第一話 新たな世界
薄暗い部屋の中、キーボードを叩く音やマウスのクリック音が響く。暗い部屋を照らしているPCのモニターを、一人の男が食い入るように見ていた。
「ふう…。ようやく終わった」
男は羽柴 紅という27歳の日本人である。仕事ができた彼は上司に疎まれ、様々な嫌がらせを受けてきた。その上司は他の部下にも圧力をかけ、同期や後輩からも彼の味方はいなくなった。そして、三か月前に会社を逃げるように去った。
彼は満足そうに頷き、自らの額から流れる汗を拭う。彼の見ているモニターには、操作する主人公と倒れ伏すドラゴンの姿が映し出されていた。
そしてスキル『竜爪』獲得という文字が現れ、主人公のレベルが上がる。
「ようやく拳聖が最高レベルになったか…」
感慨深く呟き、ステータスを確認する。そこにはしっかりと、レベル50の文字が映し出されていた。
彼が今行っているゲームは、英雄街道という10年前に流行ったゲームである。このゲームは当時から鬼畜ゲーとして名を轟かせていた。
主人公はただの一般人から始まる。ステータスも一般人とそれほど変わらず、雑魚的であるゴブリンですら苦戦するレベルだ。そして何より主人公の立ち位置は勇者パーティーの一人であり、他のメンバーは勇者に賢者、パラディンといったチート職業である。
これらは主人公ではなることができない職業であり、ステータスやスキルもかなり強力であった。そのためネット上では、『主人公別にいらなくね』、『ただの道案内』等と言われていた。
さらにこのゲームはスキルを獲得することでレベルが上がるという仕様で、レベルアップによって得られるステータスの上昇は殆どなかった。ステータスを上げるには、攻撃力+?上昇といったステータス上昇スキルの獲得が必須だった。
下級職、上級職といった職業が存在し、下級職で得られるスキルと上級職で得られるスキルの数はどの職業でも決まっている。それが下級職25、上級職25の合計50個であった。下級職レベル25となるのが上級職になる条件であり、そこから下級職のスキルが受け継がれて26,27と上昇していく。
このゲームの厄介なところは、ストーリーを進めたとしてもスキルを殆ど獲得できないところである。ストーリーを進めるのならばオフラインとなり、勇者の行動に従う必要があった。そのため強くなるには、オンラインで他のプレイヤーと協力してスキルを手に入れる旅に出る必要がある。
「これで十体全て最高レベルだ!」
彼は全上級職のレベルを50まで上げた。
このゲームが終了すると知ったのが会社を去ってから一か月後、昔やっていたゲームということもあり、サービスが終了する前に全ての職業をレベル最大にしておこうと考えたのだ。
二か月もの期間が掛かったのは、プレイ人口の少なさにあった。十年前に流行ったということもあり、他のプレイヤーとパーティーを組むことが出来なかったのだ。職業の中には薬師や商人といった戦闘向けの職業ではないものも混じっており、当時は他の職業の者とパーティーを組んでスキルを得られるクエスト等をクリアしていたのである。
一人でそれをクリアするために、この二か月で何百と試行錯誤を繰り返した。それがようやく実を結んだのだ。
「かなりギリギリだったな…」
時間を見ると、23:54になっていた。日付が変わればサービスが終了するので、6分後には強制終了させられていただろう。
「…」
拳聖のステータス画面を開いたまま、操作をすることなく画面を見続ける。レベル上げという目標を達成した今、特にこのゲームでやることがなくなったのだ。
ゲームを閉じればいいのだが、後6分で終了するということで何となくサービスが終わるのを待っていた。
「ふわぁ…」
急に眠たくなってきたようで、大きな欠伸をする。同じ画面を見つめながら待っているだけなので、眠気が襲っていたのだろう。
23:59となり、ただただその時を無言で待ち続ける。
「なっ!?」
彼は目の前の状況に驚愕の声を上げた。
0:00という時間を見る前に眠気に負けて一瞬意識を失い、次に目を開けると知らない地面に横たわっていたのだ。
これから基本的に二日で一話ずつのペースで投稿していこうと思います。
それぞれ一話3000字前後を目安に書いています。