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第四十一話 楽しい人生

 

 リストア伯爵家へ復讐を果たした後、俺達は無事にスラーベンを脱出していた。

 バンが魔物の力を借りて暴れたのは予想外だったが、おかげでさらに予想外な事態に発展している。それは俺達にとって、かなり好都合なことだった。

 リストア伯爵家の事件は、国から箝口令が敷かれているのだ。知っているのはスラーベンの住人達と、王都でも一部の者達のみ。

 箝口令が敷かれた原因はバンだ。彼の死体は誰が見ても霊系ゴーストの魔物に憑りつかれていたと分かるものだった。そのため国は、憑りつかれたバンが引き起こした事件と判断したのだ。

 次期伯爵となるはずだった者が魔物に憑りつかれたことで、伯爵家が全滅した。そんな情報、表に出せるはずがない。

 もし公表した場合、オーレン王国の貴族の恥を晒すことになるのだから。

 さらに憑りつかれた者が伯爵家を潰すだけの力を持つ。オーレン王国の伯爵家は、憑りつかれた者一人に潰される程力がない。

 このような情報が飛び交えば、周辺国家に対してオーレン王国を攻撃するための理由を与えてしまうことになる。

 国は箝口令を敷いて、この事件を隠蔽することしかできなかった。

 数日で、俺達はリストア領を抜けていた。


「本当にこのような場所で?」

「ああ」


 そして現在、俺達は龍の渓谷近くにある森へ訪れていた。その森へ入るといったところで、一緒に来ていたサーニャが足を止める。

 この森は小国ミスラとオーレン王国の国境に位置しているが、近くに街はなく誰も近付くことはない。龍の渓谷を恐れているのと、龍の渓谷が近いためか強い魔物も存在するからだ。

 オーレン王国では死の森と呼ばれて恐れられており、自ら進んで近付く者はいない。

 サーニャが森の中へ入ることを躊躇っているのは、そのためだった。


「姫様を殺す気か!」

「そうだ! 姫様を連れて行くには、あまりにも危険すぎる!」


 煩く騒ぎ立てる二人の男。リーラの従者の者達だ。

 侍女であろう女性二人は、恐怖で固まっていて言葉が出ない様子だった。

 俺達はスラーベンを抜けた後、リストア領を出る前にリーラ達を迎えに行ったのだ。別れる前に迎えに行くと言っていたのだが、どうやら彼女達は数か月は待つことになると思っていたらしい。そのため、数日で迎えに来た俺達を見てかなり驚いていた。


「二人とも、静かになさい! 私はセイン様を信じて、付いて行くと決めたのです。今更騒ぎ立てること等何もありませんよ」

「しかし…」


 なおも何かを言おうとした男を、リーラは視線で黙らせる。普段は一切王女としての威厳というものを感じないが、王女然とした口調になると、途端に迫力が出るのが不思議だ。

 サーニャとは違い、リーラは仲間になることを承諾してくれた。そしてなし崩し的に、彼女の従者達も仲間になることが決まったのだ。


「セイン様は私達に生き残るための力を授けてくれると、そう言って下さいました。それを…その言葉を疑うのですか?」

「その辺りで勘弁してやれ」

「セイン様。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」


 さらに従者達に詰め寄っていく彼女を咄嗟に止める。


「早速何軒か建てていってくれるか?」

「はい」

「お任せください」

「足りない手は、あたし達が手伝ってやるから。心配するな」


 リーラの従者達には、リストア領の森で一から集落を作った実績がある。今回はその実績を頼りに、この森の中に居住地を確保しようと計画していた。居住地と言っても、永続的に住む訳ではない。そのため、簡易的なものだ。

 それでも大幅に人数が減ってしまった従者達だけでは、建物を建てるのは難しいという。

 なので人手不足を、力自慢の皆で補おうという訳なのだ。その他の者達は、周囲の魔物の駆逐。


「これでさらに皆を強化できるな」

「そうですね。デールやフィン達も、まだまだ身体能力だけで戦っているようですからね」


 俺の言葉をリリアが肯定する。今回は短期間で育てる必要があったため、クロやリリアのように戦闘における体の動かし方等を最低限でしか教えていないのだ。

 それにレベルもまだまだ足りない。ここを拠点とすることで、ゆっくりと育成することができるようになる。

 さらにリーラ達の新たな住処の確保、サーニャも身を隠すことができる。まさに一石三鳥と言ってもいいくらいだ。

 リーラには従者がいるとはいえ、最低でも自分の身を守れる程度には強くなってもらいたい。正確にはレベル25以上、つまり上級職には辿り着いてほしいということだ。

 レベル25だとしても戦闘の技術が伴っていれば、BランクやAランク冒険者が相手でも身を守ることができるだろう。


「すぐに戻っては来るが、少しの間任せるぞ」

「はいっす! 責任を持って、皆を守るっす!」

「クロもセインと一緒に行きたい…」


 イルが元気にそう言う中、クロは置いて行かれることを渋っていた。


「クロも任せたぞ」

「うん!」


 仕方がないので頭を撫でながら言ってやると、ようやくやる気を見せてくれる。


「それでは参りましょうか」


 俺とリリアは来た道を引き返し、近くの街を目指す。

 目的地はフールという街だ。それなりに大きな街で、死の森から溢れた魔物等の対処を任されていたりする。そのため、一般人よりも兵士の方が多い街だ。

 街へ向かう理由はただ一つ。商人の奴隷を購入することだ。

 金はある。リストア伯爵の屋敷から、気付かれない程度に持って来たからだ。それでも流石は伯爵家と言うべきか、金貨数百枚という金額を持ち出すことに成功した。

 俺は商人を育てることを考えているが、商売を教えることはできない。日本では、ただ仕事をこなすだけのサラリーマン。仕事を俺に圧しつけてくる上司が、営業関係のことや客との話し合いを全て仕切っていた。

 そんな俺が、商売のことを知っているはずがないのだ。

 最初から商売の知識がある商人の奴隷を買うしか、選択肢がなかった。それに俺ならばレベル上げ以外にも、日本での知識で新たな商品を生み出す手助けができると考えている。

 俺が知識を出し、それを商人目線で商売になるかどうか見極めて欲しいのだ。


「シルベーヌは大丈夫でしょうか?」

「シロが一緒だし、問題はないだろう」


 俺達が死の森へと向かう少し前に、シルベーヌとシロは俺達と別れていた。

 二人が目指すのはフランソワ家である。

 俺の復讐が終わったことで、彼女も一度家に戻ってケジメを付けてくると言ったのだ。それを止める気はないが、安全のためにシロを一緒に行かせた。

 シロが彼女を迎えに行った際、裏の者達が彼女を探していたと言っていたのだ。まだ探しているとは思えないが、用心するにこしたことはない。

 今回はシルベーヌ自身も戦えるので、前回のように逃げ回ることにはならないだろう。


「復讐が終わっても、まだまだゆっくりできそうにないな…」

「そうですね」


 横にいるリリアがそう言って、俺の顔を覗き込んでくる。

 仲間が増えるということはレベル上げやその他の訓練、衣食住の確保や安全の確保が必要になる。そして何より、金が必要だ。

 やることが次々に増えていく。


「楽しそうですね」

「そうか? いや、そうかもな」


 顔を覗き込んでいたリリアが言った言葉を、俺はすぐに納得する。

 確かに俺は今、異世界での生活を楽しんでいるのだ。

 日本では会社で上下から扱き使われるだけの存在であり、楽しみなど何もなかった。それが今は、仲間と共に自由を謳歌している。

 俺は仲間と一緒のこの自由を守る、そして未来のスローライフを確実なものとするためならば、たとえ忙しくても楽しむことができるだろう。

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