IF7話-05 計画実行日
超特異端末。ウチにネットワーク端末が無いのもこれが原因だろう。再起動するタカ式を見ながらウチはそんな事を考えていた。
ウチはタカ式を起動出来るほどのネットワーク端子を外部に放出している。つまり他のヱレームの様に端子を受け取る必要が無いのだ。ラジコンで言えばコントローラー、アンテナ側。受信機などいらない。
ヱレームにとって端末は端子を受けとる機関であると共に、脳と考えられている。
ウチは脳のみある状態か。人格保存領域。恐らくここが端子を、電波を放出している。
(となるとバニ様の考えてた、人の心を持つ機械が対ヱレーム兵器になるという説、あながち間違ってもいないな)
まぁエムジの件もあるから全て正しい訳では無いが、恐らくウチの脳とこのネットワーク端子放出機能は紐づいている。
人の脳に思考意外に、筋肉や臓器を動かす機能がある様に、ウチの脳にはネットワーク端子を放出する機能があるのだろう。この仮説が正しいのなら、思考と切り離すことは出来るが……まぁリスクが高いわな。脳いじくりまわす訳だし。
ロボトミー手術も中止になったくらいだ。……そんな医療、ネブルには無いのに何で知ってるかな?
と、思考を続けてても仕方がない。タカ式が再起動してしまった今、ウチらはこの脅威に再度応戦しないといけない。
(ウチの逆電子汚染て、ウチをクラウドにして動いてるヱレームには効くのか?)
一か月前のアロイジウス、恐らく奴はウチをクラウドにして動いていたはずだ。ウチの足に触手を絡み付けても止まらなかったから、もしかしたら逆電子汚染が効かない可能性もある。
(まぁこんだけボロボロなってるし、こっちには街抗換装士も味方にいるし、倒せるとは思うが)
ともかく、戦闘は再開された。
* * *
結果はなんともあっけなかった。タカ式にウチが再度振動ブレードを突き刺したところ、再び機能停止したのだ。
逆電子汚染はウチをクラウドにしていようと効く様だ。
(んじゃアロイジウスが動いてたのは、単にウチの力が弱かったのか)
ウチの力と記憶は頭痛の度に増していた気がする。一度目の頭痛で微弱ながらクラウドを形成したものの、アロイジウスを止めるほどの逆電子汚染は行え無かったのだろう。後は体積の問題か?
現にタカ式が機能停止するまでの時間は小型よりも長い。ウチの逆電子汚染は体積に比例する。アロイジウス戦も、ウチがずっと触ってれば止まったのかもしれないが……あの時点ではヤツの体積に対してウチの力が及ばなかったのかもしれない。
「で、何でこいつは再起動したのかしら?」
「それは解んないですね。そのへんの解析は真屡丹研究室長始め、技術屋の仕事でしょうけど……まぁ多分ウチが中に入って弄ったからだと思いますよ」
「あんたが弄ると動き出すの?」
「たぶん。裏を返せばいじらなければ止まったままですけど……。真屡丹研究室長には実験の為に色々して欲しいと言われてましたが、起動しちゃうんじゃ難しいですかね」
「脅威となるパーツを全部切り取って、ネットワーク端末だけにすれば大丈夫じゃない?」
「あぁ確かに。ただヱレームには自己修復機能があるんで、危なそうならウチを引きはがしてくださいね」
ナジェージダの案に乗り、ウチらはタカ式を徹底的に破壊。その上でフィラメンタ内での調査を行った。タカ式は予想道理起動したが、ネットワーク端末しかない躰では動けず、修復しようと伸びる触手は全てナジェージダに切断され、結果全てのデータをウチにさらけ出した。
(予想していた範囲ではあるけど、色々解った)
やはりネットワーク端子とはラジコンの電波の様なもので、それはAMOSサーバーという所から発信されているらしい。ヱレーム達はそれを受信し動いている。機都もAMOSサーバーの一種との事だ。ので、電波が届かないクロムシェル内には入って来れないのだ。クロムシェルはネットワーク端子を遮断する特別な素材で出来ている訳では無く、ただたんに分厚い金属の塊なので電波が入ってこないだけという訳だ。
つかこの情報を基にするなら、機都、つーかAMOSサーバーか。これ制圧しても戦い終わんないじゃん。他にもいくつもあるんだろ? サーバーが。はぁ……。
ネブルに近い機都があそこなだけで、地球上には複数の機都がある。そりゃ地球は巨大な惑星だし? 一か所で全ての地域をカバーなんて出来ないわな。てか地球全土ヱレームの領域かよ……。アルマ奪還とか無理すぎる。
そして特異個体。どうもタカ式に限らず複数いるみたいで、発生させられる端子の量もまちまちだとか。どの程度特異個体がいるのかはタカ式の中に情報は無かった。AMOS側で管理されているのだろうか。
特異個体はクロムシェル内にいる有機生命体抹殺の為に作られたのかと勘繰ったが、どうも違うみたいだ。この辺も詳しいデータは拾えなかったな。クロムシェルに入ってくるのは特異個体になった結果出来る様になった行動というだけで、特異個体を作る目的は別にある。とういか、狙って作られてる物でも無いみたいだ。よく解らん。他の特異個体の情報も拾えなかった。
が、一機の超特異個体のデータは拾えた。名前と画像だけだが、このタカ式、レイベニウスはその個体を崇拝している様だった。崇拝といっても知能レベルが低いから単なる上位命令対象みたいな扱いだったが。
(アルビ……)
ウチは彼女の名に、聞き覚えがある気がした。
レイベニウスの中から拾って来た画像。彼が大事そうに抱えていた画像。ウチによく顔の似た、軍服を着た少女。
顔が似すぎている。ウチと彼女には何かしら関係がある? でもこの顔はバニ様が作った訳だが……いや、基礎人格情報からウチの顔データをサルベージして構築した可能性もあるな。
(何故ヱレームが、人間の姿をしてる?)
いや、それはウチも同じか。
* * *
クロムシェルを登りアルマに帰ると、そこには死体が転がっていた。
「ヒナリア……マナナ……」
ヒナリアは下半身を、マナナは右半身を失い、アルマの上に赤い液体と共に倒れている。
ヒナリア、ヒナリアとはこの一か月、結構打ち解けられたよな? アラギの話、沢山聞かせてもらって嬉しかったよ。悲しかったけど、彼の知らない一面が見えてさ。もう少し怒りや憤りも収まったら、ミカヌーと一緒にセロルちゃんの友達に水やり出来たかもしれないのに。
マナナ、君は最期までウチが逃げた事を怒ってたね。しょうが無いよ。君は最愛の姉妹を一人失ってる。そんな地獄から逃げたウチを怒るのは当然だ。君に怒ってもらえて、正直ウチの心は軽くなってたんだ。ウチの周りにはウチを許してくれる人しかいなかったから。逃げた罪は消えない。誰かに攻めてもらって気が楽になるなんて最低だけど、それでも正論を言ってくれる君の事はさ、ウチ、好きだったんだ。何で、何で死んじゃうんだよ。
それに、マナナにはもっと謝りたかった。逃げた事への謝罪もままならないまま、彼女は逝った。轟鬼姉妹はまた悲しむだろう。こういう悲しみを減らしたくて、ウチは頑張ってるのに……
街抗が、人がアルマに出る度に、悲しみが生まれる。ウチの両親の偽の記憶、これも記憶自体は偽だが、探索委員会がアルマで事故に合い解体されたのは事実だ。
アルマは天国? 馬鹿を言え。悲しみを増やし続けるだけの場所じゃないか。
アルマなんて無ければ、ネブルが、虚灯がアルマなんか目指さなければ、ウチもエムジを失わずに済んだのに。
「何があったの!? 淘汰!」
「二体目のタカ式から荷電粒子砲が飛んで来て、軍学徒が巻き込まれた。接近した際に俺が破壊したが、流石の《殺戮条項》もタカ式飛来時の高さまでは飛べん」
ナジェージダの詰め寄りに対して冷静に対応する淘汰氏。そうだ、淘汰氏は悪く無い。むしろペレットルミナス氏が戦って戦死した大型を一人で頬むっただけでも凄い功績で、彼のおかげで他の軍学徒は助かったのだから。
「それよりもナジェ、よくその脱走犯を連れて帰ってこれたな」
「ま、まあね? 私にかかれば軍学徒捕縛位余裕よ」
「それはそうだな。お前は街抗換装士の中でも戦闘特化な固有機使いだ。軍学徒を捉えながらタカ式を撃つなど朝飯前だろう。失言だった。許せ」
「も、もう淘汰はいちいち堅苦しいんだから~。いいから帰るわよ。今回の任務もイレギュラーが発生してる。生き残った軍学徒達を安全に返さないと」
「そうだな」
話をまとめ帰還を促す街抗換装士二人。せめて、せめてヒナリアとマナナの遺体は持ち帰らないと。と、ウチがヒナリアを抱えた所で──
「マナナさんは、僕が持ちますよ」
「ベンザ……」
もう班は解体されたしまったが、一時は一緒の班だったベンザがマナナを抱える。彼女の血が、ベンザの肌を赤く染めて……
「遺体搬送は僕らにまかせて。君らは安全に返る事を優先して!」
遺体を持ち出した軍学徒を見て慌てたのか、正規換装士が駆け寄ってくる。
ウチとベンザは彼等に仲間の遺体を渡し、帰路に着く。
道中、ウチは止まって空を見上げた。誰も悪く無い。タカ式を撃破してくれた淘汰氏も、荷電粒子砲を避けれなかったヒナリア達も、それに対応できなかった換装士達も。
「アルマが、悪い」
こんな世界さえ無ければ、皆ネブルから出る事は無かったのに。
* * *
「これは凄い成果ね」
ナジェージダが録画した映像を見ながら、学長は興奮した様子で尻尾を振り回した。
「……セロルちゃんの仮説は立証されたも同然ね。はぁ、本格的に、ネブルの安全神話が崩れる時が来たわ」
「だからこそのアルマ奪還計画だ。行ける。行けるぞこれなら。この映像を元にミカロフに連絡を取り、十七委員会に交渉を……」
興奮冷めやらない様子で独り言をつぶやく学長。ウチは小声でバニ様に耳打ちした。
「どう思う? この状況」
「うーん。学者としては興味津々てトコだけど、正直怖いわね。こんなこと言っちゃあれだけどアタシ、セロルちゃんの説、外れてて欲しかったの」
「というと?」
「だってネブルは安全に越した事はないじゃない。シーエちゃんがクロムシェルで出会ったヱレームだけでも脅威だってのに、クロムシェルに入れる特異個体が証明されちゃって……しかもタカ式二体出たんでしょ? うかうかしてられないわ」
……そうか。良かった。いや特異個体の存在は全く良く無いが、バニ様はたぶんこちら側の人間だ。アルマを手に入れるのは、純粋にネブルの人々の為だと考えてくれている。
「ともかくアタシは学者として、もっとヱレームを研究しないとね。それがアルマ攻略にも、ネブル防衛にも繋がるわ」
「何弱気な事を言ってるんだ真屡丹。これだけの証拠があるんだ、アルマ奪還作戦の可決はかなり有力的だ。機都を制圧すればネブルの安全を気にする必要なんてない」
(楽観的だなぁ)
まぁ機都が複数ありそうな事、アルビという超特異個体の事は伏せてるのでその意見も解らなくはないが……正直ネブルの人口で近隣の機都を攻略できるのか? 今日みたいに死人が増える予感しかしない。
もう、共にヱレームと戦っていた、エムジもいないのだし。
「真屡丹。機都攻略に際し、シーエちゃんの技術を応用できないかしら?」
「今色々と研究を進めてるわ。2年くらいはかかるでしょうけど、多方面へ有力な結果を出せそうよ」
バニ様はエムジを直しがてら、ウチの研究と応用も同時にしている。特にAI関連の研究は熱心で、それは結果的にエムジの修理にもつながるから。
「なら計画のお披露目は2~3年後だな。うむ、予定通りだ。実に良いな。シーエ訓練兵は最近とても優等生だし、問題無く街抗になれるでしょう」
「そこは抜かりなく。勉強の大事さは身に染みてわかりましたからね」
頭痛以来、ウチの授業態度は一変している。今では座学、実技共に学年一位だ。……学年の人数がそもそも少ないが。
「んでウチから質問です。ネブルへの脅威は映像では伝わりますが、正直これだけではまだネブルの民が動かざるを得ない理由としては弱い気がするんですよ。バニ様の技術応用で戦力の増加が得られても、民衆の賛成が無いと計画は実行できない。3年後には一体どんな計画を考案してるんですか?」
「ああ、その件はこの映像を見て大丈夫だと確信したわ。……特異個体を、天馬から落としてネブルに入れてみようと思うの」
「「は?!」」
ウチとバニ様は同時に驚愕の声を上げる。何だって??
「特異個体は自らネットワーク端子を放出出来る個体。なら天馬からネブルに入ってきても、活動するはずよね」
「待って待って景織子ちゃん! ネットワーク端子と電子汚染はほぼ同じものって仮説が今とても有力なの。特異個体が入ってきたらネブルのシステムは汚染されちゃうわ!」
「そこは技巧端末、シーエちゃんの出番ね。多少は汚染されるでしょうけど、シーエちゃんなら回復できる。むしろ特異個体の撃破と汚染の浄化、両方を同時に見せる事で民衆へのシーエちゃんアピールは完璧なものになるわ」
「流石に危険だと思いますよ! そもそも特異個体が天馬に入って来るかもさだかじゃないし、現実的とは……」
「特異個体はシーエちゃんを追ってくるんでしょ? ならアルマでシーエちゃんが待機して、天馬ドッグには虚灯の街抗換装士と換装士を待機させておくわ。未納淘汰が一人でタカ式を破壊した実績もあるし、入って来た特異個体はシーエちゃんもいる事だし制圧可能よ。ネブルの民は焦るでしょうね。まさかネブルにヱレームが来るなんて。あぁ、考えただけでぞくぞくしちゃう」
……。
「特異個体が適度に暴れてから、シーエちゃんがとどめを刺してくれればいいわ。シーエちゃんだけでは難しい場合は換装士も手を貸す。ついでに汚染された周囲の機材も浄化してくれたら、シーエちゃんの救世主としての立ち位置は完璧ね。ネブルが安全じゃないと解れば、民衆も機都制圧に賛成せざるを得ないわ」
「……アルマを手に入れるために、ネブルを危機にさらすんですね」
「人聞きの悪い言い方をしないでちょうだい? 私は現実をネブルの人々に知らせたいだけよ。ただ生をむさぼってる連中に、保守派の人間どもに、自分達がいかに愚かかを見せつけてあげるだけよ。アルマの必要性と共にね? 元々エムジが言ってた通り、ネブルの安全神話は覆された。これを彼等に伝えるだけ。危機感を持たせるだけ。それに虚灯には街抗換装士もいるし、計画に不安要素は無いわ。あるとしたらタイミングよく特異個体が現われるかどうかだけど……それは何回もシーエちゃんが街抗として任務を行ってればいずれチャンスは来るでしょう」
「……なるほど。了解しました」
「アタシはあんまりノリ気じゃないけど……でも案として悪く無いのも事実ね……。確かに危険度は少ないし……。ともかくまだ数年あるし、より安全度と成功度を上げる様に、変態宣誓のチューンナップも含めやれることをやるわ」
「頼んだぞ真屡丹。民衆の意見は今話した作戦で得られるだろうが、最終目標は機都制圧だ。お前の技術無しでは不可能な計画なんだからな」
「はぁ、荷が重いわ……」
「……」
ウチは学長たちの会話を、こっそりレコーダーで録音しながら、聞いていた。
* * *
「と、いう状態なんですよ」
『────。──────。──────』
「つーか問題はそれを超えてます。一歩間違えばネブルの危機ですよ。ヱレームには知能がある。天馬の位置を覚えられたらアルマ奪還どころか常にネブル防衛になってしまう」
『──。────』
「正直ウチらだけでどうにか出来る域を超えて来てます。まぁまだ計画実行までは数年の猶予は有りますが……十七委員会の交渉がどのタイミングで行われるか解らない。ウチは安全第一でいたいだけなんです」
『──────……────────。────。────』
「たのみます。こっちは人種的にもそういうの無くて……何か当てはあります?」
『────、──────、──────。──、────────。──────?』
「そこはもちろん。今度お渡しします。ツテの方は任せても?」
『──────……────。──────。────────、──────? ──────。──────────』
「ウチだってそれは通したいですよ。えっとそのツテの方……すみません名前まだ覚えられてないですが、その方は出世欲とかある方です? あと十七委員会へのツテも」
『──────、────』
「ならそれは大丈夫ですね。ともかく十七委員会の方は急ぎです。可能なら早めに繋いでください」
『──。────』
「宜しくお願い致します」
通話を切る。今ウチの部屋にはミカヌーが待ってるので、通話はエムジの部屋で行うしかない。
動かないエムジはウチの会話を聞いて何を想うのだろうか。彼は学長の計画に賛成していた。ウチの記憶が失われるという苦痛に耐えてまで、二人の安寧を望んでいた。
「でももう、二人の安寧は無い」
アルマを目指した時点で、誰かが欠けるのは決まっていたのだろう。奇跡的に回避出来たとしても、常に危険とは隣り合わせだ。
「ウチはお前と一緒にいられれば、それで良かったんだよ。エムジ」
特に人間の記憶を入れられたウチには、数億年なんて想像が出来ない。せいぜい100年程、最愛の人と共に過ごせればそれでよかったはずなのに。記憶を植え付けてからたった一年でエムジはいなくなってしまった。
「ネブルが必要なんだ。お前を直すためにも、これ以上悲しみを増やさないためにも」
お前が望んだ未来じゃないかもしれない。でもごめんな。ウチはウチの幸せのため、全力で動くから。
さて、ミカヌーが待つ部屋に帰るか。この激動のネブルをウチが平常心でやって行けるのは、彼女とバニ様の存在あってこそだから。
少しでも立ち止まったら心が折れてしまう。今は折れてる場合ではない。だから、親友の元へ……。
* * *
【3年後 アルマ】
軍学徒校を卒業し、街抗になってからのウチの活躍は凄まじかった。そりゃ記憶はないとはいえ、時間を数えられなくなる程の長い期間ヱレームと戦っていた猛者だしね? バニ様も言ってたけどエピソード記憶は結構残ってるし、何なら頭痛の度に若干思い出してるから、対ヱレームでウチが負ける事はない。躰も強化外骨格だし、存在がチートだ。
──まぁそうは言ってもそんなん個人の力だから、機都レベルのヱレーム来たらウチなんて即おだぶつだけど。
アルマには正直出たくない。でも計画の為には必要で、正直しょうがない部分はある。──というかたぶん、ウチは心のどこかで願ってるのだ。アルマで死にたいと。エムジと一緒になりたいと。だからあの日の様な、天馬から逃げた日の様な恐怖心はもうない。
エムジの修理には全く進展はない。あぁ、AI開発には一部成功したけど、それを応用してエムジに使うのは無理だった。まだ出来たばかりの技術だからなんとも言えないけど……でもバニ様は諦めてない。ならウチも、諦めてたまるか。心のどこかで、無理だと解ってしまっていても……。
ミカヌーは雑用以外の仕事も任される様になって来た。色んな事が不器用な彼女だが、根はまじめだ。彼女はウチとバニ様の良い癒し枠になっている。
ミカヌーといっしょに行う夜の水やりは、あの日以来ずっと行っている。セロルちゃんは見てくれてるかな? 君の友達は元気だよ。代替わりしながら、命を繋いでいる。
あ、毎日って言ったけどウチが数日間アルマでの任務をこなす際はミカヌーに頼んでいる。出来れば毎日一緒にあげたいけどこればかりはしょうがない。
あぁそうそう。アルマの任務と言えば、ウチは街抗換装士になった。まぁ裏で学長のコネが働いてるのは明確だけど、その肩書に合うレベルの活躍をしてるのも事実。今ではネブル最強の一角とまで言われてる。
ネブル最強、第二街抗換装士、未納淘汰。換装士同士で争う意味は無いので彼と戦った事は無いが、確かに人間という存在の枠を超えたレベルの強さを持っている生き物だ。ともかく、そんな凄い人と同格に語られるレベルでウチのネブル人気は高い。学長の計画は順調という事だ。
ナジェージダが彼を警戒していた理由は直ぐに解った。彼はなんというか……愚直すぎる。まじめすぎる。ルール、法律、規律、そういったものに絶対服従しており、融通が利かないのだ。アルマ奪還計画という、ネブルの法にない革命を起こそうとしてる虚灯達にとっては厄介な存在だろう。その上頭も良いってんだからなおさらだ。
ウチも彼に色々バレない様、立ち回るのは大変だったよ。つか以前の、頭痛前のウチなら計画の概要は知らないから大丈夫として、不真面目すぎて絶対彼とぶつかってたな。
一度淘汰氏に橙子の件を聞いてみた事がある。同じ街抗換装士にもなれたし、正式に謝罪しようと。……しかし彼は一切気にして無かった。むしろ愚妹が最期に未納家らしい動きをして見直した、誇らしいとまで言っていた。
彼とはたぶん、性格が合わないのだろう。いや、周囲の反応を見る限り誰も彼とは合わなそうだが……機械のウチが言うのも変だが、とてつもなく機械みたいな性格をした人間だった。ネブルの法律を守る、ただそれだけのための機械。そんな印象を漂わせる人物だった。
でも橙子は、そんな彼を尊敬してたよな? 兄様からもらったと大事にスーツをにぎってさ。形はどうあれ、誇りに思うって言われて、君は幸せかい? 橙子。
逃げて、橙子の死の原因を作ったウチには、聞く権利なんて無いのだろうけど。
「シーエ街抗換装士、目的地まであと500mです。今のところ周囲に敵影は見当たりません」
「ありがとうベンザ。昔馴染みなんだから普通にシーエでいいのに……」
「いえそういう訳には……」
「はぁ軍隊ってホント堅苦しいよね。はよ帰ってミカヌーに癒されたいわぁ」
本日の任務はバニ様開発の《有機通信網》の設置。中に人間の脳が入ったコーティングされた機械で、ほっといても培養液で数十年レベルで中で生きてる。……罪人の脳を使ってると聞いたけど無の空間で数十年て、気が狂うよな?
コイツを設置すると周囲にネットワーク端子の介入を邪魔する効果がある。あ、ウチが放ってる特殊端子は別ね? ヱレーム達のネットワーク端子=電子汚染は通常の機械は汚染するが、生物は汚染しない。故に最初にアルマ攻略向けに作られた兵器が寄生兵器《夬衣守》な訳だが、この《有機通信網》はその応用だ。
夬衣守は人間に寄生することにより、機械なのに生き物と錯覚させる力がある。有機通信網は生き物を設置し、その思考を周囲に拡散する事で電子汚染を緩和する仕組みだ。ウチが発生させている特殊ネットワーク端子を解析し、バニ様が人間で流用した道具だな。平気で非人道的な案を思いつくあたり流石科学者。まぁ繁殖委員会の「《有機通信網》のために繁殖人数を増やそう」という案には断固反対してたからその辺は彼の優しさか。
摘果は相変わらず行われていて、摘果に出される子供がこの地獄みたいな装置の中に入る事はない。
ウチらは《有機通信網》を目的地に設置し、一旦塹壕に移動した。ウチは機械だから必要ないが、班員には休憩が必要だ。
「無事設置出来ましたね。被害も無くなによりです」
「帰るまでが任務だぞベンザ。気ぃ抜くな?」
とはいえ《有機通信網》を設置したことでヱレームが入って来る可能性は低くなっている。アルマでの安全度が上がるのは良い事だ。この装置の開発により換装士の死亡率は更に下がった。悲しむ人が減るのは、良い。
「ところで、シーエ街抗換装士、前々から疑問だったのですが……貴方の固有機《変態宣誓》ってどういう能力なんですか? 我々が使っている第三世代夬衣守《廻天》とよく似てますが」
「んーとね、ちょっと廻天よりも全体的に強い」
「雑じゃないですか?!」
ウチは塹壕内で休むふりをしながら、変態宣誓を班員に見せる。
変態宣誓の能力は隠されている。まだ計画は表に出してないのだ。ウチが機械という事実も、バフ&デバフも隠蔽されたまま。となると変態宣誓は廻天をベースに作られただけのカスタマイズ版という風にしか見えないのだろう。もちろん馬力の調整等が生身の人間では操れないレベルまで強化されてはいるものの、他の固有機に比べるとオールマイティ型の何か強い夬衣守でしかない。
あ、ウチの逆電子汚染がばれない様、戦闘では毎回敵のネットワーク端末を破壊する様にしている。実際は破壊前に活動停止してるのだが、バレない様早業で一気に破壊! みたいな感じでゴリ押してる。このゴリ押しもはたから見ると「一撃で相手をしとめるスゴ技」みたいに見えるらしく、ウチの株は勝手に上がっていくという訳だ。
(本当は既に敵が止まってるから、余裕で端末破壊できるだけなんだけどね)
まぁズルである。
「この固有機は真屡丹健室長のお手製だからねー。彼は今《有機通信網》の量産で忙しいから、ウチの固有機は雑で良いんだよ」
「いやそれは……」
「いいのいいの。それより……」
ウチは目つきを変え、塹壕の外に出る。お客さんのお出ましだ。
* * *
この三年間、特異個体に出くわす事は無かった。軍学徒時代にあんだけ集中して出ておいて……と思うも、未だヱレームの行動パターンは解明されてない。
そんな特異個体が三年の月日を経て、ようやくお出ました。変態宣誓には周囲のネットワーク端子の流れを感知する能力があり、その能力は目に見えないので常にオンにしている。そこに、《有機通信網》内なら発生し得ない量の端子の流れを感知した。
《有機通信網》、これを順々に設置して行っているのには二つの意味がある。一つは先に述べたように、電子汚染の緩和だ。この有機通信網内ならば電子汚染は緩和されるので、夬衣守以外の通常兵器も使用可能となる。更に電子汚染=ネットワーク端子という事がほぼ立証されたので、ヱレームの動きを鈍くすることもできる訳だ。つーか有機通信網密集地帯では自ら端子を放出出来る特異個体以外はクロムシェルと同じく、活動不能に陥る。
そして二つ目、この活動不能に陥る点に目を付けた人物がいた。御劔学長だ。有機通信網は通常のヱレームは活動不能にするが……クロムシェル内でも動けるレベルの特異個体は当然ながら動ける。つまり特異個体を厳選出来るという訳だ。
学長の計画は三年前に聞いた通り、特異個体を天馬から落として、ネブル内で活動させる。その様を見せつけ、ネブルの民に危機感を持たせる。最後にウチが華麗に特異個体を打ち取り、晴れて救世主の出来上がりというプランだ。
『御劔学長。特異個体現われました。汚染値が400を超えてます』
『……! ついに来たか!! タカ式か?』
『いえ。……あれはまだ見たことが無い、未知式ですね。モグラっぽくクロムシェルに出たり入ったりしてるので、仮にモグラ式と呼びましょうか。映像送ります』
『確かに見た事無いな……全長は20m弱ってところか? これなら天馬からも入れられるな』
『……至急準備お願いします』
『解った』
学長と通信を切り、ウチは班員に命令を出す。
「未知式のお出ましだ。皆は天馬に向かって避難! ウチは少し動向を探る!」
「待ってくださいシーエ街抗換装士! それではアナタが危険に晒されます!」
「ウチにはウチの、やらなきゃいけないことがあるんでね」
「……あなたは言ったじゃないですか!! 三年前の授業の時に、未知式を見たら逃げろって!」
……痛いところを突いて来るなぁ、ベンザ。
「ごめん、立場がさ、街抗換装士になっちゃったから、そうもいかないんだ。だから普通の換装士であるベンザ達は、逃げて、ウチが戦ってる事を伝えて。……これは命令だ」
「……っ!」
一斉に駆け出すベンザ達。こういう時軍人の上下関係は便利で良いね。さっきは軍隊めんどいって言ってたって? 気のせい気のせい。
「さて」
うちは"天馬とは逆方向"に走り出した。
* * *
学長の作戦は学長一人で行えるものではない。ヱレーム、特に特異個体がいる状態で天馬のハッチを開けたまま降下させるなど、確実に誰かしらからか反対される。ので、反対されないメンバーで天馬操作を固める必要がある。
つまりは虚灯、彼等の出番だ。特異個体が現われたらウチが時間を稼ぎ、その間に天馬ドッグの整備士たちを退去させ、虚灯メンバーで占拠する。当然整備士達からは疑問の声が上がるだろうが、学長の権限を使えば有無を言わさず退去させることは可能だろう。
『バニ様、聞こえる?』
『聞こえるわ。景織子ちゃんから連絡来た。アタシも今から天馬ドッグ向かうわ』
『いやバニ様、バニ様はドッグ行かないで研究室にいて。今回の特異個体は未知式。……もしウチが止められなかったら、エムジを頼みたい』
『……あぁ、そうね。そうよね』
よし、これでエムジは一旦安全だし、バニ様はドッグには来ない。正直、ドッグに来てほしくない理由は別にあるのだが、今は言えない。
『シーエちゃん、大丈夫?』
『今のところは。でも何が起こるか解らないのが世界でしょ? エムジを頼んだよ。バニ様』
『解ったわ。アタシの願いはただ一つ。無事に、帰ってきて』
『ありがとう。大好きだよ、バニ様』
話しただけで涙腺が決壊しそうになる。バニ様はいつも計画の進行よりもウチの心配をしてくれてる。そんなの、虚灯では彼くらいじゃないだろうか。
ただ今は感動してる場合でもない。さっきからモグラ式は荷電粒子砲を撃ってきている。もし当たったらウチなど消し飛ぶ。早く作戦を完遂しないと。
『学長! 準備の方は?!』
『もうすぐよ。あとは真屡丹さえ揃えば全虚灯のメンバーが揃うわ。虚灯の換装士が今貴方と一緒にいない状況が悔やまれるわね』
『それはしょうがないっすよ。あの事件以来街抗志望者は激減してるし、既に班を組んでる虚灯組をワザワザ解体してウチの下に付けたらそれこそ不自然でしょ。特異個体がいつ来るかなんてそれこそ解らないし』
『それは確かにそうね』
そう進言して、ウチの下に虚灯を付けさせ無くしたのはウチ自身だ。
『あとバニ様はそこへは来ないですよ。勝手な理由ですが、エムジを任せたんで』
『シーエちゃん、貴方何勝手な事を……』
『救世主として頑張るんだから、それくらいのワガママ許してくださいよ。そっちにはナジェもいるんでしょ? もし天馬が汚染されてもウチが直せるし、破壊されたら後でバニ様が来ればいい。今いる必要は無いでしょ』
『はぁ、解ったわ。じゃあ作戦を開始するわよ。天馬に近づいたら連絡頂戴』
『了解』
と、天馬から離れつつ学長との通信を切る。さてさてここからが本番。頼む、うまくやってくれよ?
『って感じです! ウチの通信は聴いてました?』
『もうぜぇんぶばっちし! 流石シーエちゃんだ』
『そっちの準備はどのくらいかかります?』
『今部隊を招集してるところだから、あと3分くらいかな?』
『ウチに3分も特異個体とダンスをしろと……。酷な事言いますねぇ。あとで無茶なお願い聞いてもらお』
『おいおいそれは無いぜシーエちゃん! こっちだってこれでも超特急で準備進めてるんだぜ? いつ現われるか解んない特異個体を待って、首を長ーくしながらさぁ』
『あはは冗談ですよ。でもついに時は来ました』
『……ひゃはははは。そうだなぁ。ついに、ついに来たよ。あぁもう期待で胸が張り裂けそうだ。笑いがこぼれ出ちまう』
『喜ぶのは作戦成功してからですよ?』
『そうだったそうだった。っと、こっちは準備整ったぜ? シーエちゃん。3分かかんなかったろ?』
『ですね。有り難うございます。……では宜しくお願い致します』
ウチは心の中で作戦の成功を願い、彼の名を呼んだ。
『軍監査警察の首領、《死霊喰らい》の平依存さん』
『まっかせて~』
通信からは封鎖された天馬ドッグの扉が爆破され、内部で戦闘が行われている様が聞こえて来た。でもどんなに抵抗したところで、彼等に、虚灯に、勝ち目はない。
軍監査警察の作戦には──人類最強、第二街抗換装士、未納淘汰が加わっているのだから。法に従う彼は、違法な行動を行う虚灯を許しはしない。
決着は1分も経たずについた。
──その日、革命派集団《虚灯》のアルマ奪還計画は、完全についえた。




