IF8話-04 十七委員会
十七委員会首脳陣室の存在は、全てが謎に満ちていた。
そもそも、首脳陣室なる《十七委員会》が運営する部屋が、本当に存在するのかさえ疑うものは多かった。なぜなら《正統血種》でさえその場所を知らず、軍事区画、居住区画共にいくら探そうと該当するような『空間』すら発見できないのだ。巷ではもはや都市伝説と化した首脳陣室──しかし、真実を知ってみればあっけ無いものである。ネブルになくて当然、首脳陣室は大空洞の更に上階層のクロムシェルに『普通』に設けられているのだ。
皮肉なものである。狭い世界で一生を終えるネブル民からすれば、ネブルの外は即世界の外。この世の裏側と称しても過言ではない。数百メートル程度階層を隔ててるだけなのに、ネブルで暮らすヒトリディアムからすれば、文字通り雲の上の存在になってしまうのだ。
そんな──首脳陣室直通のエレベーターを下り、階層路から大空洞へと出ると、そこは第一居住区を見渡せる展望台になっていた。ここが、十七の首脳が集う部屋である。
首脳とはそのままの意味で理解すればネブルの首脳、即ちネブルの意思決定に纏わる人間という意味であり、裏深く読み解けばむしろ文字通り──脳である。
主たる脳。17つの脳みそが、赤紫色の液体で満たされた装置に、浮かんでいるのだ。
脊髄の代わりに接続された人工神経が外部の装置へと接続されており、円状に並んだ脳髄ビーカーの前には、立体ホログラムの人格が映しだされている。
これが《十七委員会》。ネブルの意志を具現化した存在だ。
プロフェッショナルという概念がある。特定分野に対し、突出した努力時間を捧げることでたどり着く事ができる、分野に傾倒し、系統化した人をさす言語だ。
正に彼らは17のプロフェッショナル。生命活動における他の一切を排除し──『思考』の一時のみに全ての時間を捧げた、思考のプロフェッショナル。
(すげぇなネブル……)
平依存さんと共に十七委員会の部屋に入ったウチは、素直にそう感じた。脳だけで生きる技術を確立してるだけでも凄いが……脳髄だけになり生きるとの決断を、迷いなく是としている奴らの心中が凄いのだ。
(脳だけで生きたって楽しい事なんかありゃしないのに。見た所ビーカーは設置型。ここから外には出れないだろう。なら、彼らが脳だけになってまで生きている理由、十七委員会とまで言われる理由。それは──)
ネブルの、ため
そう、十七委員会は各委員の長の集まり。各委員会はどれもネブル運営や繁栄のために動いており、その最終決定や根本的発案を行うのが彼等脳だけになった首脳陣なのだ。
こんな姿になってまで、ネブルの事を考えている。ネブルに住まう各個人の事は考えて無いかもしれない。愛の事は考えて無いかもしれない。でもネブルの安全を、ネブルをより心地よい空間にすることを、彼等は脳だけになりながらも考えているのだ。
ウチはただ、それに感動していた。もしかしたら数千年以上の時をウチだけにささげたエムジと同じ思いを、彼等に重ねているのかもしれない。十七委員会はネブル創成期から存在する人々で、単純に考えても数百歳のはずだから。
「──《戯級階層》にて起動するヱレームを観測したというあの映像ディスクは真か、平依存よ」
《首脳》の一人、初老の立体映像は訝しげに呟いた。情報は小出しに。これはウチと平依存さんの作戦だ。十七委員会にコンタクトを取るにあたり、ウチらはまずエムジが撮ったアロイジウスの映像の件しか伝えていない。
それだけで食いつくのだから、よほどこの情報の重みを理解していると見える。流石だ。
「肯定です」
流石の平依存さんも喋り方が普段と違う。「そうでぇす」とか言ったら死にそうな雰囲気が部屋に漂ってるもんな。十七委員会の機密性からか護衛はいないが……天井にはガトリングガンが薄っすらと見える。夬衣守に似たシステムを使って彼らが直接動かせる様になってるのだろう。
「遭遇したのはこの軍学徒です。第2675階層の北東エリアにて、人型《旗子攻》とこの軍学徒が生存するヱレームと遭遇いたしました」
人型旗子攻とはエムジの事。バニ様が開発中の対ヱレーム兵器というテイになっていた。ウチ共々、本当はクロムシェルで発見したものなのだが、ネブルの技術者が開発したことにしておいた方が色々と都合が良いのだ。まぁこの後提出する映像でそれが作り話なのは直ぐバレるけど。
人型旗子攻という名前の通り、人型では無い旗子攻も存在する。……アルマで破壊された、戦闘用のエムジの外骨格の事だ。
「なに? その《旗子攻》は無事なのか?」
十七委員会の質問は続く。
「無事でした。その後アルマでの試験運用の際に破壊されましたが、この映像収録時点では無事です」
「くだらぬ嘘をつくなよ平依存」
と、初老とは別の立体映像が声を怒らす。髪の長い中年の男性だ。「今しばし、報告書を《集合調書》から参照した。まったく、無事などではないではないか」
「本質的には無事です、との答えですので。申し訳ございません。私は瑣末な情報を省き、結果のみをご報告しようとした次第ですので」
(細かい所突っ込んでくるなー)
まぁ思考のプロフェッショナルだしこのくらいめんどくさい方がいいのだろう。
「ぬけぬけと。──ほらみたことか、やはり真屡丹の様な若造に任せ、人型《旗子攻》を野放しにしておくべきではなかったのだ。機械に人の意思を持たせる研究などと……」
なじりだす中年に割りこむように「論点がずれているぞ。大事は《戯級階層》で起動ヱレームを観測したという一点だろう」と、若い男性が周囲を制した。ウチもそう思うしエムジディスをされるとまともな議論ができなくなりそうで怖いから有り難い。
「防衛委員長の言うとおりだ」と、初老が取り纏める。「それに人型《旗子攻》などといった研究途上の因子など、些細な問題だ。《対ヱレーム無人兵器計画》など経過観察で事足りる。現時においては真屡丹の若造の遊戯に過ぎん」
「そうだな。話を戻そう。──だが問題はヱレームの《戯級階層》での出現という奇事についてでもない。問題が提示するネブルに及ぼす可能性についてだ」
特にこちらから情報を与えずとも、勝手にネブルの危機を危惧する十七委員会。いいね。タイミングを見計らって、ウチを売り込んでいこう。
「うむ、その考えは是である。此度の奇事が示唆する可能性は、《クロムシェル》は《ネットワーク端子》の遮断性があるとの定説が崩れるという点だろう」
「違う、それは浅はかな見地だ生殖委員長。《クロムシェル》の構成外殻が発揮する、ネットワーク端子の遮断性は既に研究結果で肯定と出ている」
実際クロムシェルはネットワーク端子を遮断しているはずだ。問題はネットワーク端子を自ら発生させられるヱレームの存在なんだよなぁ。
「あの真屡丹の小僧のだろう」
「研究者に視点を合わせて学問は語れないぞ生殖委員長。それに我々《十七委員会》が総意で《検討済項目》とした内容に、いまさら異論の挟む余地はない」
「うむ、話を戻す。問題は《クロムシェル》の構成外殻を最小単位とせず、《クロムシェル》全域を最小思考単位とした際の、遮断性の変動にあるだろう」
「待て待て、では《クロムシェル》全体が変革しつつあるということか? 全体も、全域も、何一つ把握しきれてもいないのだぞ」
「違うぞ。そもそも《クロムシェル》の異常とは限らない。アルマ第一厳戒区域に位置する『機都』に、異変があった可能性もある。我々は《汚染》の特異点を『機都』と定義してきた、故に特異点の変動は想定の範囲内だ」
実は汚染の特異点も機都じゃないんだけどね。汚染とネットワーク端子は同一で、ラジコンの電波みたいなものだ。それを発してるのはAMOSサーバー。あの機都はその一種であって、地球上には複数のサーバーがある。
「いやまだ仮説はある。奴らが《ネットワーク端子》が在存しない空間でも生息できるよう、変質した可能性も捨てきれない。だとすれば一刻を争うな」
お、いいとこつくね。つかこの考えに至ったセロルちゃんホント凄いな。
「《回帰機構》にも異変がでていないか《交信機関》に情報開示を求める必要もあるな」
「そちらは大丈夫だろう。百年前に那級階層で衝突したきり、ネブルへの接近、目立った活動は行われていない」
「──何れにせよ、全て、結果論で言えば同じだろう我々よ。ネブルの安全保証上の脅威、安全神話の変動性が立証され、未来的に街をヱレームが脅かす可能性を示唆したことが、一番の焦点だ」
ああ、まったく、その通りだよ……。
そしてその可能性はヱレームだけではなく、ネブル内部に潜む虚灯という集団にもある訳で。
「ふん。不変なものなどないだろうと我は思う。この世の全ての理論の正当性は『今日まで』の期限付きだ」
「割り込んでおきながら理解が遅いな防衛委員長、それともわざと戯けてるのか? そのくだらぬ哲学に一つの実証が現れたことが問題なのだ。革命派の言質になりかねないということに、我々十七委員会は気づかねばならない」
「いいじゃないか。ネブルを保守するばかりでは、対応できん問題が我々十七委員会には超長期的に存在する。いずれ《戯級階層》は愚か、ネブルまでネットワーク端子が、はたまたヱレームが侵食する日がくれば、我々ネブルはヱレームに根絶やしにされてしまう。まだ《戯級階層》で留まっているうちに、百年後に向けアルマ侵攻への手はうつべきだ」
「そう主張する革命派が増える、と我は危惧しているのだ」
「増えて何が悪い。我らネブルもアルマへの進出は予てよりの念願で有ったではないか」
……防衛委員長は革命派思考なのだろうか? 防衛なのに? でも今まで言ってた事は的を得ているし、虚灯みたいな危険思想で無いのならアルマに焦がれても不思議では無いよな。
「念願とは目標ではない。いったい、革命派にネブルがどれだけの犠牲を払っていると思っている。これ以上革命派が増えれば、百年後が来る前に破綻してしまう。『機都』は愚か、未だネブルは《那級租界》からの脱界すら多大な犠牲を払うのだ。ましてや弩級租界の更に先、『機都』の駆除など、不可能な事案に経費を裂くなど──」
そうだ。その通りなのだ。届かない念願にどれほどの命を払うというのか。
──だから、そろそろウチのターンだな。
「はいはいはい! 十七委員会の皆さん!!」
突如発言したウチに対し、十七委員会の面々だけでなく平依存さんまでもがぎょっとしてこちらを見る。空気の読まなさは植え付けられたエレメチアの記憶で習得済みだ。今回は役に立つだろう。
「何だ子娘。軍学徒の分際で我らの議論を止めるにはそれなり価値がある発言をしてくれるのだろうな?」
怒るではなく、こちらの話を聞く姿勢を見せる十七委員会にウチは感動する。彼等は思考のプロフェッショナル。知識にも話にも飢えている。
ウチの発言の価値さえ認められれば、いくらでも話に潜り込めるという訳だ。
「いくつか訂正と提案です。そもそもクロムシェルに変異はありません。ヱレームや機都にも。我々が知らなかっただけなんです。──ネットワーク端子を自ら発生させるヱレームの存在を」
「「「な?!」」」
固まる十七委員会の面々。そりゃそうだ。今までの常識を覆すヱレームの存在。いきなり爆弾を投下されたようなものだ。
「一体何を言っている? そんなものが──」
「論より証拠。まずはこちらのディスクをご覧ください。あ、ちなみにこれは訂正の部分です。この問題に対する提案は後ほど致します」
と、ウチは一枚のディスクを取り出し、首脳陣を囲む池へと投げ込んだ。池は彼らのスロットルのようなもの、直ぐ様ディスク内の情報を全ての首脳が共有した。
投げたディスクにはナジェージダと共にクロムシェル内に落としたタカ式の映像が入っている。頭の良い首脳たち事だ、この映像だけで大体の事は把握してくれるだろう。ウチとナジェの会話も入ってる訳だし。
後半のウチが気絶しながらネットワーク端末に寄り掛かってるシーンは謎極まりないだろうが、これはウチをネブル防衛用の兵器として売り込む際のプレゼンに使おう。
「これは……?! クロムシェル内でタカ式が活動している?」
「それだけでは無いぞ防衛委員長。周囲の小型も動いているではないか」
「タカ式から離れた個体は活動停止しているな……つまり先ほどの軍学徒の言った通り……」
「そうです。そのタカ式こそウチ……私たちが呼称する《特異個体》。自らネットワーク端子を放出する個体です。クロムシェル内をヱレームがうろつく現象の正体はこれだったんですよ」
「なん……?!」
全員から二度目の衝撃。こんな情報、目から鱗だろうし恐怖以外の何物でもない。
「そもそもこの学説は私の友人……になるはずだった戦死した軍学徒、戒那・セロルティア・イデアが提唱したものでした。それを真屡丹研究室長と共に証明したのが、現在ご覧頂いている動画です」
ウチはセロルちゃんの学説を細かく説明した。アルマに現れた二体目のタカ式と共に、彼等特異個体にヱレームが引き付けられる件も含めて。
首脳達は反論もせず聞き入ってる。
「──というのが彼女の説。そしてその映像がその証明です。特異個体は複数いる事が確認されました。彼等はクロムシェルに入っても活動を停止しないのです。《戯級階層》でとどまっているという保証もありませんよ? クロムシェルは複雑な構造だからたまたま下に潜り込めないだけで、特異個体は理論上どの階層でも活動可能ですから。もしかしたらいまこの部屋に侵入してきても不思議では無い」
「何という事だ……なんという……」
「絶望するのは早いですよ。ウ……私は訂正と提案があると発言したはずです。そもそも、十七委員会の面々の前に最初のヱレームの遭遇者だからと言って一介の軍学徒いる事実、おかしくないですか?」
「それは私も思った。皆もそう感じたはずだ。……新たな映像では主導権はナジェージダよりそなたにある様に見える」
「それだけではない。映像の後半、君は何をしているのだね? タカ式のネットワーク端末によりかかり……」
「いやまだ疑問はあるぞ生殖委員長。そもそもこの軍学徒、シーエ・エレメチアがヱレームを倒す際の挙動がおかしい。ナジェージダ街抗換装士と違い、こやつは触れただけで小型ヱレームを停止させ、刀の切っ先を刺しただけでタカ式を停止させている」
「まぁまぁ皆さま、お聞きしたい内容が多々あるのは重々承知しております。それらすべてにしっかりとした回答を用意しておりますし、その上でネブルの危機に対する回避案もありますから。また、完全に別件のネブルの危機も……。どうか順を追って説明さえて下さい。ね、平依存さん?」
「何でここで俺に?! あ、いや! すみません十七委員会の方々! ちょ、ちょっとシーエちゃん、君めっちゃ喋るじゃん! 俺必要無かったんじゃないの?!」
「いやー平依存さんの権力ないとウチここ来れませんし。権力だけ必要だったんですよ」
「酷くない?!」
と、平依存さんで癒しを補給した所でウチは本格的な説明に入る。ここから先は長くなるし、ちょっとした休憩タイムだ。
でわでわはじめますか。とりあえずウチは「《電子汚染》の、浄化に成功いたしました」と宣言した。
またもやざわつく首脳陣。たったその一言で全員の表情は色を変えた。
「そのような報告は、受けておらぬが」
「順を追わないと意味不明かと思いまして。とりあえずクロムシェル内で動くヱレームの件だけ平依存氏に頼んでおいたのです。先ほどの会話や映像からもわかる通り、此度の計画の中心は私シーエ・エレメチアこと《技巧端末》です」
「技巧端末……だと……?」
「まずはこちらの映像をご覧ください。あ、出してない情報はまだまだありますので、ゆっくりお付き合いお願いしますね?」
ウチは先ほどの池に別の映像ディスクを投げ込む。フィラメンタ内で撮影した、過去のウチの記録映像だ。これを見ればウチとエムジのルーツ、ウチの特性、そして虚灯なる危険集団の思惑が大体解る。
首脳たちは食い入るように映像を見つめていた。
「救世主……」
映像を見終わった首脳の一人が呟く。そうだ。ウチは悠久文献に乗っている救世主、人に味方する機械だ。
「電子線を浄化する機能があろうとは」
「それがヱレームを止める事にも影響しているのか?」
「左様です。まだ仮説ですが、電子汚染とネットワーク端子はほぼ同一の物と真屡丹研究室長とも合意が得られております。故に私がヱレームに振れる事で、ネットワーク端子を、電子汚染を浄化したのと同じ要領で遮断しているのかと」
「御劔の子娘が何か不穏な事を抜かしていたが……これは」
「それは後ほど説明致します。まずは私の特性を」
次に投げ込んだのはウチがアルマで多数のサソリ式を退治した映像だ。触れるだけでヱレームが止まって行く様が記録されている。
「この様に私はヱレームを止めたり、電子汚染を解除したりする能力があります。真屡丹研究室長はどこかの集落が開発した対ヱレーム用の兵器ではないかと推察しておりましたが……ご覧頂いた映像内にもある通り、私自身記憶がないうえ、更に一度リセットされているため詳しい事は解りません。ただ能力だけはハッキリとしております」
ウチは手をグーパーして見せつける。皆くぎ付けだ。
「この力を利用すれば、私と言う対ヱレーム用の兵器を利用すれば、ネブルを守れます」
「「「……!!!」」」
ウチは少し貯めてから話を再開する。
「最初に説明させて頂いた特異個体。あれは複数確認されておりますが、どれも単体でクロムシェル内を移動しているものと推測されます。まぁタカ式の時の様に周囲に小型が着いて来る事はあるでしょうが、特異個体との距離が離れると活動を停止してしまうのです。アルマのネットワーク端子はクロムシェルによって遮断されてしまいますからね」
「なるほど。クロムシェル内を移動するヱレームは群れにはなりにくいと」
「です。ヱレーム同士にはどうやら通信機能があるそうなのですが……あ、それもあとで説明しますね? どうもヱレームって意思持ってるみたいなんです」
「何だと?! その証拠は何処に!」
「それはちゃんと説明しますから。ただ今はまずネブル防衛に関してプレゼンさせて下さい。ともかくヱレームには通信機能があるのですが、いかんせん彼等がさまよっているのはクロムシェル。各個体がネットワーク端子を発生させられたとしても、その端子自体をクロムシェルが妨害してしまう。故にクロムシェル内を移動するヱレームは単機が多いはずなんです」
「なるほど。確かに納得のいく推察だ」
「そこで私の出番です。もし仮にクロムシェルを移動するヱレームがネブルに出たとしましょう。私がいない場合、街抗が駆けつければ一端の駆除は出来ますが、周囲への電子汚染の被害は甚大ですしそもそも今回のタカ式みたいに大型の場合、街抗換装士クラスでないと苦戦してしまいます。最悪ネブルの主要機能を電子汚染させられた場合、例えば空気清浄機とか水質浄化機とかですね。ネブルの崩壊につながります」
「そうであろうな。電子汚染の前には陸羽の兵力では無力だ」
「ですです。しかし私ならどうでしょう? 一撫でするだけで大型ですら沈黙し、しかも周囲の汚染も修復できる。被害を最小に抑えられます。それにヱレームはクロムシェルのせいで通信ができません。故に各ヱレームが来たところでネブルの位置はバレませんし、私は機械なので寿命も無い。永久にネブルを守り続けられます。私をネブル防衛の兵器として使ってみませんか?」
「……素晴らしい! 素晴らしいぞ! なあ皆の者?! これならヱレームへの不安も解決ではないか!」
「いやまて生殖委員長。喜ぶにはまだ早い。この子娘……に見える機械に踊らされているだけかもしれぬ。ヱレームに知能があるという話も証明されておらん。しかもこの機械が……本当に我々ヒトリディアムの味方をするのかも怪しいところだ」
「まぁその辺は仰る通りですね。まずはヱレームが知能を持っているであろうという仮説、その仮説に至ったヱレームの言語を真屡丹研究室長と共に解析したデータをご覧ください」
ウチは池にデータチップを投げ込む。アロイジウスとタカ式レイベニウスが発していた言葉、フィラメンタなる存在、そこで収集した言語の翻訳が入った物だ。
「AMOSサーバー? 機都は、その一種なのか? あのようなものが他にもいくつも……」
「フィラメンタ……ヱレームの通信用ネットワークの様なものなのか? 真屡丹もまだわかって無いのだな」
「ナジェージダ街抗換装士と共にいる際、タカ式のネットワーク端末に寄り掛かっていたのはこれが原因か。ヤツのフィラメンタに入ったと。……ヱレームの使用言語は……英語? 聞いたことが無い基底言語だな」
「です。ただフィラメンタと英語に関しては私も良く解りません。救世主時代、他の集落にて習得した言語だとは思うのですが……または私のルーツが改造された特異個体という可能性も否定できませんね。画像フォルダに入れている『アルビ』というヱレームと、私はよく似ている」
「……貴様はヱレームである可能性があると」
「むしろその可能性の方が高いと踏んでおります。フィラメンタに入れる事実がその可能性を後押ししてますね。推測ですが、私はどこかの集落が改造した特異個体なのではと考えています。そして逆説的に、私がヱレームなのなら、他のヱレームに知能があってもおかしくはないかと」
「なるほど。奴らに知能があるであろう事、納得するしか無いな」
「となるとより事は深刻ではないか! この子娘は本当に使えるのか?! 我々の味方なのか? ヱレームなのだぞ?」
議論をヒートアップさせる首脳陣。まぁその気持ちはよくわかるよ。機械が味方になるとかネブルの人間には確実に受け入れられないしね。
「その点もご安心を。真屡丹研究室長が開発した記憶制御により、この一年間、私はネブルに損害を及すことなく軍学徒として暮らして来ました。人への悪意はありませんし、その証明は友人達が語ってくれますよ。……多くは亡くなってしまいましたが」
「違う、安全性だけではない。生物を不遜にも真似た機械に対する、民衆の嫌悪を拭わねばネブルの兵装として使用はできない。機械に守られる日常など、誰が受け入れようか」
「その点も抜かりはございません。私、御存知の通りシーエ・エレメチアという名前に置いて、軍学徒として軍学徒校に在籍させられておりました。その間、ネブルに貢献すべく日夜訓練に励んでおり、問題なく交友関係を築き、皆からも慕われております。ともかく、機械だとバレてないのです。皆さまが黙っていて頂ければ、私は機械とバレる事無くネブルを守れます。顔が老けないと怪しまれるなら定期的に変更すればいいだけです」
「なるほど……」
「待て待て、安全性に関しては理解したが……そもそもどうしておぬしは軍学徒をしておる? 街抗を志願して。いや、御劔の計画なのは解るが、自らが機械と認識した今は直ぐにでも陸羽の兵器になる様進言しても良いではないか。今日はそれを提案しに来たのか?」
「いえ、将来……数年後には陸羽の兵器になりたいですが……今は先にやることがあります。学長の、虚灯の計画を止める事。これが、第二のネブルの危機です」
ウチは学長との会話を記録したディスクを入れる。虚灯の計画、特異個体をネブルに招き入れる作戦が離されている映像だ。
「これは……」
「御劔め……何を考えている」
「これが革命派集団、虚灯です。トップは御劔学長。私も彼等に発見され、自身が機械であると思い出すまでは革命派の兵器として使用されるべく動かされておりました」
「……なぜそなたは、虚灯を裏切ったのだ?」
「ネブルを、愛する人のいるこの素敵な世界を、守りたかったからです」
その一言に、首脳陣は押し黙る。皆ネブルの事を考えている者達だ。人と機械、存在は違えど想いは重なる。彼等にはウチの気持ちが届いたのだろう。
「ならば感謝する。技巧端末……いや、シーエ・エレメチア」
「名前で読んで頂き有り難い限りです。正直偽の記憶のせいで自分が人なのか機械なのか曖昧になってますから」
「しかし虚灯達の計画はどう止める? これだけの証拠があればすぐに陸羽は動かせる。早い方が良いのではないか?」
「それはそうですが──」
「ここから先は私に説明させて下さい」
と、ウチの発言は遮られた。さっきからずっと横で黙ってた人に。
「平依存さん?」
「シーエちゃん、俺にもそろそろ出番くれよぉ? シーエちゃんのプレゼンは完璧だった。ただここからは軍監査警察、俺の仕事だろ?」
「え、平依存さん仕事出来たんですか?」
「おいいいいいぃぃぃ!!」
と、小声でやり取りをしたのち、コホンと咳ばらいをして平依存さんは首脳達に語り始めた。
「虚灯なる組織の存在はここにいるシーエ・エレメチアによって得られた貴重な情報です。しかし構成メンバーが今のところ不明。現在解っているのは御劔景織子、真屡丹羽咲、ナジェージダくらいでしょうか。御劔の秘書、ラロも怪しいですが確証は得られてません」
「彼等を取り押されるだけではいかんのか?」
「もちろんそれでも効果絶大でしょうが……残った虚灯はまた水面下に潜んで革命の時を見計らうでしょう。シーエ・エレメチアが陸羽に在籍するならなおの事。拉致でもして記憶をまた塗り替えてしまえば、革命派用兵器の出来上がりです」
「むう。確かに」
「それにこれはエレメチアの進言なのですが……真屡丹羽咲は逮捕したくないのですよね。映像を見て頂けたらわかる通り、彼はアルマに興味こそあるものの、御劔ほど積極的に革命に加担していない。むしろエレメチアと共にネブルに有益な情報を多数提供している。今後も彼にはネブルの為に働いてもらいたい」
おお。平依存さん約束守ってくれてるやん。嬉しい。
実はここに来る前、バニ様の安全だけは保障して欲しいとお願いしたのだ。もちろん彼の有用性をガッツリプレゼンした上でだが。
「何を言っている平依存。革命派と言うだけで危険思想ではないか」
「いやそうとも言えないぞ。真屡丹の小僧が提唱した技術はどれもネブル発展の為になって来た。映像内でもアルマを目指すのはあくまでネブルのためと主張しているし、彼が虚灯逮捕後もネブルの為に尽力してくるなら良き人材だ」
「そうはいっても防衛委員長、不安の種を残しておくのかね?」
「だからこその一斉逮捕ですよ」
平依存さんは会話のタイミングを見計らって計画の全容を語る。
「先の御劔の計画、特異個体を天馬を通してネブルに入れるというものでしたよね? そのタイミングを利用するのです。そんな大それたことやるのに、天馬の整備士達が賛成するわけがありません。エレメチアが録画した御劔の計画でも、天馬ドッグを虚灯メンバーで占拠するとの言質がとれてます。なら、そのタイミングで我々軍監査警察が突入すれば……一網打尽です」
これは平依存さんのアイデアだ。これなら隠れてる虚灯のメンバーも一網打尽に出来る。もちろん他にも隠れてるメンバーはいるだろうが、虚灯側の首脳陣を一網打尽に出来れば組織は壊滅したも同然だ。
ここにバニ様を合流させないようにすれば、おのずとバニ様は虚灯無しで取り残されたただの研究者になる。彼の性格ならネブルに尽くしてくれるはずだ。……ウチは嫌われちゃうだろうけどさ。
「なるほど。そなたの計画は理解した。つまり機は……」
「特異個体が出現したタイミングです」
それまでウチは、街抗としてアルマに出る必要がある訳だけど。でも虚灯ほっておくよりはこの一網打尽計画を遂行しておいた方が安心して寝れるというものだ。ウチは機械だから寝ないけど。
ともかく、ウチと平依存さんの話は受理され、ウチは学長に秘密で特異個体の出現を待つことになった。虚灯逮捕計画が成功した後には、ウチを正式に陸羽の兵器として迎え入れてくれる約束も取りつけて。まぁ兵器って言ってもウチの正体知ってるのごく少数だから、陸羽の人達も『何か子娘がやたら偉いポジションで入って来やがった』くらいに思うだけだろう。学長の計画ではそのころにはウチは街抗換装士になってるはずだから、陸羽の軍人側に不満こそ発生するかもしれないが、違和感はないはずだ。
そして三年後──ついに特異個体が現われた。




