序
難読漢字等でルビを多用しています。
その為、読み辛いと思われる向きもあるかも知れませんが、ご容赦下さい。
本作は架空の創作物です。
文中に登場する人物名、団体名等は、現実のものとは関係ありません。
また、文中に実在する著名人名、企業名、商品名等が描写された場合も、それ等を批評・誹謗する意図は一切ありません。
気持ち悪い。
嫌な感覚が競り上がってきて、木野菜津音は慌てて眼を覚ました。
……吐く!
其の感覚は、過去の経験から確かなものだ、と直感した。口許を押さえつつ寝床を後にし、平屋建ての日本家屋の長い廊下を深夜にも拘らず、足音を盛大に立てて便所へと急ぐ。身体も異常事態と理解しているからか、起き抜けの気懈さは無く、皮肉な程軽快に動いて呉れる。既に掌から溢れそうに為っている遡行液を感じつつ、菜津音はドアノブに手を掛け、転がり込む様に、中に入った。年季の入った洋式便器を抱き抱える格好で屈み込み、経口物が強酸性の胃液を伴って経路を遡及し、耳触りの悪い音を発しつつ陶器に散らばるさまを、菜津音はまたか、と辟易しつつ他人事の様に眺めていた。軈て半自動的な逆流が収まると、吐瀉物を浄水場から導かれる水道水で封水の奥に流し込み、口中に残存する残滓残渣を散々と怨嗟しつつ便所を後にし、直ぐ横に在る洗面台で漱ぐ。顔を上げると、鏡には薄暗い中に汗で濡れそぼり憔悴した様な、とても他人には見せられない有り様の自分が居た。全身にびっしょりと寝汗を掻いていて、背中に寝間着代わりの白い無地のTシャツが張り付き、不快な感触が与えられている事に、今に為って気付いた。
鏡に映った顔が、歪んでいく。恨み、苛立ち、怒り……あらゆる負の感情が綯い交ぜにされて、整った“格好可愛い”とも云える菜津音の顔面を豹変させてゆく。完全なる憎しみの表情となった菜津音は、鏡面の己を睨み付け、
「……糞野郎共が」
此れでもか、と云う程の怨念を込めて呟いた。
憤恨の矛先は、決まっていた。決まりきっていた。
菜津音は夜毎悪夢に魘され、そして襲い来る吐き気で叩き起こされる程に奴等を憎んでいた。菜津音の精神で奴等への憤懣は膨れ過ぎて、菜津音自身を喰い潰しそうな勢いだった。此処最近は体重も漸減する一方で、明らかに体力も減衰し始めている。
「…………」
黙って蛇口の把っ手を捻り、消毒済みの人工清水を召喚する。手で水を掬い、色濃い憤慨に染まった顔に冷水を叩き付けた。数回繰り返し、水道水を遮閉する。手近に有ったタオルに手を伸ばして顔を拭い、大半の水気が取れた顔面が鏡に映される。其処には普段通りの、ごく普通の女子中学生である木野菜津音が居た。
時刻は午前2時半位だろうか。丑三つ時真っ只中だ。
明日……ではなく今日も。夜が明ければまた学校だ。あんな恨みがましい、全世界に喧嘩を売り飛ばす様な表情では、学校生活を円滑に送る上で、拙い。
何事も無かったかの如く、菜津音はドス黒い瞋恚を強引に蔵い込み、鏡に向かってニッ、と最上級の作り笑いを決めて、静かに寝室へと向かった。
閲覧頂き有り難う御座います。
本作は本来、某小説賞に投稿すべくWordで書き連ねていたものであり、此の章は正に其の序文として据えられていた部分です。云わば導入部ですので非常に短く、「何だこれ?」的な感じではありますが、そんな事情です。どうか本編である続章以降にもお目通し下さるよう宜しくお願い致します。
タイトルに波ダッシュで謎の文言が付されていますが、実は本作は連作……と云うか作中時間で6、7年経過するシリーズもの(になりそう)です。僕自身の筆の遅さとモチベーションの所為で描ききれるか分かりませんが、取り敢えず其の構想は有る、と云う事で、タイトルの件、ご容赦下さいませ(笑)