第十九話 傀儡のダンジョン2
ボス部屋を攻略して奥へと進むと、さらに下へと階段が続いていた。それを下りると、再び迷路のような構造が出現する。
ここからは十一階層だ。ゲームと同じ仕様ならば、五階層ごとに最下層が存在する可能性がある。何階が最下層かは、そこまで潜ってみないとわからない。
そして、出現する魔物もボスより少し弱い程度の魔物となる。そこから階層をいくつか下るごとに、強くなっていくのだ。
「ここからは俺が先頭を進む」
「それは…クロが先頭の方が、ご主人様の危険が少なくて済みます。先ほどまでと同様に、クロを先頭にした方がいいかと」
「クロもまだ余裕だけど…」
二人もダンジョンの仕様を把握しているため、俺を安全な後方に下がらせたいようだ。リリアはマッピングをしているため、そうなると必然的に先頭はクロとなる。
「いや、俺が先頭に出る。俺ならば何かあっても色々と対処し易いし、この先がいつものように続くとは限らないからな。少し進んでいつも通りならば、クロに先頭を任せるよ」
このダンジョンはゲームには登場しなかったものだ。この先が仕様通りになっているかどうかは、確認してみないと分からない。
スキルマスターの俺ならば、攻撃や防御、回復に補助と必要な時に必要なスキルが使える。これが先頭に立った方がいい一番の理由だ。
二人は俺の説得に一応納得はしてくれたようで、後ろへ下がってくれた。ただし、何かあった時はすぐに飛び出せるようにしているようだが。
「俺なら問題ないって。高難易度レイドボスが襲ってきても耐え切る自信はあるから」
それを聞いて、二人は少し肩の力を抜いてくれた。この言葉は決して嘘ではない。
最難関と言われた高難易度レイドボス。レベル50のプレイヤーが最低でも十人は必要と言われたボスだ。この十人という数字は、勿論ボスの種類によって変わる。高難易度レイドボスの中でも、それぞれ強さが異なっているからだ。
一番難易度が高かったレイドボス、魔神と呼ばれたボスは三十人のプレイヤーで討伐したと聞いたことがある。それも当時のトッププレイヤー達だ。
俺はこれらのボスを一人で倒せるとは思っていないが、耐久だけならばある程度できると考えている。レベル320というステータスはこれまでなかったものだし、一人で防御も回復もできるのだ。それにさえ専念すれば、魔力が尽きない限り問題ないだろう。
この階層からは全てのスキル…魔術等も安心して使うことができる。誰にも見られる心配がないからだ。ここまで来るには、ボス部屋を突破しないといけない。アイアンゴーレムすら倒せず逃げた者達に、ボスを倒せるとは思えない。
「アイアンボアか」
階段を探して歩き回ると、俺達とそう変わらない大きさの鉄の猪に遭遇した。この魔物も全身が鉄でできたゴーレムのようなものだ。
アイアンボアもこちらに気付き、その強固な体を最大限利用して突進を仕掛けてくる。
「正拳突き」
腰を深く落とし、突進してくる猪の眉間へ拳を突き出す。拳と猪が激突し、猪の方が眉間を陥没させて後ろへ弾き飛ばされる。
正拳突きは武闘家が獲得するスキル中でも、特に強力なスキルだ。僅かな溜めが必要な上に正面の敵にしか攻撃できないものだが、その分威力は上級職のスキルに匹敵する。
「アイアンボアなら、クロでも問題ありませんね」
そう言うリリアは、どうしても俺の安全を確保したいようだ。自分が先頭に立てないので、余計に安心できないのだろう。
それに対してクロは何も言わない。元々彼女は自分から先頭を歩きたいとは言ってこない。今回は暇なので先頭を歩きたいのだろうが、アイアンボア程度では暇潰しにすらならないのだろう。
実際、彼女ならばスキルを使えば一撃で倒すことができるはずだ。
リリアはクロを先頭に立たせようとしていたが、俺がもう少し様子を見ると言ったら、渋々ながら折れてくれた。
流石に一種類の魔物だけ見て判断はできないからな。せめてあと二、三回は戦闘を行ってから判断したい。それ以降は少しずつ強くなるだけなので、交代しても問題ないはずだ。
そしてさらに二日経過し、俺達は十九階層まで来ていた。この階層でも出現する魔物はゴブリンキング程度の強さであり、クロに任せても全く問題がなかった。偶に四体くらい同時に出てくることがあり、その時は俺も援護したが。
それよりもここまでダンジョン攻略に時間が掛かるとは思わなかった。もし来る途中の森の中で魔物を狩っていなければ。もし魔物の肉をアイテムボックスに保存していなければ、食料の方が先に底を尽いていただろう。
これは傀儡のダンジョンの罠だ。獣のダンジョンと鱗のダンジョンならば、ダンジョン内で肉を調達できる。ゴーレムや不死族では一切肉が取れないのだ。
今後ダンジョンに潜る際には、こういったことにも気を使わなければならない。今回はダンジョンに潜ってみたいと思っただけだったが、なかなかいい経験になった。
…確か俺達は、この街に仲間にできそうな者を探しに来たはずだが。この世界に来てからダンジョンに潜るのは初めて、さらにゲームでは存在しなかったダンジョンだったので、つい好奇心に負けてしまった。
「それでは開けます」
二十階層のボス部屋の扉の前に立ったリリアの言葉に、気持ちを切り替える。流石にこのメンバーで勝てないボスは出て来ないと思うが、油断をしていい相手かどうかは分からない。開いたと同時に一撃を加えてくるボスもいるのだ。
扉の先にいたのは飛竜。それも全身金属のメカワイバーンだ。姿形は飛竜と同じだが、ドラゴンの亜種と呼ばれている飛竜と比べてかなり強い。それでも下級のドラゴンと同程度だが…。
体の金属は鋼鉄でできており、今までの鉄の魔物よりもさらに硬い。
そして、奴は開いたと同時にドラゴンと同じような炎のブレスを放ってきた。
「激流」
この程度のブレスは回避できるが、折角油断せずに身構えていたのでカウンターの魔術を放つ。
俺が翳した掌から大量の水が放出され、一直線に敵へと降り注ぐ。ブレスもすでに水流に負けて霧散している。
メカワイバーンはゴーレムなので混乱はしない。だが、水の勢いに圧されて動きを止める。
その隙を逃す二人ではない。右からはクロが、左からはリリアが迫っていた。まるでどちらが先に倒すのか、競争しているような詰め方だ。
「破竜剣」
「双撃」
左右から二人の攻撃が同時に繰り出される。クロの一撃が首元を大きく切り裂き、リリアの剣が高速で二回振られて体を大きく抉り取った。
元々下級のドラゴン程度なら、二人は単独で倒すことができる。俺が作った隙を突いて二人が放った攻撃は、それだけでメカワイバーンの討伐に成功したようだ。俺も流石にここまで早く倒すとは思っていなかった。
二人はそれを見て当然といったような表情をしている。
当初の目的を思い出したのでそろそろ帰ろうと思う。リリアの書いた地図があるので迷わないとはいえ、再び二十階分を上ると思うと辟易する。
「あれは宝箱と…何かの紋章でしょうか?」
奥の様子を見ていたリリアがそう尋ねてきた。俺も確認すると、宝箱が置いてあった。
「あれはダンジョンの攻略報酬の宝箱だな。絶対に開けるなよ。それと、あの紋章は帰還の魔法陣だ。あれで一階層の隠された小部屋へと一瞬で移動することができる。つまり、ここがこのダンジョンの最下層ということだな」
リリアもクロもスキルを獲得するためにダンジョンに潜っていたので、最下層まで降りたことがないのだろう。
最下層には宝箱と帰還の魔法陣が存在する。これはゲーム時代からあったものだ。最下層が50階という深いダンジョンもあるので、戻るのに時間が掛からないようにとの運営からの配慮だったのだろう。それが現実となった今はどれだけ有難いことか。
魔法陣…魔法とは魔術では再現できない力のことだ。ゲームでは神《運営》の力とも言われていた。こちらの世界でも神の力や超常の力、失われし古代の力等と言われている。
攻略報酬の宝箱は開けるべきではない。ダンジョンが数日の内に消滅してしまうからだ。これは魔王を討伐した後の勇者がダンジョンを三つほど攻略し、確認して記録に残しているので間違いない。
ゲームでは数時間の間、ボスと攻略報酬の宝箱が出現しないというだけだったのだが…。これもこの世界が現実となった際の違いの一つだ。
「まさか攻略までしてしまうとは思わなかったな。さっさと街に戻ろうか」
「うん!」
クロが俺の言葉に元気に応え、走って魔法陣の下へと向かって行く。
彼女が魔法陣を踏むと、その姿が掻き消える。一階層へと転移したのだ。
「それでは行こうか」
「はい。ご主人様と共に」
リリアは俺の側に…ギリギリ触れ合わない程度にまで寄ってきた。恐らく何かあった際に、すぐに俺を守ることができるようにとの配慮だろう。
俺は彼女と共に、魔法陣へと足を踏み入れた。