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第二十二話 フルール2

 

 空を見上げると、月と星が暗闇を照らしている。やはり日本と違って夜空がとても綺麗だ。冒険者達はよく酒場で朝まで飲んでいたりする。そのため、街中にはこの時間でも明かりが灯っていた。それでも星の光が日本よりも輝いて見えるのは、ここが別の世界だからか。

 そもそも見える星の数が明らかに違う。

 酒場からは騒ぐ声が漏れ聞こえてくる。かなり楽しそうだ。会社で俺は幹事をさせられていた。俺よりも後輩の者もいるのに、俺にばかり酌をさせる上司。料理が不味い、値段が高い、距離が遠いと文句ばかり言う後輩。

 俺以外の者はこんな感じで騒いでいたのを思い出す。だが、昔の俺はその声を聞いて楽しそうだとは思わなかった。ただただ不快だと感じていたのだ。

 この世界に来れてよかった。会社を辞めた俺だが、その後何をするかなど一切思いつかなかったからだ。何もやりたい仕事はなかったし、そもそも上の者が気に入らないというだけで部下を潰すことがまかり通る。そんな上下関係に飽き飽きしていた。

 ここではそんな上下関係に縛られない。それがこの世界であり、それだけの力を手に入れることができたからだ。

 この体の持ち主であるセイン・リストアには感謝している。彼の恨みがずっと残っているというのもあるが、その感謝の気持ち故に仇を討ってあげたいと俺は思っていた。

 失敗することはできない。俺達は人類で最強と言っていい力を持っているが、人数は圧倒的に少ないのだ。

 国を相手にしても死なずに生き延びる自信はある。しかし、国を亡ぼすほどの力はない。俺達だって数千、数万の兵に囲まれれば、やがては力尽きるだろう。


「今後の自由なスローライフのためにも、力は必要だよな」


 最大レベルが存在する世界だ。そこまでいくと、仲間を増やす以外に強くなる道はない。

 何者にも縛られない自由。それを実現するためには、国家単位ですら手を出すことを躊躇う戦力が必要である。

 まあ今でも、戦おうと思えば戦えるのだが…。単純に相手の人数を少しずつ減らしていけばいいだけだからな。

 ある程度で戦闘を離脱して休憩を取る。そしてまた相手の人数を削る。この時に囲まれないように注意しなければならない。常に逃げ道の確保が必要となる。

 これはかなり面倒臭いしリスクが大きい。だから今はやらないし、やりたくないのだ。必要になれば国と争う覚悟はあるが、態々理由もなく国に喧嘩を売る気はない。


「ご主人様、ここにおられましたか」


 後ろからリリアの声。宿を出てくる際にクロもリリアも眠っていたことは確認している。目が覚めた時に俺がいなくて、探しに来たのだろう。黙って出て来たからな。

 偶には俺だって、静かに夜の街を散歩したくなる。


「一人で仲間探しですか?」

「いや、ただの散歩だよ」


 彼女の言葉に首を横に振る。本当は仲間探しをしなければいけないのだが…。

 すでに仲間探しを始めて一か月。期限はあと二か月しかない。この街に来てからとしても、半月以上経っている。未だに候補者は一人もいない。

 フルールは人の出入りが多いためこの街に残っていたが、そろそろ別の場所で探した方がいいのかもしれない。そう思い始めていた。


「気分転換というのもいいですね。ここに来てから何一つ成果を得られていませんし」


 そう言いながらリリアが笑う。その表情はとても穏やかだった。いつもはただ嬉しそうな、楽しそうな笑みを浮かべるだけだが、今の表情には柔らかさがある。


「二人で行動するのも久しぶりですね」


 そう言って頬を少し赤らめた彼女は、いつも通りの俺の近くではなく、隣を歩き始める。そこはいつもクロがいるポジションだ。

 そしてクロと同じように俺の腕を取る。違いは彼女の身長と、胸が腕に当たるかどうかだろう。

 彼女と二人きりになることは殆どない。だが、二人の時の彼女はいつもこんな感じだった。


「次はあちらを見てみませんか?」

「いいぞ」


 俺が宿へと足を向けると、彼女は指をさしながらそう言う。もう少し一緒にいたいみたいだ。満足すれば解放されるだろう。

 滅多に我が儘を言わない彼女だからこそ、今は言うことを聞いてあげたい。周囲への警戒は俺が担当している。彼女が今みたいに表情を柔らかくしている時は、俺の護衛を意識していない。ただ純粋に、今の状況を楽しんでいるのだ。

 

「ま…まさか」


 俺達が夜道を歩いていると、驚愕したような声が聞こえてきた。そちらを見ると、女の子がこちらを呆然と見ながら立っていた。

 明るい茶髪で肩より少し長めのストレートの髪。冒険者には決して見えない、しかし貴族のようなドレスにしては少し汚れている服装。年齢は俺と同じくらいに見える。

 リリアも俺も、声を掛けられた時点で彼女を警戒していた。冒険者ならば兎も角、こんな時間に女の子が一人でいるというのは怪しすぎる。


「セイン…様?」


 彼女は俺の名前を呼び、こちらへと近付いてくる。俺の顔を見て名前を言い当てられるということは、リストア領の関係者の可能性が高い。

 俺達はさらに警戒を強めるが、彼女はそれに気付くことなくさらに近付いてくる。


「やはりセイン様ですね! かなり変わられましたが、間違いありません」


 彼女は近くで俺の顔を確認した後、興奮気味にそう言った。

 俺は前に出ようとしたリリアを視線で止める。


「こっちへ来い!」


 俺のことを知っている者と、こんな道の真ん中で話す訳にはいかない。暗がりへと連れて行くが、その間彼女は抵抗する素振りすら見せなかった。


「お前はいったい…」


 そう尋ねると、彼女は少し悲し気な表情を浮かべる。


「失礼しました。私はビビアです」

「ビビアって母さんの…」

「はい! 思い出してくれましたか?」


 ビビア…。彼女は母の弟の娘。俺にとっては従妹である。俺は妾の子とはいえ、一応貴族の息子だ。それに対して彼女の父は平民なので、昔から俺のことをセイン様と呼んでいた。


「ビビア。こんなところにいたの…か」


 話声を聞いてやって来たのか、さらに男性が現れる。こちらはあまり変わっていないので一目見て分かった。ビビアの父、デールだ。彼は少し痩せたようだが、未だに農作業で鍛えた筋肉が自身を強く主張している。


「セイン…なのか?」

「そうだよ。セイン様だよ」


 ビビアが目の端に涙を溜めて言う。

 今のところ害を為そうとしている訳ではなさそうだが、俺達は今の状況が全く理解できなかった。





 俺達はデール達の家に来ていた。家というよりも小屋といった方がしっくりくる小ささとボロさ。今はクロもいるのでかなり狭い。

 あれから俺達は一度宿に戻った。長くなりそうなので、次の日に話を聞くことにしたのだ。


「まさかそんなことになっていたとは…」

「こっちは予想の範囲内だけどね」


 リストア領では俺達の存在はなかったことにされていた。勿論俺達のことを知っている者はいるが、誰も口にしないそうだ。

 そしてデール達には、母は外で強盗に襲われて殺されたと説明していたらしい。俺の死体はなかったので、その強盗に連れて行かれたという設定のようだ。

 母は屋敷の中で殺された。正妻であるビアリスの手によって。どれだけ隠蔽しようとしても、屋敷の中で起こったことを主人である父が知らないはずはない。

 つまり、父も隠蔽に関与しているということだ。

 デール達は不当な理由で領地から追い出されたらしい。他の者達には俺達の存在自体を隠していたようだし、俺達のことを知っている者に変に嗅ぎ回られたくなかったのだろう。当然今まで世話してきた農地も没収されたらしい。

 そのおかげで生活に苦労しているようだ。ビビアのドレスも、新しい服が買えないので仕方なく薄汚れたものを着ているという。


「姉さんを殺した挙句、それを隠しているとは…」

「しかも、実の息子であるセイン様まで…」


 二人は未だに驚きが抜けていないようだが、それでも静かにリストア家への怒りを表していた。

 それも自分達を不当に追い出したことではなく、俺達への扱いのことで。

 俺はクロとリリアに視線を送る。二人はそれを受けて頷いてくれた。


「二人に聞いてほしいんだが…」


 許可をもらったので、俺はデール達へ話し始めた。

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