第七話 奴隷の獣人
俺達は身分証を門番に提示し、オウラへと入る。流石にペイルとは違い、ここはある程度大きな町のようだ。村では見なかった冒険者等も歩いており、時折兵士が巡回しているのも見かける。
取り敢えずは村を見て回る。屋敷を襲撃するのは明後日であるため、宿の確保もしておかなければならない。
「ご主人様」
リリアが俺の前を歩き始める。彼女はすでに宿の場所を他の者から聞いており、案内してくれているのだ。いつの間に…と思っていたが、どうやら門番に身分証を見せた際に聞いていたらしい。彼女は男を虜にするような優れた容姿をしているので、気分良く教えてくれたそうだ。
「何か元気ないね」
「そうですね。それに、少し顔がやつれている気がします」
クロとシロが住民を表情を見て話し合う。あまり食事を取れていないのか、どの者達も痩せているように見えた。冒険者等は反対に、かなり嬉しそうな表情をしている。この町でかなりの金額を儲けているのだろう。何か魔物絡みの問題が起こっているのかもしれない。
「ふざけるな! これ以上上がったら餓死しちまう!」
「仕方ないだろ! 俺達だって食っていかなきゃならねぇんだ!!」
野菜を並べている店から、そのような争いの声が聞こえてくる。この町に来たのは今日なのに、これでこのような言い争いを見たのは三度目だ。俺達も店に寄って確認してみたが、食料等の生活必需品の値段が他の領地の三倍近くになっていた。
少しくらいならば耐えることができるだろうが、これが長く続いているとなると生活は困難を極めるだろう。
住民の表情と冒険者の表情を見れば、この問題で冒険者が稼いでいるのが分かる。俺達は冒険者登録をしていないので、あまり関わらない方がいいだろうと思っていた。冒険者の収入減を奪うことになるからな。変に目を付けられるのも面倒だ。
何があったのかすら尋ねていない。どうせこの後知ることになるので、時間の無駄である。それよりも俺はゆっくりしたかった。
クロとシロのレベルを50まで上げるのに、三年という年月はかなり短い。ゲームの時ならば問題なかったが、ミッションから次のミッションまで移動するのに一か月近く掛かったりもするのだ。当然、歩き続けていたら体に疲れも溜まってくる。
ステータスが上昇するスキルは魔物を倒して経験値を貯めるだけなのでとても楽だ。さらにステータスが上がれば、大抵のミッションは一人で何とかできる。勿論予めミッションの詳細を知っている前提であり、それでもある程度の危険も伴う。
流石に子供二人で、世界を巡ってレベルを上げてこいとは言えなかった。
「ここがお勧めされた宿か」
門番にはあまり金を持っていないと思われたのか、こじんまりとした宿だった。それでもボロ宿ではないだけマシだが。ペイルの方面から来たから仕方がないか。あの村、金を持ってるようには見えなかったからな。
「本当にこの宿にしますか?」
リリアが申し訳なさそうな表情でこちらを見てくる。俺を安宿に案内してしまったことを後悔しているのか、すぐにでももっといい宿を見つけてきますと言いたげな顔である。
シロは問題なさそうな顔をしているが、クロはこんな宿に泊めるつもり? といった少し不機嫌そうな表情をしている。
「いや、ここでいいよ。クロ、嫌ならシロと二人で別の宿に移ってもいいぞ」
「別に…嫌じゃない」
我慢する必要はないのに…。親切心で言ってやったのだが、彼女は俺に抱き着いて来て離れようとはしなかった。まだ不機嫌そうな顔をしているので、彼女の頭を撫でてやる。サラサラとした黒い髪に俺の手が滑る。
「本当に大丈夫だから」
クロはそう言って幸せそうに微笑む。
「ん?」
「何?」
何じゃなくて…。俺が大丈夫そうだと思って手を放そうとしたら、彼女が背伸びして手を追いかけて来たのだ。心底不思議そうな表情をしているが、これは無意識でやっているのだろうか。
まあこれぐらいで喜んでくれるならと頭を撫で続ける。
「…?」
後ろから一瞬殺気のようなものを感じたのだが、後ろを見てもそこにはリリアしかいない。彼女は俺が振り向くと、いつものように笑みを浮かべてくれる。さっきのは気のせいだったか?
宿の主人に五人分の代金を払い、二人部屋と三人部屋を取った。後で一人合流する予定だからだ。
宿の部屋割りでも一悶着合った。俺は男女で分けてシロと二人部屋にするつもりだったのだが、クロが俺とがいいと言ってきたり、リリアが俺の世話をするために同室が好ましいと言ってきたり。勿論全て断った。どう転んでも、面倒なことになるのは目に見えているからである。
そしてその晩。三人部屋に俺達が集まっていると、フードを被った小さな女の子が入ってきた。
「久しぶりっす」
「まだそんなに経ってないだろ」
「そうっすか?」
そう言って快活に笑いながらフードを取る。少し赤みを帯びた茶色のくせっ毛に、キラキラした茶色の瞳。彼女の元気溌剌といった性格が顔から滲み出ている。そして何より目立つのは、頭頂部にあるピクピクと動いている獣耳だ。今は隠しているので見えないが、背後にもふわっとした尻尾が付いている。
彼女はイルという。獣人族と呼ばれ、その中でも狐人族と呼ばれる狐の特徴を持った獣人である。フードを被っていたのは、自身の耳を隠すためだ。狐人族が他の獣人族と違うところは、成長の仕方である。
獣人族は人間族よりも少し長い程度の寿命だが、10歳程度で大人の体になり、60歳くらいまでは若いままの体を保つ。そこから少しずつ老いていくのである。
狐人族は20~25歳で大人の体になり、80歳くらいまでは老いることはない。それに、体が老いるのも他の獣人族と比べてゆっくりとしている。
イルは16歳と俺より一つ年上だが、クロと同じくらい背が低い。胸はクロよりはあるようだが、それでも誰が見ても子供と思うだろう。
この体が彼女の武器である。獣人族は人間族より身体能力が高い。その代わりに、魔導士や神官といった魔力を使う職業が苦手なのだ。
イルは力よりも俊敏性を重視した装備をしている。勿論その辺りの人間よりも力は強いが…。
彼女は狩人の上級職であるレンジャーという職業である。レンジャーは弓や短剣といった武器を得意としており、スキルは速度重視の攻撃や罠の探知に向いている。
俺は彼女に情報収集をしてもらっている。情報を集めるためには、屋敷に潜入したりもする。俊敏性が高く、体が小さい彼女には向いていると言っていい。
このゲームは対人を想定して作られておらず、気配を断ったり姿を隠すような暗殺向け、潜入向けのスキルは存在しない。そのため、本人の技量に左右されるのである。
危険な仕事なのでレベルも47まで上げ、収集に行ってもらうためにリリアより早く上げた。
色々と考えた結果、力も強く、視覚や聴覚、嗅覚と人間よりも優れた獣人の方が向いていたのである。
「それで、どうだったんだ?」
「取り敢えず、二人は明日の早朝にヤれる…」
彼女からオウラの状況を聞く。どうやらこの町の近くの森にレッドウルフが住み付いたらしい。レッドウルフは獰猛な魔物で、群れで行動して倒せそうな魔物ならば、自分より強い魔物にも襲い掛かることがあるという。
そのような魔物が住み付いたせいで、森の奥から魔物が街道まで逃げて来たらしい。レッドウルフの群れを倒せる冒険者はこの町にはおらず、溢れてくる魔物の討伐を行っている。だが倒せるのはこの町の近くのみで、街道は依然として封鎖されたままのようだ。
他の領地の者達も気付いているようだが、王都から高ランクの冒険者が派遣されるのを待っているらしい。つまり、この町の物流は途絶えているのだ。
これが潤った冒険者と貧しくなっていく住民という図になっている。
そして明日の早朝、アノーブル家の二人、リストア領主正妻のビアリスの両親がペイルへと食糧調達に自ら向かうらしい。
俺は別にアノーブル家を根絶やしにしようとは思っていない。あくまで俺の復讐相手はリストア家である。ビアリスに近い者達、両親と現領主である彼女の兄。残り一人の妹は他の家に嫁いだそうなのでこの場にはいない。そのため、三人を今回のターゲットとしていた。
早朝にペイルへ向かう二人を襲い、その夜に屋敷へ侵入して領主も殺すつもりでいる。屋敷の地図もすでにイルが用意してくれているので、領主がその時間何処にいるのかも分かる。
これは一つの練習でもある。リストア家は伯爵だけあり、ここよりもさらに広く警備も厳重だ。子爵家如きで手間取っていては、復讐を果たすことなどできないだろう。一番面倒なのは、屋敷を襲っている最中で何処かに逃げられることだ。逃走経路も全て封鎖しておく必要がある。
俺達はイルの話を聞いて手順を確認し、明日に備えて各自ベッドへと向かった。




