第八十二話 最後の四天王2
陰術の悪魔が悪魔憑きになった。
そして佩いていた剣を両手で構える。
リッチは魔法攻撃特化の存在。他の死体を操って剣で戦うということはあるが、決して自身が剣等を握って戦うような存在ではない。
「それでは行くぞ!」
陰術の悪魔が一気に俺との距離を詰めてくる。
「ハァァァッッ!!」
そして剣を遮二無二振るってくる。それは一切技術のない剣。ただ膂力に任せ振るっているだけの、脅威ではないものであった。
だから俺は左右に体をずらして剣を避ける。
避ける、避ける、避ける。
「貴様、これも躱すか。なかなかやるようだな!」
俺が全ての剣を避けているからか、焦ってさらに大振りとなる。そうなってはただ避け易くなるだけなのだが、剣術を知らない奴にとってはそれすらも分からないのだろう。
数百年の間、確かに奴は研究を進めていたのかもしれない。そして魔法も強化して、勇者と戦っていた時よりも強くなったのだろう。
それでも、剣術までは手が回らなかったか。それとも、初めから剣術には触れる気がなかったのか。
まあどちらにしても、奴の剣は一切脅威にならない。悪魔憑きになる前、魔法で戦っていた時の方がまだ俺と戦えていた。
「何故当たらない!」
陰術の悪魔が怒声を俺にぶつけてくる。
奴の視線は俺の足元に。
俺がその場から動いていないことに、ようやく気付いたのだろう。
「そんなお遊びの剣では、相手になる訳がないだろう」
俺の言葉を聞き、さらに奴の剣を握る腕に力が入る。
あまりにも弱すぎる。今の挑発で体に無駄な力が入り、さらに剣が直情的なものとなった。振り上げては真っ直ぐ振り下ろす。水平に構えては真っ直ぐ振り払う。溜めを作っては真っ直ぐと突き入れる。これでは予め、そこに攻撃するから回避してくれと言っているようなものだ。
「吹き飛べ、ロックブラスト!!」
拳大の岩が次々とこちらへ飛んでくる。
俺は咄嗟に飛び退いて回避し、剣を構え直す。
「ふ…ふはははは!! 遂に動いたな!」
俺をその場から動かせたことがそんなに嬉しいのか……。
先ほどまで散々煽っていたから、奴の中で俺をその場から動かすことが目的となっていたようだ。
「どうしたどうした! 先ほどまでの余裕は何処へいった!」
今度は奴から挑発が飛んでくる。有効だと気付いた奴は、剣を振るう合間に魔法を混ぜて来るようになった。流石に俺も、魔法は大きく回避するしかない。攻撃範囲が広いうえ、剣でどうにかできるものではないのだから。
「それで?」
確かに魔法攻撃を回避するために先ほどのような避け方はできない。それでも俺はまだ、一度も奴の剣を受けていない。剣で防いですらいないのだ。
奴は剣術には詳しくなくどうやら知らないようだが、接近戦において相手の攻撃を回避し続けることはかなり難しい。防御をしないという枷を、自分自身に課しているようなものだからな。
普通は剣で斬りかかられれば、剣で受け止めたりするものだ。相手の方が力が強ければ、受け流すといった行動もとる。しかし、わざわざ攻撃を避け続けるというようなことはしない。
それがかなり難しい行為であり、実力差が大きくなければできないことだからだ。
「そんな言葉がいつまで続く? 貴様の体は徐々に削られていくぞ」
陰術の悪魔は俺の姿を見てそう言ってくる。
俺の体にはいくつかの傷ができていた。剣は受けていない。そして魔法も回避している。だが剣で戦う、戦えるほどの接近戦をしているのだ。
当然魔法は回避しても、さらにそこから広範囲に影響が出る。炎であれば火の粉や熱、岩や風であれば礫等といった余波が追加の攻撃となる。
流石の俺も、この距離でそこまで回避できる訳ではない。なので、少しずつではあるが傷が増えているのだ。そもそもこのような攻撃、普通の者であれば絶対にしない。
相手が攻撃の余波でダメージを負うのであれば、当然それは自分の方にも飛んでくるからだ。しかし、奴は平然とそれをやってのける。悪魔憑きであってもリッチの、不死者の身体だということだろう。
「治癒」
「なん……だと!?」
ある程度傷が増えたところで、俺は治癒を使って傷を治す。
先ほどまで俺の体に浮かぶ傷を見て愉悦に浸っていた奴の顔が、驚愕へと変わっていく。
別に俺は、奴の驚く表情が見たくて治癒を今まで使わなかった訳ではない。ただダメージを受けると言っても軽いものであり、治癒を使うほどではなかったというだけだ。
だからある程度のダメージを負ったところで回復した。小さな傷と言っても、積もりに積もれば体の動きが悪くなる可能性があるからな。
奴の驚く表情を見れたのはただの副次的なものだが、十分に俺を満足させてくれる表情だった。
だからもういい。
もう…陰術の悪魔に止めを刺してやろう。これ以上は可哀想だ。
「アイテムボックス。次はこちらから行くぞ」
俺はアイテムボックスから、もう一本剣を取りだす。こちらは悪魔に特効がある武器だ。右手には不死者に特効を持つ剣、左手には悪魔に特効を持つ剣。どちらも今の奴に大ダメージを与えることができる武器だ。
「はぁぁぁぁっ!!」
「クソォォォォ!!」
俺が攻勢に出れば、奴は魔法を使う余裕すらなくなった。
何とか俺の攻撃を防ごうとするが、奴の体にダメージが次々と与えられる。
やはり二刀流はかなり難しい。ずっとイメージトレーニングはしていたのだが、やはり常に使っていないと腕が落ちていくようだ。今の俺が二本の剣を上手く使えているとは思えない。だがそれでも奴は、俺の剣を防ぎきれていない。
「何故だ! 何故だぁぁ!! 私は悪魔憑きとなり、さらに強くなった。それなのに何故勝てない!」
一方的な展開に、奴はただ吠えるように叫ぶ。
「教えてやるよ」
「何?」
俺は一度剣を止める。今は魔法を撃つ絶好の機会ではあるのだが、奴は動こうとしない。こちらの言葉を待っているのだ。それを見ても、やはり奴は戦闘に慣れていないし向いていない。所詮は裏方から謀略を巡らせて戦うタイプの存在だということだ。
「お前は悪魔憑きとなったが、一切強くなっていない」
「何だと!? ふざけるな! そんなはずはない!!」
いや、そんなはずはある。そもそも奴は腐っても四天王。この城の兵士程度では絶対に勝てない力を、最初から持っている。そんな奴が悪魔憑きとなって強化されれば、いくら俺でもこれほど余裕の戦闘をこなせるはずもない。
それこそ死闘となるだろう。そしてどちらが勝つかも分からない。
だが今、一方的な戦いとなっている。それは何故か。
「悪魔の呪いは生者の生命を使って宿主を強化する。つまり、不死者のお前は悪魔憑きになっても強化されないんだよ」
「そんな…馬鹿な……」
奴は呆然とした表情で、地面に膝から崩れ落ちる。
その気持ちは分かる。奴は膨大な時間をあの特殊な、自分にすら憑りつくことができる悪魔の呪いを作り出す研究に当てていたのだろう。
その成果がこれだ。
不死者となって寿命を超越し、その代わりに悪魔の呪いによる強化が受けられなくなった。本末転倒である。
「もう一つ言えば、お前は研究者であって戦士ではない」
呆然自失となっているような状況。それは絶好の隙だ。戦闘に慣れた者なら、殺し合いの中でそれを見逃すはずがない。
俺の二本の剣が交差するように左右から迫り、奴の首を斬り飛ばす。
「ガハッ! 馬鹿…な……」
奴の首が転がり、体は地に倒れ伏す。そして起き上がって来ることはなかった。
いくら不死者でも、特効を持つ武器二本で首を刎ねられては生きられないらしい。
「少し遊び過ぎたか…」
最初から全力で倒しに行けば、それこそ簡単に倒すことができただろう。
「まあ、スッキリしたしいいか」
奴の驚愕に、そして最後の絶望に染まる表情を見て俺はスカッとした。気分が晴れたのだ。それならば今回の戦い方は、間違っていないということで良いだろう。
空を見上げると雲一つない快晴であり、まるで勝利を祝福されているような気分になった。




