満月の夜。政略結婚を拒むお姫様を、僕が攫って幸せにします。 ~今さら僕の正体を知ったところで、もう遅い!
ここはとある国の大きなお城。
僕は使用人として、お姫様の身の回りのお手伝いを任されています。
実は僕とお姫様は、幼馴染の恋人同士。おっと、お城の皆様には内緒ですよ。ここだけの話です。
「リタ。貴方には内緒にしてましたが、明日、満月の夜に結婚式をしますの」
「結婚? ……そうですか」
お城の外にある、とても広いお庭。昼休み、僕と散歩中のお姫様は、お花畑の真ん中にある噴水の前でそう告げる。そして、その美しい横顔に涙を伝わせ、僕の方を向き、そっと僕の身体に抱きついてきた。
「おっと、お姫様、今は散歩中です。他の使用人に見られてしまっては、大事になってしまいますよ」
「どうして、そんなに冷静でいられるの? 私は、あなたと結婚したかったの! あんな王子と結婚なんて、嫌よっ!」
「お姫様……」
そう、隣国の王子とお姫様の結婚は、王であったお父様によって決められたもの。厳しいお父様は、娘のお姫様には、学があって立派な階級の者と結婚せよと、お姫様の意見などを一切聞かずに王子との結婚を決定した。政略結婚というやつだろうか。
もちろんタダの使用人である僕には、こうしてお姫様の愚痴を聞いているしかできないのだ。
お姫様は僕から身体を離し、また噴水を見つめながら、話始める。
「はぁ、この城で起きた昔話のように、狼男に攫って頂けたなら、どんなに幸せなことでしょう」
「あぁ、よく知っています。……先代、結婚するはずだったお姫様が、狼男に攫われる話でしょう? あの話はたしか、攫われたお姫様は行方不明のまま、二度と何処にも現れなかったという、悲しい話だったのではないですか?」
「ええ。でも私は、あんな王子と結婚するより、狼男に攫われた方が断然マシですわ。その狼男が、たとえ私をただの糧として喰らおうとも」
「ええっ……」
お姫様の強い拒絶意識に驚きつつも、吹く風が冷えてきたのを感じて、お姫様の手を取る。
「さ、お姫様。今日は大分歩きました。そろそろ戻りましょう。もう冬になります。長居すれば風邪を引いてしまいます」
「リタ」
「はい」
僕に手を引かれ、後ろを付いてくるお姫様が急に立ち止まる。そして、僕の目を見て。
「貴方がもし、狼男だったら」
「へっ!?」
「な~んて、嘘ですわ! あっははは! リタ、顔、すごいことになってますわよ?」
そう言って、今度は僕の手を引いて、前を歩くお姫様。やれやれ。お姫様の冗談は、時々恐ろしいです。なにか、見透かされているような気がして。
「ああっ、あはは、はい……。ですが、来るといいですね、狼男」
「ええ……でも、リタとお別れするのは心が痛みますわ」
「それなら、僕も狼男に連れてっていただきましょう。どうです?」
「……意味が分かりませんわ」
微笑を浮かべるお姫様。でも、振り向いた後の、その背中には、何か悲し気なオーラが漂っていた。
◇◇◇
その夜。お姫様の寝室の扉、奥からシクシクと鳴き声が聞こえて来た。たまたま通路を歩いていた僕は気になって、扉のそばに寄り、聞き耳を立てる。
「もう、こんな人生嫌ですわ。私は、自由に大地を駆け回る狼になりたかった。こんな檻の中で、リタとも結ばれることなく、隣国の腹黒王子と結婚なんて、そんなの嫌ですわっ!!」
「お姫様……」
「はっ!? そこに居るの? リタ」
まずい、声に出してしまっていたか。
盗み聞きがバレてしまった僕は諦めて、寝室の扉を開ける。目元を真っ赤にしたお姫様が、部屋のど真ん中でへたり込んでいた。
僕はそっとお姫様のそばに寄り、その目に浮かべている涙を指ですくう。
「あまり擦っては、綺麗な肌が荒れてしまいます」
「いいんですのよ。明日、私は死にますの」
「死っ、待ってください、お姫様!」
僕が差し伸べた手を払い、立ち上がる。
「お父様の言いなりになってたまりますか。リタ、貴方にお願いがあります」
「ぼ、僕に……ですか?」
そして、ガラスが沢山使われた大きな扉を開き、バルコニーの柵に手を乗せるお姫様。
「明日、私と一緒に、逃げて欲しいのです」
「僕と? で、ですが今、死ぬって……!」
お姫様は、右手をバルコニーの柵に添えたまま、身体を部屋に居る僕の方へ向ける。冷たい風が吹き、金色の綺麗な髪が揺れている。それから、キラキラとお姫様の目から流れる涙も、風に乗って空を飛んでいく。
「ええ、貴方と一緒に逃げれなかった場合、私は口に含んだ毒薬を噛み、あなたと口づけをします。きっと、私が死んだあと、貴方は使用人やお父様によって、惨い殺され方をするでしょうから。それなら、私が、私と一緒に死んでいただきます」
「っ、そんな……!」
冗談を言うのが好きなお姫様。だけど、見たこともない真剣な表情。今回は本気のようだ。
手に持っている、小さなカプセルをこちらに見せて、それを両手で握りしめ、上目遣いでこちらに。
「ねえ、リタ。私と一緒に逃げよう?」
『ねえリタ! 私と一緒に行こっ?』
お願い事をするお姫様の、すこし崩した喋り方。幼い頃、一緒に遊んでいた時の無邪気なお姫様と重なる。ああ、懐かしい。僕は今なら、君と何処にでも逃げられそうな気がするよ。
「出来るか分からないけど、君の期待を裏切らない様にするよ。おやすみ、ベル」
ベッドに横になったお姫様に挨拶をして、部屋を出て廊下を歩いていると、いきなり背中に鈍痛が走る。
「ぐっ!?」
「聞かせていただきましたよ、リタ」
「くっ、盗み聞きしていたのは、僕だけではなかったようだな……!」
背中をナイフで突かれ、痛みはどんどん強くなり、僕は地面に膝をつく。使用人に計画がバレてしまったようだ。身体を固く鎖で結ばれ、動けなくなった。
「僕をどうするんだ?」
「お前には明日の夜、結婚式が終わった後に、姫の前で死んでもらう。ああ、それと、姫が持っている毒薬も、無毒の物にすり替えさせてもらうよ。残念だったな、リタ。お前と姫の夢もここでお終い、だ」
「貴様、花畑での話も、盗み聞きしていたのか……!」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべる、小太りの使用人。僕以外の使用人はみな、王に洗脳された者たち。王の言うことは絶対だ。
そして、この政略結婚は、奴ら使用人の待遇が上がるチャンスでもある。だから、何としても成功させなければならない。
「ぐあっ!!」
冷たい石畳の床に投げられ、尻を強く打ち付ける。ケガをした背中にまで衝撃が移り、激痛に声をあげる。
「精々大人しくしてな。大丈夫さ、明日の夜には、満天の星空と、大きな満月、そして、美しい衣装に包まれた【お前のモノでは無くなった】お姫様に見守られながら、城の最上階からダイブだ。優しいだろう? お前は綺麗な空を最後に、痛みも感じずにイけるんだぞ!?」
「ああ、それは、最高だな……!」
ケラケラと笑う使用人。僕は地下牢に閉じ込められてしまった。幸い、鎖の締め付けが強いおかげか、傷口からの出血はほとんどない。
扉を勢い良く閉め、大きくて太い鎖で施錠する。そして、階段を上り、どこかへ行ってしまった。おそらく、お姫様の所だろう。
「大丈夫、ベル。僕は、まだ、大丈夫だ」
意識が飛びそうなほどの激痛。お姫様の姿を思い浮かべ、自我が消えない様に長い時間、耐え続ける。
◆◆◆
次の日の夜。城の屋上、満天の星空と満月で彩られた天井のもと、私の結婚式が開かれた。でも、彼、リタの姿が見当たらない。一緒に逃げるって、約束したのに、信じてたのに。
「お父様、リタの姿が見当たりません」
「リタァ? 誰だ、ソレは」
豪華な横長のテーブル。隣に座っている父に問いかける。
「リタです。私の、その、幼いころから、身の回りの世話をして下さった……」
「ああ、奴か。ベル、いいかい……」
お父様は、私のすぐそこまで、顔を近づける。本当に、性格の悪そうな顔。見ているだけでも吐き気がする。そして、ニヤっと気持ち悪い笑みを浮かべる。
「私はな、お前とリタの関係を知っているのだよ」
私は、固まった。今、会場にリタが居ないのは、私との約束を破ったからではない。そう、知ってしまったから。そして、同時にリタが今、どんな目にあっているのだろうと、不安でいっぱいになる。額や首筋辺りに冷や汗が流れるのを感じる。お父様に、動揺が隠せない。
「お、お父、様……?」
「この式が終わったら、良いモノを見せてやる。なぁに、気にするな。奴なら、痛い目に合わぬよ」
「今、どこに、居るのですか……?」
父は、私たちの後ろ、広場の奥、見晴らしの良いバルコニーに向かって指を差す。この会場から少し階段を上らないといけないバルコニーは、ここからでは先が見えない。
そして、バルコニーに上がるための階段には、リタ以外の使用人が二人、腕を組んで立っている。きっと、昨日、計画がバレたんだ……!
私が、リタに抱きついたの、誰かに見られていたから……!?
「昨日まで仲間であった使用人の慈悲により、拷問をやめにして、ここから、お前に見守られながら飛び降りることになったそうだ。ほほ、良き仲間を持ったな。裏切り者のくせに、痛みも感じずに逝かせてもらえるとは」
リタが、死ぬ……!? ダメよ、リタ。私以外に殺されるなんて、許さないんだから!
すると急に、トントンと肩を叩いてきたのは、お父様とは反対の椅子に座っている、結婚相手。
リタとは真逆の、小太りで、性格が悪そうな男。隣国の王子と言っていたけれど、とても王子の風格は見受けられない。私の事を体目当てで見ているとしか思えない、いやらしい目つき。
私は今すぐにでも、奥歯あたりに忍ばせている毒薬を噛み、この場から、この世から消えてしまいたいと思った。だけど、まだリタが生きている。私が死んだあとも、この連中が優しくしてくれるなんて、全く思えない。
「ベル、大丈夫かい? なんだか、俺と結婚するのに反対している者が、城内に居たようじゃないか。嫉妬もいいところだよ。確かに、君は可愛らしくて、素敵な女性だけど」
さらさらと、私の髪の毛に指を通す王子。身の毛がよだつ思い。だが、耐える。耐えて、リタと一緒に、飛び降りるんだ。
◇◇◇
その後、式は順調に進み、王子と私が、誓いの口づけをすることに。彼は一歩前に出て、私に息がかかるほどの距離で、口元を震えさせる。
「それでは、誓いのキスを」
体の寒気が、震えが止まらない。私は、初めてのキスを、こいつに渡してしまうの……?
こんなことなら、リタともっといろんなことをしておけば良かった。
唇と唇が重なる瞬間……。私は怖くなって、目を瞑った。
「グアアアアアアッ!!!」
「キャアッ!」
「狼男だっ!!」
ガタガタと会場が揺れて、私は体制を崩してしまう。尻もちをついて、衝撃が起きている先に視線を向けると、そこには……。
「グアアアアッ!」
「いやあああっ!!」
狼男の大きくて鋭い爪で、会場のテーブルを吹き飛ばしていく。そして、段々私の元へと近づいてきて……。
「きゃああっ!」
「ベル!! 狼男! 待てええっ!!」
会場をめちゃくちゃにした後、私を抱えて城を飛び降りる、大きな狼男。ああ、来てくださったのね……!
「ずっと、待ってましたわ……!」
「……」
クールな横顔の狼男は、その厚い毛皮で、寒さから私を守るようにつつみ、無言のまま城下町、森、荒野を駆けて、私の知らない国へ。
この狼男から、リタの匂いがする……。きっと、私の所に来る前に助けてくれたのだろうか。またいつか、会える時が来る。そんな気がした。
走っている時の振動で、口の中に忍ばせていた毒薬を途中で落としてしまった。もう必要は無いけど、ソレを手掛かりに追われたらと、少し心配にもなる。
真夜中、見たことない街の、大きな時計塔をよじ登り、展望エリアへ入る。
狼男は私を抱き上げ、床に座る。そして、大きな、ふわふわの両手で私をまたつつみ、温めてくれた。安全な場所に来たことと、牢獄のようなあの城から逃げられたという安心感から、私はひどい眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。
「……ネムレ」
◇◇◇
「……んむ」
「すう……すう……」
「はっ!?」
「……うん?」
早朝、まだ太陽がほとんど出ていない。
目を覚ますと、私はリタに抱きしめられていた。混乱している私に、同時に起きたリタが、ぎゅっと、私の身体を包む。
「リタ、もしかして、昨日の狼男って……」
「ずっと、内緒にしてた。僕、実は狼男なんだ。君に嫌われたくなくて、隠してた」
「リタが、狼男?」
「ベル」
「リタ……っ」
私の名前を呼ぶリタ。私はその震える身体を抱きしめ、口づけを交わす。
「助けてくれて、ありがとう。私の王子様」
「僕が、怖くないの?」
「うん」
不安そうな彼の瞳に浮かぶ涙を拭きとり、笑顔を見せる。
「これから、僕と一緒に、逃げてくれるかい?」
「もちろんっ! リタ、私をお嫁さんにしてくれる?」
「うん。……ベル。僕と結婚しよう、愛している」
もう一度、私たちは口づけを交わす。朝日が昇り、明るくなった街は、私たちを祝福するようだった。
これからは、二人きりで隠れながら生きていく。きっと、不便なことや、大変なこともあると思う。お父様の手下たちに見つかって、逃げることになるかもしれない。もしかしたら、住む場所が、食べるものが無くて、ひもじい思いをすることがあるかもしれない。
でも大丈夫。この二人でならきっと、どんなことでも乗り越えていける。だって私の花婿は、狼男なんだから。
私とリタの……本当の愛は、何にも勝ると、証明してみせる。
おまけ・その後(が気になった方だけ読んでください。完全に蛇足です。自己満です)
「それで、リタ。……この街は、私たちの国の硬貨は使えるのかしら?」
「さあ……でも、このままじゃマズイよね、変身したせいで、裸だし、外は雪も降ってるし……」
「うふふっ、それじゃあ、私が下におりて、適当に服を買ってくるわ」
「えっ!? ベル、お金が使えなかったらどうするんだい?」
「リタ、このティアラと、ウェディングドレス、質に出したら、一体いくらになるのかしら?」
「おおっ、なるほど!! ベル、君天才か!?」
「大げさよ。それじゃあ、行ってくるわ」
「ああ、お気をつけて。……ベル! 何かあっても、僕は変身できないからね?」
「あははっ、大丈夫よ!」
1年後
「やっと家と安定した仕事が手に入ったね、ベル」
「ええ、この国での暮らしは、とても楽しいわ」
「ベル……お姫様が、城下町で工場勤務か……君が作業服で、金属パーツののバリ取りだなんて、想像できないよ」
「リタ、私はもうお姫様じゃないわ……それに、私は楽しいと思っているわよ?」
「そうかい? それなら、いいけど」
さらに5年後
「フォルティア、パパですよ~」
「あう~」
「リタ、狼男の子って、狼男になれるの?」
「どうだろうね。狼男と人間の交配なんて、僕たちが初じゃないかな」
「あらそう、何気に私たち、すごいことしてるのかしら?」
「あはは、でも、論文に出来ないのが残念だよ」
「あらリタ、ま~たお金儲けの事ばっかり!」
「いやっ、そんなつもりはないよ! ベル、それよりお鍋に火をかけたままよそ見しちゃ……!」
「えっ……あっ!」
さらに15年後
「パパ、ママ、行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい」
「フォルティア、お弁当忘れてるよ!」
「あっ! ありがとう、ママ! それじゃあっ!」
「……ついにフォルティアも学生か」
「リタ、すっかり老けたわね。ヒゲが似合ういい男?」
「ベルは全く衰えを知らないな。いつまでも美人で自慢の奥さんだよ」
「あら? 珍しいわね、褒めてくれるだなんて」
「照れているのかい?」
「……うるさいわね」
さらに数十年後
「お父さん、お母さん、僕、旅に出ます」
「フォルティア、元気でな」
「いつでも帰ってきなさいね」
「今まで、ありがとうございました……!」
「ついに、旅に出たか。フォルティア」
「自慢の息子よ。きっと大丈夫だわ」
「ああ、俺たちの、こどもだからな……」
「リタ、愛してる」
「急にどうしたんだ、ベル」
「ふふ、なんでもないわ、日ごろの感謝! これからもよろしくねっていう!」
「もう今さら恥ずかしくないぞ」
「嘘つき! 顔赤くなってるわよ」
「う……見るなっ!」
読んでくださり、ありがとうございました。
ここまで読んでくださった方、評価していただけると、僕は嬉しくて飛び跳ねます。
評価してくださった方、ありがとうございます!