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第十五話 奴隷の街

 

 ニットヘルムに到着して二日が経った。


「どうでしょうか?」

「…」


 奴隷商がそう尋ねてくるが、見せられた奴隷に欲しいと言えるような存在はいなかった。


「それでは、またのお越しをお待ちしております」


 店を出る俺達に、奴隷商が丁寧に頭を下げる。彼等は誰にでもそのような対応をとる訳ではない。奴隷を買ってくれる『客』だけに、そのような対応をする。

 奴隷を買わずに出た、子供にしか見えない俺達へそのような態度を取るのはリリアの存在があるからだ。たとえどのような見た目、どのような年齢だったとしても、奴隷を連れているということは買えるだけのお金を持っているということである。

 そしてそれを専門としている奴隷商だからこそ、奴隷を連れて再び店に訪れるというのは他に奴隷を買うだけの金を持っていると思ってしまう。

 俺が本当は、それほどお金を持っていなかったとしてもだ。

 奴隷を連れていなければ、ただの冷やかしだと思われたであろう。奴隷を買うだけの金を持っていないのに、他の奴隷を連れて奴隷商会を見て回る者はいない。

 それが普通であり、彼等がそう錯覚してしまうのも無理はないことだった。

 ニットヘルムの奴隷商は皆、法に則った商売をしている。しかしそれでも訳有り商品(四肢の欠損や心が壊れてしまった者等)が存在する。それらはかなり安くで買えるため、俺達が狙っていたのはその者達だった。

 だが、決してそれらを買うという訳ではない。その中でよさそうな者がいれば…ということである。訳有り商品が安いのは、売れ残るからであった。

 それは当然だろう。いくら安いとはいえ、使い辛い奴隷を買うもの好きはそうはいない。特にこの世界は、奴隷にも人権というものがある。無茶な命令をして使い潰したり、玩具のような扱いをすることはできないのだ。

 裏でそのようなことを行っている者も中にはいるだろうが、それが公になればその瞬間に犯罪者となる。


「ここが最後の店か…」

「そうですね。ここに買いたいと思えるような奴隷がいるといいのですが…」

「まあ、絶対にここで奴隷を買わないといけないという訳ではない。いないならいないで、金を他のことに使えるからな」


 そう言って店へと入る。


「…いらっしゃいませ」


 子供である俺達を見て冷やかしかと思った従業員が、その後ろのリリアを見て頭を下げた。表情を見ればすぐに分かる。奴隷を連れていることに気付いて、焦ったのだろう。すでに他の店で何度も繰り返していることだ。今更何か言うつもりはない。


「奴隷を見せてもらいたい」

「かしこまりました。準備をいたしますので、少々お待ち下さい」


 そう言って奥の部屋へと入って行く。

 クロはずっと無言を貫いている。シロほどではないが、彼女も奴隷商等のことはあまりよく思っていないようだ。

 俺は日本人であるので、奴隷制度に初めは戸惑った。だが、ここは別の世界だ。今ではこれが当然なのだと考えている。

 そもそも俺は昔伯爵家に住んでいたのだ。当然奴隷も数人屋敷で働いていた。そちらの記憶もしっかりと持っているので、馴染むのは早かった。


「お待たせいたしました」


 そう言って出て来た従業員は、二人の屈強な男を連れている。彼等は勿論奴隷などではない。この店で雇われている者達だ。奴隷は高価なので、見ている最中に何かされてはたまらないだろう。


「それではこちらへ」


 奥は倉庫のような広い空間になっていた。どの奴隷も、逃げないように男女別で数人単位で檻へと入れられている。


「こちらは戦士で…」


 その者達の姿を見ながら、一人一人の情報を聞いていく。店によっては、情報を開示しない店もある。個人の情報は身分証以外に証明できるものはなく、身分証の発行には金が掛かる。

 そのため、あえて情報を隠蔽するのだ。


「へぇ。流石に綺麗だな」

「そうでしょう!」


 俺の呟きを聞いて、従業員の声が一段階大きくなる。

 目の前の檻には、隔離されたようにたった一人だけ入れられていた。長い金髪に白い肌、そして特徴的な尖った長い耳。エルフである。

 エルフは全員金髪で白い肌、そして細い体をしており違いがあるのは顔くらいだ。胸も全くと言っていいほどないため、男女の区別すらつかない。

 今檻の中にいるエルフが、男か女かすら俺には分からなかった。

 エルフを見たのが初めてという訳ではない。この国の国境から南に行ったところにある、不魔の森と呼ばれる大きな森で見たことがあった。

 だが、店で売っているのは初めて見た。


「このエルフ買うの?」


 隣で服を掴んでいたクロが、俺の様子を見て尋ねてくる。


「流石に買える訳ないだろ」

「そうですね。この者は他の者と比べて五倍以上の値段になりますね」


 俺達の会話を聞いていた従業員がそう教えてくれた。金貨一千枚以上はするということだ。買えるはずがない。彼も自慢の一品をただ見せたかっただけだろう。


「どうでしたか?」


 先ほどのエルフが最後だったようで、俺達は倉庫区画から抜けて戻って来ていた。


「すみません。他の店も見て回ろうと思います」

「そうですか」


 すでに最後の一軒なのだが、態々それを言う必要もない。そしてそう言われても、彼に特段悔しそうな素振りはない。

 奴隷の街とも言われるほど商店が多いこの街では、これが日常茶飯事なのである。


「またのお越しをお待ちしております」


 丁寧な声を聞きながら店から離れる。


「使えそうなのは商人くらい?」


 ある程度離れると、クロが俺へそう尋ねてきた。この二日奴隷を見てきた結果だ。彼女も新たな戦力、新しい仲間に関することなので、しっかりと見ていたようだ。


「俺もアイテムボックスがあるしな…」

「それに、商人の職業を持った者は少し高いですよ」


 俺の言葉にリリアも重ねる。

 奴隷の中には、商人も少なからず混じっているのだ。商売は誰しもが成功する訳ではない。大きな赤字を出し、特に取引すらできなくなった商人は、借金を抱えたまま奴隷落ちすることになる。

 なので商店の主やその家族といった者達も奴隷になることが稀にあった。

 その者達はたとえ子供であっても、商人の子供としてある程度の教養を叩き込まれている。なので当然読み書きもでき、計算もできるのだ。さらに職業が商人の場合、アイテムポーチを使える者もいる。

 これで奴隷としての価値が低いはずがない。商人は肉体労働を考えて買われる訳ではないので、少女だとしても一定以上の値段は付く。


「商人を買うなら、もっとお金がいります。ポーション作りでお金を稼がなければいけないですね」

「うっ…それは嫌…」


 本当に嫌そうに答えるクロ。ポーションは薬師という職業の者が使える調合のスキルで作成する物だ。回復のポーションであれば、薬草と綺麗な水が必要となる。

 ゲームでは薬草が15回復体力を回復するのに対して、回復のポーションは50回復する。さらに良い素材を使えば、中級や上級といったポーションを作ることもできる。

 このポーションを沢山作ることによって、お金を稼いだ時期もあったのだ。

 ただ、素材の採取が大変だった。薬草は森の浅い場所だとあまりとれない。そのため、店に並んでいた数が少なかったのだ。さらに他の者達も使うため、一人で買える数には限りがあった。

 俺達は態々森に入り、薬草を探したのだ。

 これはかなり大変だった。クロでなくても嫌がる。勿論俺ももうやりたくない。


「ご主人様、あの中ではやはりエルフの者が一番ですか?」


 彼女なりに、俺の反応を見て考えた結果だろう。


「いや、別に値段が安くても買うつもりはなかったよ」


 ただ珍しかったから反応しただけだ。他の奴隷とそれほど変わらない。そもそもエルフを連れて歩いたら目立つ。襲撃には明らかに不向きだ。

 俺がそう言うと、リリアが少しほっとしたような表情を浮かべた気がした。

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