第四十九話 オルレア帝国 ~クロ視点~
目の前でリリアが兵士の男と話している。
何度も言い方を変えて話をしているけど、あの男は全く話を聞く気がない。リリアが上の者に伝えてほしいと頼んでも、仕事中だとか忙しいだとか言っている。そして信用ならないからと言って、追い返そうとし始めた。
流石のリリアも、これには対処できないらしい。セインに理知的に話ができるからと言われてこの件を任されてたけど、話にすらならないなら意味がない。
表情を見ただけで、リリアがイラついているのが分かる。
しかもクロの方を見た。やっぱりクロが最初に言ったように、暴れて力を示そうとしてるのかな…。どうせ暴れるのなら、クロも一緒に暴れたいな。
「一体どうしたのだ!!」
「なっ!? 軍隊長!」
城の中から、一人の男が出て来た。しかもその男は、明らかに他の兵士よりも良い鎧を身に着けている。軍隊長と呼ばれていたから、兵士の中でも上の位の者なのだろう。
それなりに強いのかな?
軍隊長の位まで上り詰めたのだから、実力も経験もあるのだろう。だけど、どれだけ強いかは分からない。
クロ達がセインと出会うまでは、一番弱いと言われているゴブリンという名の魔物ですら脅威だった。でも今は、それよりも強い魔物とも問題なく戦える。スラム出身で孤児だった殆ど世間の常識を知らないクロ達だって、龍が危険な存在だとは知っていた。
でもセインはいきなり強くなるためと言って、龍の渓谷へとクロ達を連れて行った。
クロは今までの生活に飽き飽きしていた。だからセインに助けられた後、旅について行くことに決めた。龍の渓谷へ行くと聞いた時は驚いたけど、それで死んでしまってもいいかな…とか思ってた。
結果的に、とんでもない力を手に入れることになった。それもクロだけじゃない。シロも、そして後から仲間となったリリアやイルだって。
今ではさらに仲間が増えている。セインと三人で、その後五人で旅をしていた時は、殆どの時間を一緒に過ごしていた。仲間というよりも、家族と言った方がしっくりとくるくらいに。
でも今は、仲間が増えてあまり一緒にいられなくなった。クロはできるだけ一緒にいようとしている。セインもそれが分かっているから、クロの側にいてくれる。でも、ずっとじゃない。今みたいに別行動することが増えた。
それに、一緒にいてくれない時もある。水浴びに誘った時とか、一緒に寝ようとした時とか。
昔はそれも一緒だったのに…。
セインもシロも、大人になったからだって言う。だけど、今まで家族同然に暮らしてきたから、今更別々にする必要がないとクロは思ってる。
だって、一緒にいられないのは寂しいし。
「話は分かった。取り敢えず、宰相殿か皇帝陛下に伝えておく。今日は一旦お引き取り願おう。話が決まれば、使いの者を出す」
「了解しました。宿は先ほど言った宿に泊まるので、そちらでお待ちしています」
軍隊長とリリアの話がようやく終わった。どうやら、今日は大人しく引き下がるみたい。暴れたかったのに…少し残念。
もし軍隊長が出て来なかったら、暴れることになっただろう。そうしたら、あの軍隊長とも戦えたのかな…?
クロは別に戦いが好きという訳ではない。ただ、体を動かしたいだけ。できれば強い相手と戦いたい。弱い相手は、殺さないように手加減するのが面倒だから。すぐに殺してしまったら、動き足りなくなってしまう。
それに、自分がどれほど強くなったのか知りたい。
魔物相手だと、あまり判断が付かない。セインは龍には下級龍や上級龍といった種類がいると言っていた。でも、龍は皆等しく危険度A。理由は危険度Aが最高ランクだから。
他の魔物も同じ。強い魔物は全部危険度A。これだと、強さがいまいち分からない。それにクロも周囲の人間は、クロと同じような強さを持っている。
全員セインに鍛えられたから。こっちも判断基準にならない。セインが育てていない人間で、強い人物。そういった存在と、一回戦ってみたい。
「宿へ向かいます」
「お疲れ様です」
リリアが踵を返してそう言うと、シロが労わるような声音で声を掛ける。それにリリアは、ただ苦笑いを浮かべて頷く。かなり疲れた様子。
まあ、それも仕方ないか。クロだったら、すぐにあの兵士にキレていた。そして、殺してしまっていただろう。リリアはよく我慢した。
後ろから見ているだけでもイライラしたのだから、実際に話しているリリアは相当だったはず。
「この馬鹿が! 何を考えて…」
軍隊長の怒鳴り声が、後ろから聞こえてくる。どうやら、先ほどの兵士が怒られているらしい。やっぱり相当適当な仕事をしていたようだ。
後ろを振り返ると、怒られている兵士と目が合った。軍隊長に怒られているというのに、こちらを睨んでいたみたい。
クロ達のせいで怒られているとでも、思っているのだろうか。完全に逆恨みだけど…。
何かして来るようなら、返り討ちにするだけ。流石に殺しまではしないけど、許可さえもらえればすぐにでも殺す。
それがセインの教えだから。
クロはセインに沢山のことを教えてもらった。セインは物知りで、平民では知り得ないようなことも知っていた。だからクロは、セインが教えてくれたことは全て信じている。正しいと思っている。
だけど、敵になるなら殺すというのは、クロも正しいことだと思っている。スラム街で暮らしていた時から、何人もお人よしの馬鹿を見てきたから。
スラムの人間は、生きることに必死。だから、どのような手も使う。たとえそれが犯罪であろうと、どの道何もしなかったら死ぬだけだから。
子供相手にも、油断をしてはいけない。必死で逃げ出そうと、殺そうと隙を窺っているから。それはクロも同じだった。流石に殺したことはなかったけど、何人も殺された人は見ている。
兵士のあの表情は、確実に悪意を持った表情だった。つまり敵。
リリアの邪魔になるから、今回は見逃してあげる。セインの考える将来の邪魔に、クロはなりたくないから。でも、何かして来たら容赦はしない。
セインもその場合は、容赦なく殺せと言うだろうから。
そもそも、その教えは全員受けている。リリアも容赦はしないだろう。
翌日、城から使者が来て、クロ達は謁見の間へと通された。まさか皇帝に直接話ができるとは思ってなかったので、リリアも驚いた表情を浮かべていた。
他国から来た者の前に皇帝自らが出るのは、自信の表れだろう。恐らく、自分の部下の力に信頼をおいている。
クロ達が皇帝を殺すことが目的だったとしても、この場で取り押さえられると思っているのだ。だから出て来た。その代わり、クロ達は十人近い兵士に囲まれているけど。その中には、昨日見た軍隊長もいる。
軍の偉い人だから、この場にいるのは当然か…。
「我が四代目オルレア帝国皇帝、ミューラ・オルレアである」
「皇帝陛下にお話を聞いていただけるとは…恐縮です。まずは……」
リリアが話を始める。クロ達は後ろで首を垂れ、控えているだけ。話し合いは全て、リリアに任せると決めているから。
昨日の兵士との話とは違って、皇帝への話しはスムーズに進む。
こちらの国でも、オーレン王国の動きがおかしいことは知っていたみたい。流石に何をしようとしているのかは、分かっていないようだったけど…。
だから余計に、こちらの話の信憑性が増した。
「話は分かった。だがその話を信じて戦の準備を始めるかは、また別の話だ」
「確かに。その話が真実であるか、調べがついてから進めるべきだ」
宰相と軍隊長の二人から、そのような言葉が告げられる。
「調べ終わるのはいつになる? そのようなことでは、準備が間に合わない可能性だってあるぞ」
「それは、そうですが…。だからと言って、証拠もなく戦準備を始めるのはどうかと。民達にも負担になりますので」
皇帝の言葉に、宰相が返す。軍隊長は口を閉ざしていた。政治が関連する話は、宰相に任せているのだろう。今のクロ達みたいに。
「我が国は実力主義の国だ。この者達が実力を示せば、先ほどの話は信頼に値する。それでいいな!」
「はっ!」
宰相に言い返された皇帝は、声にさらに力を込めて告げた。これ以上の問答は不要だと言うように。
そして、リリアは無事にここまで話しを持っていくことができた。実力を示すという話になれば、こっちのもの。
力を見せれば、こちらはさらにリストア伯爵家を潰したという札も切れるようになる。
「貴殿らには、これから力を示してもらう。戦闘の心得がある者は前へ出よ! 我が国の兵士と戦ってもらう!!」
今まではリリアに任せきりだった。だからここからはクロの番。
「ふむ。全員か。それならば、ここにいる兵士全員と戦ってもらうか…」
クロ以外も前に出たみたい。
でも、ここはクロに任せてもらう。
「クロがやる」
そう言ってクロがさらに前に出ると、皆は引き下がってくれた。
「我は全員の実力が見たいのだが…」
「必要ない。クロ一人で十分」
そう言ってクロは、訓練場へと足を運んだ。




