第二十八話 フォグの冒険者
森の奥へと向かう五人の背中を見守る。
「イル、シロ。二人で見つからないようについて行ってくれ」
「了解っす」
「任せてほしい」
距離を開けて二人が森の中へと入って行く。二人が出発した時には、すでに五人は見えない程遠くを歩いている。向こうには索敵が得意な獣人が二人いるので、イルの優れた感覚が頼りだ。
シロを付けたのは、彼が防御に特化した聖騎士だからだ。流石に五人に対処できない敵が現れた場合、イル一人では彼等を助けながらの戦闘は困難を極めるだろう。彼女は高レベルとはいえ、戦闘では補助がメインとなるレンジャーなのだ。
「クロ達はどうする?」
言外に暇だと言いたいのだろう。
特にやることもないので、冒険者ギルドを覗いてみてもいいかもしれない。結局冒険者の街フルールでは、一切ランクを上げることがなかった。素材の回収依頼があったのだが、一定数を納めなければならず、同じ魔物を狩り続けるのは面倒なので受けなかったのだ。
それに低階層までしか情報がなかったので、低階層の魔物の素材しか依頼がなかったのである。流石に素材のために低階層の魔物を狩り続けるのは時間が勿体ない。
「リリアはこの先の偵察を頼めるか?」
「??」
「かしこまりました」
クロはこの先の意味を理解できていないようだが、リリアはしっかりと言葉の意味を汲んでくれたようだ。すぐに出発しますと言って、預けた馬を引き取りに向かった。
「どういうこと?」
クロは未だに理解できていないようで、隣で森がどうとか呟いている。イルとシロを森に送った後に話したので、どうやら偵察も森の話だと勘違いしてしまったようだ。彼女が分かっていなくても問題ないので、さっさと町へと戻ることにする。
「置いていくぞ」
「待って!!」
背後でブツブツと呟いていたクロに声を掛けると、すぐに走りよって来た。
「久しぶりに二人きり…」
小さな声が聞こえてくる。それだけ言うと、彼女の表情は嬉しそうなものへと変化した。先ほどまで考えていたことは、すでに彼女の頭には残っていないのだろう。
冒険者ギルドの扉を潜ると、中にいた殆どの者達の視線が集まる。これはどこの冒険者ギルドへ行っても同じらしい。さらに数人の冒険者がジロジロと興味深そうに見てくるのも同じだ。
見ない顔の俺達に興味があるのだろう。
俺達は視線を気にすることなく、受付の方へと歩みを進める。依頼を受けるだけならば、ギルドの一角に張り出されている依頼用紙を剥がして受付嬢へ持っていけばいい。依頼の受諾を容認された後、正式な依頼書をそこで受け取ることができる。それを成功の証と共に、受付嬢に見せると依頼達成となる。
今日の目的は依頼ではない。どのような依頼があるのかも気になるが、この時間では微妙な依頼しか残っていないだろう。
「冒険者ギルドへようこそ」
「ここの魔物はどのような種類がいる?」
「周辺の情報でしたら、銅貨二枚となります」
俺は受付嬢に言われた通り、銅貨二枚を彼女に渡す。
「魔物は…」
受付嬢は地図を用意して、周辺の魔物や採集素材の分布を教えてくれる。森の奥等の危険な地帯は誰も踏み込んでいないようで、情報が一切なかった。
冒険者ギルドにはこういったサービスも存在する。料金も銅貨二枚で、駆け出しには厳しいだろうが安い。危険な場所の把握の他に採集素材の大まかな場所を知ることができるので、銅貨二枚を払ったとしても効率はいいだろう。
特に魔物の種類を知れるというのはかなり大きい。低レベルの冒険者だと、自身と同レベル帯の魔物と戦うこととなる。その時、魔物の情報を知っているかどうかでかなり生存確率が変わってくるのだ。
因みにこれで教えてもらえるのは魔物の種類だけで、その魔物の詳細は別途お金が掛かる。だが毒や麻痺といった状態異常攻撃を使ってくる魔物も中にはいるので、知っていると対策が取り易くなる。大抵の冒険者は、その周辺の情報をギルドから買ってから行動するらしい。
「おうガキ共。新人か? ランクはいくつだ?」
ギルド内にいたガラの悪そうな男が、そう言いながら近付いてくる。いつも子供扱いされるが、この国では15歳で成人として認められるので俺は大人だ。
どれだけ若くても成人してから冒険者になる者が多く、この年齢だと冒険者では基本的に新人扱いなのだ。クロの年齢で冒険者となるのはかなり珍しい。特にクロは実年齢よりも若く見えるので、他の者達からは10歳以下に見えるのだろう。
「はははは!! どこのギルドにいたのか知らんが、こんなガキをEランクにするなんてな!」
俺が無言で身分証を見せると、男が他の者達へ伝えるように笑いながら大声で言う。周囲の者達は苦笑を浮かべる程度だが、三人の男がその声を聞いて立ち上がる。
「ガキが冒険者なんてやめときな。無様に魔物に食われて死ぬだけだろ」
「そうだな! 荷物運びくらいならできるんじゃねぇか?」
「それなら、ガキじゃなくてそこらの男雇った方が役に立つだろ」
三人は笑いながらそんなことを言い、最初に俺達へ近付いて来た男へと歩み寄る。どうやら、こいつらは同じパーティーの者達らしい。
受付嬢が困った顔をしている。だが、ギルド職員が介入することはない。ギルドは基本的に、冒険者同士の諍いには不介入を貫いている。ギルドにとって不利益を被る行動をした者や、街中で刃物を抜く等の違法行為をした場合にのみ介入するのだ。
たとえ相手が子供だろうと、殺しさえしなければ殴ってもギルドが問題にすることはない。魔物相手に命を賭けて戦う冒険者なのだ。自分の身くらい、自分で守れということだろう。
「煩いし臭い。近寄らないで」
人見知りを発動したのか、それとも普通に嫌だったのか。俺の後ろに隠れながらクロが男達に告げる。
「何だと! 俺達はCランクパーティーだぞ!!」
「てめぇら、状況が分かってねぇみてえだな!」
「痛い目に遭いたくなければ、さっさと土下座しろ! そうすれば腕一本で許してやるよ!」
「そこの女は全身切り刻んで後悔させてやるがな!!!」
四人はクロの言葉を聞き、簡単に激昂した。それも斧や剣といった、それぞれの武器を構えている。この程度の言葉で怒りを抑えられないとは。本当にCランク冒険者なのだろうか?
これならば、同じCランクでもパロイアの方が数倍マシだ。
武器を抜いた時点でギルドが介入するべきなのだが、職員達は隅で縮こまっているだけ。兵士を呼びに行こうともせず、受付嬢も顔を青褪めさせているだけで動かない。
小さな町なので、Cランク冒険者を止めることができる者がいないのだろうか?
「この場合は?」
クロが俺に向かって尋ねてくる。彼女は難しいと言って、冒険者のルールを殆ど理解できていない。恐らく、倒していいかの確認をしているのだろう。冒険者には色々とルールがあるので、彼女には勝手な行動をするなと言ってあった。しっかりと守ってくれるようだ。
「どうした? 怖くて声も出せないか?」
最初に声を掛けて来た男が、剣の刃を近付けて脅すように言ってくる。
それを無視してクロへ頷いてやった。
「何だ? 土下座する気になったか?」
彼女が俺の後ろから出たことで、勝手な勘違いをし始める。
「土下座したところで、許さないけどな!」
後ろの男が斧を振り上げるが、その時にはクロも動いていた。
斧を振り下ろすことなく、男は床へ頭を埋めることとなった。動かなくなったが、何とか生きているようだ。
「「「なっ…」」」
「どうなってやがる?」
周囲の者達がその光景を見て呆然とする。特に剣をこちらへ向けていた男は、自分の剣がついでに弾き飛ばされたことに対して驚愕しているようだ。
自分が後ろの斧を持った男に攻撃を仕掛けるので、俺に向けられていた剣をついでと言わんばかりに男の手から蹴り飛ばしたのだ。
そのようなことをせずとも、彼女ならば俺に剣が振られる前に対処できただろう。
これは相手の戦意を砕いたり隙を作るための、一種のパフォーマンスだ。
ここから、彼女の一方的な戦闘が始まった。




