第七十四話 魔導士の天敵 ~ルゥ視点~
セインお兄ちゃんに言われて、私達獣人三人は北方に展開している防衛線に加わりました。
加わっただけで私達は、まだ一度も戦っていません。相手もまだ本隊は到着してないようで、軽い小競り合い程度だからです。
フィンは今の内に相手を潰してしまえばいいと言っていましたが、それはイルが却下しました。こちらの戦力も整っていないからです。
相手の軍を半壊にすることはできるでしょうが、全滅させることは今の戦力では難しい。私達がいるといっても、所詮は三人。それも私が剣鬼の二人がレンジャーという組み合わせです。集団戦が得意とはとても言えません。
いつも好戦的なフィンもイルには逆らわないので、それを聞いてすぐに大人しくなりました。
私達が到着してから、一週間近くが経過しました。
「不味いな…」
北方の軍を任せられている男性が、偵察兵の言葉を聞いてそう呟きます。名前は……忘れてしまいました。まあ、隊長と覚えておけばいいですね。
「オーレン王国の方が、先に本隊が到着しそうっすね」
二人の言葉に耳を傾けていたイルが、そう私達に報告します。この中で一番聴力の良い私も、勿論会話の内容は聞こえていました。
「皆の者! 準備を始めろ!!」
その言葉を受け、各々戦争の準備を始めていきます。突然の言葉だったのに、すぐに反応して行動を開始するのは流石戦闘慣れしている者達だと思いました。
ですが、こちらは未だに本隊が到着していません。彼等の表情には不安が見え隠れしています。
私達はこのようなことが起きる可能性があるからと、馬で先に来ていました。なので、帝都を出発したこちらの本隊は早くても到着するのが三日後になるのは分かっています。
相手は本日中に合流。恐らく明日か明後日には攻めて来るというのが隊長の考えでした。それには私達も同感です。
着いたばかりで疲労もあり、あまり準備の時間もないでしょう。ですが、相手の本隊が到着しない内に攻めた方が良いと考えるのは当たり前です。人数の差がかなりありますから。
「足の速い者達を殆ど西方に向かわせたらしいが、やはり失敗だったのではないか?」
「こちらに回してくれていれば…」
他の兵士達がそう囁き合っています。
馬を操る足の速い者達は、その殆どが西方へと向かました。遠いというのもありますが、オーレン王国側の軍の規模的に、そこが一番の激戦地になることは間違いないからです。
なのでこちらに来るのは殆どが義勇兵。彼等が個人で馬を持っている訳もなく、国としても用意できる馬には限度があったみたいです。
「それは仕方がないだろう。そのようなことを今嘆いても、無意味だ」
話しが聞こえていたフィンがそう言いますが、私達のことを何だコイツ等、といった視線で見てくるだけです。
それはそうでしょう。オーレン王国よりも、能力主義のオルレア帝国の方が差別は少ないとはいえ、やはり帝都以外で獣人は珍しいのです。
そしてだからこそ、何でこのような場所に獣人が、と言いたげな視線が向けられます。
「気にしないでいいっすよ。本体が到着するまでに、私達が敵軍を壊滅させてしまえばいいんっすから」
「それはそうだけどよ…」
喧嘩腰で兵士達に近付こうとしたフィンに、イルが声を掛ける。不満はまだあるみたいですが、彼女はその足を止めました。
ここで仲間割れしていても、あまり意味がないですからね。
「見張りは交代で行う。それ以外の者は、すぐに戦える状態を維持しつつ休んでくれ!」
「私達も休むっす」
「アタシ達が見張りをした方が、絶対に良いんだけどな」
「仕方ないですよ。知らない私達が見張りだと、安心できないでしょうからね」
こうして私達は、兵士に見張りを任せてゆっくり休みました。勿論、警戒は怠りませんでしたが…。
銅鑼の音が敵陣から鳴り響きます。
「全員起きろ! 攻めて来るぞ!!」
誰も寝ている者はいません。ですが、隊長の言葉で皆が武器を手に取り表情を引き締めます。気持ちが完全に切り替わったようです。
すぐに戦いが始まる訳ではありません。それほど近い距離で、相対していた訳ではないので当然です。接敵するのは、恐らく今から三時間後。
ですが、気を抜く訳にはいきません。ある程度近付けば、接敵する前に遠距離攻撃は届くようになるのですから。
「魔導士は前に出ろ!!」
隊長の言葉で、魔導士達が前へと出て行きます。遠距離戦では、歩兵が前に出てもただの的にしかなりません。
弓も質が良くないのか、魔術の攻撃範囲の方が優れているのです。
「やはり向こうも、魔導士を前に出して来たようだな」
殆どの戦争で、先に魔導士同士が魔術を撃ち合うことになるようです。乱戦時に範囲攻撃は味方を巻き込む恐れがあり、さらに魔力がなくなればまともに戦えないからです。
そのため、最終的には歩兵同士の乱戦になります。その前にどれだけ魔導士が敵兵を削ることができるか。それが戦争を優位に進める鍵なのだとか…。
魔導士達が自身の魔術が届く距離に敵が来るのを、今か今かと待っています。人数は圧倒的にこちらが少ないですが、魔導士自体の数はそれほど変わらないように見えます。魔導士は希少な存在なので、人数が多くても魔導士は集められなかったのでしょう。
ゆっくりと進んで来るオーレン王国軍。その中に、一際目立つ格好をした魔導士がいるのが目に入りました。
「ずいぶん派手っすね」
「何処だ?」
獣人程視力が優れていない隊長には、まだその人物が見えていないようです。
他の魔導士が軍服のようなローブを羽織っているのに対して、その人物だけは足元まである長いローブ、そして黒い靴と帽子という全身真黒な恰好をしていました。
「あれは、雷槍の魔女!?」
「何だと!?」
簡易の見張り櫓から眺めていた兵士が声を上げると、隊長が驚愕の声を上げました。
「雷槍の魔女だと!」
「終わった…」
「勝てる訳ねえよ!!」
その名を聞いた兵士が、次々と声を上げます。ですが皆、悲観的なものばかりです。
「魔女っすか?」
「ああ。雷槍の魔女はオーレン王国とオルレア帝国の間にある小国群にいる傭兵だ」
「魔導士なのに、傭兵っすか?」
「ああ」
イルの質問に、雷槍の魔女から視線を外すことなく答える隊長。
「奴は上級職の大魔導士で、レベルが30近くあると言われている。そして強過ぎるために、国で雇われるよりも小国群を傭兵として渡り歩くことを選んだんだよ」
小国群は沢山の国々から成り立っている。それぞれが雷槍の魔女を雇おうとすれば、それだけ報酬が高額となる。その方が、確かに効率はいいと思います。
「大魔導士の使う上級魔術は、下級魔術よりも飛距離が長いんだよ。こちらに魔導士がいたとしても、一方的に攻撃されるって訳だ」
皆が悲観的だったのは、そう言った理由からだそうです。
「まさか、雷槍の魔女まで出てくるとはな……」
流石の隊長も、これだけの人数差でさらに大魔導士まで出て来てはお手上げの様ですね。
「あれが脅威なのは理解したっす」
そう言って、前に出て行くイル。
「元々魔導士は、セインの中ではアタシ達がやることになってたからな」
イルに続いてフィンも前に出る。
「おい、お前達。一体何をするつもりだ?」
イルとフィンは隊長の質問を無視して、弓を構える。
そしてまずは一射。
「おいおい、この距離からでは…」
隊長が無理だと言おうとした時、カンという甲高い音と敵軍の動揺した声が聞こえてきた。
「チッ。流石は上級職っすね」
「咄嗟に地属性の魔術で防がれたか…」
二人が放った矢は、地面から隆起した岩に突き刺さっていた。遠距離から狙われたことで、慌てて雷槍の魔女が逃げようとします。
「これはニードルショットでも無理っす。少し本気を出すっすよ」
鋭く刺すような視線を向けるイルを見て、逃げるのを諦めて再び魔術を使おうとする雷槍の魔女。
「エナジーアロー」
イルはスキルによって作成した輝く矢を放ちます。
その矢は一直線に魔女の下へと向かい、隆起した岩を簡単に貫通して魔女へと突き刺さりました。それどころか、彼女の背後数メートルにいた敵兵まで全員貫通してしまいます。
「エナジーアローはやりすぎだろ」
「体力も少し消費するのであまり使いたくないっすけど、これだけ派手だと大きく敵味方の士気に繋がるっすよ」
そうイルが言った後、まるで勝鬨のようにオルレア帝国の兵士が大きな声を上げました。そして反対に、オーレン王国の兵士達は今までの威勢は鳴りを潜め足を止めています。
「それじゃあ、行くぞ」
「魔導士を優先的に狩るっすよ」
「魔導士なのに、無防備に前衛に出てくるからこうなんだよ!」
魔導士の攻撃は届かないのに、二人の矢は届く。それからは一方的な狩りの始まりとなりました。