2話 妹の誕生日(回想)
2023年12月19日。五十嵐灯里が地方から東京に引っ越してきて3年と5ヶ月程が経った時だ(五十嵐灯里は2020年の7月5日に引っ越した)。
この日は、五十嵐灯里の妹――五十嵐葵美の3歳の誕生日だ。既に物心はついており、誕生日になるとすごく嬉しそうにはしゃいでいた。
五十嵐灯里と五十嵐灯里の両親は五十嵐葵美にあげる誕生日プレゼントを買うために、家族4人でデパートに来ていた。サプライズというわけではなく、五十嵐葵美が欲しい物を五十嵐灯里と五十嵐灯里の両親が買ってあげるという形式である。
五十嵐葵美は大好きな姉の五十嵐灯里の手を握ってニコニコしながら歩いている(大好きではあるがシスコンというわけではない)。
「あっ! お姉ちゃん! これ見て~!」
「ん~? これは~……」
おもちゃ売場で五十嵐葵美と五十嵐灯里が見たのは、可愛らしいウサギのおもちゃだった。幼い女の子ならだいたいの子が好きそうなおもちゃである。
「これ欲ちい~! 買って~お姉ちゃ~ん!」
「こ、これはちょっと~……」
おもちゃ自体はとても良い物だったのだが、五十嵐灯里は値段を気にした。その値段は5500円。まだおこづかいでしかお金をためられない五十嵐灯里には厳しい物だった。ちなみに五十嵐灯里の所持金は6300円である。
「さすがに……これは~……」
「やだ~! これがいい! これがいい~!」
「で、でも~……」
「買って買って買って~! お姉ちゃん買って~!」
五十嵐葵美は五十嵐灯里の手を離して、五十嵐灯里のお腹をぽかぽか叩いた。完全に駄々をこねている。
「これはお母さ――」
「やだやだ~! お姉ちゃんが買って~!」
「なんで私じゃないとダメなの~?」
「お姉ちゃんからのプレゼントが良いの~!」
五十嵐葵美にとって五十嵐灯里は誰よりも大好きな人だ。なので、1番欲しい物は五十嵐灯里に買って欲しいのだ。
「う~! ……うん……分かった。買ってあげるよ。でも大事にしてね?」
「やった~! お姉ちゃんありがと~!」
五十嵐葵美はそう言ってすごく可愛い笑顔で五十嵐灯里の体に抱きついた。五十嵐灯里はそんな五十嵐葵美の頭をニコニコしながらなでた。
少しして、五十嵐灯里はウサギのおもちゃが入った大きめの箱を持ってレジに行った。レジを担当していた店員の女性が五十嵐灯里と五十嵐葵美の仲の良さにうっとりとしていた(尊さを感じていた)。
その後、五十嵐灯里の両親も五十嵐葵美にあげるプレゼントを買った。母親が7300円の髪飾り、父親が12000円の腕時計だ。2人共、五十嵐灯里と違って少し金銭感覚が可笑しいところがある。
五十嵐葵美は五十嵐灯里と手を繋いで、デパートの中を歩いていた。その時――、
『我は世の神話にて伝わる神。汝に魂の力を授けよう』
と言う女性の美しい声が聞こえた。五十嵐葵美は戸惑いながら、
「え? 誰~? 何~?」
と周囲をキョロキョロしながら言った。五十嵐灯里はそんな行動をしている五十嵐葵美を気にかけた。
「葵美~? どうしたの~?」
「たっき誰かがちゃべった~。誰~?」
「誰も喋ってないよ~?」
「でも~、我は世の……とか聞こえたよ~?」
「え……?」
ちょっと困りながら、五十嵐灯里を上目遣いで見ている五十嵐葵美。だが、五十嵐灯里は「我は世の」で始まる言葉に聞き覚えがあった。
五十嵐灯里がまだ地方の小学校にいた時、同じクラスの友達――牛尾悠香がセイクリッドアビリティの授業中に言っていた事、
「我は世の神話にて伝わる神。汝に炎の力を授けよう」
を思い出した。
五十嵐灯里は五十嵐葵美の顔と自身の顔が同じ高さになるように腰を下ろし、真剣な表情で五十嵐葵美を見た。
「葵美。その誰かは……何の力を授けようって言ってた?」
「え? ……えっと……たまちい……だったよ」
「た、魂?」
五十嵐灯里は魂というのがどんなものなのかよく分からなかった。
(命とは別に、生き物が生きるために絶対にいるもの……かな? ってことは……葵美は生き物の魂を自在に操れる……?)
五十嵐灯里はそんな事を考えているうちに、五十嵐葵美が授かったセイクリッドアビリティがすごく危険な物なのではないかと思ってしまった。なのですぐに立ち上がり、五十嵐葵美を恐れるように離れた。
「お姉ちゃん!? どこ行くの~!?」
五十嵐葵美は五十嵐灯里を追いかけた。だが、五十嵐灯里は五十嵐葵美が自身のところに近づいてこないように、
「来ないで!」
と言った。だが、そんな事を言おうものなら五十嵐葵美は当然ながら、悲しそうな顔になって涙を流し始めた。
「……お姉ちゃん。……な、なんで~? ……ボクが嫌いになったの……?」
「ち、違っ! ご、ごめん! 魂って聞いて怖くなって……」
「う、うぅ……」
五十嵐葵美は泣きながらも五十嵐灯里にゆっくり近づいて抱きついた。五十嵐灯里は五十嵐葵美をそっと抱いた。
(死ぬのが怖くて葵美を泣かせちゃった……。葵美は何も悪くないのに……)
五十嵐灯里は魂のセイクリッドアビリティを授かったであろう五十嵐葵美に触れているが、魂が操られそうな感じは無い。五十嵐灯里は五十嵐葵美に辛い思いをさせた事により、罪悪感に襲われた。
「ほんとにごめんね葵美……」
「……うん。……お姉ちゃんはボクの事つき……?」
「うん。大好きだよ~」
「ボクも~お姉ちゃん大つき~!」
五十嵐葵美は安心したのか流れ続けていた涙が止まってきた。
そんな時、近くを通りかかった目付きの悪い女が抱き合っている五十嵐灯里と五十嵐葵美のところに近づいてきた。
「そこの小娘2人組。こんな公衆の面前で何をしている。注目を集めているぞ」
「はっ! ごめんなさ~い!」
五十嵐灯里は慌てて五十嵐葵美を抱くのをやめて五十嵐葵美の手を握った。五十嵐葵美は涙を服の袖で拭いた。五十嵐葵美が涙を拭いている様子を見た目付きの悪い女は五十嵐灯里に聞いた。
「小さい方の小娘は泣いていたのか?」
「ちょっと傷つけちゃって……」
「喧嘩でもしたのか?」
「その……授かったセイクリッドアビリティが魂だったからちょっと怖くなって……」
「……そうか」
目付きの悪い女は周囲を確認し、たくさんの人が集まっているのを確認すると、
「この小さな小娘が魂のセイクリッドアビリティを授かった! 拍手だ!」
と大声で言った。すると、周囲の人達は一斉に歓声をあげて拍手した。拍手されている五十嵐葵美は恥ずかしくなったようで顔を隠すように五十嵐灯里に抱きついた。
目付きの悪い女はあまり似合わない笑みを浮かべて、五十嵐葵美に近づいた。五十嵐葵美は五十嵐灯里に抱きついているので見えていない。
「おめでとう幼い小娘よ。セイクリッドアビリティを授かった事を歓迎しようかぁ!!」
目付きの悪い女は突然、小刀を取り出して――
グサッ
五十嵐葵美の背中から心臓の辺りを貫いた。
「うっ! ……はがっ!」
五十嵐葵美は五十嵐灯里の服に血を吐いてから仰向けに倒れた。倒れた五十嵐葵美の背中から大量の血が流れてきた。
目付きの悪い女は小刀を持ってガッツポーズをして、
「魂のセイクリッドアビリティを授かった小娘は! この! 殺害のイビルアビリティを持つ穴田亜栖美が殺したぞぉぉぉ!」
と大声で言った。だが、周囲の人達は皆、小刀を持った目付きの悪い女――穴田亜栖美を恐れるように逃げ出した。あっという間に周囲には人がいなくなった。いるのは穴田亜栖美と五十嵐灯里と倒れた五十嵐葵美だけだった。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ!!」
五十嵐灯里は酷く焦って五十嵐葵美を揺すった。
「葵美!! 葵美!! 葵美ぃぃぃぃぃ!!」
涙を流しながら、五十嵐葵美を揺すり続ける五十嵐灯里。穴田亜栖美はそんな事をする五十嵐灯里を見下すように、
「無駄だ。その小娘は死んだ。ざまぁない」
と言ってその場を去ろうとした。五十嵐灯里は穴田亜栖美を睨みながら立ち上がった。
「……どこ行くの? 私の大事な妹を殺しといて……どこに行くのぉ!!」
「帰るのだ。そして、魂のセイクリッドアビリティを授かった小娘を殺したと報告して褒美を貰うのさ」
「そんなの……ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」
五十嵐灯里は穴田亜栖美のところに走っていき、穴田亜栖美の顔面を殴ろうとした。しかし、殴ろうとした腕は掴まれて、
「やめろ。イビルアビリティを持つ者はセイクリッドアビリティを授かっている奴以外には手を出してはいけないという決まりがあるのだ」
と冷静に言った。だが、そんな事を言われても五十嵐灯里の怒りはおさまらなかった。
「なにそれ? ……セイクリッドアビリティを授かっていたら、殺しちゃっていいって事かぁぁぁ!!」
「……小娘。せっかく可愛い顔しているのにそんな風にキレていたら台無しだ。怒りをしずめろ」
「うるさい!! うるさいうるさいうるさい!! 死んじゃえ!! お前なんか死んじゃえぇぇぇぇぇ!!」
五十嵐灯里はもう片方の腕で穴田亜栖美の顔面を殴ろうとした。しかし、穴田亜栖美は持っていた小刀をとっさにしまって殴ろうとしたもう片方の腕を掴んだ。
「小娘は私を殺そうというのか? 無駄な事だ。小娘ごときが私を殺すなど不可能。諦めてそこに転がっている死体を片付けろ」
「黙れぇぇぇぇぇ!!」
五十嵐灯里は穴田亜栖美の手を振りほどいた。そして、もう一度、穴田亜栖美の顔面を殴ろうとした。しかし、穴田亜栖美に手で強く押されて五十嵐灯里は倒れた。
「いい加減にしろ。……はぁ。子供って本当に馬鹿だ。頭が悪すぎてめんどくさいし、自己中心的で迷惑だ」
穴田亜栖美は五十嵐灯里を蔑むように言った。そして、その場を去った。
残された五十嵐灯里は怒りと悲しみで思考がごちゃごちゃになったまま、倒れている五十嵐葵美のところに行った。悔しさで涙が止まらなくなった。
「くっ……ふぅ……ごめん……葵美……ごめんね……私のせいで……」
五十嵐灯里は涙を溢れさせながら、倒れている五十嵐葵美の手を握った。