IF6話-06 ウチがすべき事
【翌日早朝 葬儀の1日前】
ほぼ徹夜でバニ様と話したウチは、一旦自分の部屋に向かって歩いていた。今のウチには睡魔は無いが、バニ様は今日からフルスロットルで仕事だ。悪い事したな。時刻は早朝。まだ大規模紫外線照射装置が機動していない時間だ。廊下に人通りはなく、《黎》の雰囲気が抜けていない。
そんな明け方の空気の中をウチが向かったのが──
(セロルちゃん、おまたせ)
セロルちゃんと約束をした庭園だった。あの約束以来、ウチはまだ水をあげられていない。本当は二人で上げる予定だった水。友達になれるはずだった、二人の空間。
セロルちゃんの死は、通信で告げられた。セロルちゃんだけではない。吏人班全員の死が、確定してしまった。
生存者はいたらしいが、吏人班は全滅していた。詳しい状況はまだ解らない。街抗達が救出作業を続けているそうだ。本来なら一軍学徒のウチにはまだこの情報は降りてこないが、バニ様経由で知ることが出来た。出来てしまった。
もう、二度と、会えないのか。
吏人にも、橙子にも、──セロルちゃんにも。
仲良くなれそうだった。皆良い奴だった。皆とそれぞれ、約束してたのに……
『アルマ実習が終わって時間できたらさ、もっと深く悠久文献について語ろうぜ』
『実習から帰ってきたら、橙子と──そう呼んでもらえませんか?』
『明日から一緒に水やりしてもいいかな?』
ウチがいれば救えたかもしれない命。それを、ウチは、見捨てた。
「せめて、セロルちゃんの約束だけでも……」
と、庭園に足を踏み入れた所で気が付く。奥の椅子、木に隠れた位置に誰か腰かけてる。
「……ミカヌー?」
ミカヌーが寝ていた。ジョウロ片手に。何でここで?
花を見てみると湿り気が。昨夜学長達と別れた後、水やりをしてくれて……そのまま寝た? 何故?
と、眠る親友の姿を観察してたら「あーシーエちゃんふみゃふみゃ」とミカヌーが目を覚ました。
「おはよ。どしたミカヌー、こんなとこで寝て」
「んー? あ! 凄い! シーエちゃん直ってる!!! 良かった!」
「声がでかい!! ウチが機械って事は秘密なんだから、押さえて!」
まぁ「直った」だけでウチが機械と思う人間はいないだろうけど。とりあえずウチは小声で耳打ちした。
「ご、ごめん。でもよかったぁ。安心したぁ……」
「心配してくれてありがと。でも何でここで寝てたん?」
「んー、わざわざここで寝てたっていうより、安心して気が抜けちゃっただけかな? てへ」
「てへて……風邪ひくぞ? でも、そっか」
安心して気が抜けた。たぶん、ミカヌーはウチが帰るまでの五日間、不安で寝れなかったのだろう。それがウチが返って来た事で、緊張の糸が切れたと。ウチも逆の立場なら似たような状態だろうな。
「お花にお水あげててさ、ちょっと腰かけようと思ったら……そのまま寝ちゃってたみたい」
「毎日水あげてくれてたんだって? ありがとな、ミカヌー」
「えへへ。シーエちゃんの頼みなら私は喜んで聞くよ!」
えっへんと胸を張るミカヌー。たわわな胸の主張が激しい。ので
「えい」
「きゃぁ?!」
鷲掴みにして揉みしだく。数日振りのミカヌーへのセクハラ。……数日しか経ってないのに、とても長い時間が経った気がするな。前にセクハラしたのは、頭痛前だっけか。
「シーエちゃん!」
ミカヌーはぷりぷり怒ってる。まったく可愛いなぁ。
「いやーそんなに立派に主張されたら、揉まない方が失礼だって。ミカヌーのお胸様は喜んでるよ」
「どういう理屈?!」
アルマ出発前みたいなやり取りをする二人。最初にこの楽しい雰囲気を止めたのは、ウチだった。
「……セロルちゃん、亡くなったって」
「……!」
絶句するミカヌー。そうだよな。数日前まで一緒にいた人が、死んだんだ。ネブルにいると事故や病気以外でそんな経験はそう無い。それこそ、知り合いが換装士でもない限り。
「まだ詳しくはわからないけど、吏人班は全滅だって」
「そんな……」
「アルマは、地獄だったよ」
脳裏に過る、肉塊と機械の残骸の集団。あんな場所が、目指すべき場所な訳、あるか。
「シーエちゃん」
暗い顔をするウチに、ミカヌーはあえて明るく装い、声をかけてくれる。
「今夜から一緒に、お花に水あげよう」
「……うん」
「二人で、セロルティアさんのお友達、守って行こう」
「……うん」
「だから……泣かないで、ね」
「うん。ありがとう、ミカヌー。……ごめん。セロルちゃん。ごめん。ごめん」
ウチはミカヌーに抱き着きながら、ひたすら三人に謝り続けた。
* * *
その後、ミカヌーの提案でウチらはゾゾ家に挨拶に行った。ミカヌーのお母さんの反応やハリガネ種の生活は葬儀の時の回想の通りだ。今は割愛させてもらおう。
軍学徒校はしばらく休校。実家でゆっくりするかとおばさんには提案されたけど、ウチは葬儀に出たかったから軍学徒校のある第一居住区までその日のうちに帰って来た。ミカヌーも勿論いっしょに。
そして《黎》に約束通り一緒に水をあげ、ウチはミカヌーと別れた。
(計画が進むのなら、ウチは今まで通りの生活をしないとな)
躰はかなり便利になったが、だからと言って無茶は出来ない。《黎》になったら自室にもどり、じっとしてるべきだ。
幸い整理しなきゃいけない情報は山ほどあるし、知るべきネブルの知識もある。タブレットを読み漁ろう。
──エムジと同じ強化外骨格。この躰は本当に便利で、解り安く機械機械していた。記憶ドライブの保存容量が凄い。暗記系の問題なら一発で記憶を参照できる。容量オーバーか破損しない限りは記憶が消える事も無い。
(まぁ参照出来るだけで、真に身に着くかは別問題だけど)
本やタブレットの情報もそのテキストがそのまま記録されるだけで、内容を理解したりそこから何かを推理したりするにはしっかり読み込まないといけない。
(記憶のコピペとか出来ないのは何でなんだろうな? ウチが見たものそのまま出力出来たら便利なのに……一々ビデオを接続しておかないと保存が出来ない)
この仕様はバニ様にも謎らしい。ウチやエムジの人格情報の特性なのだろうか?
(ビデオは正常に動いてるね)
アルマにてエムジから拝借したビデオレコーダー。しっかり機能してるし、再生もできる。こっちのデータはコピーも可能なので、帰ったらタブレットに移しておこう。……やりたい事があるんだ。
「……あ」
と、いつもの通り思考しながら自室に向かって廊下を歩いていた際、あの部屋の前に差し掛かる。『探索浙江機 充電室』。エムジが使っていた、寝床だ。
「エムジ……」
だめだ、また、涙が……
七日前、この部屋の前でエムジと会話をした。馬鹿な会話だった。いつも通りの、ウチとエムジの会話だった。あの日が最後になるなんて。もうエムジと話せないなんて、思って無くて。
「……ただいま、エムジ」
ウチはエムジの部屋に入る。あの日の朝と同じく、鍵がかかってない部屋。あの朝、エムジがいなかったのはウチを守るために天馬にいたからなんだな。直前のバニ様の研究所で、あの攻撃用外骨格の調整をしておいて、ウチと別れた後にバニ様と合流し、体を乗り換えた。何で機械なのに、人格や記憶のコピーが出来ないんだろうな。乗り換えしか出来ないと、バニ様は言っていた。コピーが出来れば、アルマでのエムジは壊れても、エムジそのものは消えないのに。
……そして、躰を乗り換えたということは、人型の躰はいまだ健在という事で。
「エムジ……」
部屋の中央に、静かに目をつぶり、エムジは座っていた。
バニ様が運んだのだろうか。部屋の奥で椅子に座り目をつぶるエムジは、まるで眠っている様に見えた。
「エムジ……」
名前を呼ぶも反応しない。触っても冷たい。駆動してないから、発熱機構が機能していないのだろう。バニ様特性人工皮膚の質感も相まって、まるで死人みたいだ。
そうえいば、エムジの皮膚は生きてないのだろうか。クロムシェルでアロイジウスに襲われた時も、皮膚から血が流れてなかった。
ウチの皮膚は違う。より人間ぽくふるまえる様に人工の細胞で覆われている。これはバニ様開発の技術なのか、医療用の技術流用なのかは解らないが、ウチの躰は生きた細胞によっておおわれている。よってウチが電源を切ったとしてもそこそこ暖かいのだが……
「エムジは、冷たいままか」
ウチもエムジと同じになりたいな。どこまでもどこまでも、同じ存在になりたい。計画に一通り蹴りが付いた、ウチが機械としてネブルに認められたら、この生体細胞も取ってもらおうか。
試しに自分の腕を強くひっかいてみる。皮膚に傷がつき、赤い液体がプツプツと浮き上がる。脳内には『負傷』のアラートが鳴っていて、もう痛みを感じる事は無い。
「ウチの躰は暖かいのにな」
人に擬態するための機能だ。本来は体温なんて必要無い。この血だって、イミテーションだ。エムジの躰とは違う。傷だって、いつの間にか治ってしまう。
「いつかエムジを、ウチが直すからな」
それには途方もなく長い時間がかかるだろうが、それでも、ウチは決意する。大好きな人の使っていた躰の前で、誓う。
「今度はウチが寂しい想いをする番だ。大丈夫、エムジは耐えたんだ。ウチも耐えられる。だから安心して、見守ってて」
少しでもエムジに安心して欲しくて、幸せになって欲しくて、ウチは話しかける。壊れた機械に話しかけても意味無いんだろうけど、修理しないと特に意味の無い行為なんだろうけど、変に人間としての記憶を植え付けられたからか、この部屋にエムジの霊がいる気がしてしかたがないんだ。
死者に語り掛ける文化は、どの集落にもある。エムジが普通の死者と違うのは、復活の可能性がある事。それがどんなに絶望的な確率だろうが、人との違いがそこにある。
天国は信じたい。穴の住人達と会いたい。吏人、橙子、セロルちゃんとまた会いたい。両親は、もう無理だけど……
でも天国に縋る前に、まだウチにはやれることがある。エムジを失いきって無いはずだ。エムジは耐えた。ウチだって、望みに賭けて耐えてやるさ。
「あ、そだ」
ウチは躰に接続しっぱなしだったビデオレコーダオを取り外す。
「この端子をタブレットに繋いで、と」
軍学徒様に配られたタブレットにレコーダを繋げば、ウチの視界を通して録画した映像が観覧できる。念のためタブレットはオフラインにして、エムジの隣に座る。
「んーとここは飛ばしていいな」
アルマでヱレームを倒すウチの映像は今はいらんのでシークバーを早送りする。
「お、あったあった。フィラメンタ内のウチの視界もちゃんと録画出来てるのか。便利だな」
タブレットには、ウチが見た映像が映っていた。視点が少し泳いでるので画面はぶれてるが、バニ様が「機密だから渡せない」と言ってた映像がそこに。
「エムジ、こんな必死にウチ守ってくれてたんだな」
バニ様と学長に対し、必死にウチを守るエムジ。ウチが目覚めて、涙を流すエムジ。ウチが敬語を使って悲しそうにするエムジ。ウチが元の性格に近くなって行って嬉しそうなエムジ。ウチが記憶を消すと言って、絶望を顔にはりつけたエムジ。クロムシェルで襲ってくるヱレームから、必死にウチを守ろうとしてた七日前のエムジ。
「エムジ、ありがとうな。大好きだよ」
寄りかかるも、うんともすんとも言わない。わかってる。人格情報はいまこの躰には無く、研究所ドッグの壊れた躰の中にあるんだから。
「……接続」
ウチは小声で呟き、意識を集中する。すると……
「おお」
網膜にフィラメンタと表示され、現実世界に虹色のポリゴンが構築されていく。どうやらフィラメンタなる空間に自由に出入り出来る様になったみたいだ。
この事実は実はバニ様と話し終わった後に個人的に確認した。今は半分アクセスしてる状態で、本格的に中に潜ると現実世界のウチは活動を停止したみたいに倒れる。
この空間が何なのかまだ解らないが、イリーガルターミナルという単語をフィラメンタ内と、アロイジウスから言われた事実から、何かしらヱレームに関係がある空間なんだろう。アルマからほど遠いネブルでの使用は可能だが、今後軍学徒の実習でアルマに行く際は使用を慎重に検討した方が良いだろう。
得られる情報も多いだろうが、もしヱレーム達の情報網にアクセスして位置バレでもしたら、袋叩きに会いかねない。
第二基底研究室からここまで帰る際、戦闘用エムジが置いてあるラボにも寄って、エムジの人格情報にアクセスして来た。……結果は、何も無かった。データは空っぽ。完全なる故障。でもだからって、諦めてたまるか。
「……」
ウチはエムジの部屋を見渡す。
『探索浙江機 充電室』と書かれているだけあり、そこらじゅうで機械が主張をしている。もちろんエムジの人型外骨格もだが、中にデータは無い。
「知ってたけどさ……」
少しは期待してた。エムジの残滓が残っているのではと。データをサルベージできないかと。無い物は、無いけれども。
「ねぇ、エムジは今どこにいるの?」
隣にいるエムジの躰は答えてくれない。
こんなにもエムジの存在は残っているのに、データは、魂は、ここには無くて……。
「こんな苦痛を、お前は数億年も味わってたんだな」
解決するかも解らない、絶望の時間を、気が遠くなるほどの壮大な時間を、たった一人で。
「ごめんね、一人にして……ごめんねぇ……」
縋りついて泣くも、全てが遅い。復活してからの三年、記憶を新しく入れてからの一年、エムジに何かしてあげる事は十分可能だったはずだ。エムジの為を思って活動する事は出来たはずなんだ。それなのにウチは、自分の事ばかり優先して、あげく計画にのせられ、再びエムジを悲しいめに合わせた。
「ずっと一緒に、バカやってたかったよな」
映像の中、エムジはウチと下らないやり取りをしながら笑っていた。たぶん、ずっと待っていた時間がそこにはあったんだ。ウチとエムジが一緒に戦っていた時代、ウチが救世主と呼ばれていた時代、その名残が、あの時間に。
「最期の会話はさ、楽しかったか? なぁ、エムジ」
あの夜。アルマ出発前の夜、ウチとエムジはいつも通りくだらないやり取りをして遊んだ。ウチにとってあの日常は、何よりも幸せな時間だったけど……エムジにとってもそうだったのだろうか。あれが最期の会話で、エムジは幸せだったのだろうか。いくら考えた所で、ウチには解らない。
エムジの躰を抱きしめる。頬擦りをする。ふだんならこんなこと、絶対に怒られるのに……怒ってよ、ねぇエムジ、ウチを殴ってよ、いつもみたいに。ウチを投げ飛ばしてよ、あの夜みたいに。
「大好き。大好きだよ、エムジ」
生きてる内に何度も言った言葉。たぶん、届いているだろう。
ふと、エムジの唇が眼に止まる。キスしたいな、なんて思う。これはウチが人の記憶を入れられてるからかな? 人間の恋愛行為に興味を持つのは。でも映像内のウチも変態的動きをしてた。これはウチの本能なのだろうか。
ネブルに来る前、バニ様と会う前はエムジは完全に機械の見た目だった。ウチもかなりカスタマイズされた変な躰だったから、互いに恋愛感情は有ったのだろうか? でも不思議と、この人型のエムジはそれはそれでしっくり来た。偽の記憶があるからかもしれないけど、もしかしたら過去どこかのタイミングでエムジは人型だったのかもしれない。
「キスしたら、怒られるよな」
怒られたいんだ。ウチはエムジに怒られたい。だからキスはお預け。動かないエムジにするなんて、ズルいもんな。ウチがしっかり修理して、そして、正々堂々と申し込む。
「だから、やる事をやれ、シーエ」
感傷にふけるのは、今は止めだ。だからせめて
「これくらい、許してよ。な」
エムジの頬に口づけをした。大好きな人の頬は、冷たく固かった。
* * *
ウチは依然フィラメンタと現実の境目にいる。光ってる機械はいくつもあるが、ウチはある一つの機械に注目する。
「タブレットも光っているな」
ウチは試しにビデオレコーダーを抜き、オンラインにする。そしてそのままタブレットにアクセスしてみた。意識を失っても倒れない様に、エムジにもたれかかりながら。
「おお」
すんなりとタブレットの中に入れた。これは第二基底研究室と同じ状態かな。って事は現実のウチは今意識を失って、エムジの横で寝てる状態か。
(ウチもこのまま、エムジの横で死ねたら……)
ダメだ。何を考えてるんだシーエ。お前が死んだら悲しむ人がいるだろ。やるべき事をやれ。エムジがいない数億年を耐える義務が、お前にはある。
「データを……」
タブレットによって取得できるデータはすべて観覧可能だ。ただ観覧に現実と同じ時間を消費するので、これをフィラメンタ内で行うメリットは少ない。
「問題はここからだな」
ネットが繋がってはいるが、ロックされている箇所。軍部の中心部や正統血種達のデータバンク、普段ならアクセス方法すらないデータへと扉が、目の前にいくつも存在していた。
「ネットが繋がってれば、タブレット経由で情報にアクセスできるのか」
計画のデータみたいに完全オフラインのものはフィラメンタ内からはアクセス出来ないが、そうでない物には潜ることが出来るらしい。とはいえ機密情報には厳重なロックがかかってるか開けれらるかは別問題だけど。
「仮に開けたとして、開けられたって事実は残るだろうしな。ここは必要に迫られるまでほっておこう」
扉を可視化できると知れただけでも大きな収穫だ。いつか使うかもしれない。
「とりあえず、今は取得可能な範囲で、必要な情報を集めるか」
手で操作するよりも直感的にデータの検索等が出来るので、もしかしたら少し便利かもしれない。フィラメンタ。現実の躰が無防備になるので多用は控えるべきだろうが。
ウチはエムジの部屋に入ってから数時間、ネブルの情勢を中心にデータ収集を行った。計画によってネブルの民は幸せになるのか、その判断の為に。
「街に接続してるクロムシェルの穴の数、民衆の不満度合い、十七委員会含めた政治的思想……」
必要な情報は沢山ある。
「仮に計画が失敗して、中途半端にアルマへの夢を民衆に与え、希望を断つ道と……現在のガス抜きを続ける道……」
どっちの方が、夢見る民衆には幸せだろうか。また、ウチというヱレームに対抗できる規格外の兵器。これの適切な運用方法は本当に機都制圧なのか。
「ネブルの人口、街抗志願者の数、その家族や大切な人の数。機都攻略はどれほど現実的だ?」
学長の計画が全てうまく行ったとして、ネブルの全面的な協力があったとして、ほんとに機都攻略は可能なのか。
「機都の現在解ってる情報……数億のヱレーム、莫大な電子汚染」
ウチの逆電子汚染をバニ様開発の変態宣誓で拡散すれば、理論上は電子汚染を抑えられるらしい。そうなれば陸羽は使ってるミサイル等の通常兵器もアルマで使用可能になるらしいが……その程度で億のヱレーム相手に何か出来るのだろうか。
「エムジは、もういない」
感傷にふけるためではなく、戦力としての考慮。エムジは高性能AIだ。ウチという逆電子汚染を持つ機械と共になら、無類の強さを発揮してヱレームを蹴散らせるだろう。実際エムジはクロムシェル内で数億年も戦ってきたのだ。たぶん、破壊されたウチは意識こそないものの、電子汚染への対抗機能は生きていたのだろう。
歴戦の猛者であるエムジ、彼の不在は計画進行に多大な影響を及ぼすのではないか。
「保守派と革新派の比率……」
民衆のアンケートは参考にならない。上層部の意見を聞かないと。
「……」
ウチはフィラメンタから出て、立ち上がる。とりあえず直近でやるべき事はこれかな。
「エムジ、ウチ、やるよ。頑張るから、見ててね」
最愛の人に誓い、ウチは部屋を出る。エムジは終始、眠った様だった。今は、安らかに寝ててくれ。いつかウチが起こすその時まで。
* * *
深夜の自室。ウチはタブレットをオンラインにして、電話を掛ける。
プルルルル──プルルルル──
暗い部屋の中、呼び出し音は空しく響く。時刻は25時を回っている。流石に寝てるだろうか。と、7回ほど呼び出し音が響いたのち、相手は通話に出てくれた。
「ども。夜分遅くすみません。起きてました?」
『──? ──』
「ごめんなさい。いやーアナタが恋しくなっちゃって。近いうちに会えません?」
『────? ──。……──? ──』
「あぁ、ウチが逃げた話知ってたんですね……。いやーお恥ずかしい。どうせ喜々として調べてたんでしょう」
『────。──。──。──。──。──? ────』
「最悪ですね。最悪だからこそ、アナタに会わなくてはいけない」
『──。──』
「……察せないですか?」
『……──、────」
「はい」
『──、────。────』
「はい」
『────、──────?』
「流石、その通りです」
『……──、────』
「有り難うございます。明日って……もう日付変わっちゃってますけど、葬儀の《黎》って事で大丈夫です?」
『──。──────』
「いえいえ、ややこしっすよねそのへん。ではその日に」
プツリ。プープー……
通話は滞りなく終了した。明日は……もう明日じゃないけど、朝になったら葬儀に行って、夜は約束のイベントだ。
ウチは寝る必要も無いのに布団に入り、いもしない両親の写真に向かって「お休み」と言う。
眠る必要が無い躰だからか、もう悪夢は見なかった。
IF7話以降は週一くらいでの執筆になります。




