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第八十五話 会談


 オルレア帝国との会談の日がやって来た。今日のこの場の交渉が上手くいくかによって、今後のオーレン王国の動きが大きく変わる。

 リーラはすでに女王となったが、この交渉は彼女がこの国にとって役立つかどうかはっきりする場となる。良い交渉ができれば、それだけで彼女が今後この国でどれだけの力が持てるのか、彼女の味方がどれだけ増えるのかが変わってくる。絶対に失敗できないと言ってもいい。

 だから、彼女は先に一手を打った。

 この先制攻撃で、オルレア帝国側の出鼻を挫くつもりらしい。そこから主導権を握り、有利に事を運ぼうと考えているようだ。

 俺がこの会談で口を出すことはない。教育を受けて来なかった俺には、貴族や王と話すような婉曲で面倒な会話ができないからだ。今回は彼女自身でどうにかしてもらわなければならない。

 扉がコンコンとノックされる。そしてリーラが許可を出すと、扉が開かれた。


「失礼いたします」


 入っていたのは一人の兵士だ。


「オルレア帝国の方々の準備が整いました」

「それではこちらへ連れて来て下さい」


 宰相にそう言われ、兵士が再び出て行く。

 皆、緊張した面持ちをしている。当然だろう。これからの会議で、全てが決まるようなものなのだ。そしてその時間は、もう目と鼻の先まで迫っている。

 再びコンコンとノック音が響く。

 するとリーラを含め、この部屋にいた者達が全員立ち上がった。俺も一緒に立ち上がる。今回の交渉の席では、こちらが敗戦国。つまり、こちらの立場が弱いのだ。座った状態で、オルレア帝国の者達を部屋へと招き入れること等できない。

 オルレア帝国を戦争で大きくなった野蛮な国だと思っている者は、この場にはいない。


「ようこそお越しくださいました」


 入ってきたオルレア帝国の者達に声を掛けたのは宰相だ。いきなり女王であるリーラが声を掛けるということはない。


「!?」

「あれは……」


 帝国の者達の足が止まり、ヒソヒソと何かを話し合っている。その表情は驚きに染まっており、視線はリーラへと向けられている。

 リーラの見た目が魔物憑きの見た目だからだ。

 その中でも皇帝、宰相、騎士団長の三人は気にしていないという様子で進んで来る。

 そして皇帝達が部屋へと入ったことにより、他の者達も慌てて入って来た。

 流石は帝国のトップ達である。未だにリーラへと視線を向けている者はいるが、殆どの者達は気にしないようにし始めた。

 ここで誰かが魔物憑きだと言えば、それはオーレン王国の女王であるリーラを貶したということになる。

 これで話がこじれて戦争となれば、本来であればそれはそれでオルレア帝国側は問題ない。オーレン王国に圧勝し、交渉の場がなければ気にせずに攻め込んでいたのだから。

 しかし、皇帝はこの会談を受けた。その状況で相手を貶すことは、国同士のこと以前の問題なのだ。オルレア帝国の、皇帝の威厳に関わる。

 そしてオルレア帝国側が会談用の席につき、それを確認してからこちら側が席につく。一人の貴族の背後に隠れるようにしていた俺も、用意されていた席へとつく。


「「「!?」」」


 俺の存在を認識したオルレア帝国側が、今度は皇帝達も含めて息を飲む。騒ぎだすということもなく、驚愕の表情を浮かべたのも一瞬のことだった。それ以降は動揺を悟らせないようにしている。

 だが、こちらもそれは計算通り。一瞬のことだったので、宰相達は気付いていない。それでも俺とリーラは気付いた。俺が隠れていたのは初めからこのちょっとした反応を、相手の動揺を誘うためだったのだから。当然見落とさないようにしていた。


「私はこの国の新たな女王で……」


 リーラの自己紹介の後、宰相、兵士長とリーラの紹介が続いていく。

 そして俺の順番が来た。


「その隣がセイン・リストア辺境伯です」

「「「なっ!?」」」


 俺の紹介を聞き、数人が思わずといったように声を上げる。オーレン王国側の者達は、その反応に首を傾げていた。彼等は俺のことをリストア領の生き残りであり、リーラが取り立てただけのなんちゃって貴族だと考えているのだ。

 声こそ出さなかったものの、皇帝達も動揺が表情に出ている。

 それはそうだろう。オーレン王国側に俺がいると驚き、それを何とか耐えたと思ったらまさかの辺境伯と紹介されたのだ。

 その二重の展開に耐えられなかったようだ。

 辺境伯は少し特殊な役職となる。侯爵や伯爵等は純粋に大きな領地を持ち、王都に近い中央へ行く程爵位が高い者達の領地が多くなる。

 だが、辺境伯は全く異なるのだ。読んで字の如く辺境伯は国の外側、国境に近い土地を領地として与えられる。他国が攻めてきた際の防衛が主な仕事だからだ。

 そして辺境伯の領地はそれほど大きくない。戦力が必要であるため小さい訳ではないのだが、目を隣接する国に向けなければならないため、大きな領地をもらっても治めるのが困難だからだ。

 領地は小さいが、爵位としてはかなり位が高い。伯爵と同等であり、緊急時にはそれ以上の力を持つのだ。国防の要なのだから力を与えられることは当然である。

 オルレア帝国にとって一番重要なのは、俺が辺境伯であるということだ。

 彼等は俺がオーレン王国の貴族ではない、そしてリストア家は滅んだと知っている。俺達が取り入るためにした説明を、後でしっかりと裏取りしていたのだ。

 なので、俺が辺境伯になったのは最近のことだと分かる。

 当然皇帝達は、それが何を意味するのかということも気付いているのだろう。

 そう。俺は辺境伯だ。

 その役目は国防である。そして最近辺境伯となったということは、必要だと感じたからだ。想定している相手は誰なのか。勿論オルレア帝国だ。


「……」


 オルレア帝国側の誰かが、緊張に喉を鳴らした。彼等は戦争での俺達の活躍を知っている。そのため、誰もが相手にしたくないと思っている。

 たとえ今待機させている軍を動かしたとしても、勝てるかどうか…。そして勝てたとしても、どれだけの被害が出るのか…。

 彼等は恐らくそんなことを考えているだろう。

 これがリーラの打った手であり、彼等にしか分からない罠だ。

 そうこれは罠である。

 実際に俺がもらった土地は、オルレア帝国側の国境近くではない。反対のオーレン王国の西側の土地なのだ。

 そのため本当にオルレア帝国が攻めてくれば、王都の防衛はできてもそれより東の領地には救援が間に合わない。

 俺の相手は西側の、ちょっかいを掛けてくる鬱陶しい国だ。

 リーラは俺が思っていた以上に、王としてやり手だった。

 まさか俺が貴族として担ぎ上げられるとは思ってもいなかったのだ。彼女は俺の知らないところで事を進め、俺が城へと招待された時には辺境伯となっていた。

 他の貴族達は当然、突然出てきた…それも辺境伯となった俺を良しとはしなかった。しかし、彼女はその辺りのこともしっかりと考えていたのだ。

 まず俺は、唯一のリストア家の生き残りであると発表された。俺は正妻に子供ができなかった場合、家を継ぐことになっていた。そのため、出生届自体は国に出してあったのだ。なので他の者達が知らなくても、しっかりと調べれば俺が妾の子であると証明できた。

 それだけでは、当然のことながら他の貴族達は良しとしない。

 そこで辺境伯だ。俺が与えられた土地は、半分が常闇の森と呼ばれる森だった。常闇の森は魔物が殲滅されておらず、それどころかかなり危険な場所として近付きすらされない。

 当然だが、そんな危険な場所の近くに町どころか小さな村一つない。完全に孤立無援の土地だった。

 俺に与えられた爵位、そして与えられた土地を知った貴族達は同情や哀れみの視線を向けてきた。他の貴族から見れば、俺は使い捨ての駒に見えるのだろう。

 常闇の森を開拓しろと、そのような無謀な命令を女王陛下に下されていると。

 彼女の作戦は完璧だった。俺は他の貴族から疎まれることなく、オルレア帝国側は俺が国境線沿いの守りを任されたと思われている。全ては彼等の誤解なのに…。

 さらに彼女は、西側の防衛戦力も手に入れた訳だ。これこそ一石二鳥ならぬ、一石三鳥だろう。

 俺としても、下手に旧リストア領を与えられるよりかはいい。

 教育を一切受けていない俺に、領地を治めることなんてできない、できる訳がないのだ。


「それでは、交渉を始めましょうか」


 完全にこの場を掌握しているのはリーラだった。

 オルレア帝国側は、その言葉を聞いて気合を入れなおす。

 彼女はオルレア帝国側に無茶を要求しなかった。この交渉が決裂した場合、困るのは彼女の方なのだ。

 だが、決して下手な妥協をすることもない。

 オルレア帝国側の利を損なうことなく、オーレン王国側の損失を最小限に抑える。

 俺は一切口を出さない。しかし、俺の存在も間違いなく役立っている。

 俺がいるため、オルレア帝国側も無茶な要求をしてこないのだ。

 彼等は今回、オーレン王国の東の小国群をすでに得ている。今回の戦争は俺達のおかげで圧勝だったため、戦場での損失も少ない。

 彼等にとって利がある以上、さらに欲をかく必要がない。藪をつついて蛇を出すような、危険を冒す必要がないのだ。

 こうしてこの交渉はリーラの掌の上で転がされ続け、気付けばオルレア帝国と同盟を結ぶという好条件をもぎ取っていたのだった。

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