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第二十九話 フォグの冒険者2

  

 動かなくなった四つの死体…ではなく、両腕両足を折られて動けなくなった四人の男達の前で、クロが腕を組んで睨んでいる。彼女の一方的とも言える暴力を見ていた周囲の者達は、ただ茫然と彼女を見つめるのみだ。

 クロが床に倒れた男を睨んでいる理由は、周囲の者達の視線も影響している。視線を一身に集めた彼女は、どうやら再び人見知りを発揮してしまったようなのだ。

 周囲が彼女の言動を見守る中、一言も彼女が喋らないので、このような硬直状態が生まれてしまったという訳だ。勿論倒れた男達が言葉を発することはない。

 俺が止めなければ、彼女はこの男達を殺していただろう。これは散々俺が教えてきたことだ。敵を下手に生かすと、後々邪魔をされることになると。何も問題がない場所ならば、俺が止めることはなかった。だが、ここは冒険者ギルドだ。流石に目撃者全員を、口封じで殺す訳にもいかない。

 てっきりクロもそのことを理解していると思っていたのだが、剣を抜かなければ殺しても問題ないと思っていたようである。

 だから彼女は男達が武器を抜いた後で、攻撃していいかの確認を取ったのかと今更ながらに気付く。拳でなら殺しても構わないのなら、武闘家や拳聖に勝てる者はいなくなる。元々この二つは、拳で戦う職業なのだから。

 それにしても、クロが何か言わないといつまでもこの静寂が続くのだろうか?

 彼女もどうしていいのか分かっていないようだし、そろそろ助け舟を出そう。


「クロ…よくやった」

「うん!」


 俺の言葉を受け、彼女は笑顔を浮かべて俺の側へ来る。

 よくやったというより、やりすぎな気もするが、向こうは武器を使っていたのでそこは問題にはならないだろう。クロは一度も剣を抜いていない。

 周囲の者達は暴れていた時の彼女と今の彼女のギャップに、かなり引いているようだ。


「兵士を…」


 ようやく受付嬢が、兵士を呼びに行くよう他の職員に告げる。

 男達は両腕両足を折られた以外にも、そこら中から血を流していた。どちらかというと、兵士よりも医者が必要だと思うのだが…。受付嬢もかなり動転しているようだ。


「まさかギギルがあんな簡単にやられるとは…」

「化け物だ」

「Eランクなんて、絶対に嘘だろ…」


 皆が口々にそう呟いている。この男達のパーティーリーダーがギギルという名の男で、一番に絡んできた男らしい。

 彼等も俺達と同じように最近この町へ来たようで、この町にCランク以上の冒険者がいないと知ると、先ほどのような横暴な態度を取り始めたようだ。

 それにしても、彼等はかなり弱かったように感じる。クロが異常な強さなのは抜きにしても、精々レベル10程度だろう。

 この世界の者達は総じてレベルが低い。その代わり、低いステータスを技術でカバーするような者達もいる。そのような存在ならば、Cランクでこのレベルでもギリギリ理解できる。しかし、彼等は戦闘技術すら拙いものだった。

 Cランクと言えばベテラン冒険者だ。だが、彼等は本当に上位の魔物を狩れるのかと問いたくなるようなレベルだった。

 強さで言えば、Dランクの上位に何とか食い下がれるくらいか…。


「彼等の経歴を洗い直す必要がありますね」


 ギルド職員の何人かも俺と同じ結論に達したようで、小声で話し合っている。このやりとりは、受付の近くにいた俺達以外には聞こえていないだろう。

 当然のことながら、ギルド内は町中と同じ扱いだ。冒険者同士の喧嘩は個人の問題だが、町中で武器を抜く行為は犯罪である。今回の件で身分証に犯罪歴が記載されるため、彼等が冒険者として戻って来ることは二度とない。

 しかし彼等が不当にCランクへと昇格したならば、それを手助けした存在がいる。それも、冒険者ギルド内にだ。どこの冒険者ギルドで彼等がランクアップしたかくらいは、すぐに確認が取れるだろう。その後のことは、ギルド職員の腕次第だ。


「失礼する!」


 男が大声を上げながら、ギルドの扉を開けて入って来る。職員が呼びに行った兵士かと思ったが、どうやら違うらしい。それにかなり慌てているようだ。


「私はベールル男爵様の使いである! 山裾に現れた大蜥蜴の討伐を依頼したい!」


 そう言って受付嬢に詰め寄ると、すぐに詳細を語って依頼書の作成を始める。

 ベールル男爵は、リストア領のホーワットという街を伯爵の代わりに代官として収めている男だ。リストア領でも依頼を出しに向かったが、こちらの方が近いので使いの男が来たらしい。

 どうやら見たことのない大蜥蜴が山裾に現れ、討伐に向かった冒険者が帰って来ないようだ。討伐に向かった冒険者はDランクパーティー二つ、そして後から向かったCランクパーティー一つ。その全てが帰って来なかったらしい。


「なので、Cランクパーティー以上が望ましい」


 ホーワットにいたCランクパーティーが討伐に失敗した以上、Dランク以下のパーティーでは依頼をこなすことは厳しいだろう。


「そう言われましても…」


 受付嬢が困った表情でそう言い、倒れているギギル達を見る。恐らくこの町で、彼等が唯一のCランクパーティーだ。そして見て分かる通り、今彼等はまともに動くことができない。


「何事だ!?」

「これは…」


 受付嬢の視線を追って、ようやく倒れ伏した彼等に気付いたようだ。この男は、相当慌てていたのだろう。それだけ大蜥蜴が危険な存在だということだ。

 受付嬢は俺達へと視線を向けている。ギギル達をこのような姿にした俺達に、この依頼をどうにかしてほしいのだろう。

 たとえ無事だったとしても、Cランクパーティーを退けるような魔物を彼等が討伐できるとは思えない。なので、その視線を向けるのを止めてほしい。


「街を救おうと気概のある冒険者はいないのか! それでもオーレン王国の民か!」


 反応が鈍いのを察して、使いの男が無茶苦茶なことを言い始めた。その叫びを聞いた冒険者達が、さらにやる気を失くしていく。

 依頼を受けるかどうかを決めるのは冒険者の自由だ。大きな街や国が滅びるレベルの危険がある場合は、緊急依頼として依頼が出される。これには冒険者に対して強制力があるが、今回の場合はその限りではない。

 冒険者は討伐依頼に命を賭けて臨む。たとえ格下の相手であろうと、何が起きるか分からないからだ。なので皆、万全の状態を整えてから外へ向かう。

 自分達の命が掛かっている以上、依頼を選ぶ際は慎重になる。特に危険度と報酬が釣り合っているか等はしっかりと確認するものだ。

 今回のように横暴なことを言うような輩の依頼を、誰が好き好んで命を賭けてまで受けようと思うのか。危険な魔物だということもすでに分かっているのに。


「クソッ。やはり田舎の小さな町では話にならないな」


 そのような捨て台詞を吐いて男は出て行った。


「ふざけるな!」

「何が男爵の使いだ!」


 男が出て行った途端に、冒険者達から罵声の嵐が飛ぶ。冒険者は自由な存在だ。たとえ貴族でも、彼等を縛ることはできない。そのような決まりとなっている。


「すみませんでした」


 受付嬢が俺達へ謝罪の言葉を告げる。俺達へ向けた視線を彼女なりに反省していたようだ。取り敢えず、気にしていないと言っておく。

 実際に視線を向けられただけで、何も言ってはこなかった。実害もなかったので、それだけで十分である。

 そもそもあの男はCランク以上のパーティーを所望していた。いくら俺達がギギル達を倒した調本人だとしても、Eランクの俺達を使いの男に紹介できる訳がない。馬鹿にしているのかと、余計に怒らせるだけだろう。


「それで、詳細は?」

「受けるのですか?」

「いや、確認しておくだけだ」


 依頼を受ける気はないが、依頼書の詳細を受付嬢に確認しておく。その結果、発見地点の山裾はかなり近く、リストア領に入る際に邪魔になることが分かった。

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