第七十三話 裏切り者 ~シルベーヌ・フランソワ視点~
「他の話がないのであれば、今回の話はここまでだ!」
「ですが…」
「シルベーヌよ。其方の話には確証がない。そのようなことで、伯爵家たる我が家が軍を出さない訳にはいかないのだ」
「そう……ですか」
そこまで言うと、私に背を向け部屋を出て行こうとしてしまう。
私は当主である父に、今回の戦争にフランソワ家の兵を出さないことを進言しました。理由は単純で、これが負け戦だからです。
確かに私は見知らぬ貴族の家に嫁ぐのが嫌で、フランソワ家を一度は飛び出した身ではあります。ですが、決して家族が嫌いだという訳ではありません。
ですから、必ず負ける戦争には出て欲しくはないのです。このままでは、討ち死にする可能性が大いにあります。それも無駄死にという形で…。
オーレン王国が勝つのであれば、たとえ討ち死にしても名誉ある死と言えるでしょう。ですが、負ければそれまで。
敵国の貴族という形で、晒し首にされる可能性すらあります。
ですが私が父に、この戦争はオルレア帝国が勝つという証拠を提示することはできません。オーレン王国はオルレア帝国のように個々の力を評価するのではなく、数や大きさで力を示す国。私個人の力を見せたとしても、父に届くはずもなく意味がないからです。
それならば、力は伏せておくべきだと考えています。その方が動き易く、何かと便利だからです。
今の私には、フランソワ家よりも大事なものがあります。そのためには、仕方のないことなのです。
「だが、其方の忠告は頭の片隅に留めておこう」
「!? ありがとうございます!」
部屋を出る寸前、父がそう呟きました。私が必死で説得したのが通じたのか、それとも父も何かを感じているのか…。
最近王国内、特に国王の周囲の動きがとてもきな臭くなっています。表には出ていませんが、父もそれに勘付いていたとしてもおかしくはないでしょう。
何と言っても自身の優れた洞察力と観察眼だけで、男爵から伯爵まで成り上がった人物なのですから。
「それにしても、どういうつもりなのでしょうか……」
オーレン王国の軍の中には、王を守る最後の砦である近衛兵まで混じっています。確かに近衛兵は強く戦力としては最高ですが、それでは王を守る者が減ってしまいます。
それだけ本気でオルレア帝国を潰したいということでしょうか?
確かに今回のオーレン王国側の思い切った全軍での進軍は、周囲の国々へ圧を与えることにも成功します。
大国が出す軍を見せられ、自分達も相応の兵力を出さないといけないと感じたことでしょう。その結果、オルレア帝国へと進軍する軍はかなりの規模になっています。
これが狙いであれば、十分な成果を発揮できていることでしょう。ですが、近衛兵まで出す必要がありません。
それに、自身の息子や娘を前線に向かわせたということも気になる点です。
今回の戦争は王子や王女が功を上げるまたとない機会。そして王子や王女自らが指揮を執るというのも、兵の士気を向上させることにはなります。ですが何も前線に…それも危険を承知で殆ど全員を出す必要はないでしょう。
「これではまるで、いらない者達を露払いしているようではないですか…」
そして自分の呟きを肯定できる噂を、私は耳にしたことがあります。残った自身の子供達は、皆軟禁されているらしという噂。
所詮は噂で、証拠はありません。ですが王の行動を鑑みるに、噂が本当である可能性は十二分にあります。
「シルベーヌ、貴方は父様に兵を出すなと進言したようですね」
私が部屋で考え事をしていると、不躾に扉が開かれて姉が入ってきました。
「そこまで強くは言っていませんが…」
「お黙りなさい!」
「全く…フランソワ家が伯爵家にまでなれたのは、戦で活躍したからだ。王子や王女が直接見てくれるこんなまたとない機会に、兵を出さないというのは問題だろう」
姉の隣、そこには長男も立っています。
彼は長男であり、家督を継ぐはずでした。ですが最近次男が才覚を表し、自身が家を継げない可能性が出て来たことに焦っています。
なので、今回の戦争で次期当主としての確実な立場が欲しいのでしょう。
「お前は一度家を飛び出した存在だ! 我が家の役に立たなかったどころか、フランソワ家の更なる躍進の機会まで奪おうとするつもりか!!」
「そうですわ。いつもいつも邪魔ばかり! 何処へなりともさっさと嫁いで、この家から出て行ってほしいですわ!」
彼女は長女であり、私よりも先に嫁いでいてもおかしくない存在。それなのにこの家にいるのは、良い縁談にずっと巡り合えないからです。
彼女はとてもプライドが高く、侯爵以上の者でないと夫として認めないと公言しています。
そして伯爵家であるフランソワ家としては、そのような無礼な言葉を吐く彼女を自分達よりも位の高い侯爵以上の者に紹介する訳にはいきません。
そして侯爵家以上の者達も彼女の性格を知っているため、縁談を持ちかけたりはしてこないのです。
「俺達は…いや、俺は兵を率いてこの戦争で活躍して見せる! そして、伯爵家を侯爵家へと押し上げるんだ!」
「流石はお兄様ですわ」
「そうだろうとも…」
彼女は次期当主として一番可能性の高い長男に媚びを売る。単純な長男は、そんな彼女をとても気に入っていました。なので私以上に家の役に立っていない彼女のことは、いつも棚に上げています。
父の説得は簡単にはできません。それが分かっている今、私にできることはオーレン王国の内情をできるだけ調べ上げ、それをセイン様に伝えることのみ。
「おい! 何処に行く!!」
「お兄様の話を無視ですの?」
まだ何かを言おうとしていた二人を無視して、私は部屋を出ようとします。
二人は声を荒げ、近くにいた彼女は私へ手を伸ばそうとしました。
「それでは、ごきげんよう」
ですが、私にその手が届くことはありません。彼女の手は、あと少しのところで止まったからです。
彼女は所詮、プライドが高いだけ。私が冒険者になりたくて特訓をしていることを知った頃から、彼女の直接的な嫌がらせは一切なくなりました。
自分よりも強い私のことが怖いのです。
「この家の将来が心配ですね」
このまま長男が家督を継げば、この家はそこで終わりを迎えるでしょう。それ以前に、今回の戦争で潰れるかもしれませんが…。
その翌日、私が屋敷を歩いていると父に呼び止められました。
「すまんが、外出を控えてもらえないか?」
「…どうしてですか?」
突然の言葉。私には何故そのようなことを言われているのか分かりません。
「実はな…」
そして話を聞くと、どうやら昨日の態度が気に入らなかった二人の嫌がらせが原因だそうです。
オルレア帝国への出兵を止める。それを私が父に進言したのを、周囲へ拡散したそうです。それだけならば問題はないのですが、私がそのような行動を取ったのは、フランソワ家の裏切り者だからだと言っていたそうです。
父が止めてくれたそうですが時すでに遅く、かなり広範囲にまで広まっていたそうです。
次期当主とされる長男と長女の言葉。それは領民には信じるに足る言葉だったようで、私は裏切り者であると認識されてしまっているようなのです。
全くもって、はた迷惑なことです。
私は家族のためを思って進言したというのに…。
ですが、彼等の言葉は半分は的を得てしまっています。私はオーレン王国の情報を、オルレア帝国にいるセイン様に流しています。フランソワ家を裏切ったと言われても、間違っていないのかもしれません。
「分かりました。当分は屋敷から出ないようにいたします」
「ああ、頼んだぞ。全く…明日出立だというのに面倒なことを」
そう言って去って行きました。
私が今動けば、目立ってしまうでしょう。情報収集を頑張って、セイン様達に貢献しようと昨日考えたばかりなのに、動き難くなってしまいました。
「申し訳ありません、後は任せます」
父達が兵を連れて出立するのを尻目に、私はそっと誰にも聞こえない程度の声でそうオルレア帝国にいる仲間達に託しました。




