第三十話 フォグの冒険者3
「本当にこの依頼を受けるのですか?」
「ああ。別に大蜥蜴を倒しに行く訳ではない。心配するな」
「それでも、今山裾の近くに向かうのは危険です!」
俺が受けようとしている依頼は、ただのオーク討伐だ。山裾の近辺にある川辺に、オークが数体住み付いた。それを討伐するという依頼である。本来ならば、オーク討伐はすぐに誰かが受けるような美味しい依頼だ。だが、今回は大蜥蜴がいるという情報から誰も手をつけていなかった。
オークはすぐに繁殖して数が増えるので、急いで討伐することが望まれる。そのため、オーク討伐の依頼はある程度の報酬が約束される。それにオークの肉は美味しいとは言えないが、食べられないという訳でもない。そのため、肉も素材といて買い取ってもらえるのだ。
「そもそも山裾はここからも近いから、誰かが様子を見に行くべきだろ?」
「それはそうですが…」
受付嬢はそれでも危険だと渋っていたが、最終的には折れて依頼を受けることができた。
今回の大蜥蜴は、何としても討伐する必要がある。リストア領方向へと魔物が動けば、伯爵として動く必要が出てくるだろう。そうなれば、こちらの計画が狂ってしまう。大蜥蜴自体が向かわなくても、他の魔物がリストア領側へと逃げて魔物の大暴走になる恐れもある。
王国の軍がリストア領に派遣された場合、かなり動き難くなってしまう。
そもそもの話、未知の大蜥蜴と言われている魔物はただの蜥蜴ではない。赤茶色の強固な鱗に鋭い牙、赤い瞳に鋭い爪、そして全長十メートルの巨体。間違いなく、地竜と呼ばれるドラゴンだ。
地竜は他のドラゴンとは違って、飛ぶための羽がなくブレスも吐かない。そのため、蜥蜴と間違われているのだろう。どれだけ蜥蜴の魔物の情報を集めようと根本から違うので、詳細な情報を集められる訳がない。
そしてさらに、リストア領の者達で地竜を倒せるとは思えないのだ。英雄街道のプレイヤーからの地竜の評価は完全に二分される。
飛べずブレスも吐けないので、他の下級のドラゴンと比べても倒し易い。
飛べずブレスも吐けないが、代わりに中級のドラゴン並みに攻撃力も防御力も高いので厄介。
この二つだ。前者は高レベルの魔術師がいるパーティーによるもの。後者は魔術師がいない、もしくは魔術師が育っていないパーティーによるものだ。
この世界の魔術師は貴重なので、数があまりいない。さらにレベルも低いので、後者のパーティーのように苦戦することは間違いないだろう。Aランクの冒険者パーティーを二つ三つ用意して、ようやく討伐できるといったところだ。
中級のドラゴンの強さは、上級職の者が一人で倒すのはかなり難しいというレベルである。レベル50に近い者ならばそれほど苦労せずに倒すことも可能だが、それは地竜の倒し方を知っている者に限る。
飛べないしブレスも吐けない中級レベルのドラゴンという認識があれば、かなり戦いを楽に進められるはずだ。実際、中級のドラゴン相手にクロ達は一人で戦っても勝てる。流石に無傷とはいかないが…。これは龍の渓谷で実証済みだ。
中級のドラゴンに比べたら、身体能力だけが中級クラスの地竜はそこまで脅威にはならないだろう。
なので、今回もあまり戦闘に関しては心配していない。基本的に中級の魔物一体相手ならば、レベル50近い者が一人いれば問題なく勝てるのだ。これは戦う魔物の情報を知っているという前提だが…。
そして俺は殆どの魔物の情報を持っている。伊達に英雄街道をやり込んだ訳ではない。
上級以上、もしくは中級以上の魔物の群れが相手ではない限り、俺が負けることはないと思っている。やはり相手の攻撃手段を知っているというのは、かなり大きいメリットになるということだ。
「地竜と戦うのは、初めてだから楽しみ!」
冒険者ギルドを出ると、クロがさっさと歩いていく。その足取りは軽く、嬉しそうにしているのが一目で分かる。
いつもは察しが悪いのに、こういう時だけかなり察しが良いらしい。普段からこうならどれほど楽なことか。
それよりも…。
「こっちだぞ」
「え…? そうだっけ」
俺がそう言って指をさすと、慌てて戻って来たクロが、少し恥ずかしそうにしながら再び前を歩き始めた。
本当に、普段からその察しの良さを他の部分に回してほしいものだ…。
今回オークの討伐依頼を受けた理由は、簡単に言えばカモフラージュのためだ。流石に地竜を倒したとなれば、ゴブリンキングの討伐以上に騒ぎになることは間違いない。
下手をすると、王都へ招かれる可能性だって少なくないほどだ。そのため、態々台本を用意している。
地竜との戦闘を隠すことはできない。かなり地形に影響がでることが、簡単に予想できるからだ。なので、戦闘を隠すつもりはない。
ただ誰が戦闘したのかということと、地竜の死体は隠すつもりでいる。ようは謎の大蜥蜴の魔物と誰かが戦い、その魔物は何処かへ去ったと報告すればいいのだ。
俺達が山裾の近くへ行った時にはすでに戦闘が終わっており、誰が戦ったのかも魔物が何処へ行ったのかも知らない。ただ、この近くに大蜥蜴はいないという報告をする。その後は確認のため、他の冒険者も周辺の確認の依頼を受けることになるはずだ。そして安全と分かれば、脅威が去ったとギルドから発表される。
「中級より弱いと言っても、少しは楽しめるはず…」
「そうだな」
クロの呟きに、適当に返事を返す。俺が地竜の特徴を語って以降、彼女はずっとこの調子だった。
龍の渓谷には地竜がいなかったため、詳細な情報は教えていなかったのだ。そのため、彼女は初めての種類のドラゴンにワクワクしていた。
その楽しみを俺が奪ってしまったという訳だ。いや、情報を渡す行為自体は問題なかった。ただ彼女は、地竜が下級のドラゴンと知って落胆してしまっただけである。
初めは俺も申し訳ないと思っていた。中級のドラゴンを倒し慣れた彼女ならば、情報があまりなくても地竜を倒すことができただろう。それをさらなる安全を考えて情報を晒したのだ。
態々晒す必要がなかった情報を晒して、楽しみを奪ってしまった。ネタバレをしてしまったのだと思ったのだが、ただ弱い相手だと知って落胆したことを知って、俺も申し訳ないと思っていた気持ちが失われた。
それからは、俺も軽い返しをしている。
「そろそろか」
「地竜はクロが一人で倒すからね」
例え弱くても、自分が戦いたいようだ。彼女はバトルジャンキーというような戦闘狂いではないが、体を動かすことが好きであまりじっとしていられない。
だから後ろで黙って見ているよりも、戦いたいと前に出て行く。それなのに人見知りで、他人と積極的に関わろうとしないのだからよく分からない。
彼女に魔術師としての才能がないのは、こういった性格が関係しているのではないかと思ってしまうことがある。
「クロ、まずはこっちだ」
「山裾に行くんじゃないの?」
そわそわとしながら地竜の目撃場所へと行こうとする彼女を止める。
「先にオークの討伐だ」
「むぅ…」
明らかに嫌そうな表情を浮かべる。オークは弱すぎて、態々討伐しに行きたくはないようだ。
それでも依頼を受けたからには、討伐する必要がある。それに地竜との戦闘で逃げられては面倒だ。イレギュラーなことで依頼をこなせなかった場合、失敗扱いにはならない。今回の場合はイレギュラーに該当するだろう。
だが、それは成功になるという訳ではない。逃げたオークを追いかけるのは面倒だが、先に討伐しておけば問題ないので、先に依頼を片付けるべきだ。
「そんな…」
クロが愕然として、地竜の死体の前に崩れ落ちる。
結局どれだけ探してもオークが見つからず、その後地竜の下へと来てみれば、すでに何者かによって討伐されていたのだ。
図らずも、俺の台本通りになってしまったのである。
俺達が倒す予定だったことを除いて。




