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ゼロマキナIF -始まらない物語-  作者: Deino
001話 崩壊の始まり
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001話-03 決着

「ちょ……え? ……むじ?」


 茶色いジャケットを突き破り、銀色の錆びた刃が背中から仰々しく顔を出す。


「ぃや……ぇ? ……ぅそ……でしょ……」


 信じられない光景を前に、ウチの脳は臨界しかけた。暴力を振るうし、口も悪いし、酷い事ばかりするけど、唯一自分の──家族と呼べる人が。大切な人が。



 死んで、しまう。



 こうもあっさり、死んでしまう。また前触れもなく、両親の時の様に……。またウチは、取り残されるのか……。

 零れ落ちる涙を拭く事も出来ず、ウチはエムジを見ていた。



「エムジぃ!!?」


「──だーうっせぇ、黙れフナムシビッチ!」



 しかしエムジは通常運転だった。



「あ……あの……エムジさん……?」


「主力電源部は外させたし、痛覚センサーは切ってんだ。万事問題ねぇよ!」


 死んでしまうどころか、むしろ己の腹部を貫通する刃の──付け根を、両手で鷲掴みにし、力の限り握りしめる。まるでこっちが捕らえたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべて。



「非常動力の解除要請をするッ──」


 そう、エムジは早口に呟いた。それに続きエムジの首元から──


『音声プロダクトキー正常。承認。《人型外骨格》制御調律装置、解除完了。仮想外骨格を内部構築、抗戦プログラムを実行します』


 と機械音声が鳴り響いた。そして音声に呼応するように、エムジの腰から蒸気が発生し、瞳に波状の電気がほとばしる。



「調子に乗るんじゃねぇぞファッキンブリキ……俺のシーエに、んな汚ねぇ刃をぶっ刺そうとした罪……重ぇぞ?」


 エムジの変化に対応する様に、ムシ式の壊れかけたカメラが眼前のエムジに固定される。



『It was parallel eith the distinction name "comrade murder"."First-rateness illegal terminal".Ishift to an extermination mode』



 再びムシ式から音声らしき音が流れ、直後──おびただしい蒸気を口から発しながら、がばり、とムシ式の頭部が展開され、まるでラフレシアが咲くように中型砲門が顔を出す。

 ラフレシアもイソギンチャクも当の昔に絶滅しているが、何故かウチにはその姿が思い浮かばれた。図鑑でもあまり見た事無いはずなのに。



「おいシーエ!」


「な、何だ!?」


「今度はおめぇが俺の身体を──」


 運んで行けよ! とのたけりに合わせ、エムジは掴んだムシ式の腕を──渾身の力で引っ張り上げた。まるで《古代武術》に登場する背負い投げの容量だ。ムシ式の腕を自らの肩に乗せ、背後の壁にたたきつけんと、全力で投げる。



「うぐおぉぉぉぉぉ!」


 ふわり、と。

 びくともしないかに思えた全長3mの巨体が、一瞬にして──宙に浮き上がった。エムジの頭上を通過し、けたたましい音と共に瓦礫の山に激突する。



「ぅぐっ」



 だが同時に、衝撃を吸収しきれなかったのか、エムジの左足は膝から拉げる様に──へし折れ、明後日の方向へとひん曲がる。


「エムジ!?」



 勢いよく血しぶきが噴き出し、肉片がまき散らされる──かとおもいきや。一滴たりとも血が溢れる事は無い。むしろ飛び散るのはネジや配線、無機物で構成された部品の数々だけである。

 切り口から様々なケーブルの断面をのぞかせるとも、エムジは痛がるそぶりも見せずウチの名を呼んだ。


「シーエ! 今の内に来た道から下層に戻るぞ!」


「あ、ああ! お前大丈夫か?!」


「十全だ。見ての通り担いではやれねぇがな。自分で走れるだろ?」


 あまりの事に頭が混乱したが、大丈夫というなら大丈夫なのだろう。問答をしている暇はない。投げ飛ばした事でムシ式を退かせたものの、瓦礫にたたきつけたくらいで機能停止するほど生易しいつくりでは無いだろう。

 いっそ貫通階層の下にでも落ちてくれれば……。いや、出来なかった事を考えても仕方がない。


 ウチらは配管でこけない様に注意しながら、下層目指して再び走り出した。



「ったく。しかし流石、真屡丹ましばに制作の《ヒトリディアム型外骨格》だな。左足は全損だが、基本骨格は無事でやがる」


「ホントだよ……ウチ、エムジが死んじまったかと……」


 思い出して寒気がした。



 エムジは機械である。ウチら人間とは違い、機械である。



 故に刃に体を貫かれても死ぬことは無い。死ぬことは無い、が……


(そんなの見たの、今日が初めてだし)


 日常生活で体を貫かれる経験など味わう事は出来ないだろう。エムジと生きた17年間、エムジが大破した事など一度も無かった。


(主力電源部は外させた、とエムジは言っていた。つまり刺しどころが悪ければ……)


 エムジは死んでいたかもしれない。ロボットだから、たまたま刺しどころが良かったから、助かった。もし『人格情報保存領域』を破壊されたら……

 ウチだってそうだ。さっき触手に絡まれた時、たまたま相手が老朽化していたから助かった。お互い、死んでいた可能性があった。どちらかが取り残される可能性があった。


「っ!」


 恐怖を噛みしめる。今は思考を切り替えろ。まだまだ油断は出来ないんだ。しっかり、ネブルまで帰るんだ。二人で。二人で!!

 でも──



「糞野郎が?!」



 現実はやはりそんなに甘くない。エムジは振り返り、背後のムシ式に対してけん制する。すぐ後ろまでムシ式が迫っていた。ウチの足が遅いから、エムジに担いでもらえないから、二人が危険な目に……。


 内臓機構のほとんどを落とし、それでも最後の一つの歯車が回り続ける限り、襲撃を止めないムシ式の姿はまさに壮絶。


 そんなにも、ウチらを殺したいのか。ウチらがお前に、何をしたんだよ。



「……くっ!?」



 一瞬の出来事だった。ウチに振り降ろされた刃を、エムジが右腕で握りしめて受け止めた──つもりが、親指と人差し指の付け根から裂くように、肘、二の腕と切り裂いて行き──肩口ごと根こそぎ右腕を破壊されてしまう。

 衝撃にひれ伏す瞬間、エムジも負けじとへし折れた左足でけりを入れ、3m程、ムシ式を吹っ飛ばした。茶色にさび付いた外壁に激突し、ムシ式の部品はいよいよ原型をどどめ無いほどに飛び散るも、それでも機能停止までは至らない。どこまでも頑丈な殺りく兵器だ。


 エムジはムシ式を蹴り飛ばしざま、ウチの事も後方へと突き飛ばしており、自分だけがその場に倒れ伏す。


「エムジ!!」


 何でだよ。何でウチの事守ってんだよ。いつだって辛辣な態度だったじゃないか。ウチなんてどうでもいいって態度だったじゃないか。ウチはエムジに死んでほしくないんだよ。


 しかし、ウチの想いは悪い方にだけ当たる。



「あれ……。くそ……躰がががぅゴゴゴごかねぇ」


 エムジの調子が悪い。損傷の箇所が多いのか、それとも──


「《汚染》を……うけたたタタか……?」


 電子、汚染を……



 エムジの動きがガチガチと鈍る。また、それを狙う様に再度立ち上がるムシ式。エムジは機械だ。腕を破壊されようが死にはしないが、主導電源を破壊されれば意識は途絶えるし、もし『人格情報保存領域』を破壊されれば──機械としての死を迎えてしまう。

 電子汚染されたとしても、結果は同じ──


 電子汚染とは簡単に言うと機械の機能を停止させる汚染だ。ヱレームと長時間接触した機械は高確率で汚染されてしまう。



「野郎ッ……」


 エムジは己を見下すムシ式に向かい、左腕で小型電子銃を構えた。そんな距離で撃ったらお前まで! もうリロードは出来てるはずだ。ウチはやっと立ち上がり、急いでエムジの方へ駆け出す。


 だが──



「……んぁ?」


 エムジは素っ頓狂な声をだす。かしゃん、と引き金を引く音だけが空しく響き、銃口は発光しない。がむしゃらに何度引きなおそうと弾は発射されなかった。


「クソっ……もう汚染されたタタタタのかッ……!」


 電子汚染が銃にまで及んでいる。先ほどまで明滅していた銃の小型パネルは沈黙し、電源さえ入っていない様に見えた。

 エムジへの汚染も、このままでは……!



「くそがぁ!!」



 ウチは飛び込み、エムジの上に覆いかぶさる。間に合った。エムジが殺される前に、間に合った。


「馬鹿野郎くクククククるなッ!」


「ぃやだ!!」


 がばりと、ウチはエムジに抱き着いた。最愛の人を包み込むように。その熱を、感触を、最期まで味わうために。ずっとずっと、一緒にいるために。



「死ぬ気……か……?」



挿絵(By みてみん)



「あぁ……」


 ウチは覚悟を決める。


「もう、一人には、しないよ」


 頭痛以来頭が混乱しており、変なセリフが出た。なんだよ、もうって。でも何かしっくり来た。エムジを残してウチだけ死ぬのは良くないと、そう思えた。

 逆はもちろんだめだ。エムジのいない世界なんて想像したくない。エムジと一緒じゃないとダメなんだよ。

 ウチの死を悲しんでくれる人は他にもいる。ごめんね、みんな。特にミカヌー、バニ様……。あと、もう先にあの世に行っちゃったけど、父さん、母さん。ウチは若くして死んじゃうみたい。


 でもエムジと一緒ならそれも悪く無いなと思う。最期の時を最愛の人の胸の中で迎えられるなら。



 エムジがどう思ってるかは、解らないけどさ。



 あの世があるといいなぁ。父さん母さんに会えるかな? 人間のウチと機械のエムジ、どっちにも魂があるといいなぁ。四人で天国で、一緒に……。



 ウチは完全に諦め、エムジの胸に顔をうずめた。その、時──



『正常機動──確認。はろう』


「んッ──?!」


 場違いな音声が響き渡る。音の方に顔を向けたら──電子銃のパネルが青々しく光り輝いていた。電子汚染され、沈黙していたはずの兵器が、息を吹き返す。そして。



「ふざけんじゃねぇぞ!! シーエ!!」



 エムジは怒号と共に引き金を引いた。凄まじい閃光と、音が……




.......

......

.....

....

...

..

.




 後には、ムシ式の死骸が残った。


■ヱレーム図鑑 ムシ式


挿絵(By みてみん)


全長:3m

ネブルの中央書記に記述が無い未確認式であり、ネブル創生以前に絶滅したと予想されるヱレーム。

ネットワーク端子が絶断されたクロムシェル内部での起動を確認されており、その詳細は謎に包まれている。

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