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第六十一話 父親


「もう大丈夫だ。安心してもう少し眠ってろ」

「眠く…ないです」


 俺の言葉に、ヒーロが歯切れ悪く答え。それはそうか。つい子供扱いしてしまったが、彼女は気を失っていただけで眠くて眠っていた訳ではない。

 一度目を覚ましてしまえば、すぐに眠ること等できないだろう。

 だがどうやら、今の状況を把握するのに必死で他のことを考えられないらしい。自身の兄の死が一時的に思考の外にあるのなら、起きていても問題はないかもしれない。

 ただいつ思い出すか分からないので、早く街に戻った方が良いことには変わりないが…。


「俺が背負って帰るから、アリステラはヒーロの質問に答えてやってくれ」


 そう言ってアリステラからヒーロを受け取る。別にアリステラでも街まで背負って帰ることはできるが、素手で戦える俺と短剣で戦うアリステラ。どちらが彼女を背負いながら戦えるかというものである。


「質問…いいのですか?」


 遠慮がちにヒーロがそう尋ねる。


「え…はい。大丈夫ですよ」


 アリステラはそう答えながら、恨みがましそうな視線をこちらに向けてくる。ヒーロへの説明は、細心の注意を払わなければならないからだ。ようするに、凄く面倒なのである。

 兄の死を思い出さないように、あまり関連する言葉を言う訳にはいかない。そして、説明を早く終わらせ過ぎると新たな思考を持つ。つまり、兄の死を思い出してしまう可能性がある。なので、できるだけ説明を長引かせる必要があった。


「それでは……」


 ヒーロが色々と質問をして、アリステラが慎重に説明を始める。

 ヒーロも状況の把握に精一杯だが、アリステラも説明するのに精一杯という様子だった。

 まさに俺の考え通りだ。

 ヒーロも説明が欲しそうな顔をしていたが、アリステラも同様の表情を浮かべていたのである。当然だ。俺は彼女の目の前でアイテムボックスを使い、さらに大剣を使いこなしていたのだから。

 武闘家ではないと彼女に教えたようなものだ。それに、相手はBランク冒険者だった。それを無傷で倒してしまった。

 そこに関しても、アリステラは質問したかったはずだ。

 だが、今の彼女はヒーロの問いに答えるのに必死で、俺に関することに意識が回らない。このまま街に戻って彼女と別れるまで、ヒーロの質問が続いてくれれば最高だ。

 俺はBランク冒険者の実力も見ることができたので、あの街にいる理由がなくなった。街で一番ランクの高い冒険者がヘアードだったからである。

 アリステラに本当の力を見せたのも、街を出て行くからだ。


「あの…その…」


 街に到着する頃には、質問攻めをしていたヒーロは俺の背で眠ってしまっていた。

 アリステラはやはり、俺に先ほどのことを尋ねたい様子である。


「俺はこの街を出る」

「それは!? 私にあれを見られたからですか?」


 驚愕のあまり一瞬大きな声を出した彼女は、すぐに声を抑えて聞いてくる。


「いや、ここに来た目的を果たしたからだ。もうここに滞在する意味はない」

「そうですか…」


 悲壮感漂う表情を見せるアリステラ。

 今までで、それこそ初めて会った時よりも酷い顔をしている。


「勿論、あの力を説明するつもりはない。口止めするつもりもないが…」


 そもそも言ったところで、周囲からすれば俺はただのEランク冒険者。アリステラもFランクの新米冒険者である以上、誰も信じないだろう。

 証拠である俺はこの街からいなくなることだしな。

 引き止めたそうな、ついて来たそうな表情を浮かべている彼女だが、それらの言葉を口にすることはない。

 先ほどの戦闘を見て、実力の差を改めて思い知ったのだろう。

 彼女はまだまだ強くなる。そう感じてはいるが、今はまだ早い。


「ヒーロのことは俺が面倒を見るから、安心してくれ」

「はい」


 彼女に任せる訳にはいかない。俺がヒーロの面倒を見ると約束したというのもあるが、アリステラは実力があると言ってもまだFランク冒険者。

 俺みたいな特殊な状況でなければ、すぐにEランクに上がれる訳ではない。

 これから先、自分の生活だけで手一杯となるだろう。

 それにたとえEランクに上がれたとしても、一人でヒーロの面倒を見ながらでは、生活が安定するはずがないのだ。

 ウガウ達はパーティーメンバー全員で金を出し合っていたので、何とかなっていたが。


「ああ、それと…」


 アリステラと別れる前に、これだけは言っておかないといけない。


「死にたくなければ、戦争には参加するなよ」

「はい」


 本当は、俺がそのようなことを言った理由を聞きたかっただろう。しかし、彼女は何も聞いてくることはなかった。

 ヒーロを背に、宿へと戻る。今日は宿代を払っているため、早朝にここを出るつもりでいた。その頃には、ヒーロも少し落ち着いている頃だろう。

 その晩、宿ではヒーロの嗚咽混じりの泣き声が響いていたのであった。







 翌朝、俺が目を覚ますと隣でヒーロが眠っていた。遅くまで泣いていたが、泣き疲れて眠ったのを確認してから俺も寝た。

 隣のベッドで眠っていたはずなのだが…。途中で起きて、俺のベッドへと潜り込んできたようだ。


「ヒーロ、起きろ」

「…眠い」


 俺がこれからの動きを説明すると、目を擦りながらもしっかりと頷く。

 まだ眠そうにしながら、しかし彼女はしっかりと出発の準備を進めていく。

 話している感じ、しっかりと自分で考えて動けている。

 流石に完璧にとはいかないが、それでも多少は気持ちの整理はついているようだ。


「それじゃあ、行くか」

「うん!!」


 俺へと笑顔を向けてくれるヒーロ。

 動きの説明をした際に、ノーラスの代わりに俺が面倒を見ると伝えてあった。

 兄の死の直後に突然そう言われて少しは嫌な顔をされると思っていたのだが、彼女はそれを認めてくれた。拒否される覚悟をしていただけに、その時は肩透かしを食らった気分だった。

 ノーラスが俺にヒーロを任せると言った際に、彼女も側にいたから聞いていたのかもしれない。

 それか冗談だと思っていたが、彼は本気で俺に彼女を託すつもりだったのか…。それなら、ノーラスがすでにヒーロへ説明していた可能性もある。

 それならすぐに彼女が…それも笑顔を見せて頷いたのも納得できる。

 兎に角、まずはオルレア帝国へと向かうことが先だ。

 道中魔物がいれば、彼女のレベル上げをするのもいいかもしれない。本人の意思は尊重するつもりだが、最低限自分の身を守れる程度には強くなってもらう。

 ノーラスは俺が彼女を守ると思っていたはず。だから、彼の思っていたこととは大きくかけ離れることになる。それでも彼は俺に任せたのだ。俺の好きにやらせてもらう。

 そして俺が思う最低限の強さとは、上級職以上…つまりAランク冒険者とも渡り合える強さだ。ヘアードと戦ってみて分かった。アリステラの強さは新米冒険者としてはかなり強い。それこそDランク冒険者と言っても過言ではないほどだ。

 だが、やはり身を守るにはそれでは足りない。俺がいなければ、アリステラは確実にヘアードに殺されていた。

 まあ、俺がいるからアリステラも襲われたのだが…。

 オルレア帝国へ着いた後、戦争が始まるまでの時間はヒーロの育成に当てる。

 彼女を戦争に参加させるつもりはないので、今回はゆっくりと育てていくつもりだ。

 いつも短期間での成長をさせているので、皆大変そうなのだ。流石にまだ六歳の彼女にそこまでさせるつもりはない。


「パパ、自分で歩けるよ?」

「まだまだ先は長いからな。魔物が少ない街の近くくらいは、俺に背負われてろ」

「分かった」


 俺が面倒を見ると言ってから、ヒーロは俺をパパと呼ぶようになった。

 今まではセインさんだったのだが、これは俺を認めてくれた証なのだろう。そして何故パパなのか…。それは育ての親を、彼女がしっかりと区別しているためだ。

 ノーラスのことはお兄ちゃんと呼んでいた。ただ一人の兄なので、俺を兄とは呼びたくなかったらしい。そして、彼女は自分の父親をお父さんと呼んでいた。

 なので、その他の呼び方としてパパと決まったのだ。

 日本で数十年、こちらで十数年生きてきたが、まさかの嫁をもらうことなく子持ちになるとは…。

 俺からしてみればクロもシロもまだ子供だが、彼等は一緒に育ってきた。どちらかと言えば家族のようなものなのだ。

 こうして俺に、娘と呼べる存在ができたのであった。

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