第五十話 上級生
下級生の試験を突破した俺達はさらに一か月後、無事に中級生の試験も合格していた。
そして今は、上級生となっている。クラスの人数はなんと二十七人。その内俺達と同じタイミングで中級生の試験を受け、上級生に上がったのが十三人。つまり、クラスの半数以上の者が上級生の試験に落ちた者達である。因みに十三人の内、訓練校に入って最短で上級生になったのは俺とアリステラだけだ。
アリステラは相変わらずギリギリではあるが、持ち前の真面目さを活かしてついてくることができている。
「このまま行けば、お二人は最短で卒業した生徒ということになりますよ!」
興奮してそう声を掛けて来たのは、新たにこの訓練校へと入ってきた新人。そして俺達と同室になった男だ。
まだ若いこの男は、冒険者という職業に夢を見る若者だった。
だからこそ、最短で上級生に上がった俺達二人を尊敬しているようなのだ。
俺達が下級生にいた時調子に乗っていた元兵士の二人は、中級生の試験で不合格だったようだ。技術面は合格ラインだったようだが、知識面が不足していたらしい。兵士として鍛えていたことに胡坐をかき、適当に講義を受けていた末路である。
アリステラのレベルは、現在6となっている。俺が予測していたより、少しレベルアップのペースが速い。
訓練校に通いながらというのもあるが、彼女の戦闘センスが低かったため、少し低めに予想していたのだ。だが、彼女の技量の向上は早かった。
アリステラはセンスがないため、人よりもレベルアップに時間が掛かるのは確かだ。しかし、一度時間を掛けてコツさえ掴んでしまえば、後は誰よりも早く上達していく。
それは偏に、真面目な彼女が一生懸命頑張っているからだろう。当然俺が直々に教えているというのもあるが…。
俺以上に、効率的に誰かを育成させることができる者は、果たして何人いるのだろうか?
英雄街道をやり込んでいたので知識も、こちらに来てから旅をしてきたので経験も、他の者よりかなり豊富だと自負している。それに俺はクロ達やビビア達を育てた実績もある。
アリステラもレベルを上げるだけならば、時間があればすぐにできる。ただ、パワーレベリングでレベルを上げただけでは技術不足になってしまう。
だからこそ、技術力も磨いてもらう必要があるのだ。
そして彼女を俺は、それほど強く育てようとは思っていない、同室の好で面倒を見ているが、仲間にしようと思っている訳ではないからだ。
精々俺達の邪魔にならない程度に育て上げる。これでも十分だろう。
「セインおはよう」
「セインさん、おはようございます」
「おはよう」
講義を受けるためにクラスへ行くと、何人ものクラスメイトが集まって来る。俺はいつの間にか、人気者になってしまっていた。
原因は下級生の時に受けた試験や、中級生の時に受けた試験だ。
「卒業後は一緒のパーティーに入ってくれないか?」
「いえいえ、あんな男ではなく私と組みましょう」
最短で上級生になったのは俺だけでなく、アリステラもいる。今だって隣にいるのだ。それなのに俺だけが人気者になったのは、皆が俺の強さに気付いたから。
勿論、俺は力を抑えていた。なので、俺の本当の力が知られた訳ではない。それでもある程度の力を出した結果、技量の面でも知識の面でも俺が最優秀生徒となったのだ。
その上、俺は教師との模擬戦に勝ってしまった。見た目は凄く強そうだったのにあまりにも弱すぎたので、つい簡単に倒してしまったのである。
そうしたら教師からも一目置かれるようになり、余計に俺の人気が上がってしまった。
「あいつ、いい気になりやがって」
「強いって言っても、所詮はDランク冒険者の教師に勝った程度だろ」
人気が上がれば、それだけ俺のことを妬む者もいる。俺には直接言ってこないが、敢えて聞こえるような声量で話しているのだ。
「セイン。あんな奴等の話は聞かなくていいぞ」
「そうです。どうせセインさんに勝てないからって、僻んでいるだけです」
勿論俺に聞こえるということは、俺の周囲に集まっている者達にも聞こえるということだ。
二人の生徒は、周囲の生徒から白い目で見られていた。
「何だと!」
「聞こえてるぞ!」
「聞こえるように言ってるんだよ」
「威張っているだけなんて、みっともないですね」
「え…えっと……」
周囲で喧嘩が始まる中、俺の側にいたアリステラがどうしたらいいのか分からないといったように、ただオロオロとしている。
相変わらず見ているだけで面白い。
「そいつが弱いのは事実だ。俺の父親はCランク冒険者だが、武闘家は見たことないらしいぞ」
「それに俺の父はBランク冒険者だぞ! その俺に歯向かうのか?」
「お前達! そこまでだ!!」
口喧嘩が殴り合いに発展する前に、教師がやって来た。その教師の一言で、先ほどまで喧嘩をしていた皆が一斉に口を閉ざす。
流石にDランク冒険者、それもここで数年も教師をやっている人物だけあって迫力がある。こういった揉め事は、冒険者訓練校ではよくあることなのだろう。
こうして講義は何事もなかったかのように始まる。
俺の職業は、武闘家ということになっていた。アリステラのレベル上げの際に大剣を使わずに魔物を殴り倒していたら、いつの間にか俺の職業が武闘家だと広まっていたのだ。
武闘家はこの世界では人気のない職業だ。自身の手足を使って戦う必要があるのだから、普通の人は選びたくないと思っても仕方がないことだった。
武器を持って戦うのと、拳で戦うのではリーチが違い過ぎる。それだけ魔物に近付かなければ攻撃できないということで、弱いと思われても不思議ではない。俺が教師に勝ったのも、武闘家を相手にしたことのない教師がヘマをしたとでも考えているのだろう。
先ほどの二人以外にも、俺のことをよく思っていない者は沢山いるだろう。その中でも、何かとよく突っかかって来るのがあの二人なのだ。
あの二人は、下級生時代は優秀な生徒だったらしい。
親が冒険者のため、技術も知識も他の者達より豊富だったからだ。しかし、当然親に実力が近い訳でもなく、上級生に上がってからの成績はイマイチらしい。
だが、親が優秀な冒険者というプライドが彼等にはあった。そして、下級生の時に自分達の実力が周囲の者達よりも上だったことで、意識はさらに高まっていたのだ。
彼等は最短で上級生になったようなのだが、すでに上級生になってから三か月いるようだ。その間、殆ど実力が上がっていないという。
実技の訓練の際に彼等を見たが、あまり真剣に訓練を受けている様子はなかった。教師は自分達の親よりもランクが低いDランク冒険者。その思いから、彼等のプライドが教師の教えを真面目に聞くことを邪魔しているのだろう。
俺に対していい感情を持っていないというのは、別にどうでもいいことだ。俺に対して何か妨害をしてこないのであれば、どう思っていようと邪魔にはならないから。
しかし、こういった者達はそれ以前の問題だろう。
上級生になった今、アリステラの力は平均よりも上に位置している。彼女の頑張りの成果だ。
まだ僅かにあの二人の方が実力は上だが、すぐに彼等を抜くことになるだろう。三か月も早く訓練校に来ていた彼等を、二か月前まで下級生の中でも落ちこぼれの生徒だった彼女が。
「そこまで!!」
教師の声で、目の前のアリステラが短剣を持つ手を下ろす。
「はぁ…はぁ…。流石ですね。息一つ乱れていないなんて…」
彼女は疲弊していた。今まで模擬戦を行っていたのだ。何人か相手を変えて模擬戦を行っていた。その際、俺は強すぎるからという理由で攻撃禁止となっている。俺が攻撃をすると、相手は何もできないまま終わってしまい、訓練にならないかららしい。
実際、今まで考え事をしながらでも簡単に攻撃は避けれていた。その間、一度も防御をしていない。全て回避したのだ。
「来週の課外訓練、楽しみですね」
息を整えたアリステラが、そう俺に笑い掛けて来た。訓練の一環で、実際に外に出て魔物を倒してくるというものだ。
この訓練があるのはゴブリン程度ならば兎も角、一定以上の魔物を初めて前にした際、足が竦む冒険者がいるかららしい。この訓練校にいる間に、経験させておこうということだ。
この課外訓練は四人一組で行う。それぞれ決められたルートを辿りつつ、三体以上の魔物を討伐するそうだ。
俺とアリステラは同じグループなので、彼女も安心しているようだ。と言っても、今更普通の魔物を相手にしたところで緊張はしないだろうが。