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第六十七話 悪魔の武器


「目が…目がぁぁぁ!」

「げほっ! ごほっ!」

「鼻が痛ぇ!!」


 地獄絵図と化した訓練場では、何人もの兵士の呻き声が木霊する。

 誰も彼もが戦闘不能と言ってもいい。


「ま、まさかこれほどとは……」


 俺が作成した武器の凄さを目の当たりにした皇帝が、驚愕した表情を浮かべている。それに若干引いている気もするな。

 確かに魔物を前にしても勇敢に戦うような屈強な兵士が、地面でのたうち回っているというのは、見ているだけで後退るような不気味さはあるが…。


「これはぜひ採用しようではないか」


 簡単に兵士を無力化できる強力な武器。今から戦争をする皇帝にとって、これほど素晴らしい物はないだろう。

 俺が作ったのは、ただデッドペッパーを潰して水と混ぜただけの物だ。地球でもスプレー状の物が存在したが、こちらにスプレーのような技術はない。なので、水風船のように液体が飛び散る仕様となっている。

 本当は蒸発させ、気体にして詰めたかったのだが、こちらにマスクのような物は存在しない。気体にして使えば、流れてきた気体やその場に残った気体によって、自分達にも被害が出てしまう。

 なので液状の物にしておいたのだ。


「それで、金の方だが…」

「お待ちください」


 早速俺からその武器を購入しようとした皇帝を、隣で見ていた宰相が止める。


「今回の戦争、オルレア帝国は防衛側。勝ったとしても、あまり金銭的に余裕が生まれる訳ではありません」

「金が足りないと?」

「格安で売ってもらえるなら別ですが、あまり高額だと諦めた方が…」

「なるほど…」


 普段は自分達が攻める側。侵略、略奪して領土を大きくする。当然その土地にあった金銭は全て、オルレア帝国の物となる。そのため、そう無茶をしない限りは戦争をしても金銭的にはプラスになった。

 だが、今回はオーレン王国側が攻めてくる。勝ったとしても、討ち取った兵士達が持っていた物位が戦利品となるだろう。


「そういう訳で、少しばかり安くしてもらえないだろうか?」


 宰相の言葉を受け、こちらへ譲歩を求めてくる皇帝。実際彼は、俺が高額で売ろうとすれば断るだろう。それがたとえ、どれほど強力な武器だろうと。


「そうだな。ある条件さえ飲んでもらえたら、格安で提供する」

「条件だと?」


 皇帝よりも先に、宰相が俺の言葉に反応する。


「ああ。先日までいたジョイルという村で、デッドペッパーという作物を栽培している。それを定期的に俺へと届けてほしい」

「デッドペッパー?」

「デッドペッパーとは、虫除けに使われる作物です」


 皇帝の疑問に、すぐさま答える宰相。やはり小さな村とはいえ、オルレア帝国内の村。宰相は特産品であるデッドペッパーを知っていたようだ。


「そんなことでいいのか?」

「ああ。それと、今後俺は他の地域にも行く可能性がある。デッドペッパーの輸送は、プロキオン商会に任せる。なので、プロキオン商会の者に渡してくれ」

「それは構わない。というか、そちらの方がこちらとしても好都合だ」


 わざわざ俺の居場所を把握するのは難しい。デッドペッパーをプロキオン商会に渡せばいいだけならば、オルレア帝国側としてもかなり楽だろう。

 因みに、プロキオン商会とはニラヤが発足した商会の名前だ。元々彼の親が開いていた店がプロキオンという名前だったようで、それを継いだ形となる。彼女なりの、両親へのメッセージなのだろう。

 プロキオンという店は潰れたが、ニラヤは名前を継いで商会まで開いたと。


「プロキオン商会はそこまでしてくれるのか?」

「オルレア帝国とは懇意にしている商会だろう。ならば、今後とも関係を良好にしていれば問題ないはずだ」


 宰相の問いに、俺はそう答える。ニラヤにそう命じておくだけだが。

 そもそも本当に、俺にデッドペッパーを届けられても困るのだ。

 実際に使うのは俺ではなく、商会が開く店なのだから。


「それならば問題ないな?」

「はい。問題ありません」


 皇帝の問いかけに、すぐさま応える宰相。

 こうして俺が作った武器は、オルレア帝国が大量に購入していった。俺としてもデッドペッパーを薄めるために、試行錯誤を繰り返して失敗作がいくつもあった。

 薄め過ぎた物は水分をある程度飛ばさなければならないが、この武器は簡単に作れる代物だ。

 その在庫がこうして武器にすることで消えていったのだから、良いことであった。

 名前は付けていなかったのだが、いつの間にか悪魔の血液という名前が広まっていた。

 あの場で実際に経験した兵士や、その光景を偶然目撃した者達によってその名が広められたのだ。デッドペッパーの色で液体も赤いため、血のように見えるのだろう。なので悪魔の血液。

 そしてそれを作り出した俺は、一部の者から悪魔と呼ばれる始末。勿論、本当の悪魔とは思っていないだろう。ただの通り名のようなものだ。

 この名は城の中でしか広まっていない。この武器は一種の隠し玉であるため、外へ漏らすことは厳禁だからだ。


「セイン!」


 俺が宿へ戻ると、クロが飛ぶように抱き着いて来た。


「うっ!?」


 俺が受け止めると、彼女は少し嫌な顔をする。


「辛い…」


 どうやら、少し服へとデッドペッパーの液体が付着していたようだ。丁度そこへ、彼女の顔が当たったのだろう。


「どうした?」


 別に何日もいなかった訳ではない。それなのにこうして飛んでくるのは、珍しいことだった。抱き着いてくることはよくあるが…。


「そろそろ次の街に行こうよ」


 そう言えばヒーロのレベルを上げるために、色々な場所へと行こうとしていたのだった。

 デッドペッパーに夢中ですっかり忘れていたが、その間彼女のことは放っていたようなものだ。


「次の行先はまだ決まってないんだよ」

「ええ~」


 クロが不満を漏らすが、そこは仕方がない。俺はすっかり忘れていたが、何も次の目的地を探していない訳ではなかった。

 宰相以下城の者達が、その辺りの情報を集めてくれているからだ。そして報告はまだない。つまり、情報が集まる範囲では目立った魔物はいないということである。

 帝都から離れすぎている場所では、片道に何日も掛かってしまうため、すぐに情報を伝達することが困難なのだ。それ以上足を延ばすと、帝都から他の情報を得られなくなってしまう。


「まあでも、そうだな。気分転換に、何処か適当に旅でもするか」

「うん!!」


 クロの悲しそうな顔を見てそう言うと、すぐに彼女の表情は明るくなった。

 道中の魔物で、経験値だけ回収すればいいだろう。あまりレベルを上げることはできないだろうが、何もせずに留まるよりかはマシだ。


「セイン様、帰っていたのですね」

「お帰り、パパ」


 俺がクロと話していると、宿にリリアとヒーロが入って来る。

 二人はそれぞれ木剣を持っていた。今まで訓練していたのだろう。俺が留守にしている間は何もすることがないので、ヒーロへ剣の特訓をしてもらっていたのだ。

 レベルだけ上がっても、真に強いとは言えないからな。この国の騎士団長もそうだが、やはり技術があって身体能力は生きるというもの。

 レベルが高く身体能力があっても、技術がなければそれは力任せに攻撃してくる魔物を相手にするのと変わらない。


「明日、ここを発つ」

「良い場所が見つかったのですか?」

「いや」

「そうですか」


 リリアの問いに首を横に振ると、彼女は何かを察したような表情を浮かべてクロを見る。

 正解だ。流石によく分かっている。


「何処かに行くの?」

「明日な」

「やったー!!」


 ヒーロも嬉しそうにしていた。やはり同じ場所で訓練ばかりでは、子供は飽きてしまうのだろう。


「先に汗を流しに行きましょう」

「はーい」


 リリアに言われ、風呂場へと向かうヒーロ。

 リリアは涼しい表情をしているが、ヒーロは汗だくだ。

 この宿には小さな風呂場がある。浴槽は未だにどの宿でも見たことないが、風呂場が存在するだけでもかなり良い宿だと感じる。


「俺も旅の支度をしてくるか」


 基本的にはアイテムボックス色々と詰め込んであるが、一部消耗品は買い足す必要がある。

 俺は宿を後にしながら、何処の街へ行こうかと悩んでいた。

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