第六十四話 皇帝からの依頼
俺達はオルレア帝国にはいるが、帝都への滞在は断った。
ヒーロのレベル上げをするのに、帝都周辺では魔物の種類が少ないからだ。普段から帝都周辺の魔物は狩られているが、特に今は各地から義勇兵として腕に自信がある者達が集まっている。なので、かなり遠くまで行かなければ魔物がいないのだ。
俺達が向かったのは帝都の北にある小さな町。ジョイルという町だ。
この町は現在、近くにある林からの魔物の襲撃に苦しめられていた。襲ってくるのは殆どが弱い魔物。そのため、町中にはまだ被害はないそうだ。
しかし、時々その魔物達を追って林の奥から強力な魔物も出てくるという。
強力な魔物の方は数が少ないため、少ない犠牲で辛うじて退けているという状況らしい。魔物が町を襲いに来る原因は、その強力な魔物によって弱い魔物が居場所を奪われたから。
つまり、その内増えた強力な魔物が町へとやって来る可能性が高いという訳だ。
それでも、今の戦争のために戦力を集めているという時期に、遠くにある小さな町まで帝都から兵士を派遣する訳にはいかない。
なので俺達がこうしてやって来たのだ。
皇帝とも話して、報酬額はすでに決めてある。彼も兵士の派遣はできないが、放っておく訳にもいかないため、俺の提案を快く飲んだ。
俺はEランク冒険者だが、報酬はCランク相当のものとなっている。それでも、実際に林の中の魔物を間引くとなると、Bランク冒険者かCランク数パーティーを雇う必要がある。そのため、安いと言えば安いのだ。
俺達の実力を知っている彼等は、何処かのパーティーに依頼するよりも安心できると言っていた。
「冒険者の方を派遣してくださるなんて、とても有難いことだ!」
「皇帝陛下バンザイ!!」
町長の家で魔物の詳細を聞いていると、家の外からそのような声が聞こえてきた。
「全く…五月蠅いのぅ」
そう言う町長だが、彼の表情も初めて見た時よりも大分明るいものとなっている。
「すみませんな。このような小さな町。今の忙しい状況では放っておかれると、誰もが悲観しておりましたから。まさか対応してくださるとは…」
小さな町だ。町中に皇帝が冒険者を派遣してくれたという話が広まるのに、そう時間は掛からなかった。
そしてまだ魔物は討伐されていないのに、すでにお祭りムードである。
これも皇帝が俺達を派遣した目的の一つ。この話が他の町や村にも広まれば、皇帝の権威がさらに上昇することになるだろう。
さらに俺達は、いくつかポーションを持って来ていた。
魔物との戦いで、負傷した者は大勢いる。軽い怪我だけの者もいるが、中には重傷者だっているのだ。町長にポーションを渡し、その者達に配ってもらっていた。
神殿や教会には神官がいて、回復魔術を掛けてもらえる。だが、それは有料。そして怪我が重い程、値段は高くなる。
それに小さな町の神官では、初級の回復魔術しか使えないだろう。それではあまり大した怪我は治せない。
それに比べ、こちらのポーションにはいくつか中級ポーションも混じっている。
全て皇帝の指示なので、代金もすでに皇帝から受け取っている。と言っても、ポーション代はニラヤが受け取ったのだが。
ニラヤの商会は、俺達と繋がっている。つまり今回、俺達はポーション代と報酬の両方をオルレア帝国からもらえるのだ。
金はどれだけあっても困らない。
商会を大きくすれば、それだけ色々な場所に情報網を構築することに繋がる。これはいずれ、大きな力となるだろう。
「それにしても、DランクやCランクの魔物か…」
森から出て来た中で、強力な魔物に含まれる魔物である。
特にCランクの魔物は一体だけ出て来ただけだが、かなりの被害が出たらしい。結局討伐できず、追いかけた魔物を食べた後に少し暴れて林に帰るまで、皆息を潜めていたという。
「はい。どうか、お願いします」
「任せておけ」
正直に言うと、Cランクの魔物までいるとは思ってもいなかった。
こちらにはクロとリリア、索敵能力に長けたフィンとルゥがいる。Cランクがいても、ヒーロを危険に晒すようなことはないと思う。
俺達はEランク冒険者。だが、DランクやCランクの魔物がいるにも関わらず町長が期待しているのは、偏に皇帝の書いた書状のおかげである。
ランクは低いが、実力は皇帝のお墨付き。このおかげで町の者達は皆、俺がEランクにも関わらず安心しているのだ。
「あの。その子も連れて行くのですか?」
俺が家を出ようとすると、そう町長が尋ねて来た。
「セインさん達が帰って来るまで、私が面倒を見ますよ」
危険だから連れて行かない方が良い。守りながらでは邪魔になるので、こちらで面倒を見ておく。彼なりに俺達のことを思っての発言だろう。
だが、俺はここでヒーロのレベル上げをしようと考えているのだ。
町長宅に置いて行っては意味がない。
「問題はない。俺には優秀な仲間がいるからな」
一応納得したようで、それ以上何か言ってくることはなかった。
「今からヒーロには、魔物を倒してもらう」
「これで?」
「ああ、そうだ」
事前にヒーロには、槍を渡してあった。軽く攻撃力の低い槍だが、彼女には丁度いい重さだろう。
槍ならば、離れた場所から安全に攻撃できる。今回の目的は、動きの勉強などではない。レベルを上げることだけが目的だ。なので、アリステラのように魔物と対峙して短剣で戦うようなことはさせない。
俺達が魔物を弱らせてヘイトを買っている間に、彼女に倒してもらう。
俺の武器は今回、大剣ではない。片手剣と盾を持っている。リリアも同様の装備だ。
基本的に、俺とリリアの二人で魔物と対峙する。その間、フィンとルゥは周囲の警戒。クロはヒーロの近くに待機である。
これに対して、クロ達からは過保護だと言われた。
彼女達を育てた時とは、扱いの差が全く異なるからだ。
だがしかし、何を言われようと関係ない。
「私頑張る! パパみたいに格好良く戦いたい!!」
この小さな子を育てるのだ。
安全を考慮して何が悪いと言うのか…。
何なら、職業が聖騎士であるシロも連れてくるか悩んだくらいだ。
「小型2。他に敵なし」
ルゥが簡潔にそう伝えてくれる。まずは小型からの方がいいだろう。いきなり大型の魔物を見るのは、驚くだろうから。
「案内を頼む」
「分かりました」
魔物の足音を辿り、追いかけるルゥの背中を追う。
「いた」
見つけた魔物はデビルラット。
巨大な鼠の魔物だ。巨大と言っても、普通の鼠と比べてというもの。精々が猪くらいの大きさしかない。
「魔物…」
兄は冒険者だったが、ヒーロは一度も魔物を見たことはない。これが初めての経験である。
少し及び腰になっていたが、それでもしっかりと槍を握っている。
「あれなら盾すら必要ないな」
俺は一気にデビルラットへと近付き、手を伸ばす。
デビルラットもこちらに気付いて逃げようとしたが、気付くのが遅い。俺の手はしっかりとデビルラットを掴んでいる。
もう一体は俺と同様に、リリアによって捕らえられていた。
「キュァァ!!」
「キュイィィィ!!」
掴んでいる手から逃れようと、必死に暴れるデビルラット。しかし、この程度の力では逃れることなどできない。
「さあ、突き刺して」
「う…うん」
近くで待機しているクロに促され、ヒーロが恐る恐るデビルラットの体へ槍を突き出す。
「キュィィィ!?」
痛みに驚いたのか、さらに激しく暴れ始める。
「はぁっ!!」
今度は気合を込めた一撃が、デビルラットを襲う。
すでにダメージを与えているので、俺が倒しても問題はなかった。だが、ヒーロには生物に対して攻撃することに慣れてもらう必要がある。
小さな女の子には少し酷と思うかもしれないが、この世界で生き残るには必要なことだ。そうしなければ、いざという時に自分の身を守れない。
「はぁ…はぁ…」
三回ほど繰り返したところで、二匹のデビルラットを倒し終えた。
初めての戦闘で疲れたのだろう。ヒーロは肩で息をしていた。
「初めての戦闘で疲れているようだし、少し休憩にするか」
「「「!?」」」
その様子を見て俺がそう言ったところ、ヒーロ以外の者達から甘やかし過ぎだと文句を言われたのだった。