第三十七話 リストア伯爵邸襲撃
オーレン王国リストア領にある都市、スラーベン。ここにはリストア伯爵家の者達が住む屋敷が存在する。
俺達の目的地はそこなのだが、その前に街に潜り込むという問題があった。
現在の俺達の姿は、約半数がフードで顔を隠しているという怪しい格好だ。獣人の奴隷として潜り込むとしても、人数が多ければ確実に目立つ。そのため、姿を晒しているのは見た目が子供であるイルとルゥだけだ。フィンには悪いが、俺と一緒に姿を隠してもらっている。
さらに知り合いがいるデールとビビア、念のために伯爵家令嬢であるシルベーヌもフードを深く被っていた。
このような集団が街に入ろうとすれば目立つだけでなく、怪しいと兵士に止められてしまう。下っ端の兵士は俺の顔を見たことはないので、一目見て気付くといったことはない。だが、俺の身分証はセインという名前で登録されている。
流石に名前を見れば、勘付かれる可能性があった。
「クロとシロの二人に頼むがいいか?」
「任せて」
「それくらいならば、問題はないですよ」
クロとシロは、これから二人だけで街へ入る。先に入って情報を集めているはずのリリアと合流してもらうためだ。
リリアの見た目ならば、奴隷を連れていてもそれほど疑いはされないだろう。一度迎えに来てもらい、イルとルゥを街へ入れる算段だった。
二人が門の前にいる兵士へ身分証を見せ、中へと入って行くのを見守る。
その後、残った俺達はどうやって侵入するかを考えないといけない。
「やはり、見つからないように侵入するしかないのでは?」
「無理だ。強引に突破はできるけど、誰にも見つからないのは流石な」
「私の従者として入るのはいかがですか? そもそも私は、どうして姿を隠しているのでしょう?」
シルベーヌがそう疑問の声を上げる。確かに彼女と父には面識がないだろう。
「フランソワ家も伯爵家だろう? 流石に、シルベーヌの立場くらいは知っているはずだ。検査や確認もなく、入れてくれる訳がないだろう」
「それはそうですが…」
俺の言葉を聞き、彼女は納得できない表情を浮かべながらも下がってくれる。
「それに顔を晒したら、この襲撃以降に動き難くなる」
シルベーヌは家出中とはいえ、伯爵家の令嬢だ。そんな彼女がこの街に来たならば、何かしらの記録か誰かの記憶に残る。
リストア伯爵が襲撃された後彼女が街からいなくなれば、襲撃との関係が噂されるかもしれない。それはこの先の彼女の生活に悪影響を与えることになるだろう。
「それでは、やはり力尽くの突破ですか?」
「アタシはそれが一番楽でいいと思うがな…」
俺も変に潜入して向こうに情報を与えるくらいなら、真っ向から突入して情報を与える前に、襲撃を成功させた方が良い気がする。
「それにはやはり、イルとルゥにも先に街に入ってもらわないとだな」
ここまで時間を掛けて作った、折角の襲撃チャンスなのだ。こちらが先に着くか、向こうへ伝わるのが速いか等の博打をするつもりは最初からない。
要は逃げられなければいいのだ。そのために、先に入った仲間に屋敷を囲んでもらう。俺自身で母の仇は討ちたいが、もし向こうが先に動けば仲間達に頼む。
それから俺達はリリアの迎えを待ち、無事にイルとルゥの二人も街へと入れることに成功した。二人のついでにビビアも街に入れれたのは行幸だった。
デールはこの街の兵士等とも顔見知りだが、彼女の顔を見て気付くのは数人だから問題ないとデールが言ったのだ。
それに獣人の奴隷だけを連れているよりも、人間の従者も連れている方がいい。
「それにしても、ようやくこの時が来たか」
俺が…と言うよりも、殺されたセイン・リストアが逸る気持ちを抑えつける。
リリアの情報によれば母の仇であるビビアンも父であるリストア伯爵も、その息子であるイアンも屋敷にいることは確認できたらしい。
確実に復讐を遂げることができる。ここまで用意周到に立ち回って来たのだ。今更焦って失敗するような真似はできない。
襲撃作戦の決行は今夜だ。伯爵領の都市ともあって、昼間はかなり人通りが多い。そんな中に突撃していては、屋敷に辿り着くのに時間が掛かってしょうがない。
「陽が沈むまではまだ時間がある。皆、今の内にゆっくり休んでおけ」
特にやる気を漲らせているシルベーヌ。彼女には少し頭を冷やしてほしいものだ。
包囲するという作戦は、すでにリリアにも伝えてある。俺達が街へ突入する頃に、彼女達も屋敷を包囲してくれるはずだ。
そして二時間が経過した頃。
「そろそろ動くぞ」
「もう門が閉まる時間ですか?」
「そうだな。野営に偽装するための用意もしておけよ」
俺達は現在、街から少し離れた場所にいる。開けた土地なので周囲が丸見えで、街の近くにいるのに入らないのは明らかに怪しい。そのため、警戒している兵士から見えない辺りで休んでいたのだ。
襲撃時間はまだ先だが、今から街の近くに移動する。時間を調整して、門が閉まった少し後に街へ到着する予定だ。
門は閉まると、余程のことがない限り朝まで開くことはない。なので、入ることができなかった者達が近くで野営するというのは時々あることだった。
「フィンは門の周囲の様子を探ってくれ」
「任せとけ」
俺の言葉に応え、フィンが獣人の能力を活かしてその場から情報を集める。
数は全部で八。門の外に二人、内に六人という配置だ。さらに六人の内二人は、外壁の上から街の外を監視している。
この八人を無力化すれば、後は屋敷へと一直線に向かうだけとなる。
「俺達が門へと向かうと同時に、フィンは上の二人を狙撃。デールとシルベーヌは外の二人を。俺は門の内にいる残りの四人」
先に狙撃をすると、内側の兵士がそれに気付いて報告へ向かうだろう。それは外の兵士を先に倒しても同様だ。
全てを同時に進める必要がある。
「行くぞ」
俺の合図で一斉に動く。
俺達が門に近付いたことにより、外の兵士がこちらへ警戒した視線を向けてくる。さらに外壁にいる兵士が、その様子を観察していた。
「風の奔流」
俺は地面へ向けて風の中級魔術である、風の奔流を放つ。一直線にしか攻撃できないスキルだが、今はそれで問題ない。
地面に放たれた風が俺の体を風圧で押し上げ、大きく上昇させる。
「空蹴」
さらに拳聖のスキルである空蹴を使い、空気を蹴って壁上まで上りきる。
空蹴は非常に優秀なスキルではあるが、決して使い易い訳ではない。何度も空気を蹴って空を飛べるといったものではなく、空中で一度だけ使え、緊急回避や空中での急加速等に使うスキルだった。
「なっ!!」
「ぐあ!?」
俺が着地すると同時に、驚きで固まっていた兵士二人へ矢が襲い掛かる。フィンが見事に二人を射抜いたようだ。
「俺もさっさと片付けないとな」
門の内側へと、愛用の大剣を担いで飛び降りる。
「何だ?」
「上を!?」
兵士達の声で何かが起きていることを察知した兵士達が、頭上から飛び降りてくる俺を見る。
「空蹴」
途中で空気を蹴って速度を調整し、大剣を振りかぶる。今の身体能力ならばそのまま飛び降りても問題ないだろうが、それでも流石に試す気にはなれなかったのだ。
「あまり大きな騒ぎにしたくないからな。すぐに終わらせる!」
「退避!」
「いや、奴を止めろ!!」
下の兵士達がバラバラの動きを見せる中、俺は落下の勢いのままに大剣を振り下ろす。大剣は地面に激突し、その衝撃が音と共に空気と地面を揺らした。
「逃げた奴はいないな」
地面に叩き付けただけなので、まだ一人も斬ってはいない。それでも回避するのに必死だったのか、それとも衝撃に当てられたのか。俺の目の前で四人全員が腰を抜かしていた。
「化け物かよ…」
「くそっ!」
「このことを、知らせ…なくては」
「…」
すでに諦めた目をしている者や、剣を手に必死に立ち上がろうとする者。色々な者がいる中、共通しているのは俺に対する恐怖の視線。
「悪いが、邪魔になる前に殺させてもらう」
地面に突き刺さった大剣を引き抜き、兵士の下へとそれを振り抜いた。




