第十一話 状況
魔物の危険性を長時間聞かされ、こちらは問題ないと何度も説得し、何とか冒険者登録をしてもらえた。クロは面倒とか言って受付嬢に斬りかかろうとしていたので、俺が慌てて止めた。
身分証のレベル等は隠しているので問題ない。名前や年齢、犯罪履歴さえ見せていれば、後は隠せるようになっているのだ。
そんなことがありながらも、無事ギルドの外でリリアと合流する。彼女もこの村の状況を掴んでいたようだ。秘密でも何でもないので、誰に聞いても答えてくれるだろうが…。
「さっさと向かうぞ」
「うん!」
クロが元気な声を出してついてくる。恐らく今から何処に行くのかも、何をするのかも分かっていないだろう。話が長いといいながら、そもそも話を聞いている素振りがなかった。
彼女は数が多い敵と戦うのが嫌いである。苦手とかではないのだが、単純に面倒なのだそうだ。ゴブリンの群れの討伐と分かっていたら、ここまで元気な返事はしない。
「ご主人様、申し訳ありませんが槍を…」
「確かに…槍の方がいいか」
リリアの言葉を受け、俺はアイテムボックスから一本の槍を取り出す。先以外が朱色に染まった槍で、彼女の愛用の代物だ。
普段は剣と盾を持っているが、集団と戦う際には振り回すだけで敵を一掃できる槍の方がいい。
「え…槍?」
槍を受け取る彼女を見て、クロがようやく気付いたようだ。凄く嫌そうな表情を浮かべて俺を見る。
「行くぞ」
「…はい」
少し気落ちした声で彼女は答える。少しくらい駄々をこねるかもしれないと思っていたが、彼女も成長しているようだ。
今回討伐が終わり、無事に生き残って村へ戻ることができれば、俺達はEランクに昇格してもらえることになっている。勿論俺達だけでなく、他のFランク冒険者もだが。
時間を掛けずたった一つの依頼で昇格できるのは、俺達にとってはかなり都合がよかった。
少し先の山の近くからゴブリン達が来ているというので、俺達は山が見える方へと進んでいく。
冒険者だけでなく村人達も派遣されたのであれば、かなりの数になっているだろう。近付いたら遠目からでも分かるはずだ。
「ご主人様、私の後ろに…」
遠くに集団の影が見えたことで、リリアが俺の前に立つ。彼女を先頭に近付いていくと、ゴブリンではなく人間だった。
ただ、かなり静かで戦っているような様子はない。
すでに討伐は終わったのだろうか?
ありえない話ではない。村人だけならば不可能だろうが、冒険者も派遣されたらしからな。キングと言っても所詮はゴブリンだ。高ランク冒険者ならば倒せるだろう。
そう思っていたのだが…。
「皆ボロボロ」
「表情を見た限り、敗北したようですね」
二人が言う通り、冒険者や村人達は大多数が怪我を負い、暗い表情をしていた。
軽傷者が六割、重傷者が二割、無傷の者が二割といったところか…。ここにゴブリン達がいないことから、別の場所で戦闘があったと思われる。死体が一つもないことから、死んだ者は置いて来たのだろう。
「少しいいか?」
「子供が何故ここにいる…いや、冒険者か」
声をかけると、俺のことをすぐに冒険者だと言った。やはり、村の外から来た者はすぐに分かるのだろう。
俺は今の状況を尋ねた。
思っていた通り、ゴブリン達から逃げて来たらしい。最初は通常のゴブリンばかりで、冒険者や村人達は優勢に戦っていたようだ。
だが、ゴブリンナイトやゴブリンアーチャーといった存在が現れてから苦戦をし始める。ゴブリン程度なら村人だろうと倒すことが可能だ。しかし剣や弓を扱えるゴブリンが相手では、戦闘経験がない村人では相手にならない。
数で抑え込めるならば問題なかっただろう。だが、相手の方が数が多いとなる話が変わる。
冒険者ギルドでは200以上と聞いていたが村人を集めて数で負けると言うならば、300以上はいたのだろう。
苦戦から敗戦に変わったのは、ホブゴブリンが現れてからだそうだ。ホブゴブリンは大人の男程の大きさがあるゴブリンだ。勿論通常のゴブリンと比べて耐久力、力その他全てが上である。脅威度はEランクの上位だそうだが、その姿と冒険者が苦戦している様を見て村人達は混乱に陥ったらしい。
ゴブリンキングらしき姿は見ていないそうだ。もしかすると他の誰かが見たかもしれないが、ホブゴブリン相手に苦戦するようではゴブリンキングまで辿り着けていないだろう。
まさかホブゴブリン程度に苦戦していたとは思いもしなかった。集団相手で勝てなかったとかなら、まだ分かるのだが…。
「弱すぎて話にならないですね」
話を聞いていたリリアが、俺にだけ聞こえるような声でバッサリと切る。魔物の大暴走であればゴブリンより強い魔物が沢山いただろうし、ゴブリンの群れならばそれを率いる上位の者が必ずいる。どちらにしろ討伐など無謀でしかない。
「どうする? こいつらいても邪魔そうだし、クロ達だけで潰す?」
「このような者達でも、その辺のゴブリン程度ならば倒せるでしょう。露払いにはなりますよ」
二人の意見が割れる。負傷している者達が多そうだし、どれだけ役に立つかわかったものではない。すでに一度ボロボロにされて逃げて来ているのだ。士気もかなり低いだろう。
「足手纏いだろうな」
俺の言葉に二人は頷く。ゴブリンキングは他の最上位のゴブリンと比べ、群れ自体はあまり強くない。自身はゴブリンの中ではトップクラスに強いが。それでも、ホブゴブリン程度ならばかなりの数いるだろう。
そう考えると、連れて行く気にはならない。囮程度にはなるだろうが、態々囮を必要とする相手でもないからな。
「俺達だけで行くのが、一番速いだろう」
そう話し合い、戦闘があった場所を尋ねる。ここから歩いて一時間のところらしい。重傷者もいる中で、必死にその距離を逃げてきたようだ。
「おい、ちょっと待て! お前達は新しく来た者達か?」
集団を抜けて討伐に行こうとすると、背後から声をかけられた。
「誰だ?」
「俺が先に聞いている」
声をかけて来たのは、槍を携えている以外に何の特徴もない中年のおっさんだった。
「俺はセインだ。お前は?」
「俺はパロイアという。この集団を率いている、Dランクパーティーのリーダーだ」
「嘘だろ…」
俺の呆然とした呟きを聞いてパロイアが得意げな顔をする。Dランク冒険者ということに、俺が驚いたと思ったのだろう。
まあ間違ってはいないのだが、俺が驚いたのはDランクが集団を率いているという点だ。ランクだけで強さを測れる訳ではないだろうが、ホブゴブリンに苦戦したというのだからその程度なのだろう。
後ろには彼より少し若そうな男が二人と、女が一人控えていた。彼等がパーティーメンバーなのだろう。男の一人が軽傷を負っているようだが、それ以上の傷はなさそうだ。他の者達より戦えるのだろうということは分かる。
「ランクはいくつだ?」
「Fだよ。あの村で冒険者登録したばかりだからな」
俺がそう言うと、彼のパーティーメンバー全員が顔を顰めた。
「新人かよ…。いくら冒険者だからって、子供が来ていい場所じゃないだろ」
そうぼやく。どうやら、冒険者ギルドの応対に対して文句を言っているようだ。彼は受付嬢が冒険者登録を渋っていたのを知らない。俺達が知らずに冒険者登録をしてしまい、強制的に連れて来られたのだと思っているようだ。
「早く行こ?」
クロがそう言って俺の腕を引っ張る。彼女は彼等を全く気にしていない。恐らく話も聞いていないだろう。
クロは仲間とはよく話すが、決して人見知りが治ったという訳ではない。重要な話ならば耳を傾けるが、それ以外には興味すら示さないのである。
「ちょっと待てよ!」
彼女に引かれて歩き出した俺に、パロイアが手を伸ばす。
「ご主人様に軽々しく触れるな!!」
伸ばされた手を、リリアが軽く払う。
俺はそれを見て、武器を取り出さなくてよかったと安堵した。武器を取り出すのは明らかな過剰防衛だが、俺が関わることに関して彼女ならばやりかねない。
今回この程度で済んだのは、彼が俺に敵意を向けていなかったからだろう。
「っ!?」
手を払われた後、足を踏み出そうとした彼は、リリアの放つ殺気に息を飲んだ。足が震えている。
それを確認した彼女は、すぐさま俺の側へと戻って来た。