IF7話-01 かりそめの日常
【軍学徒校 本棟第5講義室】
「──であるからして──なので──という──」
悪夢の事故から一週間、正確には事故収束から一週間、軍学徒校は再び動き出した。
軍学徒校だけではない。軍部も、ネブルの市民の生活も、元通りだ。自己や事件なんて当事者でなければ皆直ぐに忘れて自分の人生を歩みだす。そう、当事者でなければ。
「……」
教室の雰囲気は、お世辞にも明るいとは言えなかった。普段ふざけてた生徒も皆沈黙。そもそも出席している軍学徒の数が少ない。
(辞退のシステムがあるとはね)
教室には生き残りの軍学徒が全員いるかと思えば……実際にはその半数、20名程しかいない。
広い講義室が寂しさを強調する。心無しが教官の声も隅々まで届いて聞こえる。教官の声にも元気がない。
勉強不足なウチは軍学徒校のシステムに関して知らないことが多すぎる。入学時に志望進路を決め、以降は変更不可とはいえ、辞退や退学は可能だった。そりゃそうか。
あんな事件があったのだ。怖がった者、家族から反対された者、多くが街抗志願を辞退した。1年生に至っては半数以上が辞退したと聞く。街抗は、今年で終わりかもしれない。
(もっと餌を大きくしないとな)
多くの生徒が辞めたが、残った者もいる。彼等の志が高いのもそうだが……種族名誉や金にしがみつかざるを得ない者も多くいた。
街抗は民衆へのガス抜き。今後は支給される給与の額をさらに増やすなどしてガス抜き要因を増やすのだろう。
(ガス抜きはそれでいいとして、計画はどうなるか)
機都制圧。そのとてつもない目標には多数の人員がいる。いくらウチがバフとデバフを担当出来る兵器だとしても、そもそもの換装士の数が必要なのだ。バニ様も言ってたが、今の状態では集まるとは思わない。
(ウチを劇的にデビューさせて、皆の憧れにする案ねぇ)
葬儀の後、軍学徒校が再開する前に学長に話を聞く機会があった。状況は苦しいが、ウチの浄化端末としての力は逆に証明された訳だし、やりように寄っては注目はいくらでも集められるとの事だ。
ウチをスターにして、街抗志望者を増やし、機都制圧に乗り出すのだろう。
(乗せられた人は、その家族は、たまったもんじゃないな)
もちろん死の危険があるとは知らせるだろうが、それに賛同するのは大体は本人だ。家族は、大切な人は、残される人はどうなる。
キーンコーンカーンコーン
「と、丁度よい所で予鈴が鳴ったな。次回までに今回の箇所を復習してくるように」
「「はい」」
軍学徒達は各々ノートをたたみ、次の授業の準備をする。
「うーん。全然わかんなかった……シーエちゃん教えて……」
「しょうがないなミカヌーは。どこが解んなかった?」
「どこが解んないか解んない」
「……つら」
隣でうんうん言ってる親友は、以前にもまして勉学に励んでいる。エムジを直すというウチの目標を手伝おうと必死だ。
しかし、聞けば聞くほど勉学には向いて無いのでは? 今日の授業は基礎物理学とその応用夬衣守学。解り安い物理学をベースとした夬衣守への応用なのだが。
「何で走りながら物落としたら前に進むの? 弾速遅い武器だと引き撃ち? が効果薄いのは何で?」
「それは慣性の法則って言ってな。等速度運動って解る?」
「トウソクドウンドウ??」
「……ミカヌー。エムジ修理の際は力仕事たのむ」
「見捨てないでぇ!!」
「うぐは?! はい今ミカヌーのタックルでウチは飛び、ミカヌーは少し跳ね返りました。これが作用反作用!」
「??」
「人を吹っ飛ばしておいてよく解らん顔すんな!」
本来の体重はミカヌーの方が重いので、普通なら若干ミカヌーが押し切る形になるのだが……ウチは今強化外骨格。少し重量がかさんでいる。
まぁ身体測定でもない限りこれでバレる事は無いからバニ様から許しをもらってる訳だ。
ミカヌーはバニ様と共にエムジ修理を手伝ってくれてる。とはいっても勉学がこのポンコツ具合なので、専ら雑用なのだが……。ただハリガネ種は体が丈夫で筋力もあるため、雑用にはとても向いていた。バニ様も任期終了したら正式採用すると言ってくれてたし、金銭面も街抗よりは低いにしても、お母さん養うくらいは貰えるそうだ。
そもそもそのお母さんが街抗を反対してるので、この家はこれで丸く収まりそうだ。
「私はちゃんと頭良くなってエムジさん直すの!」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
「気持ちだけって何?! シーエちゃん私には無理って言いたいの!!」
「基礎物理と化学はせめて覚えてくれ」
でないとエムジを触る事すら出来ない。
でも、ミカヌーに支えられてるのは事実だ。エムジを失って、本来なら気が狂っててもおかしく無かったんだ。ウチがそうならなかったのはミカヌーのおかげ。もちろんバニ様のおかげも多分にあるが、ヤツは名誉研究室長。忙しい身だ。いつまでもウチに構って盛られない。
不安や後悔で気が狂いそうになるとき、ミカヌーは常にそばにいてくれた。誰かが側にいてくれるって、それだけで幸せだ。人と人は、いつもこうやって支え合って生きているのだ。ウチ人じゃないけど。
「ありがとな。ミカヌー」
「え、じゃあ私もエムジさんの修理参加していいの?!」
「それとこれとは別」
「ぶー」
ともかく、教室で雑談してても時間が過ぎるだけだし、次の授業に向かおうか。次は仮想訓練だったか?
* * *
「最近露出低い服着てるね?」
教室を移動する際にミカヌーから話題を振られる。
「ノーパンですが?」
「それはそうだけど……」
スカートをまくって中身を見せるも、ミカヌーに制止される。街抗志望側の廊下なんて、今の時期ほぼ誰もいないのに。
人がまばらな学内。死者、辞退者を合わせると100名以上が一気に学内からいなくなった形だ。廊下を歩く生徒も少ない。
もちろん陸羽科の生徒には影響は無いが、学んでる内容が違うため学食以外ではめったに出会わなわい。特に仮想訓練室へ向かう道ではその人の少なさを実感させられる。
(ミカヌーにも止めて欲しいけど、任務だからしょうがないよな)
次のアルマ行きの時はネブルにいてもらおう。正直ウチが動く上で心配&枷になるし、バニ様と学長もここは認めてくれるだろう。
どの道街抗落ちる予定なんだから。でもその場合は辞退になるのかな? ……次回のアルマ実習、たぶんだけど更に辞退者が出るだろうな。
(あぁそういえば)
思ったよりウチの風評は悪く無い。自分だけ逃げたから色々言われると思ったが……皆それどころでは無いんだろう。
人を責めてる余裕すらない。それほどの心的ショックを皆受けたのだ。それにウチの特殊能力は皆知らない。ウチが天馬に乗ったところで何も変わらないと思われてるに違いない。
【軍学徒校 仮想訓練室】
と、ミカヌーと話したり色々考えてる内に目的地へとたどり着いた。
「ヨロシク、皆」
「シーエさん」
「よ、よろしく……」
「……今度は逃げないでよ」
「ホントだよ。ごめんな」
班員と言葉を交わす。大半の軍学徒が亡くなったので、班は新しく決められた。残りが20人強しかいないから4班しか出来ないが、仮想訓練には逆に丁度良い。
訓練は10人が同時接続出来るので、二回に分けての訓練をし、結果を批評し合える。
ウチの新しい班員はウチ、ミカヌー、ヒナリア、轟鬼マナナ、ベンザ。
ヒナリアは故アラギと仲の良かった女子で、恐らくはアラギを好きだった娘だ。
轟鬼マナナは轟鬼五姉妹の一人だが……轟鬼家で軍学徒に残ったのは彼女だけだった。姉妹の一人を亡くし、長女が意気消沈。皆長女にくっつく形で軍学徒校を止めた。マナナだけが、現状に抗う形で席を残している。
ベンサさんは気の弱そうな言動の男性だが、中身はとてもしっかりしている街抗志望だ。セロルちゃんが発案したアルマでの天馬奪還計画の際も、力を貸すと申告した猛者だ。結局戦力を考慮して吏人、橙子、セロルちゃん、アラギの四人が作戦に向かったが……結果は知っての通り、全滅だ。ベンザは残って正解だったわけだ。
なお橙子にならい、早々にウチは敬語を止め、皆と打ち解ける様に努めた。さん付けもやめだ。
(ホントはお前を呼び捨てで呼びたかったよ、橙子……)
思ったところで過去は変わらないけど。
「ともかく、訓練に行こうか」
今日の訓練は悪夢の再現。バニ様が生き残りの軍学徒から聞いた情報を元に、タカ式とサソリ式を配置した地獄の再現。経験した軍学徒は気が気では無いだろう。
(ふるいにかける目的も、あるのかもな)
学長とは違い、バニ様は現実を見てる気がする。ここで残る様な精神の持ち主のみ、計画について来てほしいのだ。
ともかく、訓練の開始だ。今回はアルマと違い人数も10人だから、サソリ式の数は減っているが……タカ式はそのままだ。
全滅する事が前提の訓練。どれだけ長く生き残るか、アルマで似たような状況になった時にどう立ち回るか、それが課題だ。
(ペレットルミナス街抗換装士が傷をつけてくれた羽はそのまま再現されてるらしいな)
タカ式の動きは制限されている。しかし仮想空間内ではウチの逆電子汚染は使え無いし、実力のみの勝負だ。
(ミカヌーはまだアルマに行ってなかったな。あの地獄を味わってもらうか。過酷だけど)
ウチらはニューロンデバイスを露出し、訓練用の椅子に座る。さぁ、地獄の再現だ。
* * *
仮想空間とはいえ、アルマの光は綺麗だった。
本日の仮想訓練は先日の事故の再現。不測の事態にどう対応できるかも換装士には必要なスキルだ。皆恐怖を蒸し返されてつらいだろうが、こういう恐怖を克服しておかないとアルマでの活動など出来ないのだろう。
塹壕生き残り組から聞き取った情報を元に可能な限り正確に再現されたあの日の悪夢。足掻いてやろうじゃないか。
(仮想訓練だし、逃げるって選択肢は無いからな)
空間の構築が終わったので、敵の構築が開始される。そして
ビービービービー!!
直後、凄まじい数値、汚染度300という電子汚染値が強化網膜に表示される。実際にあの日アルマで観測した数値だ。こりゃ天馬もすぐに動かなくなる訳だ。
強化網膜には遠方から飛来するタカ式が見える。こいつに皆殺されたのか。吏人も、橙子、セロルちゃんも……。
「「着地するぞ! 皆回避を!!」」
各々が注意喚起するが、タカ式の速度が速すぎる。予測着陸地点の目途がただず、右往左往してる内にタカ式はその巨体をアルマの表面に接触させる。
「ぎゃあああああ」
何名かがその巨体にぶつかり、ポリゴンが霧散する。当日も似たようなことが起きたそうだ。現実ではポリゴンではなく肉塊になったのだが。
「うらああああ!」
そこへ故ペレットルミナス街抗換装士のポリゴンモデルが切りかかり、羽を攻撃。そのままポリゴンは消失し、サソリ式が現れる。さぁここからが本番だ。どれだけ生き残れるか。
状況はあの日ににている。ウチは、どれだけの命を守れるのだろう。
* * *
結果から言って戦績は酷いものだった。ウチ以外の訓練参加者は即死。ウチもボロボロになりながら奮闘したが、逆電子汚染の力がなければ多勢に無勢。サソリ式に串刺しにされて動きを制限され、最期はタカ式に葬られた。結局、終わりまで残ったのはウチだけだった。
結局誰も救えなかった。もちろんウチの逆電子汚染の力は使えないが、それは皆同じだ。皆生身でアルマに行っている。これが現実、これがアルマなのだ。
一機の大型相手にこのざまだ。いくらウチの逆電子汚染と変態宣誓という固有夬衣守があろうと、機都など攻略出来る気がしない。機都には数億のヱレームがいるんだぞ。大型も数えきれないほどいる。
(身近な班員すら守れない訳だしな)
実技一位の能力からか、結局最後までは生き残ったが、だからどうした。機都など責めれば死体が詰み上がるだけだ。
それにヱレームは通信手段を持っている。もし天馬やネブルの位置がばれたらそれこそネブル滅亡を早める。アルマ奪還計画は、破滅へ向かう計画なのではないか。
「まぁすぐにはあの状況は覆らないよ。私達も慌ててただけだもん。むしろ最後まで生き残ったシーエさんは流石だね。切り替えていこう」
ヒナリアが気を使って慰めてくれる。
「……逃げたくせに」
「マナナさん!」
同じ班員の轟鬼マナナには悪態をつかれる。彼女は姉妹を一人亡くしている。逃げたウチに反論の余地はない。けど
「……今度は逃げない。皆を守るよ。いや、全員で逃げるが正しいかな?」
小声でつぶやいた言葉はミカヌーにだけ聞こえたみたいで。
「……シーエちゃん?」
「大丈夫、無茶も命を使う事もしないから。ただちょっと策を練っててね」
誰も死なない、誰も不幸にならない、策を。
* * *
「アラギくんとは、友達だったんだ」
教室を移動中、ヒナリアが話しかけて来た。ウチは逃げたというのに、彼女はウチを批判しなかった。
「本当は、好きだったの。口は悪いし、乱暴だし、全然気は使えなけど」
「ホントな……」
ウチも偽人間時代の記憶を参照するが、粗暴な性格の不良と言った感じの軍学徒だった。しかし
「でも、芯は強かった。あの日も、少ない可能性にかけて、私達を助けるために天馬にむかって……」
塹壕で生き残った組からは色んな話を聞いた。簡潔にまとめると、逃げたは良いがその先は袋小路、マナとアラギが喧嘩になり、セロルちゃんが仲裁したらしい。
(あの口下手なセロルちゃんが……勇気出したんだな)
マナナが言うには天馬はネブル側から強制降下が可能らしい。汚染の濃度が強かったので結局それは叶わなかったが、ともかく異変を察知して天馬が下りてくれれば救助が来てくれるだろうと。それまでの辛抱だと。
しかしこれに異を唱えたのがアラギ。天馬が下りるまでは解る。しかし、救助に来た街抗達は自分達、塹壕組の事を知らない。どうやって見つけてもらうのかと。
マナナは天馬付近で待つ案を出したが、そんなもの自殺しに行くようなものだ。だって天馬付近はタカ式とサソリ式の巣窟だ。街抗換装士であるペレットルミナス氏もやられている。つまり、積み。
この状況をめぐって、感情的になるマナナと冷静に自分たちは終わったと論じるアラギとで対立が起きた。
(アラギ、口は悪いけどリアリストで、頭の回転もいいよな)
ヒナリアは、そんなアラギが好きだったんだろう。
「口論になってたふたりを、セロルさんが止めて……そして、起死回生の案を発案したの」
この案にはウチもバニ様も度肝を抜かれた。
セロルちゃんが言うには、ネットワーク端子とはアルマに偏在しているものではなく、特定のヱレーム、仮呼びで《特異端末》という特殊なヱレームが発生させているのでは? という仮説だった。
確かに、その仮説が正しいならエムジが言ってたクロムシェルに入ってくるヱレームにも説明が付く。自分でネットワーク端子を出せるのだから、クロムシェルに阻まれてても活動可能だ。
(ウチはそのタイプのヱレームなのだろうか?)
ヱレームはネットワーク端子を摂取しないと活動出来ない。そしてヱレームの大半は機都周辺にいる。機都周辺では膨大な数値の電子汚染を観測できる。
セロルちゃんの仮説はこうだ。電子汚染=ネットワーク端子であり、機都はそれを放出しているのだ。だから通常の、自身でネットワーク端子を発生させられないヱレームは機都周辺に群がる。
いやそれも正確ではない。機都にはネットワーク端子を放出するヱレームが複数存在する、というのがセロルちゃんの仮説だ。
あの日のアルマでの事件、先に現れたのはタカ式だったそうだ。そしてそれと共にとてつもない300とかいう電子汚染を観測した。
タカ式が特異端末なら、ネットワーク端子を放出してても、そして端子と電子汚染が同じものなら、異常な数値を叩き出してもおかしくはない。
周りのサソリ式はタカ式が放出する端子に群がる形で出現したのだ。
(だとしたらウチがアルマに行った日、タカ式いないのにウチにサソリ式が群がったのは少し謎だけど)
性質は別として、ウチの逆電子汚染、これもネットワーク端子なのだとしたらヱレームが寄ってきても不思議では無いが。彼等にとっては毒ではあるが、酸素には違いない。この辺はアルマ実習の際に実験せねば。
(アルマには行きたくないけど、大切な人を守るために確認しなきゃいけない事はあるしな……)
何回かは行くしかあるまい。
「セロルさんが、あんなアイデアを言わなければ……」
目の前のヒナリアは震えていた。思考にふけっている間に相手の事を観察してなかった様だ。
「ヒナリア……」
「塹壕には水と食料があった。全部使いきっちゃったけど、でも六日目に救護は来た。あの四人も外になんか出ないで、塹壕でじっとしてれば、皆助かったのに」
四人とは第九班、吏人、橙子、セロルちゃん、そしてセロルちゃんの案に賛同したアラギの事だ。
自分たちはこの塹壕で息絶えると豪語し、マナナと争っていたアラギだが、セロルちゃんがヱレームに対する仮説を唱えるや否や、その案に便乗。天馬奪還に向かったとの事だ。
『無駄な努力はごめんだが、勝機がわずかでもある悪あがきなら、俺は望むとこだ。いいぜセロルティア、お前のか細い推論にも満たないお伽話みたいな都市伝説、乗ってやる』
アラギの言葉だそうだ。それまでずっと「俺らは終わった」と場の空気を下げていたのに。
(ひねくれものの癖に、どうしてそこは芯が強いんだよ、アラギ)
お前を好いてくれている人が、ここにいるのに。
まぁアラギは直前にハルカさんを失っている。天馬ドッグで仲良く話していた班員だ。身近な人を失って、正常な思考が出来る訳が無い。
セロルちゃんの考えでは、タカ式さえ倒せば他は何とかなるとの事だった。タカ式は特異端末。ネットワーク端子を発生させるヱレーム。故にタカ式さえ破壊すればネットワーク端子の発生源が無くなり、サソリ式は行動不能になるか機都の方に向かと。
少なくとも行動にキレが無くなるとの推測だ。
そうなればあとは天馬に向かい、救助を待てる。限りなく成功率が低い作戦ではあるが、零ではない。アラギはこの案に乗ったのだ。
(現にたまたまウチがアルマに行って、天馬を浄化しなかったら塹壕組も全滅だったからな)
アラギのチャレンジ、セロルちゃんの案はその時点では最善だったのだ。アラギ達の遺体が塹壕組の発見を早めたのも事実。彼等の死は無駄では無かった。無かったけど、だからと言って失った命が帰って来る事は無い。
「ごめん。訓練であの光景をおもいだしちゃって、セロルさんはシーエさんの班員なのに」
「いいよ。誰だって大切な人の死は、受け入れられないものだからさ」
なぁ、エムジ、父さん、母さん、穴の皆。そうだよね。
「庭園にお水、毎日あげてるんだって?」
「……セロルちゃんとの、約束だからさ」
「ごめん。それ、たしかアラギ君の担当だったよね……私も行きたいんだけど、心の整理がつかなくて」
「だからいいって。水やりしてもアラギが喜ぶとも思わないし。アラギが喜ぶこと、してあげてよ」
「……うん。そうだね。そうだよね。アラギ君が喜ぶこと……何だろ、一緒にいたのにわかんないな」
ヒナリアは少し貯めて──
「何も解んない。解んないよ。だってもう答えてくれないんだもん。お話出来ないもん。聞きたい事、沢山あったのに。声が、もう聴けないよ……」
「……」
ウチは泣きそうになる。ダメだろ今泣いたら。泣きたいのはヒナリアだ。ウチは感情移入してるだけだ。
「会いたいよ、アラギ君……何で、何であんな危険な作戦になんて……」
セロルちゃんを責めているのだろうか。いいや違う。ウチも似たような気持ちだから解る。これは……
「何で私は、アラギ君を止められなかったの?」
自分への、後悔だ。ずっとずっと離れない、呪いだ。
「セロルさんの案を聞いた時、私も行ける気がして、乗っちゃったの。これで私たちは助かるって、そう思って。でもアラギ君が戦力を考慮して私をはずして……。私が浮かれず必死に止めてれば、もしかしたらアラギ君は残ってくれたかもしれない。生きてたかもしれない。私が止めてれば……」
「ヒナリア……」
思考のドツボにはまるヒナリアの手を握り、ウチは少しでも彼女を落ち着かせようとする。機械の腕だけど、バニ様の設計のおかげで体温がある。スキンシップはストレスに効くと聞く。彼女の心を、少しでもかるくしてあげたい。
「アラギ君の事、もっと知りたかった。私の事も、もっと知って欲しかった」
「そうだな」
「私、アラギ君が好きだったんだ。好きだったんだよ。でも、一度も伝えて無くて、言葉にしないと伝わらないのに、伝えて無くて。言いたかったよ。好きだって。伝えたかったよ。アラギ君……アラギ君……」
「……アラギには、伝わってたんじゃないかな?」
「え?」
「戦力的にってヒナリアを除外したのはアラギなんでしょ? 守りたかったんじゃないかな。君を。大切な人を」
アラギの内心は解らないが、話を聞く限り非情な男には見えない。多くの班員に慕われてるし。なら、その可能性は十分あるよな。
「そんな……」
「それにさ、もし伝わって無かったら、伝えていこう? これから。天国にいる、アラギにさ?」
「天国?」
「そう、天国。絶対アイツ、見てくれてるはずだから」
そんな保障、どこにもないけどさ。
「ヒナリアが毎日、共同墓地に行ってるの、ウチ知ってるから」
「……!」
葬儀の後に出来た墓地。墓標にはそれぞれの名前が記載されているが、本人の遺骨が入ってるかは正直わからない。でも、あの場に、あの地面の中に全員いるんだ。
ウチも時間があれば第九班や玲ちゃんに祈りをささげている。
「届いてるよ。絶対」
届いてると、いいな。天国があると、いいな。
「うぅ……うぅぅ……」
泣き崩れるヒナリアを、ウチは抱きしめる。そんな資格はないけど、生きてる人の負担を少しでも軽くしてあげたい。ウチにそれが出来るなら、やれることはやるさ。
(アラギ、もし天国にいるならさ、天国があるならさ、ヒナリアを守ってよ)
1ヵ月後は再びアルマ実習がある。ここに残った街抗志望の人間は、何人かは直前に辞退するだろうが、少なくともヒナリアは違う気がする。好きな人を、アルマを目指す人を亡くしてるから。
ヒナリアにも死んでほしくないけど、街抗が必要なのも事実だ。客寄せパンダとしてだけど、無いと困る。そしてそのためには志望する人間が必要だ。今残ってる軍学徒は街抗にとって貴重な資源なんだ。それは街抗に限らず、陸羽を含めた軍全体の。
だから、もう誰も死なず、平和に卒業させてくれ。アラギ、頼むよ。
願うだけならタダだ。いつも好き勝手やってたろ? お前なら任せられるよな? アラギ。お前を好きな人の事を、悲しませないでくれ。
* * *
「アラギの事、私全然知らなかった」
「ウチも良くはしらないさ。でも、誰にだって大切な人がいて、誰かがその人を愛してる」
ウチはミカヌーと並び、バニ様の研究室を目指す。本日の授業は終わり、時刻は夕方に差し掛かり、《黎》になっていた。研究室へ向かう廊下には人は存在しない。
軍学徒の授業は夕食の後もあるので、いつものエムジ修理はそのあと、正直それから研究室に向かうのは生身の人間であるミカヌーには大変だろうが……彼女は付いて来てくれる。ウチはそれだけで、とても救われている。
ここ数日の日課は授業後研究室からの帰りに庭園に水やりして、お別れする事だ。いつか、ヒナリアがセロルちゃんを許せる日が来ると良いな。
「アラギ口悪いからさ、アタシの種族やお母さんの悪口言ってたし、いつか殺すって思ってた」
「めっちゃ物騒な言葉でるなミカヌー。まぁ身内の悪口言われて腹立つのは解るけど」
アラギはとにかく口が悪かった。差別発言なんてやさしいもので、ウチら劣等生は常に馬鹿にされてたな。
夕食は班ごとに行う。この話題を食事の席で発さなかったのはヒナリアに気を使ったからか。
「でも、ヒナリアさんは違った。アラギを好きだった。人間て、よく解らないね」
「人間のミカヌーが言うか? 機械のウチならいざしらず」
「あはは。私からしたらシーエちゃんの方がよっぽど人っぽいよ」
「せやろか?」
少なくとも頭痛後は機械みが増した気がするけど。
「私は、とても醜いんだ。私さ、アラギ死んで良かったって思っちゃってるんだ。ヒナリアさん、あんなに悲しんでたのに……。ざまぁみろって、ハリガネ種の悪口言ったバチが当たったんだって、そんな風に思って……いけないって解ってるのに、悲しんでる人がいるのに、思っちゃって……」
「ミカヌー……」
話ながらうつむくミカヌー。
「誰かが誰かを愛してる。でも誰かが誰かを憎んでる。人間の関係ってそんなもんでしょ。ミカヌーが言われた悪口は事実。ミカヌーがアラギ嫌いでもそれは悪い事じゃないよ。悲しむヒナリアみて気持ちを変えようと努力してるなら、それだけでミカヌーはえらいよ」
「でも」
「気持ちの整理なんてすぐには出来ない。それでこそ人間だよ。機械のウチだって出来ないんだから、それでいいんだ。いつか、時間が解決するよ」
「そう……かな」
「そうだよ。ミカヌーは醜くない」
エムジを失ってからまだ1ヶ月も経ってない。ミカヌーやバニ様といないとき、一人でいる時は寂しさでどうにかなりそうだ。
でも、でもこの悲しさが無くなって欲しくないと思う自分もいて。この悲しみは、この喪失感はエムジへの愛の証だ。時が解決する。それは人間の間で良く言われている解決法だ。実際人間は生きるのが目的だから、ストレスをずっと抱えるのは精神的にも体調的にも宜しくない。悲しみも怒りも、時間と共に押し流していしまう。
でもウチは失いたくない。エムジへの愛を、悲しみを、喪失感を。数億年、ウチはこの気持ちを持ち続けられるのだろうか。あの日の夜のエムジの声を、温もりを、覚えていられるだろうか。
ずっとずっと、苦しんでいたい。泣き叫んでいたい。もだえ苦しんでいたい。時が全てを押し流す前に。
だから、その前に、可能な限りエムジを直す。
ミカヌーと話しながら歩く事数十分、ウチらは目的の研究室へとたどり着いた。




