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第四十六話 訓練校の落ちこぼれ生徒2

 

 午後からは実技の訓練だ。と言っても、最初は体作りや体力作りが基本となる。

 主な訓練は、筋トレや持久走等だった。


「おいおい、こんなの訓練校に来なくてもできるじゃねえか!」

「早く剣が振りたいぜ!」


 先頭を走る、他の生徒よりも体つきが明らかに優れた二人の男が楽しそうに話す。彼等は恐らくだが、すでに自分達である程度の実力を身に着けた者達なのだろう。

 会話の内容からも、剣を振った経験があることが分かる。元兵士の可能性だって、十分にあるのだ。

 それ以外の者達も、しっかりと二人の後ろに続く。ついて来れていないのは二人だけ。その内の一人はアリステラだ。

 農家の娘なら体力はあるのでは…と期待していたのだが、どうやら違ったらしい。元々彼女には二人の兄がいるという話だった。兄達が農業を手伝っていたので、彼女は力仕事の経験自体がないのかもしれない。

 嫁ぎ先の仕事も読み書きを必要とすると言っていたので、事務仕事だったのだろう。


「俺達が一番だぜ!」

「皆遅いな」


 訓練場十五周という持久走を終えた男二人は、息を切らしながら後ろを見て笑みを浮かべている。これならば、自分達が卒業するのは楽勝だとでも思っているのだろう。それとも体力があると言うだけで、自分達が生徒の中で一番強いとでも思っているのだろか?


「ふぅ…」


 俺も先頭の二人から半周遅れくらいの位置で走っていたので、すぐに終わりを迎える。このペースで走るのならば、息すら切らさずにゴールできただろう。

 しかし、それだと手を抜いていることがバレる可能性があるので、一応息を整える振りをしておく。


「しっかし、あの二人は遅いな…」

「全く…待っている時間が勿体ない!」


 この二人の空回っているやる気を、誰かどうにかしてほしいものだ。近くで聞かされているだけで鬱陶しい。

 そしてやはり、最後まで走っているのは最後尾を走っていた二人。残り二人となった時点で、まだ五周も残っている。

 最初の一周目から遅れ始めていたので、これでも良く頑張っている方だと思う。

 それに今回の持久走はタイムを測定するものではない。あくまでも訓練であり、体力を付けるためのものだ。自分達のスタミナに見合った速度で走り、完走することが重要である。


「フン。あの程度の奴等、中級生にもなれないんじゃないか?」

「はははっ! そうだな。レベルが低すぎる」


 必死に走っている二人を見て、その頑張りあざ笑う二人の男。それを好ましく思わないのか、他の生徒は眉根を寄せている。だが、明らかに体つきが違う二人に意見できるような者はいないようで、注意する者はいない。

 俺はただ、走っている二人を見守る。俺にとっては、訓練が次に進まないのは好都合だ。Eランク冒険者なら簡単に卒業できるレベルならば、俺には必要ない。

 この街の冒険者のレベルを見るため、そして他人に教えるコツを学ぶためにここに来たが、それは上級生になってからで十分だ。

 今気にしていても、レベルが低すぎて意味がない。この調子に乗っている二人の男達も、兵士にしては走るのも遅いし、体力も少ない。多分だが兵士の訓練に耐え切れず、冒険者へと逃げて来た者達なのだろう。

 そのようなレベルの奴は、冒険者には何人もいる。一般の兵士でEランク~Dランク冒険者の下の方の者達程度の実力だ。

 その訓練に耐えれなかった者達の実力など、たかだか知れている。

 すでに兵士として訓練を受けて底が知れている者と、これから訓練を受けて冒険者として成長していく者。どちらを注視しなければいけないかなど、分かりきっていることだ。


「お前達、よく頑張ったな!」


 完走した二人に、教師の男がそう激励の言葉を掛ける。二人は息も絶え絶えで、死んだように地面に寝転がっていた。

 そしてそれを見て、面白くなさそうな表情を浮かべる二人の男。それでも流石に、教師の前で文句を言う度胸まではないようだ。


「今日は初日だし、ここまでにしておこう。明日も同じような訓練を行う。それまでに体を回復させておけよ!」


 今日は早めに解散ということになった。

 そして俺の部屋というよりも、俺とアリステラの二人の部屋。


「航海士か。それは確かに、持久力は少ないだろうな」


 航海士はアリステラと一緒に、最後尾を走っていた男の職業だ。一番後ろを二人で走っている間に、互いに仲良くなったらしい。

 航海士という職業は、船を操ることに長けたスキルを多く取得できる。基本的に海の近くの街にいるような船乗りや漁師がなる職業だ。

 彼も漁師の息子らしいのだが、船が嵐で沈んで海に出ることができなくなったという。冒険者となって金を稼ぎ、新たな船を買いたいのだとか…。

 航海士の特徴としては、スタミナが低いのだ。その分、筋力はあるのだが…。


「体力は勿論ある方が良い。しかし、ないと冒険者をやっていけないという訳ではない」

「そうなんですか?」


 俺の言葉を聞き、アリステラは少しホッとしたような、嬉しそうな表情を浮かべる。


「戦いの間は維持できる程度は必要だぞ。それに体力がなくてすぐに休憩をしていたら、パーティーメンバーに迷惑がかかる」

「そんな…」


 先ほどの表情から一変、絶望的な表情へと変わる。本当にコロコロと表情が変わるな。


「当然だろう。遠出する際にも、一番体力がない者にパーティーメンバー全員が合わせる必要があるからな」


 置いて行っては、パーティーを組んでいる意味がない。そのためいつでも戦えるように、体力がない者に速度を合わせなければいけないのだ。

 当然馬車や馬があれば話は違ってくるが、新人冒険者がそのような代物を持っているはずがない。


「実技の試験で、体力測定等はないはずだ。つまり試験の間だけでも、最低限維持できる体力を身に着ければいい」

「それは…頑張ります!」


 何とかなると思ったのだろう。彼女の言葉に力が籠る。


「それで、学問の方だが…」


 俺は気付いた問題点を彼女に伝える。


「そんな…。メモを取る行為が、私にとって邪魔になっていたなんて…」


 再び絶望的な表情を浮かべるアリステラ。

 喜んだり、絶望したり、やる気を出したり、絶望したり。これはこれで、何だか面白いな。

 いや、彼女で遊んでいる場合ではないな。


「メモを取る行動自体は悪いことではない。ただ、アリステラはメモを取り過ぎなんだ」

「取り過ぎ…ですか?」


 彼女は言っている意味が分からない、といった困惑した表情を浮かべる。


「ああ。講義を受けている者の半分以上は、読み書きができない者達だ。だから、先生は彼等に伝わるように同じようなことを何度も言っている」

「そうだったんですか!?」

「ああ」


 俺も殆ど聞き流していたので気付かなかったが、彼女のメモを見て気付いたのだ。

 読み書きができない生徒にとっては、記録ではなく記憶という形で残すしかない。なので先生は、記憶に残るように何度も似たようなことを話しているのだ。

 これは俺も勉強になった。早速この訓練校に来て良かったと思う出来事ができたという訳だ。

 そもそも、話しているだけの者の会話を全て書き記すことなどできない。

 黒板やホワイトボードに書きながら話す。会話を記録している者のことを意識しながら話す。このような状況下でなければ、不可能と言ってもいい。


「今度からは要点だけを纏めることだ」

「はい」


 真剣な表情で頷く彼女。

 やはり根は真面目なのだろう。そしてだからこそ、それが彼女の足を引っ張ることにもなっている。考え過ぎて色々と悩んでいるのも、その真面目な性格のせいだろう。


「取り敢えず、しっかりと先生の話は聞くことだ。そして、絶対に教えてもらったものの名前はメモしておけ。そうすれば、後で俺が教えることもできる」

「はい! ありがとうございます」


 そう言って笑顔を浮かべる彼女。

 実技の方はまだこれからだが、学問の方は俺のサポートで何とかなりそうだった。

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