第七十八話 圧倒的格差 ~ホーゼス視点・デール視点~
ホーゼス視点
第三王子様が指揮を執り、オルレア帝国との国境付近まで行軍する。
この帝国を西方から攻める軍が本命であり、最も戦力を集めているらしい。俺のような下っ端兵士や上級兵だけではなく、オーレン王国各地から上級貴族様の派遣した兵士もかなり集まっている。
王族の方達も三人派遣され、それぞれに軍を分けて指揮していた。
こちらが到着した後、すぐにオルレア帝国側の援軍と思しき軍が到着した。到着したのだが、こちらの軍が圧倒的過ぎて話にならない。
一目見ただけで、数万規模で人数差があるのが分かる。
他の者達も余裕で勝てると思っているため、戦地に赴いた兵士特有の固い表情をしていない。誰も彼もが笑顔を浮かべ、早く終わらせて帰りたい等と軽口を叩いている。
それは王族の方々も同様であり、それぞれに軍を分けて誰の指揮する軍が一番活躍するかで賭けをしていた。
それくらい、パッと見て分かる戦力差だ。
敵であるにも関わらず、流石にこれはオルレア帝国の兵士達に同情してしまう。こちらが圧勝できると見て分かるということは、向こうもこの人数差を見て絶望していることだろう。
数時間後には真正面からぶつかる。向こうは奇策を弄するかもしれないが、こちらはその圧倒的な人数差を活かして力任せに押しつぶせばいいだけだ。
俺がオルレア帝国側の兵士だったら、間違いなく仲間の隙を見て逃げ出す。確実に勝てないのが分かるからだ。
「あいつら、よく逃げ出さずにいれるな」
「そうだな。流石はオルレア帝国の兵士。一人一人の質が良いというのは本当だったらしい!」
「違いねぇ! 俺達なら、間違いなく半分近くが敵前逃亡しているな!」
俺と同じ考えに至ったのか、近くの兵士達が明らかに侮辱したようにそう言った。
「おいお前達! あまり大きな声でそのような発言をするな! 聞こえてしまったらどうする!!」
「すみません!」
「申し訳ない!」
上官の一人が、窘めるようにそう言う。いつもなら、このような冗談交じりの話が飛び交ってるものだ。しかし、今回はそうはいかない。
上官達が窺うように確認しているのは、王族三名と共に着いてきた数人の貴族様達。普段は戦場等に出て来ない彼等には、このような戦場の雰囲気が混じった冗談は通じない。聞かれたら最後、国を捨てて逃げた裏切り者として処刑されてしまうだろう。
皆戦争に対しては緊張していないが、貴族様達が見ているという意味で緊張はしている。だが、士気はかなり高い。
普段の戦場以上に、今回の戦争では戦功を上げ易いからだ。中には王族や上級貴族様達に認められ、直接彼等に引き抜かれるのでは、とか不毛な夢を見ている者もいた。夢を見るのは自由だし、それで本人の士気が上がるのであれば何も言うことはない。しかし、それだけの戦功を上げることができるのであれば、今もなお下っ端兵士のままであるはずがないのだ。
結局、どれだけ機会を得ようと活かせるだけの力が足りなければ、意味がないのだろう。
俺は何十年と下っ端兵士として生きてきた。すでにそのような夢は捨て、ある意味達観していると自分でも言える。
今回も、中ほどに位置する場所へ配置されるように調整した。戦功を上げたいという者達が大勢いたため、後ろに下がること自体は簡単だった。
いくら人数で圧倒しているとはいえ、先頭を走る者達はあまりその恩恵を受けることができない。数で飲み込んだ後は、後ろの者達の方が楽に戦功を上げ易いのだ。勿論、前で戦って生き残った者達と比べると、かなり小さな功績となってしまうが…。
「それでは、進軍を開始する!!」
前方で声が聞こえ、順に動き始める。
ここからでは様子が分からないが、オルレア帝国側も動き出しているようだ。
互いに魔導士達の攻撃範囲まで近付いていく。
「何だ!?」
誰が放った言葉か…。
前方で氷の雨が降り、かなりの広範囲に被害が出た。
「魔導士の魔術か?」
さらに誰かの声。しかし、それに応える声はない。誰もこのような魔術を見たことがないからだ。
たった一撃で、全体の四分の一程の兵士が倒れた。
「一度退け!!」
その王族の誰かの声で、一斉に後退を始める。
当然だ。指揮を執っていた貴族様、さらには最前列にいた魔導士が纏めて殺されたのだから。
「また来たぞ!?」
さらに氷の雨が降り、追い打ちを掛けて来た。こちらが逃げているため、攻撃範囲に入っている者は少なく、被害も先ほどよりは出ていない。
なっ……!?
しかし人数が減って後方を確認できるようになって、俺は絶望した。
敵は馬を駆ってこちらを追い掛けて来ている。
こちらは騎馬隊が纏めて最初の一撃で葬られたため、全員が自身の足で逃げるしかない。
後方にいたため、自分は助かるだろうと思っていたのに…このままでは、すぐに追いつかれてしまう!
必死に逃げていると、氷の雨が止む。
驚かせやがって…そりゃそうだ。あんな広範囲の魔術、消費魔力を考えてそう何回も使えるはずがないのだ。
「今度は竜巻だと!?」
ホッとしていると、今度は兵士達が竜巻に巻き上げられた。
まだ攻撃は終わっていない!
それに、他にも馬に乗っている者達。よく見れば、どれも魔導士ではないか!
再び必死に逃げる。
「ぐっ! くっ!」
疲労で足がもつれる中、転ぶのだけは避ける。言葉を発する体力さえ、すでに残っていない。
「がっ!」
そして背中に熱を感じた後、俺の体は地面へ転がされていた。全身に痛みが走り、どうやってやられたのかも分からない。
「く…ぅ…」
言葉を発しようとしても、すでにまともな声が出ない。頭がくらくらして、視界がぼやけていく。俺の意識はそこで途切れた。
デール視点
俺達が国境付近に着くと、敵軍はすでに進軍の準備を進めていた。先にいた者達に聞くと、敵も少し前に到着したばかりらしい。
こうして俺達の準備も、時間をかけて行われた。
「まだ撃たないのか?」
「何をしている!」
「早くやれ!!」
両軍が進行して、現在は両軍の距離が縮まって来たところ。
「このままでは、敵の魔導士が攻撃してくるぞ!」
「本当は、長距離魔術なんて使えないんじゃないのか!?」
娘のビビアが相手の魔導士達よりも長距離且つ、広範囲に魔術を放てると聞いていたのだろう。周囲がかなり煩い。まあ、あれだけの人数差を見せられれば、恐怖で急かしてしまう気持ちも分かるが…。
俺もセイン達によるレベル上げ等を経験していないければ、同様に恐怖していたかもしれない。
「煩いぞ貴様等!!」
良く通る声。騎士隊長が大声をあげ、周囲の者達を鎮める。まだ恐怖心は残っているようだが、少しは落ち着いてくれた。
彼は娘を信じているようで、不安そうな表情を一切見せていない。隠しているだけかもしれないが…。
「氷雨」
もう少しで敵の魔導士の攻撃範囲というところで、娘は魔術を放った。
氷雨は大魔導士の中でもかなり大規模な魔術だという。
拳のような大きさの氷が、広範囲へ雨のように降り注ぐ魔術。セインは雹を降らす魔術だと言っていたな。
範囲重視の魔術のため、魔力消費はとても多いのに攻撃力は中級魔術よりも劣るのだとか…。
「これは…」
「そんな…馬鹿な…」
「ありえないだろ……」
周囲で煩く娘を罵倒していた者達が、口を開けたまま呆然としている。騎士団長も言葉は発していないようだが、僅かに驚愕が表情に漏れていた。
驚くのは当然だろう。今の一撃で、前の方にいた兵士の四分の一程は倒れた。勿論、前に出て来ていた相手の魔導士達は全滅。
できるだけ近付いて攻撃範囲に敵を収めたというのもあるが、それでも万単位の兵士が一つの魔術で死んだのだ。
「追います!」
娘の言葉を受け、近くに連れていた馬へと跨る。騎士隊長や他の魔導士達も馬に乗り着いて来た。追撃方法は、最初から決めていた。
セインが単独でオーレン王国に乗り込んでいるため、今回はできるだけ逃がさないようにする必要があるのだ。逃げた先でセインの邪魔をされては困るからな。
氷によって頭蓋を兜ごと割られた兵士や頭は守れても首の骨を折った兵士の死体。さらにその死体から出ている血溜まり。それらに足を取られないようにするため、馬を全速力で走らせることはできない。
だが相手は走って逃げているため、距離が少しずつ縮まっていく。
「氷雨」
さらに娘が追い打ちをかけていく。
「もう無理……」
何回か魔術を撃った後、娘が氷雨を撃つのを止めた。
「竜巻」
代わりに消費魔力の少ない範囲攻撃魔術を使う。
さらに他の魔導士達の攻撃範囲に入った後、一斉に魔術で攻撃を始めた。
魔導士は集団を相手にするのが得意。そのため、それぞれの国ではとても重宝されている。
今回の一戦はまさにその言葉を体現するものだった。
勿論弱点もあり、娘一人では相手を全滅させる前に魔力が切れていた。それに魔導士は身体能力が低い。俺が付いて行ったのも、何かがあった際に娘を守る盾となるためだ。今回は杞憂となったが…。
まあ取り敢えず、西方での戦争は魔導士達の活躍により、呆気なく幕を閉じた。




