第四話 旅立ち
怪我はなさそうだと認識した後、黒髪の女の子は白髪の子の背中から出て来なくなってしまった。
「すみません。お姉ちゃんは少し人見知りで…」
そう言って妹の方が頭を下げる。頭を下げたことにより顔が見えた姉は、それに気付いてすぐ視線を逸らす。
「…大丈夫ですよ」
そう返すが、少しの人見知りではないように思うのだが…。
取り敢えず安全になったので、二人を改めて見る。白髪の子は俺より少し背が低いくらい。俺が140センチくらいなので、120センチくらいだろうか? 黒髪の子はさらに低いので、100センチくらいだろう。
二人とも目鼻立ちがくっきりとしており、顔つきは日本人離れしている。まあ俺もこっちの世界の子供の体なので、同じようなものだろうが。
二人はどうしていいのか分からないといった表情でこちらを見ている。子供二人だけでここに連れ去られたのだ。助かったとはいえ、ここから先のことを考えることができないのだろう。
「二人の家は何処にあるんだ?」
取り敢えず尋ねてみる。リストア領なんて英雄街道にはなかったので、聞いても分からないかもしれない。だが、知っている場所ならば連れて行ってあげるくらいはしてあげようと思った。
「えっと…その…」
白髪の子が答えようとして言葉を詰まらせる。何か事情があるのか、言うこと自体に迷っているように感じた。視線を左右に泳がせ、どうしたらいいかと考え始める。
「…家はない」
彼女の後ろから、別の声が聞こえてきた。それを聞いて白髪の子が振り返り、俺もそちらを見る。
「!?」
俺の視線を感じてか、黒髪の子が視線を下に下げる。だが意を決したように顔を上げ、こちらに視線を合わせてきた。
「実は…」
彼女が自分達の境遇を話し始める。
二人はスラム街の男に拾われたようで、その男に育てられたらしい。名前は黒髪と白髪だからクロとシロ。かなり安直な名前で、二人への愛情など微塵も感じられない。事実、その男は二人を労働力として育てていたようだ。
歳は同じで10歳と言っていた。拾われた際の大まかな年齢なので、実際は確認してみないと分からないようだが。
男はスリや盗み等を覚えさせ、食べ物を二人に集めさせていたらしい。二人の成果を全て回収し、先に男が腹いっぱいになるまで食べる。その後、残った食料を二人は与えられていたそうだ。
二人は別の場所で拾われたと言っていた。姉妹のような存在だが、血は繋がっていないらしい。
それととても重要なことだが、白髪の子は妹ではなく弟だったようだ。俺の勘違いが露見した際、クロは苦笑を漏らし、シロはどんよりした顔で落ち込んでいた。どうやら、スラムでもよく女子と間違えられていたようだ。
二人の話を聞き、どうしようかと考える。帰る場所がないのなら、俺が面倒を見ないと二人は死んでしまうだろう。ここは日本みたいに甘くないのだから。
「近くの村や町まで送っていってやるが、どうする?」
判断は二人に任せる。10歳の子供にその判断を任せるのは酷な気がするが、これは二人の人生である。他人の俺は二人の判断を尊重し、支援することに努めるべきだろう。
考え込む二人が答えを出すまでじっと待つ。やがて、クロが声を上げる。
「えっと、あなたは…」
そう言ってこちらを見る。ん? 俺、まだ名のってなかったか…。
「俺はセインだ」
そう。俺はセインだ。羽柴 紅でも、セイン・リストアでもない。これからはただのセインとして生きていく。
「セインはこれからどうするの?」
どうする…か。一つだけ確実に言えるのは、リストア家への復讐だ。これは確実に行う。そうしなければ、俺の内側で燻る復讐心や殺意が一切消えないだろう。随分と面倒な気持ちを、セインは残してくれたものだ。呪いと言ってもいいのではないかと思えてくる。
復讐以外には…。俺はもう日本にいた頃のような面倒な仕事や、何日も続く残業をしたくはない。自由気ままな冒険者でもやるか? この世界の状況が分からないが、先ほどの戦闘を見る限り、俺の実力ならば食べていくことくらいは容易な気がする。
別に冒険者にこだわる必要もないか。ここは異世界だ。スローライフを目標にしてもいいかもしれないな…。
そうなってくると、必要なものはやはり金だろう。リストア家への復讐を考えると、他の国で生活する必要があるかもしれない。何処に居を構えるかも、今後考えていく必要がある。後は情報収集だろうか…。俺の今の実力が、世界でどの程度なのか知る必要がある。それで今後の動き方が大きく変わってくるだろう。自分の身の安全を確保するのも、スローライフを送るために必要なことだ。
やることは沢山あるが、全て今後のために必要なものだろう。情報収集等を考えると、旅に出るのが一番手っ取り早いか…。
「俺は旅に出るつもりだ」
ようやく纏まった考えを、二人に聞こえるように言う。色々と考えていたので、数分は経っていたはずだ。二人はそれをずっと待ってくれていた。
「クロ達もいく」
その言葉にシロが一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐにこちらを向いて首肯する。シロはクロに着いていくと決めていたのだろう。
俺は考える。自分一人ならば問題ないが、二人はレベルが低く、戦闘経験も皆無だろう。死体だらけのこの洞窟で冷静さを保っているあたり、スラムで死には慣れているのだろうが…。
「駄目?」
「いや…まあいいだろう」
上目遣いでそう尋ねてくるクロに、俺は咄嗟に答えてしまっていた。
「やったぁ!!」
嬉しそうにしている彼女を見ると、まあいっかという気持ちになってくる。何というか、見ていて微笑ましい。俺はここまで子供に甘かっただろうか? 日本にいた時もリストア家にいた時も、子供に甘かったという記憶はないのだが…。
「それじゃあ、準備を始めるか」
「準備ですか?」
俺の言葉に、シロが首を傾げて尋ねてくる。シロのこういった仕草が女の子と勘違いされる原因なのだろう。そう思うが、態々彼に伝えることはしない。その代わり、彼の疑問に答えてやる。
「この洞窟を漁る」
そう言ってから一時間近くが経った。日も暮れ始め、今から洞窟を出るのは得策ではないだろう。
この洞窟は山賊か盗賊かは分からないが、彼等が寝床にしていた場所なのだ。金や食料になるもの等がそこかしこにあった。これで当分の生活には困らない。
さらに、死体も二つ増えてしまった。奴隷商が外に人を待たせていたようで、外には小さな馬車と男二人がいたのである。
馬は逃がしてしまった。子供だけで馬車を引いていると目立ってしまうからな。
今後のために、何処かの町で身分証を発行してもらう必要もあるだろう。
武器は彼等が使っていたものを拝借した。あまりいいものではないが、ないよりはマシだ。俺はボスが使っていた斧を持っているが、二人は力がなかったのでナイフを持たせている。斧は俺のサイズでは少し長すぎたので、柄を剣で斬って調節した。刃の大きさと柄の長さがあっておらず、かなり不格好である。
早朝、俺達は旅支度を済ませて洞窟を出る。
「これから何処に行くの?」
俺の隣に立つクロがそう尋ねてきた。彼女は俺に慣れたようで、いつからか普通に近くにいるようになっていた。これから一緒に旅をするので、有難いことである。
「一旦近くの町か村による。その後、龍の渓谷に向かう」
「「嘘っ!?」」
二人の言葉が重なる。信じられないモノでも見るかのような表情で、俺を見ている。龍の渓谷が英雄街道と同じようにあればいいが…。
「龍の渓谷って、ドラゴンがいるところだよね?」
「はい。危険すぎて誰も近付かないって聞いてます」
龍の渓谷はこちらにもあったらしい。
英雄街道でスキルを手に入れるには、二種類の方法がある。決められたミッションをクリアして手に入れる方法と、魔物を倒して経験値を手に入れる方法だ。経験値で獲得できるスキルは基本的に共通スキルである。ステータスが上昇するスキルが、経験値で獲得できるスキルとなっているからだ。
英雄街道でもパワーレベリングと言って、初心者はよく上級者に連れられて経験値を稼いだものだ。それで取り敢えずステータスだけ底上げして、ミッションをこなして他のスキルを獲得していくのである。
龍の渓谷はパワーレベリングに最適だった。下級龍はそれほど強くなく、上級者ならば簡単に狩れるののだ。さらに基本的に一体ずつ相手でき、経験値も沢山得ることができる。これほど美味しい狩場はない。
「龍の渓谷に、パワーレベリングに行くぞ!」
一緒に旅をするのならば、最低限二人を強くしておく必要がある。
俺の言葉に二人は顔を青褪めさせながら、パワーレベリングってなんだ? と首を捻っていた。