで、何でしょう?」
パンが喉の奥でつまっている気がしたので、お茶を軽く流し込む。
「サラを殿下に紹介するのだ。彼女もロッテルダム公爵家の公爵令嬢となるのだから、婚約者を彼女に変えても問題あるまい。……聞いているのか?」
「お父様……問題ないとおっしゃいますが、それは間違いですわ」
私の方を先ほどよりもきつく睨んでいるサラ。面白がっているお兄様には後で……いや、あるいは明日以降でも、その口にコッペパンを放り込まなければ。
私は席から立ち上がり、父に向かって力説した。
「まず一点目。そもそもこの婚約は、両家の契約のもとに交わされております。ですから、お父様が陛下にかけあえば私とレオン様の婚約を解消することは可能でしょう。しかし、レオン様とサラの婚約を認めるかと言われると……それは別問題ですわ」
「ブレシア! お前にサラのことを呼び捨てにしてもいいと言った覚えはないぞ!」
「二点目、」
「聞いているのか!?」
「お父様こそ私の話を聞いてくれませんよね? 私に何か気に入らないことでも?」
「その理由を私に言わせるか!? ソフィアに似ているのに、私に似ていないからだ。お前はロッテルダムの血を引く子供ではないやもしれぬ」
「そうでしたわね。お父様に聞いた私が阿呆でしたわ」
ちょうどその時。昨日の夕食に引き続き、アダムが封筒を片手に食堂へと入ってきた。
「どうしたのだ、アダム」
「ご会食の最中に失礼いたします。レオン殿下からお嬢様に昨夜のお手紙のお返事が届きました」
「な、何だと!? ブレシア、お前当主の私に無断で手紙を……!」
「私たちは婚約者ですもの。政に関するお手紙でもございませんし、お父様の許可など不要ですわよね?」
「しかし婚約とは宮廷をはじめ、政局に関わるものではないのか? なあブレシアよ」
怠け者の父だから油断していた。どうやら私たちの父は意外にも切れ者らしい。心の中で思いっきりガッツポーズしているのがかわいい……ではなくて!
「婚約自体はお父様のおっしゃる通り、かもしれませんわね。ですが……これはただの恋文ですから、政は関係ございませんわ。……ありがとうメリダ」
私はメリダからペーパーナイフを受け取り、封を開ける。中から出て来たのは一枚の便箋だ。内容も問題ないものだったので、父に聞こえるように読み上げる。
「『俺はブレシア以外と婚約するつもりはないから安心してほしい』……だそうですわよお父様。もし、私との婚約を白紙に戻しても、サラとレオン様の婚約は無理でしょうね。ああ、あるいはサラが暗黒時代を愛しているなら違う答えが返ってくるかもしれませんが」
「暗黒時代を愛するなんて、お姫様がやっちゃだめなことよ!」
もう相手にするのが面倒くさい。私はお茶を飲みながらも、心の中でひとり溜め息をついた。
「ふむ。とにかく、サラと殿下を引き合わせるのだブレシア。よいな?」
「ですから、我が家が非常識としか思われかねませんわ」
「非常識? 旧態依然とした貴族社会に、サラならば新たな風を吹かせてくれるに違いない。非常識などと言う奴らには、いくらでも笑わせておけ」
かっこいいことを言っているつもりかもしれないが、全然かっこよくない。
おそらく父は当分の間昼生活に戻るのだろう。本来はよいことのはずなのに、私は全然嬉しくない。
そもそも、非常識という以前の問題で。……きっと私はレオン様を彼女と会わせたくないのだと、思う。
本来政略的なものであるはずの結婚に、恋情をからめているのだから、もしかしたら私の方が非常式なのかもしれない。
ちょっと、ほんのちょっとだけ。自分も非常識なのかもしれない、と心の中で自嘲したのは、私だけの秘密だ。




