IF7話-02 崩壊への足音
「次のアルマ実習は一ヵ月後だって?」
研究室に入るなり、マイペースオカマはウチらが考えたくないことをズバリと言ってくる。
「そうだけど?」
「今回の事件とシーエちゃんの話で色々仮説が立てたられたから、実験してみてもらいたい事があるのよ」
「ウチに?」
「もちろん護衛は沢山付けるわ。普通ならそんな事も出来ないでしょうけど、あんな事件の後だもの。街抗換装士を何人か護衛に付けても不自然じゃないし、むしろそうしないと誰もアルマなんて行きたがらないでしょ」
「確かに」
「んで検証して欲しい事んだけど……」
「あ、あの真屡丹研究室長!」
部屋の入り口で立ち話をしていたウチとバニ様にミカヌーが割り込む。
「そ、その話って私が聞いてても良い物なんですか……?」
「「……確かに」」
あの夜以降、ミカヌーにはエムジ修理を手伝ってもらっている。のですっかり身内気分で話していたが……エムジ修理と計画は別案件なんだよな。
「ごめんなさいミカイヌちゃん。先にラボの掃除しておいてくれるかしら? シーエちゃんとの話はパパっと終わらせてエムジちゃんの所行くから」
「はい! わかりました!」
ハキハキ答えるミカヌー。可愛い。ミカヌーはこの一週間、正直雑用も任せるのが不安なレベルでドジ&知識不足なので部屋の掃除を任されている。
研究室はとにかく散らかりやすく、エムジを修理するには既存の技術以上の成果を出さないといけないのでありとあらゆる機材を使っては失敗を繰り返してる。
その度に機材は散らかるし作業の破片等も散らばる。それらの掃除がミカヌーの仕事という訳だ。
正直、仕事としてはつまらないと思う。任期もまだ満了して無いから正式な職員では無いし、給与も発生しない。でもミカヌーは文句を言わずに、むしろ活き活きとウチらを手伝ってくれる。エムジの為に、エムジを好きなウチの為に頑張ってくれてる。その事実にウチがどれほど救われているか。
なお無給は流石に可哀想ということで、バニ様特性のお菓子は毎回サービスされている。お金では無いが、ミカヌーは甘い物好きなので仕事終わりのティータイムは本当に楽しそうにお菓子をほおばっている。
(名誉研究室長にお菓子作らせる方が時間的ロスが凄い気がするんだけど)
まぁ二人共気にして無いみたいだからいいか。バニ様曰く、ウチが記憶を入れなおす前もよくウチに対してお菓子とか作ってくれてたそうだ。流石オカマ。女子力が高い。
「んでバニ様、検証したい事って何?」
「セロルティアちゃんが言ってた事の証明よ。彼女が言う様に、もしネットワーク端子を発生させられるヱレームが存在したらネブルの安全神話は本格的に崩壊するわ」
あれか。マジそんなヤツいたら、クロムシェル関係無くどこでも活動できるし。
「知能もありそうだしな」
「そうね。シーエちゃんに翻訳してもらったけど、アロイジウスちゃんだっけ? あのヱレームが言ってる言葉、明らかに何かと通信してるわよね」
色々考えた結果、バニ様にはウチが知ってる情報を共有する事にした。ネブルトップの技術者だし、なによりバニ様は優しい。いざとなればネブル中心に動いてくれるはずだ。……それに、個人的に信用したい。
(問題は御劔学長だ)
学長には出来る限り情報を与えたくないが、バニ様と学長は仲が良い。そもそも二人は《虚灯》という革命派のメンバーだ。過去映像でも一瞬学長が言ってた単語だな。
虚灯は約20年前に発足された、革命派の集団だそうだ。20年前……元探索委員会の消滅からしばらくして出来てる。因縁があるのは確実だ。学長の両親も探索委員会だったそうだし。
保守派はネブル上層部全体を占めているが、明確なつながりはなく、全体的に保守的と言うだけの存在だ。保守派同士の派閥争いもよく起きている。クロマタクト等が良い例だろう。あ、御三家と対をなす黒の種族の事ね。
それに対し革命派、虚灯は一致団結して日の目を見る事を目指している。保守派からは危険思想と敵視されてるが……正直現在進行形で保守派まっしぐらなウチは虚灯が怖くて仕方がない。
バニ様は虚灯の中でも穏健派と言うか、技術バカなだけだからかなり安全な部類だろうが……アルマ行きたいのもただ「知りたい」という欲求だろうし。
問題は学長だ。映像内でも感じた恐怖だが、彼女はアルマに出る事を第一の目的としており、ネブルの民を見下してる節がある。
ただ生まれて、ネブルで誰かを好きになって、人とのつながりを大事にしながら生涯を終える。そんな生き方のどこがいけないというのだろうか。
「……シーエちゃん? シーエちゃん聞いてる?」
「ああごめん。思考がトリップしてたわ」
「あの日以来多いわよアナタ。人の話聞かないで虚空見つめて……。まぁ、気持ちは解るし責めないけど」
ごめんバニ様。今は感傷に浸ってたんじゃなくて思考整理してたんだ。
「んで、ウチがアルマでやる事って?」
「そもそも出来るか解らないんだけど……タカ式レベルの特異個体を見つけたらクロムシェルに落としてみて欲しいの」
「無茶言うなぁ。ウチが触ったら止まるぞそいつ」
「そこはこっちの事情をしってる虚灯の街抗換装士にサポートしてもらうわ。もしクロムシェルに入っても動いてたら、セロルティアちゃんの仮説はほぼ正しい事になる」
「確かにな」
これはウチが裏で進めてる別の企画にも使えそうだ。
「ヱレームは有機生命体を見つけると殺戮するために近づいて来る。天馬は機都からとても離れてて電子汚染──仮にネットワーク端子と同一として話を進めるわね、ともかく電子汚染濃度が低いからヱレームもいないけど、自ら端子を発生させる特異個体がいるなら別」
「こないだみたいに、その個体が人の集団を見つけ次第ガンガン迫ってきて、ソイツを中心にサソリ式みたいな小型も集まってくると」
「そう。だから今回の実験は、皆を守るためでもあるの」
「あーなるほど」
こないだの地獄を再現させる訳にはいかない。タカ式レベルの個体、自らネットワーク端子を放出出来る個体が現れた場合、周囲は小型ヱレームどもの地獄と化す。だから端子を発声させる特異個体をひきよせ、クロムシェルに入れるのだ。
特異個体は端子の自家発電で活動できるだろうが、クロムシェルに入れてしまえばその恩恵は小型ヱレームには届かない。アルマに残った軍学徒と正規街抗達なら楽に処理できるはずだ。
「タカ式レベルの特異個体……。まぁその特異個体もウチの逆電子汚染で止めらるだろうしね」
なんとなく、大型ヱレームと戦った感覚は残っている。エムジと共に、アルマを駆け抜けて……もう、エムジは隣にいないけど。
「そう。もちろん敵が現われなかったらただの演習になるけど、もし出たらお願い」
「了解。皆の命を守るためにも、それはウチの役目だな」
アロイジウスの言葉から、ヱレームは恐らくウチを狙ってくるだろう。アルマに上がった時もサソリ式が次から次へとウチにやって来たし。『同志殺人』というウチとエムジに付けられた罪は奴らには無視できないものだろうし。
しかしさっきも思ったけど、特異個体がいないのに小型が押し寄せてきているという事は、やはりウチはヱレームなのではないだろうか。それこそ魔改造された特異個体とか。バニ様にこのことも伝えたが、現時点では判断材料が少ないとの事だった。ただ否定もされなかったので可能性は存在するという事か。
「あとこれは全部うまく行ってからでいいから、クロムシェルにおびき出した上で停止さえた特異個体、フィラメンタに入って調査して欲しいの」
「それはウチもしたいと思ってた。フィラメンタが何だがまだ解ってないけど、これでヱレーム触ると得られる情報も多そうだ」
「ま、特異個体が来るかどうかは運次第なんだけどね」
「それな。皆の安全考えるなら来て欲しく無いし」
何事もなく演習終わる方が良い。ただそれではアルマ奪還計画も、ウチが密かに進めてる企画も資料不足なのは事実だ。
(だれも危険に合わずに、データだけもらえないものか)
「街抗志願の士気を下げないためにも、何事も無いのが平和なんだけど。あーでもデータは欲しい。研究者の悩みどころよねぇ。誰も不幸にならずに、データだけ手に入らないかしら」
「そんなの出来たら神の領域でしょ」
……ウチと同じ事考えてたよバニ様。とりあえずウチの事は棚に上げ、バニ様を適当に批判しておく。
ともかく、一ヵ月後の大雑把なプランは固まった。どの街抗換装士が虚灯なのかとか、色々詰めるべき問題はあるけど、ミカヌー待たせてる今するべきことでもないわな。ウチも早くエムジに会いたいし。
「じゃ、エムジちゃんの所に行きましょうか」
「うん」
ウチら二人は白衣を身に着け、エムジの元に向かう。
* * *
「エムジ、お待たせ」
目の前位には最愛の人の残骸が転がっていた。破損を増やさない様に、下手な修理はしていない。重要なのは人格と記憶のデータ。まずはその復旧が最優先だ。
「接続……」
ウチはつぶやき、フィラメンタに入る準備をする。部屋にポリゴンが展開されていき、虹色に発光し出す空間。
「真屡丹技術局長、このパーツはこっちで宜しいですか?」
部屋の中ではミカヌーが片付けに翻弄されていた。散らかりすぎなんだよこの部屋。ウチも部屋汚すタイプだから偉そうなことは言えないけど。
「長いからバニ様で良いわよ。3人の時は。でもそのパーツはあっち。まずは場所を覚えなさいね」
「はい! え、でも私が真屡丹研究……」
「バ・ニ・様」
「バ、バニ様……」
「そう。よろしい」
微笑ましいやり取りをしてる二人。ホントバニ様は優しいよな。これで研究者として働いてる時はしゃきっとしてるし、妙なすごみも出せるんだから大したもんだ。
ウチは二人を横目に、本格的にフィラメンタに入り、エムジに接続する。
……やはりエムジのデータは壊れてる。イメージ的には機械がバラバラになった状態か。木っ端みじんだが一応それぞれの形は解る。
「パズルみたいな感じかな」
フィラメンタから出てウチはバニ様に説明を。フィラメンタの事はミカヌーには秘密だが、ウチが機械とは知ってるので何かアクセスしてる的に思ってくれてるのだろう。
「パズル?」
「ってか爆破された家屋の残骸とかの方がイメージ近いかもしれないけど、ともかくクッソ量が多くて大変なパズルだけど、形が存在する以上、はまる形を探す事は可能そう。つながるのか、繋いで動くのかは別問題だけどね」
木っ端みじんになった家をただ繋いだところで普通に崩れるしね。何かしらで接着しないといけない。
「ともかく、とても時間がかかるだろうけど、ウチはデータの形を確認しながらパズルを作っていくよ」
「ならアタシは、もしデータの修復が可能だった際に、それをしっかりと入れられる入れ物を作らないとね。今のエムジちゃんの人格情報保存域、触ってデータ壊したら元も子もないから」
「それはこの戦闘用外骨格作るのと同じですぐできるんじゃないの?」
「データが不安定なんでしょ? っていうかデータパーツ繋がるかも怪しい状態なら、普通の保存域作ってもだめだわ。安定感があるとびっきりの物を用意しないと。あとはデータの接着方法も考案しないとね」
「なるほど」
流石バニ様。話の飲み込みが早すぎる。ミカヌーは可愛い顔しながら頭の上に「?」マークを出している。
「それにやる事はそれだけじゃない。AIの開発ね」
「エムジの人格が復旧不能だった場合の別プランだな」
記憶は全てでなくても多少復元出来れば、そこにウチらが見た情報を付与して入れてあげる事も出来る。それこそウチみたいに、偽の記憶を入れる事も。だから最悪、記憶データが修復不能だった場合はでっち上げも可能だ。
しかし人格は違う。こっちは今のバニ様では出来ない。人格の修復が不可能だった場合はエムジの死が確定してしまう。しかし、一部AI作成が可能となった場合は破損個所のみ新規AIで補う事も出来るかもしれない。
どれもこれもウチがまずデータのパズルをひも解く所から始まるので、全部捕らぬ狸の皮算用だが……やっておいて損のある仕事ではない。
(AIはあれば役に立つし)
AIが役立ってた世界をウチは知ってる気がした。どんな世界だったのか、どう役立っていたのかはよく解らないけど。
* * *
エムジ修理タイムが終わり、いつもの庭園水やりタイム。いつかヒナリアも来てくれると良いな。中々気持ちの整理はつかないだろうけどさ。
その後ウチはミカヌーと解れ、いつも通りエムジの部屋により、抜け殻のエムジに独り言をつぶやき続けた。
「今日授業でミカヌーがさ、もう全然内容理解して無くて……あれでお前直すの手伝えるのかね?」
「仮想訓練は怖かったなぁ。ウチは初めて体験したけど、皆あんな地獄に遭遇したんだな。お前も、あの場にいたんだろ?」
「ミナナには嫌な顔されちゃったな。まぁウチ逃げ出したし、当たり前だよね。むしろ皆から無視されてないのが不思議なくらいだよ。皆、そんな余裕も無いんだと思う」
「ヒナリアとは、実は今日はじめてしっかり話したんだ。しっかりっても数分だけど。今まで挨拶くらいだったから。……彼女、アラギの事が好きだったんだって。ウチが天馬に昇ってれば、助けられたかな?」
「ヒナリア、セロルちゃんを憎んでるんだって。しょうがないよね。アラギの命を奪った計画を発案した本人だもん。でも悪意は無かったはずだからさ、いつか、皆が皆を許し合えるよいいよね。時間はかかるだろうけどさ。命は、戻ってこないし」
「あぁ、お前の修理は難易度が高そうだよ。パズル頑張らないと。もうちょっとスマートに壊れておいてくれないかねエムジさん?」
「計画は今のところ危険はないけど、虚灯次第では警戒しないといけないかな」
「ああそういえば、次のアルマ実習、セロルちゃんの説を実験してくるよ。まぁ特異個体出てくれないと話始まらないけど……怖いからアルマ行きたくないけどさ、守っててよ、エムジ」
動かないエムジに一日の報告をするのはここ最近のウチの日課だ。意味があるかと聞かれると特に無いが……エムジが生きてるみたいに接していないと、気が狂いそうなんだ。もういないなんて、考えたくなくて。
「……大丈夫、絶対、絶対データ直すから……」
しがみつき、決意を口にする。解ってる。口にする時点で、ほぼ無理だって解っちゃってるんだ。木っ端みじんになった家を、その家の素材だけで元に戻す? 新しく立て直した方が早い。
でもそれはエムジじゃない。間取りを同じにしても、エムジではない。少しずつ交換していくならテセウスの船現象も出来るだろうが、いきなり全とっかえでは意味がない。……なおウチはテセウスの船、どっちも本物と言い張れる派だ。ゆっくりパーツ交換していくことが前提だけどね。
そしてそのレベルで、ゆっくり交換するのも不可能なレベルで、エムジのデータ復旧は無理なのだと、ここ数日、調べれば調べるほどに解ってしまうのだ。テセウスの船すら再現できない程に。
「でも、諦めない。エムジは数億年待ったんだ。ウチだって、数億年研究してやる」
エムジは数千~数億年あの空間で待っていたと言っていた。最低数千年だとして、数千年はヱレームが来なかったという証拠だ。バニ様がエムジを発見したのもネブルの下方だし。
つまりネブルはまだまだ安全。もちろん特異個体の動き次第では変わるだろうが、エムジが数千~数億年待てたんだ。ウチだって待てるさ。待つだけじゃない。研究して、ウチが直してやる。
「……じゃあね、おやすみエムジ」
本当はエムジの部屋で夜を過ごしたいけど、住んでる部屋が変わったのが他の軍学徒にばれたら説明が厄介なので今まで住んでいた部屋に移動する。
偽の両親との思い出がしみ込んだ、感情を揺さぶられる部屋に。
「さてさて、今日も今日とて、やるべきことをやろうかね」
暗い部屋の中、ウチは端末を取り出し、とある番号にかける。しばらく呼び出し音がした後に、相手は眠そうな声で応答した。
「すみませんいつも《黎》にかけて。でもこっちもこの時間しか自由時間がなくて」
『────? ──────』
「あはは。だからすみませんって」
『────』
「ばれました?」
『──、────。────』
「すみませんすみません。お部屋もよごしちゃいましたしね。……でも、会ってよかったでしょ?」
『──。──、────、────────』
「その辺は追々一緒に考えましょうよ。まだ焦る必要も無い」
『──、────。────?』
「さっすが。その通りです。あーっでも進展はないかもしれないけど……」
『────?』
「アルマ行ってみないと解んないんですよ。まぁその際にウチが死んだら全てオジャンなんで、現状の情報共有だけしたいんですよね」
『────。────……──。────』
「じゃあその日に。でわでわおやすみなさいー♪」
『────。──』
「寝れるなら、ですけど」
『──。──。──────? ────……。──、────』
「はい。では」
ウチは端末を充電器に刺し、布団に横になった。眠る必要はないけど、この布団にいると落ち着く。偽の記憶だが、10年以上使い続けた部屋だ。
「次は、一ヵ月後のアルマ実習か」
やるべき事をやれ、シーエ。これ以上、悲しみを増やさないために。
『救世主は世界しか救わない』
本編ゼロマキナ一章全体の副題ですが、IF7話では言葉は同じでも意味が全く違います。
救世主とは、世界とは、IF√のシーエが決める選択を見届けて下さい。
※「テセウスの船」は有名なパラドックスです。気になる人はwikiを見て下さい。面白いですよ。
作中のシーエも、Deinoも、出来上がった船は本物と言い張るし、古いパーツで作った船も本物と言い張ります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%BB%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%88%B9




