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チョコミントアイスは実質歯磨き粉

世の中というものはあまりに雑多なものであふれている。俺という一個人がすべてを把握するのは無理難題で、それは誰だって同じこと。隣人の心の中さえ見通せない俺たちは、例えばこんな風に致命的な間違いに踏み込む。

「チョコミント味のアイスってさ、半分歯磨き粉みたいなもんじゃん。おいしいのかよ、それ?」

「は?おいしいから食べてるんじゃん。舌抜かれたいの?」

 他人の好みに口を出して人を不機嫌にさせる。人これを地雷を踏んだという。いや、実際の地雷は踏んだだけでは爆発しないと聞くから、踏み抜いてしまったというべきか。

「地獄の閻魔様にでもなったつもりかよ。俺嘘ついたわけじゃねえんだけどな」

「たとえ閻魔が許そうと私の舌が許しません。ほーら口開けなよチョコミントに染まれェッ!!」

「俺は永遠のバニラアイス愛好家だっつってんだろこのチョコミント星人っ!!」

 俺の口にチョコミントアイスをねじ込もうとしているチョコミント星人こと四葉アリスは俗にいう変人であり俺の友人だ。ああ、もちろんチョコミント星人ってのはただのあだ名で、彼女は地球生まれの地球育ちだ。たまに疑いたくなる時もあるが。

 よくよく考えれば食の好みに口を出すほうが野暮というものである。だがどうか許してほしい、真夏の陽気というものは、クーラーのきいた部屋という環境を貫通してなお脳味噌を溶かすものなのだ。

あと初めての間接キスの味がチョコミント味に侵食された俺の身にもなってほしい。恋する少年心がミントに敗北する無常感が転じてミントへの敵愾心に代わるのは仕方がないというものだ。自業自得を責任転嫁するとなれば、感情の行き場なんてろくでもないことになるに決まってる。

「それに歯磨き粉の味って言ったわよね」

「言ってない」

「じゃあ言った前提で話を進めるよ。構わないね?」

「独裁者の素質あるよお前。ぜひ革命家に討ち滅ぼされてくれ」

 「半分」は歯磨き粉の味だって言ったんだよ。ミント味の歯磨き粉はあるが、さすがにチョコミント味の歯磨き粉はないだろうし。最低限そこは言わせてくれ。

「おっと、チョコミントの歯磨き粉ならあるよ」

「マジで?需要と供給が釣り合ってないだろ」

「全くひどいことを言うね。自作してるもの、需要と供給は好循環してるさ」

 困ったな、自分一人で経済を回している気になっている脳味噌ミント畑ウーマンに何を言ってやったらいいんだろう。除草剤撒くか?いやミントの前には除草剤も膝をつくんだったか。

 とかなんとか思っているうちに、食べている途中だったカップのバニラアイスがいい具合に溶け始めていた。俺はスプーンを刺すと抵抗なく掬えるくらいの硬さのアイスクリームが何より好きだ。舌の先でほろりと崩れて広がっていくバニラの味と言ったら、それはもう何にも代えがたいくらいに。

 ではアリスのほうはどうだろうか。横目に伺ってみると、なんということだろう。もうチョコミントアイスカップを三個も食べ切ってしまっていたのだ。そう、三個も。いつの間に冷蔵庫から取り出して追加分を腹に入れていたのやら。まるで欲望を我慢できないガキみたいじゃないか、さっき昼飯食ったばかりだろ?ろくに運動なんてしてないんだし、もう俺たちは大学生だ。運動嫌いに加えて、育ちざかりって言える年からも外れかけているんだから、脂肪は増えてく一方だろうに。

「何さそんなにこっち見て。もしかして食べたかった?素直じゃないね」

「寝言は寝て言ってくれ。スプーンでもしゃぶってろバーカ」

「ふーん、舌がおこちゃまなことの言い訳?みっともないよ?」

「よしそこに直れ、辞世の句は読ませてやる。俺は寛大だからな」

「嘘が下手 理屈と理性 かくれんぼ 目に入るのは 威勢だけかな。これで満足?」

 そうだ、こういうのすぐ返せる奴だったよこいつ。学校での成績がとびぬけてよかった覚えはないが、頭の周るやつだ。

暇さえあれば何かよくわからないことを考えてばかりで、口に出すのは理解に困る理屈と結論。人の呼び名において、ここまで自称と他称が一致しているのも珍しいことだろう。

 ——哲学少女。小学生の時からこのあだ名は変わらない。俺とアリスの腐れ縁にもまた、変化の兆しは見えない。

 とはいえ、相互理解のかなわない宇宙人のような存在では決してない。もし本当にそういった存在であったならば、俺は今こいつと同じ部屋でアイスクリームを食してはいない。いつだって同じ空間に一人くらいはおかしなやつがいるものだ。異質なのが品性か行動か言葉かというだけの違いだ。

「ねえカナタ、ひとつ聞いてもいい?」

「何をだよ?」

「私たちの身体って、何のためにあると思う?」

 あまりに唐突で脈絡のない質問。アリスは薄く笑みを浮かべて俺の顔色を窺っている。俺にしか吐露しない彼女特有の世界のとらえ方は、多分装飾過多な三面鏡の形をしている。

「結論を先に言え結論を。どうせお前は答えをもう持ってるくせに」

「そりゃあね。でもカナタの答えが聞きたいな。ほら、答えて」

 先生かお前は。お前の中で結論はできてるくせに、どうして俺の考えを聞きたがるんだからわかりゃしない。俺はお前の知恵を求める子羊じゃあないんだが。

「何か言ってみなよ~カナタ~」

頬をつつくな頬を。俺はちょうどいい感じのバニラアイスを食べてる最中なんだよ。あとにしてくれ、とアリスに念を送るが、逆に面白がってつつく速度を上げてきている。

こういう質問でアリスが用意した回答をあてられたことは一度もない。俺はこいつみたいな哲学脳じゃないんでね。むしろそれが無理難題であることをわかった上で、俺が四苦八苦しているのを見るのを楽しんでいる節がある。

さて、俺は何というべきか。何か気の利いた一言でも浮かべばいいんだが。

「生殖のため、か?」

「どストレートに言うね。もちろん不正解」

「…………」

「すねないでよー」

すねちゃいないさ。で、お前の出した答えは何なのかきかせてもらおうじゃないか。どうせ俺に理解できるようなものじゃないんだろうが——お前が得意げにそれを語る姿が、俺は好きだからな。からかわれそうだから、そんなこと未来永劫言ってはやらないけど。

「つまり、この身体は相互交流のためのデバイスなの。いうなれば同じ工場で、同じ規格で作られた製品で——」

目と目を合わせる。アリスが言葉を重ねる。それでもわからない。理解は及ばない。

「そう、体が先にあるの。感受性、いわゆる魂は後から入ってくる——」

語る言葉にしろ、物の好き嫌いにおいても、俺とアリスの間には絶対的な壁がある。

「だから厳密にいえば、髪を切る前の私と切った後の私は違う存在なの——」

俺はチョコミントアイスなんて大嫌いだ。いくらアリスに美辞麗句を並べられても、あれの本質は変わらない。お前の食べかけを人目を盗んで口に入れてみて、本当にびっくりしたんだからな。食べちゃいけないものか巧妙に偽装された薬品かと思ったぐらいだ。あんなの平気で食べてるお前を、もしや宇宙人かと思ったのは一度や二度じゃあない。

でも、チョコミントアイスをおいしそうに食べてるお前は、別に嫌いじゃないよ。これも口に出したら喜ばれそうで何か悔しいから、言うことはないだろうけど。

「ちょっとカナタ、聞いてる?」

「聞いてない」

「ふふふ、そっか。じゃあ聞いてくれるまで話さなくちゃだ」

「ずっと隣ににいるつもりかよ」

「君のほうが先に耐えられなくなるんじゃないかな。力ずくで追い出すなら今のうちだよ?」

「馬鹿言え、俺は——」

 その先の言葉は、ギリギリのところで飲み込んだ。自分でもなんて言おうとしたのかはあやふやで、だからこそきっと口をついて出ていただろう言葉は、俺の本心から零れ落ちたものだ。そんなの、恥ずかしくてアリスには聞かせられねえや。

 途中で止まった俺の口を、アリスは彼女らしく笑って指摘する。見たことのない何かを見つけた少年のように、好奇心豊かに目を輝かせて。

「おやおや、急に黙っちゃってどうかしたのかな」

「別に。俺はゆっくりアイス食べてるから、話なんて勝手にしてろってハナシだよ」

「ふーん。ほんと昔からバニラしか食べないんだから。食わず嫌いもほどほどにしなよ?」

「ご忠告痛み入るよ。お前のトマト嫌いも治るといいな」

「そっそれはいま関係ないでしょ!?あとケチャップなら大丈夫だもん!」

「じゃあ今日トマト鍋な」

「ひぎっ、い、いいよ……!この四葉アリス、自分の弱点ぐらい一夜で克服して見せるさ!」

 めったに見れないアリスの焦り顔を見納めると、彼女はいつもの表情に戻って話の続きへと舞い戻った。どこか顔が引きつっている気がするが、多分気のせいだろう。ところで今トマト鍋のスープのもとなんてここにはないし、冷蔵庫にはトマトすらない。あるのはアリスが好きな冷凍ハンバーグぐらいだ。

「さて、身体的特徴がそのまま自分の価値観の形成に一枚かんでいることまでは話したね。そしてこの論を進めるとだ——」

 そういえば、アリスと一緒にいてふと我に返ることがある。なんでこんな奴と同じ時間を過ごしているのだろう。そんな疑問が湧いて出る時が。

 まるで規格の違うパズルのピースをくっつけようとしているみたいだ。趣味は合わない。思考も合わない。好きな食べ物に至っては今日みたいにぶつかり合う。どっちも頑固なもので、無理に合わせることはできそうもない。

 ——なんだそれ。俺は自分で自分の考えに唾を吐いた。それは当たり前だろう。アリス風に言うのなら、「チョコミント味のアイスが嫌いでバニラ味のアイスが好きな四葉アリスは四葉アリスではない」のだ。真似できてるかは怪しいが。

 だから、この距離をもどかしく思ってしまうのは傲慢というものだろう。アリスが全部俺に好きなものを合わせてくれるわけがない。俺もそんなこと望んじゃいない。それでいいのだ。二人の隙間に詰まっているのは地雷だけじゃないはずだ。

「カギになるのは人と人の相互理解をより深めること。ここまで言えば、人間にとって寄り添い引き合う力がどれほど重要かがわかることだろう——」

 そう。俺とアリスをそれでもつないでいるそれはきっと。

「——それを、人は愛と呼ぶのさ」

「なあ、アリス」

「どしたの、カナタ」

「今日の晩飯はハンバーグな。言い忘れてたけど」

「え!?トマト鍋は?」

「なし。延期だ延期」

「いやっほう!カナタ、大好きだよー!」

「…………俺もだよ、アリス」


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