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第十話 ハルト

 

「はぁ…どうしてこうなった」

「…?」


 俺が溜息を吐いてそう独り言ちると、俺の腕を抱いたまま歩くクロが大丈夫? といった視線を向けてくる。と同時に、前方を歩いていたリリアがどうしました? といった表情で振り返ってきた。

 俺は何でもないと返しながら、オウラの宿での話し合いを思い出して再び溜息を吐きたくなる。

 話し合いでシロが貴族の女性を迎えに行くことは決まった。残された四人でペアを作って動こうと提案した俺に、クロとリリアが一緒に行きたいと言ってきたのだ。

 どちらか一人と言っても互いに譲らず、二人の話し合いは平行線をたどった。間を取って俺とイルがペアになると言うと、二人の剣幕に負けてイルが二人に譲ったのだ。

 何だかんだ言って、この中でイルが一番大人なのではないだろうか。見た目は一番年下のように見えるが…。

 そうしてクロとリリアと共に、俺はすでにジェイド公爵領へと入っていた。ここからまずはハルトという村へと向かう。そこを経由して、ニットヘルムへと向かうこととなる。

 ハルトで馬や馬車を買うか、乗合馬車を利用するかで悩んでいた。馬や馬車を揃えるにはある程度の金額が必要となり、所有しているのは貴族や商人、高ランク冒険者くらいとなる。レンタルするという方法もあるが、返しに来なくてはならないためその方法は使えない。


「そろそろ野営の準備を始めますか?」


 まだもう少し陽が沈むまでには時間があるが、リリアがそう尋ねてくる。旅に慣れていない者達等は野営の準備に手こずる。陽が沈み始めてから準備していては間に合わず、月明かりだけとなり薄暗い状況ではまともな準備などできない。

 しかし俺達は違う。これでも三年旅を続けてきたのだ。特に率先して準備をしてくれていたリリアやイルは、今では俺の数倍の速度で準備を終わらせてしまう。最初は俺達と変わらなかったのだが、気付けば手際の良さが段違いになっていた。

 このくらいの時間ならば、まだまだ進むことができる。彼女が声を上げたのは、俺の元気がなかったからだろう。

 俺は彼女の優しさに感謝しながら、彼女に準備をお願いした。




「今日もか…」

「申し訳ございません」


 俺の呟きに、リリアが頭を下げる。


「いや、リリアのせいじゃないから」


 そう言うが、俺の言葉を聞いても彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべたままだった。

 元気がない理由は一つ。ここ数日野営続きなのはいいとして、この周辺には水辺が全くと言っていいほど見つからないのだ。つまり、水浴びが一切できていない。欲を掻けば、浴槽に浸かってゆっくりしたい気分である。

 三年旅してきて、宿にシャワーに近いものはあっても浴槽は見たことないのだが…。

 体自体は水に濡らしたタオルで拭いているのでそれほど問題はない。魔導士の初級水属性スキル、ウォーターで水は確保できる。飲み水にも困らない。

 ただやはり、水浴びくらいはしたい。これは気持ちの問題なのである。


「体をお拭きしましょうか?」

「いや。流石に一人でできるから大丈夫だよ」


 リリアに拭いてもらうのは流石に恥ずかしい。いくら俺の今の体がまだ15歳と言っても、地球で二十数年生きていた俺はすでにおっさんである。

 特に体を毎日拭いているとしても、水浴びできていないことが気になってしまう。

 クロは特に気にせず俺にくっついてくるが、臭くないのだろうか?


「そろそろ焼けますよ」


 リリアがそう言って焚火を指さす。焚火には網がセットされ、その上で肉が焼かれている。

 しっかりと三人分焼かれており、一人一枚分けてくれた。


「この肉飽きたー」


 クロが肉を齧った後、そう文句を言う。リリアは少し眉を顰めるが、何も言わずに肉を食べ続ける。クロも文句を言いたかっただけのようで、同じように肉を食べていた。

 この肉は水を探すついでに森の奥で狩ったプルバイソンという、大きな水牛のような魔物の肉だ。俺のアイテムボックスに入れていれば腐ることはないので、大量にしまってある。

 食料は魔物の肉で問題ないだろうと高を括っていたが、どうやら甘かったようだ。他にも魔物はいるが、プルバイソン以上に美味しそうな肉を持った魔物が見当たらないのである。

 ゴブリンやコボルト等は食べられるものではないし、オークの肉も臭みがあってそれほど美味しくはない。昆虫系の魔物等はそもそも、普通に食べられるかどうかすら分からない。



 そしてさらに一日かけ、ようやくハルトに辿り着く。

 門番に身分証を見せてさっさと中に入る。


「なんだか微妙な空気…」

「そうですね。あまり長居はしたくないですね」


 クロとリリアが周囲を窺って言う。俺も同意見だ。流石は侯爵領の村というだけあり、ペイルよりも遥かに大きな村である。だが、とても静かで閑散としていた。

 村ということもあるのだろうが、それにしても大きさと人通りの少なさが一致していない。住むための家は沢山存在しているのに、住んでいるはずの住民の気配が感じられないのである。


「取り敢えず冒険者ギルドに行くか」

「うん!」

「では、私は宿を探しておきますね」

「頼む」


 ここから俺とクロは冒険者ギルドへ行き、冒険者として登録する。フルールへ行くならば、冒険者になって少しランクを上げておいた方がいいだろうという判断だ。奴隷は冒険者として登録できないので、リリアには宿を探してもらう。ついでにこの村の様子も探ってもらうつもりだ。

 勿論俺達も冒険者ギルドである程度の情報は探るつもりでいる。


「やったね。久しぶりに二人きりだ」


 嬉しそうにそう呟き、隣でクロが暢気に笑う。俺達ではなく、俺一人で探ることになりそうだ。役に立ちそうにない彼女を見て苦笑し、俺は冒険者ギルドへと向かった。

 ギルドは周囲の建物と比べると大きかったが、それでも他の町のギルドと比べると小さいように感じた。やはり村のギルドということで、需要が少ないのだろうか…。

 扉を開けて中へ入ると、冒険者は一人もおらず閑散としていた。端の方には机や椅子が並べられており、普段なら冒険者達がそこでくつろいでいたのだろうと一目で窺える。

 ギルド職員も受付に二人の女性が立っているだけで、他に物音一つしない。村に人が少なかったが、それは冒険者も同様だったようだ。


「すみませんが、ただ今依頼の受付は行っておりません」


 俺達が近付いていくと、依頼を出しに来たと思われたのか申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言われた。冒険者が一人もいない状況では、依頼を受けることはできないだろう。


「俺達は冒険者登録がしたくて…」


 そう言って受付嬢の前にまで出る。


「貴方達は、外から来たのですか?」

「えっと…そうですが…」


 村の規模だから、俺達がこの村の者達ではないと気付いたのだろうか?

 そう思っていたが、事態はもう少しややこしいものだった。


「今戦える者達は、冒険者や村人問わず駆り出されています」

「どうしてですか?」


 冒険者だけならばまだしも、ただの村人まで駆り出されているというのは通常では有り得ない。明らかにこの村に何かが起きている。

 俺が尋ねると、受付嬢はすぐに教えてくれた。

 この村の近くで魔物の集団暴走(スタンピード)が起きたらしい。魔物は確認されただけでも300以上はおり、これを食い止めるために全員が派遣されたようだ。他の村や町に応援を頼むとしても、間に合わないのでどの道自分達で守る必要があるとのこと。

 今この村に残っているのは最小限の兵士と、戦えない子供や若い女性だけらしい。

 受付嬢は、今は登録しない方がいいと言ってきた。犯罪歴がなければ誰でも冒険者として登録できるのだが、今冒険者登録をしてしまえば子供だろうと討伐に送り出さなくてはいけなくなるからだ。

 それは問題ないのだが、受付嬢の説明に俺は少し引っかかっていた。


「魔物の集団暴走はゴブリンの群れなんだな」

「はい。ホブゴブリンやゴブリンナイト等もいますが、全てゴブリン種だそうです」


 俺の質問に軽く首を傾げながらも、彼女はすぐに答えてくれる。これは恐らく魔物の集団暴走ではない。魔物の集団暴走はゲームのイベントでもあったし、この世界の歴史でも何度かあったようだ。だが、一つの種族だけで構成されているなんてことはないはずだ。

 魔物の集団暴走は名前の通り一箇所に大量の魔物が存在して溢れ、暴走することである。一種族しかいないのに、暴走するなんてことはあり得ない。あるとすれば、人為的なものである。

 今回は恐らく、群れを率いているゴブリンがいる。ホブゴブリン等の下級のゴブリンを率いていることから、ゴブリンキングだと予想できる。ゴブリン種の頂点の魔物の一つだ。レベル30はないと勝てない相手である。まあ一人で戦う場合だが…。

 この程度ならば問題ない。雑魚が多いので面倒だが、俺達なら討伐可能だ。


「冒険者登録を頼む」

「クロも」


 そう言って身分証を取り出すと、受付嬢に魔物を舐めるなと説教された。

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