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カフェでの話もそこそこに、2人が婚約解消の話をする為に公爵家を訪れると、



「何てことするの!!リリアンを悲しませるなんて!」



ニックの話を聞いた公爵夫人はその頬に掌をフルスイングしたあげく、リリアンを泣きながら抱き寄せた。

公爵夫人は学生時代に剣技を嗜んでいて今も趣味でたまに身体を動かすらしく、その力が遺憾なく発揮された形だ。

適度な運動をしているからか、それともコルセットをしているからか。

抱き寄せられてくっついた公爵夫人の身体は、女性特有の柔らかさがあまりなく、硬い感触がした。


ニックは応接室の中央に置かれたソファーにリリアンと共に座っていたのに、今は壁の近くまで吹っ飛んでいた。

リリアンはただ公爵夫人の行動に震え顔を青ざめさせ、衝撃で身動きが取れず言葉を失った。

この状況が一体何なのか理解できず、されるがまま。

同席していた公爵は慌ててニックを助け起こしに向かった。


父親同士が決めたことなのでそう簡単に事が運ぶとは思っておらず、少し騒ぎにはなるだろうと予想していた。

けれど公爵夫人がこのような暴挙に出るとは思わず、むしろこの話を淡々と受け入れるかと思っていたので、リリアンは自分に抱きついて泣きわめく目の前の人物は本当にあの公爵夫人なのかと疑った。



「ニックのもう片方の頬も叩くべきかしら?」



滂沱ぼうだの涙を流しながら据わった目をした公爵夫人がリリアンに迫るので、リリアンは固まっている場合ではないと、その腕を握りしめて慌てて止めた。

公爵に助け起こされたニックの頬は既に赤く腫れ上がっており、夫人が指にはめていた指輪の金具が当たった部分は内出血で青くなっていた。



「いえいえいえいえ、もう十分です!」



離してたまるものかと、よりしっかりとその腕を握り全力で頭を振る。夫人が本気になればそんなもの軽く振り払えそうな気はしたが、そんな事を考える余裕なんてなかった。

リリアンの慌てふためく言葉と共に、公爵がすかさず援護する。



「君がリリアンのことを可愛く思って憤る気持ちはわかるが、ニックのこの惨状は婚約者であるリリアンがしたと思われてしまうよ?いいのかい?」


「それはダメ!医者を呼んで手当てしてあげて!」



何より公爵の言葉にハッとした夫人が、即座に傍にいた執事に医師を呼ぶように言い放つ。ニックが呼ばれた医者に手当てをされている間、話し合いは中断となり、リリアンは1人で応接室に残された。


目の前には侍女により美味しそうなケーキやフルーツ、芳しい紅茶が用意されたけれど、リリアンは先ほどまでの出来事が衝撃的すぎて、到底口にする気にはなれなかった。


公爵夫人は、パーティーやお茶会でリリアンの行為を一挙一動確認してねめつけてきた。

けれど先ほどの夫人の様子は明らかにリリアンの味方で、ニックが他の女性に懸想したことを誰よりも、2人の婚約を決めた公爵よりもリリアンよりも怒っていた。

ここで改めて思い出すのは、ニックの言っていた言葉。

『可愛いから君の失敗が気になるんだよ』だ。

まさか、もしかするんだろうか。

いや、でもあの公爵夫人の目付きは……。


自問自答しつつリリアンが3人を待っていると、公爵だけが一足先に応接室に戻ってきた。

公爵は少し疲れたような顔を見せると、リリアンの前のソファーに座った。



「ニックがすまないことをしたね。少しニックと話をしたが、解消はお互いの合意の上……ということで、間違いないかい?」


「はい、間違いないです。」


「そうか……しかし、王も認めた婚約があるというのに、不貞を働いたのはニックの方だ。すまなかった。」



そう言って、公爵は頭を下げた。

リリアンはニックのことを慕う気持ちは特になく、ただこれからも共に過ごすことになる同志程度には思っていた。

親に無理やり決められた婚約をさせられた、同志。

だからニックに想い人ができたと知った時は、解放感もあったけれどどこか寂しく思う気持ちも少なからずあったのは事実だった。

7歳で婚約して、15歳の今までの8年間。公爵夫人として恥ずかしくない令嬢である為に、苦手なダンスを必死に練習し、学校の成績をあげるために夜遅くまで勉強した。公爵夫人に睨まれてから、必死に貴族名鑑を見て貴族の名前と顔を一致させた。

それらすべて、8年間の努力が無駄になってしまった。同志もいなくなり、ただの男爵令嬢に戻る。

解放されて嬉しくない訳でもない、でも寂しくないわけでもない。その複雑な感情をうまく説明できず、リリアンはただ頭を振った。



「今、ニックの治療もそうだが、妻も強く叩いたものだから掌が少し赤くなってね。妻も治療をしているところだから待ってくれるかい?」


「はい……。」



応接室の窓からは、橙色の空が次第に紫がかっていくのが見えた。帰りはかなり遅くなりそうで、もう少し話を詰めて両親と相談してから話を持ってくるべきだったとリリアンは後悔していた。

両親も揃ってこの話し合いに参加していれば、公爵夫人もあのような暴挙には出なかっただろうと。

ただ気になったことをだけは確かめておこうと、公爵に質問した。



「あの……公爵夫人は、私のことをお嫌いではないのでしょうか?」



公爵夫人の態度は明らかに、リリアンの想定したものとは違っていた。

リリアンのおずおずとした問いかけに、公爵は慌てたように頭を振った。



「いや、何故そう思うんだい?」


「私が…流行遅れのドレスを着ていたら…夫人に鋭い目付きで見られて……。」



リリアンはおどおどと上目遣いで公爵の様子を確認しながら告げると、公爵は何かを思い出したように笑いを噛み殺した。



「ああ……君が着ていたドレスが型落ち品だったのに気づいて、何でもっと良いドレスを用意してあげないんだと、ピケティ男爵に対して随分と憤っていたよ。」


「じゃ…じゃあ、私がダンスをとちった時に鋭い目付きで見ていたのは。」


「君がダンスを間違えたのが可愛くて、抱き締めたくなるのを我慢していたそうだよ。」


「…………招待客の名前を間違えた時に……。」


「君が間違えたのに気づいたけれど、少し離れた場所にいたからフォローできなかったのを悔やんでいたよ。」


「……………………。」



とても気に入られているのがよーくよーくわかって、まさかの事実に閉口した。



「妻は好きなものに対しては特に感情表現が苦手になるんだ。君の気に障っていたのなら、謝るように伝えておくよ。」



公爵が苦笑しつつ付け足した言葉が、駄目押しの一手だった。好きなものを睨んで萎縮させるとか、感情表現が苦手の域を越えて迷惑甚だしい。

ただ婚約関係が解消されれば、いくら気に入られていたとしても、公爵夫人と何の関係もない男爵令嬢に戻る。



「今、君のご家族にも立ち会って貰おうと使いを送っている。双方揃った上で、夕食を食べながら改めて今後の話をしようと思う。」



公爵の言葉に、リリアンはただ頷いた。




公爵家で話し合いをした日から3日後、学院中がニックの顔の件で大騒ぎになった。

公爵夫人の強烈な平手打ちは、学園が休みだった2日の間ではそう簡単に治まるものではなかった。すぐに治療を施したので腫れはやや治まったけれど、まだ赤みと指輪による内出血があるので、頬に大きなガーゼを貼って保護している。

学院の生徒はほとんどがニックとマリアの関係を知っており、ニックと婚約者であるリリアンが街のカフェに行くのを見た生徒がいたことで、ニックに怪我を負わせたのはリリアンではないか?という噂が広まってしまった。


それを知って、あの伯爵令嬢3人娘が動かない筈がなかった。



「貴女!ニック様の怪我!どういうことですの!?」



白昼堂々、学院の中庭にて。

掴みかからんばかりの勢いの3人に迫られ、その様子を野次馬のごとく他の生徒が見ている。

誰かの助けは望めそうにない。

恐らくニックの方も学友にでも頬の件を聞かれていることだろう。

すぐに他の生徒にも伝わることだと、リリアンは仕方なく口を開いた。

両家での話し合いで、何か聞かれたらこう答えるようにと、事前に言われていたものだ。



「あの怪我は、ニック様の母君によるものです。お疑いでしたら公爵家に確認をお取り下さい。」


「なっ……。」



流石にニックの母親がしたとは信じがたいようだったが、言われたとおりに確認をとるなんてこと出来るわけもなく、まごついたように3人はお互いを見やる。

ラングトン公爵夫人は楚々として見た目だけは物静かに見える女性なので、学生時代の剣技の腕を知らない者からしたら、信じにくいのも無理はない。かくいうリリアンも、ラングトン公爵夫人に剣技の腕があることは、ニックと婚約するまで知らなかったくらいだ。

更にリリアンはまごつく3人を見据えて続けた。



「すぐに情報が伝わることは思いますが、わたくし、リリアン・ピケティはニック・ラングトン様と婚約解消することと相成りました。そしてニック様の新たな婚約者にマリア・ブライト様が決まりました。」



リリアンの発言で、周囲は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

3人娘もいつの間にかそこまで話が進んだことに驚いたようで、目を見開いた後に互いの顔を見合った。

ただし、話はそこで終わらない。

リリアンは内心ため息をつきたい気持ちを抑え、

付け加えた。



「そして私は、ラングトン公爵夫人の強い要望でラングトン公爵家の養子となり、リリアン・ラングトンになることが決まりました。」


「え、えええーーーー!!!」



流石に驚きを隠せず、3人娘はもう一度お互いに視線を絡め合うと、大きな声をあげた。

リリアン自身もまさかそうなるとは思わず、大きな声で嘆きたかった。

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