第八十七話 リストア辺境伯領
オーレン王国とオルレア帝国が同盟を結んでから、約二年が経過した。
リストア辺境伯領では現在、土地の開発が進んでいた。土地の開発以外にもやるべきことが多く、あまり進んでいないのが現状だ。
リストア辺境伯領の領都は村程度の大きさである。領都の名はフラムという。それ以外の村や町は存在しない。
人があまり集まらないのだ。
辺境伯領はオーレン王国の端にあるため、他の領地の町村から離れている。さらに言えば、辺境伯領はまだそれほど有名ではない。わざわざ他の領地から辺境伯領に来る人が少ないのだ。
それになにより、今もなおオーレン王国の西方の国、オビリアン王国がちょっかいを掛けて来ているのだ。商人は他国に向かうために国境付近の町村へ立ち寄るが、安全性を考えるとそれすら好き好んで来ない。
それでも、かなりリストア辺境伯領に住む人は増えた。住人は百人近くになっている。
増えた要因は主に二つ。
シロが何処かから拾ってくる子供と、プロキオン商会の幹部達が優秀な奴隷を買ってくる者達が沢山いるのだ。
その二つが住人が増える要因なので、フラムには大人よりも子供の方が多い。
誰も彼もが、孤児や山賊等に連れ去られた子供達だったりする。
その子供達は周囲を無意味に警戒していたり、威嚇していたりと馴染むまでが大変だ。その辺りは連れて来た本人である、シロに全てを任せてある。
フラムの近くには孤児院のような建物が一つだけ存在する。これはフラムの中に入れない、まだ警戒心が解けていない子供達を住まわせる場所である。
シロは絶対に、子供達がある程度落ち着くまでは村に入れない。
それは隔離しているともとれるが、子供達を守る行為に他ならないのだ。
領主である俺は、シロが連れてくる子供達を全員引き取るというつもりはない。住民達の迷惑になりそうな者達は排除対象である。
俺にとってはフラムの住人が守るべき存在であり、シロが勝手に連れて来た者達はたとえ子供達でも関係のない他人なのだ。
守るべき者達に迷惑を掛けるような存在を、シロの頼みとはいえ住まわせるつもりはない。
そこで妥協点として、孤児院を建てさせたのだ。
村から離れた孤児院ならば、住人達に迷惑がかかることもない。孤児院で落ち着き、フラムの住人として問題がない者は村へ、村に馴染めない者達は孤児院でシロが育てる。
シロは各地に赴き悪党を退治したりと、今でも英雄と呼ばれるような行動をしている。そのため、孤児院に毎日いる訳ではない。なので孤児院の子供達の面倒を見るための人間が、孤児院には数人配属されている。
これはシロが金を払い、フラムの住人を雇っているのだ。
フラムの現在の大きさは、辺境伯領の四分の一程の大きさとなっている。
こう聞くと大きいように聞こえるが、元々リストア辺境伯領はかなり小さい。そしてその半分が常闇の森だ。農民が畑等を広げるにしろ、場所が限られてくるのだ。
常闇の森は一切開発していない。なので、今でも人が住めるような場所ではない。
そもそも、俺には常闇の森を開発するつもりも、魔物を駆逐するつもりもなかった。
常闇の森にはかなり強い魔物が存在している。そのため、そこらの住民達が常闇の森に近付くのは危険だ。しかし、レベル上げや戦闘訓練にはかなり重宝している。
クロやリリア、イル等の獣人達。彼女達が住民の中の初期メンバー、そして戦闘において才能を持つ者達を鍛えているのだ。
初期メンバーは全部で六人いる。その六人が隊長となり、フラムを守る守護者と呼ばれている。他の鍛えられた者達が、それぞれの隊長に振り分けられて部下となっていた。
初期メンバーを全員鍛えていたのは、最初は自分の身は自分達で守ってもらわなければならなかったからだ。
今では人数が揃い、それなりに楽ができている。だが、最初は本当にただの空き地からのスタートだった。
なので、彼等の面倒を見ている暇がない程忙しかったのである。一応育てているメンバーは、人となりを見て裏切らないような者達だ。
それ以外の住民達は、反乱等を起こしてもいいように鍛えていない。そもそも、全員を鍛えられるほど人手がある訳でもないのだ。
フラムの一番の特徴は、学校が存在しているということだ。学校といっても、昔の学び舎(寺子屋)のようなものではない。住民が増える速度に建築速度が追い付いていないため、寮付きのしっかりとした学舎となっているのだ。
俺は学校を建て、住民全員に学ぶ機会を与えている。
プロキオン商会の者達が連れて来る優秀な者の中には、商人も混じっている。そのため、教師には事欠かない。
奴隷であっても、商人であればある程度の学はあるのだ。
普通の住民であれば、その者達でも十分に教えることができる。そこまでは住民全員に共通で教える。
俺の学校では、さらにそこからいくつかに派生する。
商人クラス、戦闘クラス、そして従者クラスである。この三つのクラスで学ぶことができるのは、俺やクロ達に認められた者達。信用できる者達だけだ。
商人クラスは名前の通り、商人を育てるクラス。戦闘クラスは兵士や冒険者として育てられる。従者クラスは勿論従者を育てるクラスである。
この中で一番大変なのは、意外と従者クラスである。
それぞれのクラスには教師が数人いる。そして教師を纏め上げる存在も勿論存在する。
商人クラスの教師を纏めるのはニラヤだ。彼女はプロキオン商会の商会長だが、大きくなったプロキオン商会をわざわざ自分で動かす必要はない。そのため、現在はフラムで生活していた。
戦闘クラスの教師を纏めるのはフィンだ。こちらは彼女自身の希望ではなく、イルが勝手に決めてしまったのだ。だがフィンは俺達と共に行動し、その間イルに直接手ほどきを受けていたのだ。教師ならば兎も角、教師を纏める存在であれば彼女のような実力者である方が望ましい。
そして最後は従者クラス。こちらの教師を纏めるのはリリアだ。そして従者クラスを卒業した者は、領主や町長といった位が高い者達に仕えることとなる。
しかしリストア辺境伯領には現在、フラム以外の町村が存在しない。なので、必然的に領主である俺に仕えることになるのだ。
俺に仕えるとなればリリアが一切の妥協をするはずもなく、主を守るためにと戦闘クラスと同等の戦闘力を要求される。勿論戦闘力だけではなく、主の身の回りの世話ができるようにと家事等も叩き込まれる。
「セイン様。こちらに印をお願いします」
俺の下へやって来たのは一人の文官。彼女は現在、書類仕事を一手に引き受けてくれている。
俺が領地の運営等に詳しくないため、フラムには欠かせない人材である。
彼女は女王となったリーラが、俺のために送ってくれた人物だ。今はまだ村程度の大きさであるため、文官一人でも何とかなっている。しかしここからさらに大きくなるならば、文官はもっと沢山必要になるだろう。
「セイン様、わたくしも手伝います」
そう言って書類の半分を受け持ってくれたのは、妻となったリルフレアだ。
彼女の父が相当焦っていたようで、婚約して二か月で結婚となった。貴族としては異例の速さであるようだ。
リルフレアは一人の従者だけを連れてリストア辺境伯領へと嫁いできた。普通はもっと沢山の従者が付いてくるのだが、彼女の家はかなり金に困っていたらしい。
貴族のルールとして新たに家に入る者が贈り物を送る。要は婚約指輪を用意するようなものだ。だが、彼女の実家は彼女に贈り物を持たせることはなかった。金に困っているのだから当然だろう。
しかし彼女の実家はそれだけでは飽き足らず、俺へと金の支援を要請して来たのだ。
それに怒りを表したのは、実の娘であるリルフレアだった。
彼女は、子爵である自分が辺境伯家に嫁げること自体が奇跡だと言った。そしてこれ以上俺に迷惑を掛けるのは許さないと、実家との縁を切ったのだ。今でも実家から手紙が届いているようだが、全て無視しているらしい。
「終わった」
「こちらも終わりました」
リルフレアはそう言い、書類を纏めて俺の手に渡す。
俺はすでに整えられた書類を確認し、承認印を押していくだけだ。元々それほど時間が掛かるものではない上、二人で行ったためにかなり早く片付いてしまった。
屋敷の窓から外を眺める。農民がそれぞれ畑を耕し、店では数人の住民が楽しそうに井戸端会議をしている。今頃学校では、生徒達が勉学に励んでいることだろう。
俺が作ったフラムは、今日も平和そのものだった。




