第二十一話 フルール
傀儡のダンジョンを出てから、俺達はフルールを歩き回っていた。冒険者を見て回るのならばダンジョンの近くで歩き回る方がいいのだろう。だが、俺は冒険者を引き抜くことが難しいと気付いてしまったのだ。
冒険者は基本的に四人前後でパーティーを組んで活動をしている。仲間は自分の命を預けるような存在なので、軽い絆で結ばれているような者達ではないだろう。ある程度の信頼関係は築いているはずだ。
その者達から一人引き抜くといった行為は、簡単にできるものではない。パーティーごと仲間にするとなると、さらに難易度は跳ね上がる。パーティーメンバー全員が信頼できるものでないとならないからだ。
それにどの道冒険者だとしても、殆ど一から鍛えることになるのだろう。そう考えると、冒険者の街にいるからといって態々冒険者にこだわる必要はない。
「宿はどのダンジョンの近くで探しますか?」
そろそろ夕方になる。冒険者がダンジョンから戻って来る時間であり、宿や食堂が混む時間だ。ギルド支部にも休憩スペースがあり、そこで食事を摂れるようになっていた。しかし大勢で飲み食いできるような広さではないので、皆食堂や食事のみを提供してくれる宿を利用する。
本来ならば宿の確保は急ぐべきだ。ダンジョンの近く程値段が高い宿となり、稼ぎが良い冒険者が泊まっていると聞いている。
それ以外の者達は中央に近い安宿へと泊まるために、こちらへと歩いてくるのだ。すでに何人か冒険者の者達とすれ違っていた。
「不死のダンジョンの近くの宿に泊まるぞ」
「私もそちらがいいかと」
「クロも!」
傀儡や不死のダンジョンは人気がないので、冒険者もあまり近付かない。宿は客が来ないと商売にならないので、あまりそちらの方には展開していないという。だが、決してない訳ではない。
その殆どが、宿に有り付けなかった者達のための安宿である。金を持っているような冒険者は、態々遠くまで赴いて宿を取るようなことをしないのだ。
だが中には、急遽来た貴族や金を持った冒険者に対して商売を行っている宿もある。他の宿より少し値段は高くつくが、貴族に泊まってもらっても問題ないような高級宿となっていた。
その宿ならば問題なく空いているだろう。傀儡のダンジョンの近くを選ばなかったのは、俺に目を付けたギルド職員や解体屋がいるからだ。彼等はこちらへ無理な勧誘をしたり手を出したりはしないだろうが、それでも絡まれれば面倒なことには違いない。
面倒という同じ理由で、ギルド職員を仲間にすることはない。彼等は冒険者の情報を握っているので、行動にかなりの制限がかけられてるのだ。ギルドの仕事を辞めるにしても、その前後をしっかりと調べ上げられるだろう。
それほど冒険者の個人情報は守られているということでもあるのだが。
それにポーターの者達からもあまりよく思われていないだろう。俺は冒険者でありこのパーティーのメンバーだが、彼等にはアイテムポーチを見せたのでポーターとしての役目を担っていると思われているだろう。
冒険者仲間として一緒に行動するのは、ポーターにとっては夢のようなものだ。日本で日雇いの仕事をしていた者が、定職に就けたと言った方が分かり易いかもしれない。
なので羨ましがられ、また妬みや嫉みの対象ともなる。
面倒事に巻き込まれれば誰であろうと潰すが、態々面倒事に自分から首を突っ込みたいとは思わない。
そのまま不死のダンジョンの方へと歩くと、一際目立つ宿があった。いや、他の宿と比べると浮いていると言った方が適切かもしれない。
明らかにその一帯だけが綺麗にされており、安宿へ泊まろうとする冒険者達はそこを避けるように歩いている。
「いらっしゃいませ」
宿へ入ると、すぐに受付の若い女性がやって来た。一目見ただけで高いと分かる宿だ。俺達がそれを知っていてここへ来ていると、向こうも把握しているのだろう。
「一泊いくらだ?」
「食事付きで一人部屋が金貨二枚、二人部屋だと金貨三枚となります」
明らかに値段が高く設定されている。普通の宿だと銀貨数枚で泊まれ、安宿だと銅貨数枚で泊まることができるのだ。貴族が泊まるような宿でも小金貨数枚で足りる。
金貨が必要となる宿など、王族や上級貴族がお忍びで泊まるような警備や情報漏洩を徹底させた宿くらいだ。この程度の宿ならば、小金貨二枚で一人部屋に泊まれるだろう。
「クロとセインの二人部屋と、リリアの…」
「三人部屋はありますか?」
クロの言葉を遮ってリリアが受付に尋ねる。
「はい。金貨四枚ですがよろしいですか?」
「それで」
「うぅ…」
勝手に決めたリリアに対してクロが不満そうにしていたが、俺は彼女の言葉を聞いてほっとしていた。勿論俺が一人部屋でもよかったのだが、今までの流れだとどちらが俺と二人部屋になるかで揉めていたからだ。
今回は不満そうではあるが、三人部屋なのでクロも文句を言うことはない。どうせいつも妥協点としてそこへと落ち着くのだから…。
俺はさっさと金貨四枚を取り出す。
「それではこちらをどうぞ。夕食は今からでも召し上がりになれますよ」
そう言って鍵を渡してくれた。クロが二人部屋じゃない代わりにと言って、俺の腕へ抱き着いてくる。これはいつものことのような気がするのだが…。
一度部屋に入り、荷物を置く素振りをしてアイテムボックスへと収納する。これで部屋にいない時に何かあったとしても、荷物を盗られることはないだろう。
夕食を食べるために食堂スペースへと向かう。俺達以外誰もいなかった。泊まっている人が少なくて時間が合わなかったのか、それとも俺達しか泊まっていないのか。
これでよくやっていけるな…と思ったが、そのための法外な値段設定なのだと思い出す。
「微妙ですね」
「美味しくない」
宿の者に聞こえないように、二人とも小声で話す。その点はいいのだが、クロは完全に表情に現れていた。
食事は塩や少量の香辛料を使って焼いた肉、山菜や茸の入ったスープ、野菜のサラダ、そして貴族が食べるような白パンと呼ばれるパンだった。
白パンは黒パンと違ってとても柔らかい。黒パンはパンなのに歯応えがあるのだ。パンのはずなのに、噛み切るのに力がいる。貴族がよく食べている高級なパンだ。それでも日本のパンと比べると、味も触感も落ちるのだが…。
サラダも野菜をふんだんに使ったものだ。これもいい。
だが、スープと肉はあまり美味しくなかった。
貴族も泊まれるような宿というだけあって、肉は良質な部位が使われているということが分かる。噛むと脂が溢れてくるのだ。
しかし、香辛料を節約しているのが一口目で分かった。この世界で香辛料はとても高価だ。腹の膨れない香辛料の材料を育てるならば、野菜や薬草等を優先して育てているからである。同じように紅茶等もかなり高額だ。香辛料ほどではないが、庶民は安物の質の悪い葉を味がかなり薄くなるまで使い続けるらしい。
この宿の料理も香辛料をケチっている。肉は質が良いのに、香辛料が少ないのを誤魔化すためか塩を沢山振っている。おかげで塩辛い。それならば香辛料を使わず、軽く塩を振って食べた方が何倍も美味しいだろう。
スープも塩気はあるのだが、山菜と塩の味しかしない。色も緑色で、まるで青汁みたいだ。
誤魔化そうとして余計に味が落ちている。
だが、これに文句を言う貴族はそれほどいないだろう。貴族の館や貴族が使うような店で出てくる料理は、どれも香辛料を沢山使うことを意識している。味は二の次なのだ。
高価な香辛料を沢山使っている。香辛料を使った料理を食べている。貴族が周囲へ見せるための一種のパラメータとなっていた。
はっきり言って、そこらの食堂や酒場の料理の方が美味しい。流石に貧困層が使うような食堂や安宿だと話が変わってくるのだが…。
後二か月半か。仲間探し、そしてある程度のレベル(最低でも上級職)になるまで育て上げる。その期間を三か月と決めていた。バラバラに行動してその後集まるのならば、期限を設けた方がいいと考えたからだ。
三か月は少し短いと感じるが、上級職になってからのミッションに比べると、下級職のミッションは楽にこなすことができる。経験値によるレベル上げも、上級職の方が必要経験値量が多い。
最低ラインまでならば、それほど時間は掛からないと考えていた。
だが問題はそこではなかった。信頼できる者が見つからないのだ。二か月以上経った後に見つかったとしても、流石に数日で上級職まで育てるのは困難。リストア伯爵家への襲撃には使えないだろう。
討伐する魔物が決まっているので、そこまでの移動時間もある。二十日くらいは欲しいところだ。
早く信頼できる者を見つけなければ。
そう思いながら、塩辛い料理の口直しに瑞々しいサラダを口に運んだ。