第四十話 増加する問題
バンの死体が一気に黒く染まり、年老いたかのように皺が増えて痩せ細っていく。これは霊系の魔物に憑りつかれた者の、死体の特徴だ。
まさか悪魔の呪いと戦うとこになるとは、思ってもいなかった。悪魔の呪いは特殊な魔物で、そう簡単に見ることができる魔物ではない。
英雄街道でも、魔王城で一度戦う程度の魔物だ。そして英雄街道では魔王城到着まで、つまり魔王との戦闘前まで出て来ない魔物ということでもある。悪魔の呪いは本来、ゲームの終盤に出てくる強敵なのだ。
それにバンは気になることを言っていたな。確か次代の魔王がどうとか…。
新たな魔王を誕生させようとしている者達が、この世界にいるということなのだろうか?
その過程で悪魔の呪いが生み出されたのだとしたら、石のような物の中に魔物がいたことも、一応は納得できる。だが果たして、人間にそのような技術があるのだろうか…
「そろそろ戦闘は終わりましたか?」
そう声をかけ、戦闘が終わったことを察したリリアが、サーニャを連れて部屋の中へと入って来る。彼女達はバンが悪魔の呪いに憑りつかれてすぐ、この部屋から出ていた。
「バン様が何故魔物を…」
信じられないといった表情で、黒く染まった彼の死体を眺めている。だがいくら信じられないと言っても、目の前で起きたことは全て現実だ。
そして何者かに力を授かっていたことも、彼が言ったように事実なのだろう。悪魔の呪いは彼に操れるようなレベルの魔物ではないのだから。
「入り口の近くまで一度戻るか」
「そうですね、こちらは見終わったようですし。途中でクロとも合流できるかもしれません」
クロは一人で暴れ回っていたのだろう。俺達が入って来てからずっと聞こえていた喧騒が、すでに聞こえなくなっている。
この屋敷の中で生きている者は、俺達以外にはいない、もしくは隠れて出て来ないのだろう。俺達は隅々まで見て回ったので、逃した存在はいない。しかし、クロはその辺り大雑把なので、見逃している生き残りがいるかもしれない。
そう思っていたのだが…。
「煩い!」
「当然です。僕が見つけたからいいですが、もし生き残った者が国へ僕達の情報を伝えたら、どうするつもりですか!」
玄関扉の前で、クロとシロが喧嘩をしていた。話の内容からして、クロが見逃していた生き残りを、後から来たシロが見つけたのだろう。
姉の尻拭いは、しっかりと弟が果たしていたようだ。
彼が後から回ったのならば、安心できる。
「その辺りにしておけ。さっさと裏口にいるイル達を連れて、皆でこの街を出るぞ」
「そうですね。馬鹿と言い争っていても、時間の無駄でした」
「何? 馬鹿って誰のことを言ってるの?」
シロの言葉に、クロがさらに怒った様子を見せる。
「それよりも、そちらの方はどうするつもりですか?」
「サーニャか?」
シロの質問を受け、話の的であるサーニャが何とも言えない表情を浮かべた。
彼女にはすでに、仲間にならないかと尋ねていた。そして、残念なことに断られている。
どうやら、俺のことを死んだと言っていた父の言葉を真に受け、殺そうとした張本人とその息子に、今の今まで仕えていたことが許せないらしい。そのため、俺の仲間になるのは心苦しいようだ。
これは本人の問題である。俺が気にしていないといったところで、彼女の返答が変わることはない。
リストア伯爵の屋敷を襲撃者が俺達であると、彼女は知っている。なので本来ならば、仲間にならない場合は殺した方が良い。その方が、余計なリスクを背負わなくて済む。
しかし、彼女は生きてここにいる。それが俺のした選択だ。たとえ仲間にならなかったとしても、彼女は殺さない。
だが、情報が漏れても困る。この後間違いなく、この屋敷は王都から派遣された者達によって、徹底的に調べられることとなる。
その時彼女だけが生き残っていると、拷問をしてでも情報を引き出すだろう。彼女は拷問に耐えられるような訓練を受けた人間ではない。絶対に喋らないとは言い切れないのだ。
「サーニャは仲間にはならない。なので死んでもらう。でも、殺しはしない」
「それはどういう…」
流石のシロも、意味が分からないらしい。確かに、これだけでは言葉が足りないだろう。
「彼女には今日から、亡霊として生活してもらう。所謂、第二の人生と言うやつだ。この街を出たら。サーニャの顔を知っている奴はいないだろう?」
「なるほど。別人となって暮らすという訳ですか」
どこかの街に入る場合は、身分証を提示する必要がある。身分証がなければ、色々と調べを受けた後で入ることが許されるのだ。
しかし、彼女はそんなことをされたら素性が公となってしまう。なので身分証もなく、調べも受けないように生きていかなければならない。
一度街に入ってしまえば問題はないが、最初入るのが問題だ。
これは俺達が解決する必要がある。どうにかして街に潜り込ませる。または身分証を提示しなくても良い場所を探すしかない。
一つ目は兎も角、二つ目は現実的ではないだろう。
身分証を提示する必要がない場所は、主に入り口を守る兵士すらいない小さな村等だ。冒険者や伝手があって来た者ならば問題ないが、何の所縁もない者が暮らしていける場所ではない。
生きていくためには住む場所や仕事が必要となる。だが、どちらも小さな村では得られない。
「難しいですね」
「まあ、一つ考えはあるんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ」
そう。それはずっと考えていたことだ。
俺達は常に金がない。生活するための金には困っていないが、奴隷を買ったり馬を買ったりと、出費が多かった。
さらに仲間を増やす場合は、またお金が必要となる。俺達には財源が必要なのだ。
商人を育てる。これが俺の、その問題に対する答えだった。
そして、商売は一人で全て行える訳ではない。儲けを出すためには大きくなる必要がある。当然そうなれば、手伝いは必要となるあろう。
彼女には、俺の育てた商人の下で働いてもらおうと考えていた。それならばリストア領以外で活動することになるし、商人の従者として身分を隠したまま街へ入ることができる。
従者の行動は主人の責任となるので、態々従者の身分まで調べることはないのだ。
そして彼女が何とも言えない表情をしたのは、俺が商人を確実に育て上げることができるかという問題があること、そしてそれまでどこで生活するかという問題が残っているからだ。
「その辺りはスラーベンを抜け出してから考えればいい」
今最も重要なのは、無事にこの街を抜け出すということ。そして、情報を持つサーニャも一緒に連れ出すことである。
「やっぱり裏にも来てたんだな」
「そうっすね。少人数で逃げようとしてたっす」
イル達と合流すると、近くに馬車が倒れていたのだ。さらに馬車の周りで倒れている者達が数人。全員イル達が倒したのだろう。
そしてその中には、俺の父であるリストア伯爵の姿もあった。
彼はどうやら、自分の妻や息子を捨てて一人で逃げ出そうとしたらしい。恐らく、裏口近くに置いてあった馬車はビビアンに用意したものだろう。リストア伯爵家の旗を掲げた、立派な目立つ馬車だった。
反対に倒れている、彼の乗っていたであろう馬車は普通の馬車だ。誰もこの馬車に伯爵本人が乗っているとは思わない。一つ彼の作戦にミスがあったとすれば、それは俺達が皆殺しを前提に動いていたことだ。
「これで目的は達成だな。後は表にいるシルベーヌ達と合流して、この街を抜け出すぞ。獣人三人は、頼りにしているからな」
「任せてくださいっす!」
「あたし達なら、見つからずに街を出るなんて簡単だ」
「セインお兄ちゃん。精一杯頑張ります!」
父も死んだと分かったので、後は本当に抜け出すだけとなった。サーニャのことや魔王関連のこと等、考えることは山ほどできてしまった。だが、それを考えるのは今ではない。
俺の言葉を聞いた獣人三人娘は、頼もしいことにそれぞれやる気を漲らせていた。