第五十五話 卒業
上級生のクラスがいつもと比べて静かになった。
原因は退学者が出たからである。それも四名も。理由は課外訓練におけるルール違反、それと未遂ではあったが妨害行為。その内の二名は親がかなり優秀な冒険者。BランクとCランクという冒険者だ。
それだけこの二人に対する期待も大きかった。それをこのようなしょうもないことで、退学となってしまった。
自分達で証拠をペラペラと話すという馬鹿を、その場に集まっていた皆に見られて。
四人纏めての退学。周囲の者達にとって、これはかなり大きな衝撃となったのだろう。毎月、試験に突破できないからと自主的に辞めていく者はいる。だが、退学者は滅多にいないようだ。
冒険者という自由な者達の性質上、この訓練校のルールはかなり緩い。なので、わざわざ破ろうとする者がいないからだ。
残り一週間でいなくなる者達。誰もいないはずの空席が逆に目立ち、周囲の者達の意識を奪う。集中できている者はごく僅か。
「お前達! もうすぐ試験だ。集中しろ!」
注意はするが、あまり教師も強く言わない。言ったところで、またすぐに意識が削がれていくのが分かるからである。
それに、残り一週間。すでに勉学面においての学習は、殆ど終わっている。これから習うことは少ないので、実技の訓練に力が入っていれば教師としても問題ないのだろう。
意外にも、実技では皆かなり集中している。俺達のパーティーが、歴代最高の成績を収めたことが原因だ。
課外訓練のポイントは、今回から調整されることになった。なので他の者達がもらえるポイントが、相対的に減ってしまったのだ。
ここにいるのは、ほぼ全ての生徒が何度か試験に落ちている者達。そんな彼らの課外訓練のポイントが減るということは、前回落ちた試験よりも点数を取る必要があるということ。
課外訓練のポイントは実技の試験にしか反映されないので、実技に力を注ぐのも無理はない。
だが、原因はそれだけではない。
「ジャンド! やはり動きが各段に良くなっているな!」
「ありがとうございます!」
ジャンドの模擬戦の様子を見ていた教師がそうほめる。
「ミルアも急に成長していたが…お前達は確か、セインと同じパーティーだったな」
「はい! セインのおかげで強くなれました!」
話し声は周囲にも聞こえていたようで、他の者達がそれぞれに話し始める。
「おい、聞いたか」
「ああ」
「確かに、ジャンドもミルアも課外訓練以降急に強くなったよな」
そう口々に言い、二人へと視線が向く。
「課外訓練は良い経験になった!」
「そうね。セインさんのおかげで」
二人がそう頷きながら周囲へと告げると、今度はこちらへ視線が向く。
俺達が危険地帯を突破して目的地に辿り着いたことは、皆が知っていることだ。そのため、二人の言葉を誰も疑うことはない。
さらに俺へと向かっていた視線が、今度は最後のパーティーメンバーへと向く。
「そう言えば、アリステラもセインが育ててるって聞いたぞ」
「私は、アリステラが下級生時代落ちこぼれだったって聞いたわ」
「アリステラもセインと同じで、順調に試験を突破してるんだったな…」
「あの…えっと…」
周囲からの視線を一身に集めたアリステラは、困惑した表情を浮かべていた。どう返したらいいのか、彼女には分からないのだろう。
ジャンドとミルアは俺が凄い、俺のおかげと言ってくれる。自画自賛となってしまうが、確かにそれは事実だ。
俺には英雄街道をやり込んできた知識が、そしてスキルマスターとなり他の者よりも格段に高いレベルがある。
さらに魔物相手に特訓を重ね、戦闘技術も磨いてきた。たった三年、クロ達を育成するための期間だったが、この世界の者達が行わないであろうレベルの特訓だ。
この世界の誰にもとは言うつもりはないが、それでも殆どの者達より力も知識も優れてる。これは間違えようのない事実なのだ。
それでも、俺だけが凄い訳ではない。
アリステラには勉強を分かり易く教えた。それも一対一だ。教師が行う講義よりも、理解がし易いはず。それでも、知識を吸収したのは彼女自身の力である。同様に、レベル上げの際に魔物と対峙して技術を磨いてきたのも彼女自身だ。
ミルアとジャンドに関しても俺は危険地帯に連れていき、三人の命を守っていただけ。周囲の魔物を倒したりはしたが、パワーレベリングのように俺が彼等の魔物を倒していた訳ではない。
つまり、俺は成長できるための環境を作っただけ。成長できる機会を与えただけだ。
確かに他の者達よりも、成長し易い環境だった。あのように安全に格上の魔物を相手にできる機会など、そうある訳ではない。
それでも、その機会を物にしたのは彼等の力だ。三人が死なないように注意を払っていたが、魔物を倒したのは、格上の魔物に立ち向かったのは彼等自身である。
それをアリステラには何度も伝えていた。俺の力ではなく自分の力で強くなった、強くなれると思ってほしかったからだ。なので、二人ほど俺のおかげだとは言い難いのだろう。
羨ましそうな視線をアリステラへと向けるクラスメイト達。そこには何故か、教師も混ざっていた。
「あれだけの魔物を三人を守りながら狩ったのだ。俺に見せた実力は、一部に過ぎなかったのだろう」
どうやら彼は、俺が全力を出していないことに気付いたらしい。全力を出していない俺が、すでに彼よりも強い。
教師としてではなく、冒険者としてそんな俺の教えを受けるアリステラが羨ましいのかもしれない。
このようにジャンドやミルアまでもが力を付けたことで、自分達もより強くなろうとし始めたのだ。ジャンドやミルア、アリステラの三人は皆に教えを請われ、大変そうにしている。だが、それと同時にどこか楽しそうでもあった。
俺? 俺はそこには混じっていない。
俺に教えを請おうとする生徒には、教師からの鋭い視線が飛んでくるからだ。彼は教師と生徒という関係上、俺に教えを請うことはできないのだろう。
すでに模擬戦で俺が勝っているため、彼よりも俺の方が強いということはクラスの皆が知っている。それでも、下のクラスのこと等も考えると良くないからな。
しかし、俺に教えてもらえる生徒は羨ましい。だから羨ましいという、嫉妬の視線を生徒へと向けてしまう。その視線のおかげで、生徒が近付かないのだ。
面倒にならないので、これはある意味有難かった。
それから一週間が過ぎた。
試験も終わり、合格者が発表されている。
「セインはどうだった?」
「まだ見てない」
「そうか。まあ、見る必要もないと思うがな」
ジャンドが嬉しそうな表情を浮かべて俺へと言う。その様子を見る限り、彼は試験を突破できたのだろう。
「セインさん、私は無事に卒業できました!! これもセインさんのおかげです!」
ミルアも俺に気付いたようで、こちらへと寄って来た。彼女も無事に合格できたようだ。二人は課外訓練で経験を積み、その後もしっかりと訓練に励んでいた。
側で見ていたので分かるが、目覚ましい成長振りだった。そのため、彼等が試験に合格することは予想していた。
彼等なら、すぐにでもEランク冒険者へと上がることができるだろう。
そこかしこで合格だった、不合格だったと騒いでいる。それも下級生から上級生までいるので、かなり人数が多い。とても騒がしいのだ。
「今月はかなり合格者が多いらしい」
「私もあれだけの人数が合格しているのは、初めて見ました」
合格者が張り出された紙。それを見れば、合格した人数が分かる。今回の試験は、十名以上が合格していたらしい。
「皆、セインの影響を受けたおかげだろうな」
教師が後ろからそう声を掛けてきた。
「俺だけじゃない。ジャンド達が皆に教えていたからだろう」
「そうか! 確かに、皆頑張っていたな!!」
俺がそう言うと、彼は笑顔を浮かべて去っていった。
そしてジャンド達と今後の話をする。
二人からパーティーメンバーにと誘われたが断った。二人はこれからこの街で冒険者として経験を積んでいく。そして、強くなっていくのだ。
俺は少しこの街の冒険者を見た後、ここを出て行く。それが確定している以上、二人に迷惑をかけるだけだ。
残念そうな顔をされたが、二人は他の合格したクラスメイトとパーティーを組み、四人でやっていくことに決めた。
「私、合格でした!」
「おっとっ!?」
ようやく来たか…。嬉しそうに今までで一番の笑顔を浮かべて、アリステラが俺へと抱き着いて来た。それをしっかりと受け止めてやる。
今までジャンド達と話ながら、彼女を待っていたのだ。
どうやら、無事に彼女も卒業できるらしい。俺は訓練校に来てすぐ、彼女の卒業を約束した。その約束は無事に果たせた。
これでアリステラともお別れだ。この三か月、退屈しなかったのはアリステラのおかげだ。
ありがとう、楽しかったよ。
嬉しそうにジャンド達と訓練校の思い出を語り合う彼女を見ながら、俺はそう心の中で呟いた。




