IF7話-03 再びアルマへ
【1ヵ月後、アルマ実習直線】
ウチは再び、天馬の前にいた。周囲には生き残った軍学徒達が。案の定、実習直前に辞退者が複数出た。今の残りはウチを含め12人か。班の組みようも無いので、合同訓練ということになっている。
訓練自体の目的は前回と同じく、指定の場所まで行き資源、マギと呼ばれる荷電性の石を採掘して戻る事だが……本当の目的は恐らくアルマ慣れだろう。
あの地獄を体験した者達だ。及び腰になっていても不思議じゃない。現に辞退者も出ている訳だし。だからとにかくアルマに慣れる、これが今回の実習の目的だ。
今度は逃げられない。天馬に乗るのだ。
(ウチは別の目的を持ってるが)
バニ様と話し合った特異個体の実験。もちろん出現しなかったら話が始まらないし、出ない方がいいに越した事はないのだが……何が起こるか解らないのがアルマだ。
ウチは横に並ぶ街抗換装士、ナジェージダに目配せをする。彼女は虚灯のメンバーで、肌の赤いベトニフ種の出身だ。ベトニフ種はミカヌーのハリガネ種とタメをはるくらいに種礼序列が低く、革命への意思も高いと見える。
(直前の会話ではそうは思えなかったけども……。機械嫌いはあったけど)
直前、軍学徒と街抗換装士が天馬に集まる前、ナジェージダと話をする機会があった。ウチが街抗換装士でもある彼女をあろうことか呼び捨てにしてる理由もこの会話にある。ぶっちゃけるとのナジェージダ、使えるのか怪しい人物だ。
(戦闘力は高いんだろうけど……)
【天馬集合1時間前】
皆で天馬ドッグに集合する前、学長の指示でウチら三人は別室で軽い会議をした。ナジェージダにもその際に始めた会った形だ。
「景織子姐さぁーん!」
開口一番、学長に飛びつくナジェージダ氏には度肝を抜かれた。街抗換装士はペレットルミナス氏しか話した事が無かったので、全員厳格な存在だと思っていたが……。
街抗換装士になる条件に明るくは無いが、大体は街抗、ひいてはネブルに多大な貢献をした者が任命される。街抗に貢献している時点で実力は折り紙付き。死線をいくつもくぐっているはずだ。ので、皆性格が怖くなるかと思ったが……
「会いたかったですよぉーばふん」
そんなオーラが微塵も感じられない。ナジェージダ氏は大柄な女性だ。街抗換装士ともあり筋肉量も凄い。制止画で見れば格闘技にも見えなくも無いが……目の前の光景は猫が飼い主に構ってコールをしてるようなものだ。
(絶滅した猫、何故か姿が明確に想像できるな)
どこかの集落にはまだいたのだろうか。ウチがいつ開発され、どれほどの間エムジと共に戦い、そしていつ破壊されたのか、詳しい時代は判明していない。
「今日は互いの顔合わせ件軽い打ち合わせの為、つまり仕事の為に呼んだはずだがナジェージダ?」
「やだなー仕事なんかどうでもいいじゃないですか? 私、仕事じゃ動かない人間ですからー」
「ほう。じゃあ私に抱きつくのは趣味の一貫か?」
「愛の一貫です」
軽口を重言で返すナジェージダの姿に、御劔学長は「くはっ、相変わらず可愛げがあるな」と邪智気味に笑った。学長の笑顔ショットはウチからするとかなり珍しい一枚だ。物凄く邪悪な笑みだけど。
「で、本第にはいつ?」
何か二人のやり取りはいつまでたっても終わりそうにない。天馬集合まで時間も限られてるし、話を勧めさせてもらおう。
「そうね。──ごめんなさいシーエ訓練兵。ただ私も次があってね、全部を説明している暇も時間もないの。ナジェージダを残していくから、詳しくはこの子から聞くといいわ」
「なるほど。学長はナジェージダ街抗換装士を紹介するために立ち会われたと」
「そうよ。いきなり二人で会わせるより、私がいた方がいいだろうし。特にこの娘は……」
……? 何か含みのある言い方だな?
「景織子姐さん! 私を置いていっちゃうんですか?! せっかく姐さんと一緒にラブラブできるって下着を新品に取り替えてきたんですよ!」
話を先に進ませろ。つか換装するならその下着脱ぐやろ。
「愉快ねぇ、どうせ汚れる武器を新調してどうするのかしら。まぁいいわ──」
学長は猛獣の如き獰猛な女兵士を身体から引き離し、一転、「ナジェージダ少尉」と鋭利に眼光を研ぎ澄ます。
ナジェージダ氏も学長の変化を察知し、たたずまいを正し「はっ、なんでしょうか!」と敬礼で返した。
「本日の任務。残った軍学徒は精神的に動きが鈍るだろう。こないだの様な事が起きないとも限らない。街抗換装士として他の換装士達と共に彼等を守ってくれ」
「はい!」
「そして解ってると思うが……我々虚灯の隠し玉であるシーエ訓練兵。彼女の無事を最優先して動いてくれ。わかったな」
「承知いたしました、連隊長」
学長は革命派組織《虚灯》のトップ、連隊長だ。事前に聞いたがこのナジェージダ氏も機械のウチを使ったアルマ奪還計画の内容を共有されてるとの事。
「まだ出撃まで1時間ある。その間に交流を深め、連携を取りやすくしておいてくれ」
「「かしこまりました」」
はもるウチら。学長は退出の準備をしている。
「ではナジェージダ街抗換装士、本日は宜しくお願い致します」
「りょーかいシーエちゃん。後は私に任せて!」
と、学長が退出するまでは割とスムーズに話が進んでいたのだが……
* * *
「ねぇ、息すんなっての。殺すわよ──ファッキンビッチ」
学長が出て行った瞬間これだ。何だコイツ。猫が変じて豹となる──世間ではそれを豹変という。そう、ウチは近年稀に見るほど清々しい豹変っぷりを目の当たりにした。
「景織子姐さんの命令だから仕方なく同室にいる許可してやってるのよ。もっと慎ましやかに隅っこで呼吸止めてなさいよ、ブス」
重ね重ね、何だコイツ。醸し出してるオーラも「息したら殺すぞ」と冗談抜きで語っており、並みの人間なら眼前に立たされただけで失禁ものだ。
(機械だから息止める事は出来るけど……問題はそこじゃないわな)
性格がどうであれ、本日ウチが頼る街抗換装士は目の前にいるこの変な豹しかいないのだ。もし特異個体が現われた際のサポートも彼女に頼まねばならない。
ウチが助かるだけなら逆電子汚染を使えば行けるだろうが、触ることなくクロムシェル上の穴に落とすとなると一人では難しい。
ので
「この顔、真屡丹研究室長が制作した物ですよ。まさか名誉研究室長の成果物を侮辱する気で?」
と挑発を試みる。この手のタイプは下手にでるより、喧嘩した方が早い。そんな気がする。案の定、相手はガチギレして来た。
「黙れっつったわよねぇ?」
「へぇ、名誉研究室長を侮辱したことは認めるんですか」
「貴様……」
「リアルで貴様とか使う人間始めてみました」
小馬鹿にしたような口調で笑うウチ。へぇ、ウチはこんなことも出来るのか。過去の経験に、色んな人との口論でもあったのだろうか。
ウチは人々に幸せになってほしいだけだ。でも人間は複雑な生き物で、その想いだけではうまく行かない。場合によっては同種の癖に邪魔をする個体もいる。調和を司るには会話、それが無理ならば実力行使。
「黙って聞いてれば機械風情が……あんまり舐めた事言ってると破壊するわよ」
「へぇ、出来るものなら──」
ガツン。
ウチが言い終わる前に、部屋に備え付けられた机で思いっきり殴られた。実力行使は向こうが先にして来たか。机振り回せる筋力も凄いけど、普通の人間なら死んでるぞコレ。
……しかしコイツ、任務の重要性を理解して無いな? ウチは、話が通じないヤツは、嫌いだ。あ、ミカヌーみたいに可愛げがあるちょっと頭弱い子は別な? 目的と行動が一致してない馬鹿が嫌いなんだ。お前の目的は、虚灯の目的は、何だったか……思い出させてやる必要がありそうだ。
「別に機械を嫌いなのは否定しない。ネブル人ならそうでしょうよ」
ウチは全力で殴られたにも拘わらず微動だにせず、そのまま目の前の馬鹿を直視する。
「っ! そうよ。景織子姐さんの命令じゃなかったらあんたなんかと──」
「うるせぇな。立場を考えて発言しろ」
今度はナジェージダの発言を、ウチが言葉によって遮る。
「どっちが立場が上か考えろ。街抗換装士と軍学徒としてではなく、人間と機械でもなく、アルマ奪還計画の視点で。そんな事も出来ないのか? 街抗換装士の癖に」
「なん……ですって……?!」
相手は今にもキレてウチを殺しそうだ。まぁ強化外骨格だからやられる気もしないが、ここは相手の弱点を突くとするかね。コイツの協力は必要だし、痛めつけては計画が狂う。
「学長に報告しますよ」
「……な!」
この一言でナジェージダは固まる。さっきから見てて解るが、コイツは学長にベタぼれだ。学長の立場を利用すればナジェージダはウチの好きな様に動かせる。
「ウチは救世主と呼ばれる機械。学長の計画はウチを中心に据えたものだ。変えは聞かない。でもあなたはどうかな?」
顔が青くなっていくナジェージダ。
「別にウチ、実は学長に協力する必要も無いんですよ。機械だしね、いざとなればクロムシェルで生きられる。クロムシェル内には電力供給場所は沢山あるし。ネブルが好きだから協力してますが……あなたみたいな人間が多いのだとしたら、話は別だなぁ」
もちろんこれはブラフ。ウチがミカヌーとバニ様捨ててネブルから出て行くなんて出来る訳がない。彼等が生きている内は。
「……」
「ウチが逃げたら、計画はつぶれるのでは? そしてその責任は、誰になるでしょうね? 置手紙も出来ますよ? ベトニフ種のバカが無脳なんでネブル去りますって、ね」
邪悪な笑みを浮かべながらナジェージダの顔を覗き込むウチ。ナジェージダは小刻みに震えている。まぁいい具合に心を折れたかな?
「感情はあっていい。人間だもの。機械が嫌いなのもネブル人ならあたりまえ。でもそれを出すタイミングを考えろ。もうすぐアルマ実習だ。ウチらが協力しないと、学長の計画にも真屡丹研究室長の実験にも支障が出る。解ったなら、ウチに従え。この場では、ウチの方が立場が上だ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
「よろしい」
はぁ、全くなんでウチの周りはトラブルだらけなんだか。マジで虚灯とかいう革命派集団大丈夫か? ネブルの民を第一に考えていて、そのためにアルマを手に入れるのならこのナジェージダみたいな会話は出てこないはずなんだがな。
感情的には機械に頼るのはしゃくだろうが、それでも人々の幸せの方が優先だろう。虚灯はアルマを手に入れる事でネブルの民を幸せにしたいと思ってるのだろうか。学長と同じく、手段と目的が逆転してないか? アルマ奪取を第一に捧げるなら、ウチを優先して動くべきだろう。何故そんな簡単な理論も通じないのだ。
「んじゃとりあえず、交流は……深まったのかな? 仲いいとは言えないですけど、互いに連携は出来ますね?」
「……はい」
敬語になっちゃったし。街抗換装士が軍学徒に敬語とかどうなのよ。
「この関係は二人の時だけにしましょう。天馬に行ったら他の街抗換装士や軍学徒もいる。あなたは普通に動いて下さい。ウチも軍学徒としてあなた達に従う動きをしますから」
「……わかりました」
「何事も無ければ普通に資源を採取して任務終了。ただ特異個体が出現した場合は、ウチは南方の穴に向かって全力で逃げます」
天馬周辺の地形は街抗内にデータベースがある。今回特異個体が現れた場合、南方500mくらいにある大型の穴に導くのが良いだろうという事になった。
バニ様とも話したが、恐らく特異個体はウチを追ってくるはずなんだ。違ったら普通に撃破に協力しよう。救世主だとバレない範囲で。
「作戦の内容は学長から聞いてますか?」
「はい……聞いてます……」
「なら話が早い。ウチは一度天馬から逃げてますし……理由は怖くなったとかでいいかな? ともかく全力疾走するので、軍学徒を守る名目で後を追ってきてください。他の換装士が来そうになったら街抗換装士の権限で制止しつつ」
虚灯のメンバーは今回のアルマ探索にはこのナジェージダのみだ。あまり大人数で動いて虚灯の存在が保守派にバレるのを恐れているのだろう。
「特異個体がうまく穴に入らない場合は手を貸してください。恐らくウチが触るとヱレームは止まってしまうので、真屡丹研究室長の実験ができなくなります」
「わかりました……」
完全に意気消沈やん。
「はぁ……元気出してくださいよ。まぁ機械といて気分良く無いのは解りますけど……あぁでも見て、この傷。あなたにつけれたものですけど、めっちゃ人間ぽいでしょ?」
頭に付いた傷からは血が出ている。何でこんな怪我してるのかとか言い訳は考えないといけないけど。
「ウチは機械ですが、今までいろんな集落を救おうと躍起になって来ました。ネブルを守りたい者同士、志は同じはずでしょ?」
「……」
そこは、同意が欲しかったかな。虚灯のメンバーさん?
* * *
てなやり取りを経て、ウチは今天馬の前にいる。案の定頭の怪我は聞かれたが、テンパって転んだ事にした。強化外骨格のおかげで傷も浅いので、アルマ実習には問題無いとの意見が出される。
(テレス整備士が見てるな)
彼女はウチが機械と知っている。天馬の整備士と言う時点で街抗側、保守派ではないが、かといって虚灯でもない。ウチの存在はさぞ不思議に見えるだろう。
『シーエちゃん、大丈夫?』
ふいに入る優しい声。バニ様だ。
『大丈夫。ナジェージダさんとトラブったけど、なんとか丸く収めたよ』
周囲には聞こえない様、声に出さず通信するウチ。
『シーエちゃん! 危なかったら逃げてね!!!』
『おぉ、ミカヌー。今日は昼間からバニ様の元に?』
『そうなの。ほら私軍学徒校辞めたでしょ? 本格的に働くのは来週からだけど、今日はバニ様"室長"が許してくれて。ここなら通信出来るから』
バニ様室長て……変な名前だ。ただミカヌーには超目上の人であるバニ様を気軽に呼ぶことは中々難しい様だ。
……ミカヌーは街抗を辞退した。というか家族とウチの希望で辞退させた。ウチの任期は全うしてないが、バニ様は正式に研究室の雑用として雇用してくれたようだ。街抗に比べれば給与は少ないが、ミカヌー家族が生きていくことは出来る額は支給されている。
(住む場所も、なんとかなったし)
今ウチはミカヌーと一緒の部屋に住んでいる。軍学徒ではなくなったのでミカヌーは寮を追い出されたが、ウチが使ってる元探索委員会の部屋は軍とは無関係。ウチとバニ様の許可で済むことが出来る。これでハリガネ種のミカヌーも堂々と第一居住区に住むことが出来る訳だ。
何より毎日の授業が終わったあと、部屋にミカヌーが待っててくれるのはウチに取ってとても支えになった。ミカヌーはエムジを直すために技術職を目指してるので、ウチは時間があれば授業で聞いた内容を教えてあげてる。
『必ず帰ってくるから、二人共応援しててな。ミカヌー帰ったら結婚しようぜ』
『もちろんよ。エムジちゃんのためにも、絶対に死んじゃだめよ』
『不安な事言わないでよ!! それ世間ではフラグって言うんだよ?!』
『帰ったら行きつけのカフェに行こうな、ミカヌー』
『シーエちゃん!!!』
『ちょ、アタシも連れて行きなさいよ!』
『お前は仕事忙しいだろ名誉研究室長』
『ぐぬぬ』
親友や家族と軽口の応酬が出来る。こんなに幸せな事、どれだけ探しても見つけられない。守るよ、ウチは。ネブルを、ネブルに住む大好きな人を。
『じゃ、行ってくる』
大好きな二人との通信を切り、ウチは軍学徒達に合流する。
* * *
「今日は逃げないでな」
「あはは、手厳しい」
「マナナさん、そんな言い方!」
「大丈夫だよヒナリア。ウチが逃げたのは事実だ。でも大丈夫。今日は、ミカヌーがいないから」
班員が街抗を辞退したという事実は皆の心に重くのしかかる。かといってミカヌーを批判する者もいない。皆、あの地獄を知ってるから。
「な、何事も無いといいですね……」
「そうだな、ベンザ」
旧知の軍学徒達と言葉を交わしてる内に、正規換装士達もそろう。その数20。軍学徒よりも多い。よほどの厳戒態勢なのだろう。
(街抗換装士は2人か)
一人は先ほどのポンコツことナジェージダ。そしてもう一人が……
(未納淘汰さん……)
橙子の、兄だ。
人類最強と呼ばれる彼は妹を失った悲しみなど微塵も見せず、厳格な面持ちでその場に立っていた。
種族は橙子と同じくアリゴル種。ネブルを統括する神と称される種族の片翼で、その神々しさは群を抜いている。まだ夬衣守に換装してないのか、衣装も神々しかった。
「あの大参事にもめげず、此処に立つ諸君ら軍学徒達に敬意を表する」
響き渡る声は威厳に満ちていた。
(ごめんなさい……)
逃げたウチだけが、彼の顔を直視出来ずに……。しかし
「彼と目を合わさない方が良いわ。後々面倒になる可能性がある」
ナジェージダの忠告でウチの行動は意外と正しかったのだと知る。しかし彼女、先ほどまでの猫かぶりやウチに対しての豹変とは打って変わり、緊張感が見て取れる。橙子の兄、未納淘汰。ナジェージダが個人的に苦手なのか、はたまた虚灯にとって厄介なのかは解らないが、この反応は冗談では無い。
街抗換装士は百選錬磨の兵士だ。変なキャラに呆れもしたが、こういった意見は大いに参考になる。具体的にどう面倒になる可能性があるのかは後で聞けば良いとして、今は従っておこう。
「しかし敬意だけでは何も得られない。アルマに赴いてネブルに尽くす。それが街抗の役目だ。故に我々は再びアルマに行かねばならん。その恐怖心に打ち勝ち、街抗としての誇りを得よ」
「「「イェッサー!」」」
今この場に残った者達はもとよりその覚悟があるもの達だ。淘汰氏の言う様な誇りがあるかは置いておいて、命を天秤にかけてもアルマに出る事を覚悟したメンツ、その集まりだ。
(ウチを除いてな)
ウチはアルマがどうとか関係無い。ただやるべき事があるだけだ。死のうとも思っては無いけど。
(ウチを待ってくれてる人がいるからな)
ミカヌーに、バニ様に、ウチみたいな想いはさせてはいけない。だから今日は、今日に限らずこれからも、生き残らなければいけない。
* * *
天馬の扉が閉まっていく。火葬場の重苦しい扉の様な、鉄の扉が。前はここから逃げたっけ。
「ふう……」
ウチは上を見上げる。天井が見えない闇。皆、この闇の中に吸い込まれ、アルマで死んだのだ。天馬はアルマ攻略にとって最大の功績と言われているが、最も多くの死者を出した元凶でもあるのだろう。
天馬の上には夬衣守に換装した軍学徒と換装士が並び、起動を待っていた。先ほど演説していた淘汰氏も換装を済ませている。
(殺戮条項……)
淘汰氏の固有機だ。ケンタウロスの様な見た目の特殊な四足歩行夬衣守。とてつもない強さだと聞いている。ナジェージダ曰く、彼さえいればタカ式レベルの大型なら一人で切り伏せされるらしい。大型数体を相手に一人で立ち回れるレベルの化け物だそうだ。
(それだけの力を持ちながら、妹を守れなかった気持ちはどうなんだろうな)
いくら個人に力があろうと、場所や運が悪ければそんなものは発揮できない。世界は個人の努力や実力なんて無視して、全てを押し流して行く。世界とはそんなものだ。
ガガガガガ、ガン
壮大な音と共に閉まる扉。不思議と今日は怖く無い。以前はあんなに怖かったのに。何でだろう? ウチが死んだら悲しむ人がいるのに、ウチは怖く無いのだろうか?
ゴゴゴゴゴゴ……
轟音と共に上昇する天馬。あと数分もすればアルマだ。あの地獄に、再び。
(あぁそうか、何で怖く無いか解った)
前はここにミカヌーがいた。ミカヌーを失いたくなくて怖かったのだ。
それにエムジもネブルにいると思ってた。だからウチは逃げたのだ。二人に会いたくて、二人を失いたくなくて。
でも今ミカヌーはネブルにいる。エムジは……もういない。ウチはどこかで求めているんだ。エムジの元に行くことを。だからもう、怖く無い。
* * *
相変わらず、アルマの光は綺麗だった。太陽光。ネブルの民は知らない概念。宇宙や惑星、光星というものなどクロムシェルにいたら知りようもない。
(まぁウチもクロムシェルが何なのか全く解らんけど。ウチは地球にいたはずだよな?)
何がどうなってこんな世界になったのか。興味は尽きない。ウチの記憶も不完全だし、単語と概念しか思い出せないから何で地球とか太陽とか知ってるのかは解らんし。
「あぁ、此処で死にたいな」
小声でつぶやいた言葉は、誰にも届かなかった。届ける気も無いけど。
後を追いたい。エムジの後を。エムジはここで死んだのだ。この一か月、何度もフィラメンタに入ってエムジを観察して、その度に絶望して来た。見れば見るほど、修理の希望は遠のいて行って……
「ねぇ、エムジは今、どこにいるの?」
アルマに出るとどうしても意識していしまう。エムジが死んだ場所。壊された場所。そういえば、この辺だっけ。
ウチはエムジが倒れていた場所まで行き、しゃがむ。本当は横になりたいけど、目立ちすぎるのは良くない。現にナジェージダから『どうした?』と通信が来ているが無視してる。機械嫌いな彼女にウチの気持ちはわるまい。大切な機械を失った気持ちなど。
死ぬ訳にはいかない。それは理解してる。ウチを待ってくれている人もいる。エムジの修理だってほぼ不可能というだけで、無理と決まり切った訳ではない。エムジは数千~数億年待ったんだ。ウチもそれだけの時間、エムジに向き合う義務がある。彼を悲しませたんだ。ウチも悲しみに耐えなければ。
(よくエムジは我慢出来たな。ウチは出来るだろうか)
正直な気持ちを言えば、今すぐこの場で躰をバラバラにして、エムジの後を追いたかった。エムジと同じ場所で、同じ鉄くずになりたかった。
(そんな事許されないって、知ってるけどさ)
でもお前がいなきゃダメなんだよ、エムジ。ウチの人生にはさ。お前がウチの全てだったんだよ。ずっと、二人で一つだったじゃないか。
魂の片方を失ったうつろなこの躰は、使命感という糸に操られ、マリオネットの様にふらふらと歩みを進める。
* * *
任務は当初、予定通り進んだ。例年のアルマ実習と同じ様にヱレームも出現せず、目的の採掘ポイントまで到着。
そうなると困るのがウチとナジェージダだ。
『どうなってるのよ。特異個体来ないじゃない』
『それウチに言われても……。そもそも来たのが偶然だった可能性もあるし、皆が無事ならそれでもいいでしょ』
『良くないわよ! 御劔姉さんの計画には敵の脅威の証明が必須なの! 現われてくれないと困る』
『……ここにいる軍学徒達を巻き込んでも?』
『皆街抗志願でしょ? そのくらいの覚悟はあるわよ』
……まぁ、一理あるか。好きにはなれない考え方だけど。しかし、虚灯は焦ってるな。先日の事件以来街抗志願者は減る一方。十七委員会から予算削減の話も来てると聞いている。早急に脅威を証明し、アルマ攻略に赴かないといくらウチという特異端末がいても計画は実行に移せない。
(このままネブルが浮かざるを得ない理由が出来ず、ずるずると保守派に乗っ取られる形も悪くは無いかな?)
その場合ウチの安全は保障されないが、無謀な計画は阻止される。ウチが考えてるプラン的にも、このままずるずる行くのも悪くはない。
──と、ある種ウチが油断しながら採掘をしていた時だった。けたたましい警告音と真っ赤な表記が強化網膜に表示さたのは。
「……!!」
電子汚染の数値が300を超えている。これは……特異個体!
(通常の天馬付近では多くても汚染値は50も行かない。300なんて数字、こないだと同じだ。
『荷電粒子砲が来るぞ! 攻撃に備えろ!!』
ナジェージダの叫びに合わせ、周囲を警戒する換装士達。
その攻撃は聞いている。先日の事件でも初見で撃たれた砲撃だ。長距離からの正確な狙撃。仮想訓練ではあまりに理不尽な攻撃からか再現はされてなかったが……
皆が慌てふためく中、第二街抗換装士の未納淘汰氏が、真っ先に標的を発見した。
「……あそこか」
……共有された映像には、遠方から飛来するタカ式の姿が見えた。吏人を、橙子を、セロルちゃんを、アラギを、──エムジを殺害した、悪魔が。




