第五十八話 別れ
「ま、まさかこれほどの数のマッドウルフを討伐してくるとは…」
街へと戻り、受付嬢に討伐証明のための部位を見せると、彼女は愕然とした表情を浮かべた。妙齢の女性が人前で口を大きく開けて呆けているのはどうかと思うのだが…。
「追加で特別報酬も出します! すぐに他の冒険者を派遣して、数を調べなくては」
突然焦り出す受付嬢。
その様子を見てウガウ達もアリステラも、特別報酬と聞いて浮かべた笑みが消え去る。ようやく事の重大さに気付いたようだ。
マッドウルフの大量発生。冒険者が依頼を受けるのを避け、放っておいたからここまで増えた。そしてそれは、あの場だけではない。他のマッドウルフの群れだって、大量に増えている可能性がある。
マッドウルフの討伐依頼は、五頭の討伐と最低数が決まっている。言い換えれば、五頭倒すだけでもEランク上位の依頼となるのだ。
そんなマッドウルフが数十頭単位の群れとなっている。そこまで増えるとDランク冒険者であっても、群れを討伐できるか分からないレベルなのだ。
「それで、貴方達は何処で群れを見つけたの?」
「それは…」
彼女の言葉に、一斉に俺の方を見るパーティーメンバー。俺一人で狩って来たので、誰も群れがいた場所を知らない。
「俺達が見つけた群れは全て討伐した。調査するなら、他の群れを探すところから始めるべきだ」
「群れを…」
俺の言葉が信じられないのか、受付嬢は疑惑的な表情になる。だが、それも一瞬のこと。
「確かに。これだけの数を狩っているのならば、群れ一つを潰したとしても納得ができる。五十頭近いマッドウルフなんて、普通ならば五つの群れ相当だもの」
勝手に納得してくれた。
話が分かる相手で良かったよ。
「今回は助かったわ。ありがとう」
彼女に感謝され、俺達は受付から離れる。
俺達が離れると共に、ギルドの奥で職員達が慌ただしく動き始める。
調査と言っても、どれほどの規模の群れかは分からない。俺の証言で数十頭を想定したとすると、調査だけでもDランクかCランクの依頼となるだろう。
俺達Eランク冒険者には、その依頼を受ける資格はない。後は他の冒険者の仕事だ。
「ちょっといいか?」
ギルドを出ようとしたところで、ウガウに呼び止められた。
そちらを見ると、ジャーダとハイダーの視線もこちらを向いている。どうやら今回は、彼の先走りではないらしい。
アリステラも俺と同様に、止められた側だ。つまり、彼女も何の話か知らないということ。
「俺達のメンバーが戻って来るまで、このままパーティーを組まないか? いてっ!!」
ウガウが俺達を誘う言葉を放つと、ジャーダとハイダーの二人から拳骨が浴びせられた。
「組まないか? じゃないだろう!」
「こちらは頼む側なんだ! お願いだ、このままパーティーを続けてほしい」
二人はそう言って、こちらへ頭を下げて来た。
「俺からも頼む。今回の依頼で、俺達の実力ははっきりした。今まで連携を取って戦ってきたが、一人欠けただけでこうも戦えなくなるとはな…」
自嘲気味にそう言うウガウ。いつもの彼らしくないセリフだが、それだけ今回の依頼が堪えたということだろう。
いつもは普通に倒せるはずのEランクの魔物に苦戦する。それもマッドウルフのようなEランクの中でも上位の魔物ではなく、下位や中位の魔物相手にだ。
いつもできていたことが上手くいかない、できなくなる。それはかなり精神的にくるものがある。
「俺は構わない」
「私も問題ないです」
「そうか!!」
俺達の言葉を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべる三人。
俺としても有難いことだ。今回は彼等が本領を発揮できていなかった。冒険者の実力を見たい俺にとっては、今回の結果は残念でならなかったのだ。
こうして臨時パーティーは、これからも続けていくことになった。彼等の仲間が完治して、パーティーに復帰するまでの間だが。
そしてあっという間に三週間が過ぎた。
「お兄ちゃん! パーティーの人達が来てるよ!」
幼い女の子の声が部屋の中から響いてくる。
「やあ、ウガウ達。そしてセイン達も」
部屋から出て来たのは、一人の青年。彼はノーラスといって、怪我をして一時的に抜けていたウガウ達のパーティーメンバーである。
「今日は色々持って来たぞ!」
「派手にやろう!!」
「そうだな!!」
ウガウ達が部屋へと押し入り、次々と背負っていた袋を下ろしていく。そこには沢山の食べ物と飲み物が詰まっていた。
今日はノーラスの完治祝い。宴会である。
俺達も招待されたのは、明日から彼がパーティーに復帰するから。つまり臨時パーティーが解散となり、俺達とはお別れになるのである。
先ほどいた幼い女の子は、袋に詰まった大量の食べ物を見て目を白黒させている。彼女の名前はヒーロというらしい。
俺とアリステラは、彼等と面識があった。臨時パーティーとはいえ、三週間も一緒にいたのだ。彼等と共に、ノーラスの見舞いに何度か来ている。
ノーラスとヒーロは兄妹だ。ノーラスがウガウ達と近い年齢なのに対し、ヒーロはまだ六歳だという。かなり年が離れているのは、二人の血が繋がっていない、腹違いの兄妹だからである。
ノーラスは両親の死と共に、ヒーロの両親に引き取られた。彼はそこで成長し、大きくなった。その頃には、まだヒーロはいなかったのだ。
そして両親に子供が宿った。それがヒーロ。だが、彼等はそれなりに年を取っていた。医学が発達している日本でならばまだ大丈夫だろうが、彼等の母親の体は出産に耐えられなかった。
ヒーロが産まると同時に、母親は死んでしまった。
男手一つで二人を育てていた父親も、年齢以上に無理をしたために過労死。結果、ノーラスがヒーロを育てることとなった。それが、ヒーロが四歳になった時の話。
その後の今に至るまでの二年間、ノーラスは仲間と共にヒーロを育てていたのだという。
「これ全部食べていいの?」
「ああ!」
「やったぁ!! お腹一杯食べる!!」
彼等はEランク冒険者。自分が食べて行く分には問題ないだろうが、誰かを食べさせていくには収入が足りない。
決して貧乏という訳ではないだろうが、それでも腹一杯食べるというレベルの贅沢すら、今まではできなかったのだろう。
「本当にありがとう」
ノーラスが俺達へと頭を下げる。
「ああ、感謝する」
他のパーティーメンバーも、それに続いて頭を下げた。
彼等は理解しているのだ。俺とアリステラが臨時パーティーを受け入れていなければ、受けることができる依頼が減って収入が一気に減ったことに。
そしてそうなれば、ノーラスどころかヒーロすら満足に食事にありつけなくなってしまったということに。
今回の宴会も、かなり報酬を得ることができたから開くことが決まったのである。
一週間と数日の間、俺達は色々な依頼を受けた。それは連携を密にするためであり、その後はダンジョンに潜った。
彼等の安全第一のペースに合わせた結果、一週間以上かけて六層までしか辿り着けなかった。これは俺一人ならば、一日で到達できる階層だ。
しかし低階層を時間を掛けて進むことで、他のパーティーにも何度か遭遇し、その実力を見ることができた。
と言っても、所詮は低階層にいる冒険者。精々がFランクからEランクのパーティーだったのだが…。
そしてなんと、アリステラがかなり色々なパーティーからスカウトされていた。
臨時パーティーで活躍している姿を見た他の冒険者が、周囲へ情報を拡散したためだ。彼女は俺とレベル上げをしていた頃から、索敵能力を常に磨いていた。
危険と隣り合わせの冒険者にとっては必須の技能であり、ベテラン冒険者程その能力が長けた者を欲する。さらに彼女は戦闘面でも問題なく力を発揮できる。余計に周囲から欲しがられる訳だ。
「俺達、今度Dランク冒険者パーティーと合同で依頼を受けるんだ!」
酒を飲みながら、ウガウが俺へ伝える。合同で依頼を受けるというのは、時々あることだ。今回の場合、Eランク冒険者の彼等からしてみれば、格上の冒険者の動きを見ることができる。それに、Dランクの依頼に参加できるのだ。
そしてDランク側も、人手が増える。荷物運びやその他雑用。話し合って決めることだが、分け前も当然低ランク冒険者側は少なくなる。
これは人手が欲しい時に、同ランク冒険者を雇うよりも安く済むのだ。
「話を聞いてるだけでも、セインが凄い奴だってのは嫌でも分かる」
同じく少し酔っているのだろう、酒の入ったカップを手にしたノーラスがやって来る。
どうやら先ほどまで、ジャーダに俺の話を聞かされていたようだ。
「冒険者は何が起きるか分からない職業だ。俺達に何かあれば、ヒーロのことは頼むぞ」
酒の席。酔っている彼が放った言葉。
本気で…真剣に言った訳ではないのだろう。
「ああ。任せておけ」
だから俺も、その場ではそう軽く答えた。
しかし、それから三日後。
Dランク冒険者パーティーと翌日に合同で依頼を受けた彼等は、二日経った今でも街に戻って来ていないのだった。




