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大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて  作者: 柳葉うら
第三章 運命を巡らせる金の環
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05.報せ

 その日の夜、めずらしく急な来客があった。

 ドリスさんと一緒にお茶を飲んで談笑していたら、蒼白になった執事がやって来てドリスさんを連れ出してしまう。


(エドが留守なのに来客?)


 大きな違和感が横たわり、胸の中にざわりとした感覚が広がる。


 戻ってきたドリスさんもまた執事のように蒼白で足元が覚束ない。

 倒れそうな体を支えると、わたしの肩に顔を埋めて泣き出した。


「騎士団から派遣された騎士様だったよ。旦那様が率いる部隊が……魔物の襲撃に巻き込まれたそうなんだ!」

「そんな……!」


 敵軍が魔物を戦場に持ち込んで放ったようで、不意打ちの作戦にエドたちは苦戦しているらしい。


 冷たい手で心臓を撫でられたような心地がした。

 頭の中が真っ白になり、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


 そう、何もできないのだ。


 遠く離れた場所でエドの身に危険が迫っているのに、わたしはただこの部屋で帰りを待つことしかできないのが悔しい。


(ああ、なんて無力なの)


 悔しさと悲しみが綯交ぜになり、視界が滲んで目の前の景色は輪郭を失う。

 ドリスさんと一緒に涙が枯れるまで泣いた。

 真夜中になってドリスさんに眠るよう促されたけれど、布団の中に入っても全く眠れなかった。


「……このまま朝まで読書でもしましょうか」


 本棚に寄りかかると、ドサリと音を立てて、大魔導士シンシアの日記帳が床に落ちた。

 おもむろに手に取り開いた瞬間に、日記帳の真っ白な頁の上にインクが滲むようにして文字たちが現れる。


 とてつもなく高度な魔法なのだろう。

 この日記帳は私以外の人間がいるとたちまち文字を消してしまう。


(エドが帰ってきたらこのことを話そう。これが大魔導士シンシアが付与した魔法のせいであるのなら、エドが喜ぶかもしれない)


 まだ読めていなかった後半部分に視線を走らせる。

 そこには相変わらず淡々と日々の記録や仕事について綴られていたが、ダレンが居た時に比べると無機質なものだった。


 大魔導士シンシアはダレンの求婚を拒んだとはいえ、愛していないのではないだろう。

 愛の種類が異なっていただけで、彼を深く愛していたに違いない。


 頁を捲っていると、ダレンの名を見つけた。


『ダレンが戦地に送られるらしい』


 その一文を読んで、心臓がどくりと脈を打つ。

 戦争の二文字が他人事のように思えず、食らいつくように続きに目を走らせる。


『別れの挨拶をしに来たダレンに契約魔法を使ってくれと頼まれたが、拒否したら逆に魔法をかけられてしまった。本気を出したダレンにはもう敵わないのだと、力の差を見せつけられてしまった。ダレンが戦争から帰ってきたら、大魔導士の座を彼に譲ろう』


(偶然、なのかしら?)


 昼に見た夢に出てきたあの光景も、ダレンが《おししょうさま》に契約魔法を使ってもらおうとしていた。

 

 それからは戦況について書かれている。

 弟子のことがとても心配だったのだろう。ダレンを想う記述も必ず一緒に書かれている。


 日記によれば、ダレンが率いる部隊は順調に敵軍を追い込んでいるようだった。

 この調子だとすぐに戦争が終わりそうだと、安堵する記述がある。


『あの子が帰ってきたら、好物のクリーム煮を作って夕食に招待しよう』


 そのような微笑ましい一文を見て頬が緩む。

 ――しかし、次の頁を捲った途端、これまでにないほど異質な書き込みがされており、嫌な予感がした。


 インクが酷くにじんでおり、書き殴られた文字たちには彼女の激しい感情が込められているようだ。


(一体、何があったの?)


 文字をなぞる指先が震える。

 そこに書いてあったのは、絶望だった。


『ダレンが戦死した、と連絡があった。私はもう、あの子に会うことができない。こんなことになるのなら破門するべきではなかった。結婚でもなんでもしたらよかった。あの子が望む通りにしてでも、一緒に居るべきだったんだ』


 日記の上に雫が落ちる。散々泣いたのにまだ涙が出てくるのか、と苦笑した。

 目元を拭い、日記の続きを読む。


「この金の環が本当に来世でも、ダレンに会わせてくれるのだろうか?」


「仮に出会ったとして、この記憶や想いは全て来世の私に受け継がれているのだろうか?」


「もし記憶がなかったら私はダレンに謝ることができない。この気持ちを伝えるために、魔法でこの日記帳に記憶を刻み込もう」


 日記の最後には複雑な文様が描かれている。

 指先で触れると文様が光り、わたしの体を包み込んだ。


 眩さに目を閉じると、瞼の裏に金色に光る環が現れる。

 しかしその形は完全なものではなく、環になる途中のようだ。


 わたしの目の前で、欠けていた箇所がみるみるうちに補われていく。


「そういう、ことだったのね」


 金色の光は完全に繋がり、私の意識は元居た部屋に戻ってきた。

 エドが用意してくれた姿見を覗けば、瞳の中に金色の――フェデーリタースの環が現れている。


「大魔導士シンシアは――、私のことか」

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