IF6話-03 エムジ
「エムジちゃんも記憶喪失のはずなのよ」
バニ様は扉のテープをはがしつつ話す。
「詳しくは中で話すけど、本人はそう言ってたわ」
「アイツ何でもかんでも隠すな」
こっそりウチを助けに来たりとかさ。知ってれば、ウチは天馬から逃げなかったのに。
たら、れば、もし……考えても意味の無い事だとは知ってる。でも、どうしても考えてしまう。まだエムジと別れてから六日しか経ってない。エムジの死を確認してからは数時間しか。
もしウチが天馬から逃げなかったら、エムジは無事だったろうか。その上でミカヌーも吏人も橙子もセロルちゃんも皆失わなくて済む道はあったのだろうか。ウチが自分を救世主だと認識してれば少しは事態は変わったのではないか?
「バニ様、ウチが救世主だってウチに隠してたの、やむを得ない理由があったんだよな?」
「もちろんよ。でも──」
バニ様は振り返らず、しかし動きを止めて答える。
「話していたら、ヒミツにせず計画を進めていたらって、考えずにはいられないわ」
「……ごめん、意地悪な質問して」
「いいのよ。アタシなんかと比べ物にならないくらい、アナタはつらいはずなんだから」
バニ様も後悔している。未来を見通せる力なんて誰も持ってない。誰もが、その場その場の選択を手探りで選んで生きている。ウチの計画も、きっとこんなイレギュラーが無ければ偽の記憶を植え付けるのが最善作だったんだ。
(前例の無い、天馬周辺へのヱレームの襲撃……)
何故おこったのだろうか。あの惨劇は何故。過ちを繰り返さないためにも、ヱレームの事はもっと詳しく知っておいた方が良い。危険が無い範囲で。
(英語の件も気になるしな)
とわいえ、アルマに赴いて調査とかは正直論外だ。ウチは軍学徒としてふるまわないといけないらしいから、何回かはアルマに行くだろうが……誰があんな危険な空間で調査するよ。
ウチが死んだらミカヌーが悲しむ。それは避けなくてはなならない。
(生きるとか死ぬとかいう言葉使うのも変だけど……)
でも使い勝手がいいから活動してる状態を生きてると呼ばせてもらおう。しかし機械なのに、人格やデータのコピーって出来ないんだな……。映像や音声等のデータがコピー出来るんだから、エムジをバックアップしておけば……でもなぜだろうか、なんとなく、無理な気がしている。
ただの機械データと、ウチやエムジは何かが違う。ウチの意味記憶が、バックアップは無理と伝えてくる。機械の癖に不便な……。
(あ、そろそろ入れるか?)
バニ様はテープをはがし終え、「どうぞ」と言って扉の中へウチを招待した。テープ、丁寧にはがすな……技術屋の几帳面さの表れか? バニ様らしいや。
薄暗い部屋だった。何だここ? 生活空間? ベッドあるし、誰かの部屋? ウチはてっきり研究室を想像してたんだけど……。
見た所数年単位で使われてない。キッチンらしき洗面台に置かれたマグカップには、カビが生えていた。誰かがここで生活していたのだ。
「よいしょ」
バニ様が電気をつける。上品にともる光は先ほどまでの殺風景な廊下と違い、温かみを感じさせてくれる。人が暮らす空間、照明だった。
部屋はそこそこ広いみたいで、点灯に伴いその全貌が見えてくる。台所の奥には研究デスク。その隣にニューロンデバイス接続装置? そして、最も奥、そこに……
「あ……」
ボロボロの機械だ。このパーツは、ヱレーム? 幾重にもヱレームの残骸を繋ぎ合わせて無理やり作られた巨大な機械がそこにいた。
どこもかしこも破壊され、焼け焦げ、穴だらけで……長い戦闘の歴史を彷彿させる。ヱレームを繋いだ雑な作りだから、ではない。繋いだ上から傷をつけられ、それを更に繋いで修復し、また傷をつけられ……そうして、ここに至る。その場しのぎを繰り返して結果的に出来上がった、躰。懐かしい、躰。大好きな、躰。
「エムジ……」
わかった。一目で解ってしまった。これはエムジだ。ネブルに来る前のエムジが使っていた躰。ウチは、彼とずっと一緒に、クロムシェルの中を逃げ回ってて……。
「エムジぃ……」
表面に触れる。ピクリとも動かない、冷たい。
「ごめん、ごめんねぇ……」
あぁそうだ。そうだよ。少しだけど、思い出した。ウチは彼と一緒に逃げる上で多くの集落をめぐり、様々な人と出会い、別れ、そして、そして……
ヱレームに破壊され、長い眠りについた。
どれくらいの月日だったのだろう。破壊されたウチは恐らく、意識を失ったままエムジに守られ、ネブルに着いたのだ。
ずっと、ずっとその間、エムジは一人で、ウチを守ってくれて……。
「ごめんね。一人にして、ごめんね。寂しい想いをさせて、ごめんね……」
抱き着いて泣くウチを、バニ様は静かに見守っていてくれた。
そうして数分が過ぎて後──
「があっ??!」
再び、激しい頭痛がウチを襲った。
「シーエちゃん?!」
慌ててバニ様が駆けつけてくる。マジか、まだあるのか、この頭痛。通算四度目だぞ。
「例の、頭痛だよ……救世主時代の記憶や能力に関わる……だから大丈夫。ちょっと気を失うだろうけど」
「ちょ、ちょっとってどのくらいよ?! 大丈夫なの?!」
「たぶん……ああでも、もし数日レベルで意識が戻らなかったら修理して……」
「え?! シーエちゃん! ちょっと、ちょっと!!」
バニ様が心配してくれてるが、頭痛が激しく声が遠のく。そして次第に視界が虹色に明滅し、網膜に『Filamenta』と表示が。またか。
虹色の空間は現実と重なって見える。アルマの時と違い元々あったというより、その場で今いる部屋と同じ様に空間が構築されていく感覚。仮想訓練の演習開始に近い演出だななんて思う。ウチの目が部屋を3Dスキャンしているのだろうか。
その中で、ひときわ光る光が──
(ニューロンデバイス接続装置?)
そこから線があっちこっちに伸びているように見える。これがもしヱレームの通信網なら、そして機械を電子汚染させるのがヱレームなのだとしたら、機械を認識しててもおかしくない。そして、この部屋は生活空間のため、機械らしい機械はニューロンデバイス接続装置しかない。だから、そこだけが発光する。
(でもウチは、機械を電子汚染させない)
むしろヱレームを電子汚染させる存在だ。なら、ウチがこの頭痛状態で機械に触れるとどうなるのか。折角だ。どうせまた気を失う。その前に触れておこう。
これが本来はヱレームの通信網という仮説が正しければ、ウチはヱレーム以外の機械とこの空間で通信できるはずなのだ。仮説の上の仮説だから、立証の可能性は低いけど。
修理された左手を接続装置に伸ばした所で、ウチの意識は途絶えた。
* * *
.
..
...
....
.....
......
意識が戻る。しかし、肉体は起きていない。ウチは依然、極彩色の空間にいた。
「フィラメンタ……」
知らない英単語だ。フィラメントなら知っているが……。造語だろうか?
果ても終わりもない不可思議な空間には幾重にも映像が漂い、生まれては消えを繰り返している。同じフィラメンタでも、ここはさっきの部屋ではない。映像──データが漂ってる事から、ニューロンデバイスを介した記憶ドライブの中か?
誕生と消滅。繰り返し、繰り返し、繰り返す、断片的な映像が、迫り来る。これはきっと回想ではない。第三者の記録である。サムネイルにはウチやエムジの顔が映っている。偽りの記憶には無い、ウチらのシーンが。
「アクセス権を、得たのかな? あの接続端末から」
だとしたら仮説は立証だろうか? ともあれ。
「見せてもらおうか」
たぶん、バニ様が自身で説明しようとしていた、計画の真実を。
* * *
「驚いたわ……」
──おそらく小型カメラで録られた映像だろう。画質が悪い。
ジャケットの胸ポケットに刺したボールペンの先端か、あるいは洋服そのものに仕込んであるのか、ヒトリディアムの胸元程度の高さで固定された映像は、慌ただしい雰囲気のなか開始される。
風景から察するに撮影場所はネブルではない。腐朽しきった壁に囲まれ、光源は手元のライトだけ。クロムシェルの未開拓階層路のどこかだろう。
「まさか……ネブルの更に下方、しかも500階層圏内で、こんな発見をするなんて。百年前の回帰機構の大移動の影響で生じた亀裂を、辿ってみた甲斐があったわ」
声は撮影者のものだ。……バニ様かな。カメラに顔が映ってないので断定はできないが、口調から恐らくバニ様だ。
撮影者は自らの記録に正確な情報を残すために、敢えてわざとらしく状況説明を口にしている様子だった。
わざと言葉に情報を混ぜている──ということは、撮影を悟られたくない存在いるのだ。目の前に。
『寄るな人どもがッ!!!』
(……!!)
轟っと唸るような怒声が通路一体を揺らし、映像に波が入る。ウチはその声を聴くだけで泣きそうになる。
「落ち着いて、私は確かにヒトリディアムよ。けれど、貴方の敵になるつもりはないわ」
『黙れッ!! 下らない戯れ言を吐くなッ!』
「驚いた……貴方本当に……意思の疎通が図れるの……? ……中に人が入ってました、なんてオチは無いわよね……?」
撮影者が照らす懐中電灯の光が、会話相手を照らしだす。
照らしだされた向こうには──巨大な機械獣が横たわっていた。
『一歩でも前に出るならば喰い殺すぞッ!!』
竜の嘶きにも似た叫びと共に、電磁波でも放っているのか、この台詞を最後に映像は闇に飲まれ、完全に沈んでしまう。
* * *
次いで映像は、直前と比べ遥かに鮮明な画質に切り替わる。
三脚などに固定されているであろうアングルには、黒い糸が巻きつけられた女性の尻が映っていた。
「……ふふっ。真屡丹……産み出す才能に溢れた奴だと、軍学徒校時代から評価してあげてたけど……終いには嘘から真まで産んでしまったか?」
「ちょっと景織子ちゃん。そこ立たないで。カメラカメラ、おしりの後ろ」
「ん、悪いわね」
女性の尻は映像から外れ、小広い研究室然とした部屋──そして佇む機械獣、エムジが映し出される。
『おい、その雌はなんだ兎。俺はお前以外信用したつもりはない、さっさと俺の視界から消さないと喰い殺すぞ』
「ねぇ真屡丹、このヱレーム、喋るどころか歌うじゃないか? 次は踊ってヨサクでも口ずさんでくれるのか、だとしたら流石に面白い、笑ってやるぞ」
『さえずるな人がッ!』
「待って待って二人とも。──ねぇ001。この目つき悪い子はアタシの幼なじみ、御劔景織子ちゃん。アタシがネブルでたった一人信用できる人よ。私の半身、家族と言っても良い。信頼できるわ」
『んなこと知った事かッ!』
「……っ」
『敵が何処にいるかわかんねぇんだよ! 《シーエ》にもしもの事があってみろッ! 殺すだけじゃすまさねぇぞッ!!!』
(……エムジッ!!)
映像を見ながらウチは泣いていた。フィラメンタなる仮想世界? だからか、涙は直ぐに霧散する。
必死に、ウチを守っている。抱いている。怯えた子供みたいな声で、エムジが叫んでいる。
「……。……ねぇ001。言い難いのだけれど、貴方が胸に抱きしめて、ずっと守ってきたその電子端末……よく見て、目を背けないで、直視して……もうそうとう老朽化しているでしょ? 損小具合も半端じゃない。人で言えば瀕死の大怪我よ。一秒でも早くデータを移さないと……いえ、移したところでもう無事かどうか……保証はしかねる」
『そ、そんな、ゆ、許されるわけねぇだろッ!!』
「……」
『俺が一体どれだけッどれだけ待っていたと思ってやがるッ、何万年かッ何億年かッ! ずっとッ! ダメになってましたで……すま、済まねぇに決まってんだろッ!! なぁッ! 《シーエ》はどうなるんだよッ! 俺は約束したんだよッ!!』
エムジの怒号は、まるで泣き声だった。何億年レベルかよ。そんな途方もない時間、ウチはエムジを一人にしてしまったのか。エムジはその間、ずっと一人でウチを守っていたのか。
「……最善は尽くす。その電子端末に保存された《人格情報》に、アタシも興味がある。だからアタシの誇りにかけて、リカバリーをする。だから駄々をこねないで」
『……ぅ。……』
「景織子ちゃんはね、軍への影響力がある子だから、研究所の安全面を考慮して呼んだの。先手を打って味方にしたほうが、研究室の護りを固く出来る。邪魔者を事前にに排除しやすい。実益を取りましょう、どうかしら?」
『……。……』
「時間がないわよ?」
『……。……分かった。……だから……だから本当に……頼むぞ……頼むぞッ』
「ええ、任せて。アタシにできなければ──この世で出来るヒトリディアムなんていないわよ」
縋るエムジに、バニ様は力強く答えた。
* * *
映像が切り替わる。
「記憶領域の大部分が挫傷しているわね……」
宙につるされたウチの躰。先ほどエムジが抱いていた、ボロボロの躰。それが僅かに駆動を開始している。
「ごめんなさい、アタシも治療には最善を尽くしたんだけど。損傷が激しすぎるわ」
「じゃあこいつは……シーエは……何も覚えてないのか……?」
この世の終わりでも体現したかのような声色で呟くエムジ。エムジの姿は見慣れた人型になっていた。そのエムジが、見た事も無い様なつらそうな表情で、バニ様の言葉を聞いている。
聞いてるだけで悲しくなってくる。エムジが、悲しんでいる。
「何も覚えていない、っていうのは違うわよ。誤解というより、語弊だわ。翻ってアタシの言い方が悪かったのかしらね。いいかしら? 記憶領域の大部分が損傷してるんじゃなくて──いち部分の脳だけは損傷せず残っている、と。アタシは言っているのよ」
「……つまり?」
「あれほどの大怪我をしたのよ? 死なずに済んだだけで奇跡なのに、ちょっとだろうと記憶が無事に残ってるなんて、奇跡以外の何物でもないわ」
「……なら、俺とのことは覚えているのか?」
縋るエムジ。こんな弱々しい彼、見たことが無い。ウチは彼にとって、どれほど大事な存在だったのだろう。
「そうガッツカないの、結論を急いてはダメよ。──まずいいかしら? 記憶領域には種類が有るの。大雑把に分けると二つ、【手続き記憶】と【宣言記憶】。そのうち【宣言記憶】が今回の問題よ」
バニ様はエムジに言い聞かせるように、ゆっくりとウチの状態を説明していく。
「この【宣言記憶】はさらに踏み込むと《エピソード記憶》と《意味記憶》に分けられるわ。《エピソード記憶》っていうのは日時と出来事が結びついた記憶で、いつどこで私は何をしたって文字通りエピソードが詰まった記憶。《意味記憶》っていうのは日時に関連付けない記憶、むしろ情報に近いかしら。水を飲まないと喉が渇く、とかいう経験から得た知識記憶ね」
それは、ゆっくりとした死刑宣告にも聞こえて……
「シーエちゃんは《エピソード記憶》がほぼ全損、《意味記憶》が半壊って感じかしらね。だから、アナタと過ごしてきた日々は──もう全部忘れてしまってるわ」
「……」
エムジは震え、力を失い、地面に膝をついた。ダメだなウチは。本当に、エムジを悲しませてばかりだ。本当に……
「諦めなさい。シーエちゃんの味方は貴方だけだったのかもしれないけど、シーエちゃんの家族は貴方だけだったのかもしれないけれど──シーエちゃんからしてみたら、貴方はもう味方でも家族でもなんでもない。『ただの』見ず知らずの男性よ」
バニ様の声は今と比べ冷たく響く。そういえばアルマでの通信の際に言ってたっけ、ウチらと過ごすうちに家族と思うようになったって。エムジと出会って日の浅いこのころのバニ様は、ただの研究者だ。
「ん? おい。シーエ?」
バニ様との問答に集中していたエムジは、ウチが機動を開始している事実にここで初めて気が付く。
「目を覚ましたのか?」
先ほどまで絶望してエムジは──
「意識が……戻ったんだな」
涙を流しながら──
「……良かった。……本当に……良かった……」
目の前で喜び、ウチを抱きしめた。何も覚えてないウチを、記憶を無くしたウチを、それでも必要としていた。
* * *
次の映像に切り替わる。
部屋に置かれた木の椅子には、──少女がちょこんと座っていた。洋服はバニ様のセンスか、フリルが誂えられたお人形さんのような格好だった。ウチだ。今の姿のウチがそこにいる。
「さぁさぁ、002。自己紹介してみてちょうだい」
「自己紹介……って言われましても……」
ウチは何処か挙動不審に、瞳を左右に振っている。
「覚えてること、なんでもいいのよ。貴方は誰、何処からきたの?」
「……。……ごめんなさい……わからないです……何も」
「ふむ、わからないのね。なら気分はどう?」
「気分……? って……なんですか?」
「ふぅ。ならもう、人格移植してから一週間経つけれど、そろそろ外骨格には慣れたかしら? 動けて幸せかしら? ていうか機械って幸せって感じることある? 悲しいってわかる? ねぇねぇ」
「ひぃ……」
「ねぇってば、教えてちょうだいよねぇ」
「じゃかしいっ!」
今度は画面の端からエムジが現れ、バニ様に飛び蹴りをかました。
「すおぶる痛いわよ!」
「そうだろうな蹴ったんだからよ。いいか真屡丹、研究に協力してやるって言ったがなぁ、限度を弁えねぇと尻の穴にダイナマイトぶち込んで火つけるぞ」
エムジの様子は直前の映像に比べると元気そうで、どこか幸せそうだった。
「なによ! あなた過保護すぎるわ! ……はっ、もしや001、あなた……『恋心』って感情わかるかしら?」
「探究心丸出しの顔で聞くな。恋も愛も俺にゃわからん。だが怒りはよく分かるな。今すぐ新型人爆弾の開発をしたいっつう、この『想い』の名なんだろうってな」
「開発は爆発だ、ってわけね」
「……えへへ」
「あれ?! 今、002が、笑ったわっ! ちょ、ちゃんとカメラ記録してるわよね?!」
笑うウチを見たエムジの顔は、直前の怒り顔と打って変わって泣きそうだった。
* * *
映像は、違う時間、同じ場所で再開する。
テーブルで本を読むウチと、キッチンに向かうエムジの姿だ。
「ねぇ、エムジさん。たまにはウチが料理作りましょうか?」
敬語でエムジに話すウチ。本当に、全て忘れてしまったのだろう。意味記憶も半壊と言っていた。気分の意味すら解って無かったし。英語、等の情報を思い出してる今のウチは意味記憶をドンドン取り戻してる状態か。
「……。……はぁ、言いたいことが二、三ある。まず一つ、料理だけはやめておけ。壊滅的にセンスがない」
「そうですか……迷惑ですよね。ごめんなさいエムジさん。もっと色々、ネブルのこと勉強してから出直しますね」
本には『アルミドラージ種でもわかる―ぽかぽか家庭料理―』と書いてあった。……ぽかぽかと書いてるのにナチュラルに種族差別してるあたりにネブルらしさを感じる。
「……、次に二つ目。俺のことを『さん』づけで呼ぶな。気色悪い」
いらだってる風の発言をしているが、その言葉の意味が、ウチには凄く悲しく聞こえる。……さん付け。ウチの会話の特性だ。"初対面や距離の遠い人"に対して、ウチが使う敬称だ。つまりこの時点のウチにとって、エムジはまだ他人。その事実が、どれほどエムジを傷つけているのか、先ほどまでの映像を見たウチには容易に想像できる。
「え、でも……エムジさんはエムジさんですし。その、こんな優しくしてくれる人に『さん』付けしないなんて」
「……」
ウチが言葉を連ねる度に、エムジの瞳には影が差す。
「それに、起きてからのことだけじゃないんです。ちゃんとは覚えてないんですけど、時折思い出すんです。いえ、夢を見るんです。『昔』のことを」
「……おい……本当か」
「はい。夢の中のウチは、ずっとエムジさんに、守られてました。エムジさんは……ずっと戦ってました。ウチを守ってくれてました。きっと幾千年も幾億年も前から。ウチはきっと、エムジさんと一緒だったと。だからそんな恩があるエムジさんを呼び捨てなんて……」
「はぁ。……いいか、なら恩ロボからの命令だ、よく聞け。三つ目だ。敬語を使うな、丁寧にかしこまるな、腹が立つ」
「……。……でも」
「……。……頼む」
映像を見るウチはずっと泣いてるのに、何度も更に泣くポイントがやって来る。あのエムジが、ウチに暴言ばかり吐く暴力亭主が、弱々しく、ウチに願う。
大切な人を何千年、何万年、何億年、時間の計算ができなくなるくらいの期間一人で守り続け、やっと会えると思ったら、その人は自分を忘れている。態度までよそよそしくなって、他人として喋りかけてくる。
悲しすぎるよ。そんなの、つらすぎる。ごめん、ごめんエムジ。ウチはエムジに笑ってて欲しいんだよ。悲しませたく何かないのに……。
「……。……分かりま……分かった」
映像の中のウチは、困った様にエムジの頼みを聞く。流石に察したのだろう。全てでは無いだろうが、自分が敬語を使う事で彼を傷つけると。
「……」
「エムジ。ウチが旨い料理作れるようになったら、食ってくれな」
「……。……ああ、覚悟しておくよ」
「えへへ、あれですね。なんか、しっくり来るかもしれません。エムジ。エムジ、エムジ♪」
「……」
ウチがエムジと呼ぶたびに、エムジは嬉しくて泣きそうな顔をする。エムジ、お前にとってウチは、そんなに大事な存在だったんだな。本来なら嬉しいのに。エムジから大事に想われてるって、喜べるのに。今はもう、全てが遅くて……
「なに泣きそうになってるのよ、うふふ」
「……って、おい真屡丹?! お前、ずっとカメラ回してたのかよ」
「うふふ、気にしなくていいわよ。もっとイチャイチャしなさちょちょちょ包丁はだめ死ぬ死んじゃうアタシは有機生命体だから死んじゃァァ──」
バニ様がちゃかしに入る。あぁ、何か、ウチが知ってる空間だ。偽りの記憶でも、実際に有った1年でもよく見た、バニ様とエムジの攻防。
殺されそうになりながら逃げるバニ様の顔は、とても楽しそうだった。
* * *
映像と日付が切り替わる。少し日付が経過していた。
映像はソファに寝そべるエムジに、ウチが飛び込みをかました瞬間から始まる。
「なぁエムジ! ウチ凄い発見しちまったよ!」
「死ねよ」
「会話の先制攻撃だと?!」
「そりゃ先手必殺だからな」
やり取りが普段のウチらに似てる。六日前の夜の、ウチらに。もう再現することが出来ない会話を繰り広げる、目の前の二人。
「一投目から殺す気で投げるなよ。やだよそんな殺伐としたキャッチボール。怖すぎるよ」
「寧ろデッドボールを食らわして退場願いたい」
「倦厭か?! ヘーイヘイヘイ、へーイヘイ! ピーッチャーっビビってるぅ!」
「耳元でうるせいぇなぁ……もういいわ……」
「えへへー」
「で、何だよ凄い発見って」
「シックスセンスとセックスセンス、六感と折檻って両方似てね?」
「えい」
「ぐばぁっ?! ……おま……おま……少女の鳩尾に比類なき鋭さで手刀だと……」
自分を少女と主張するあたり、ベース人格……頭痛前のウチに似ている気がする。この時点でのウチに穴の記憶は無いだろう。気楽な、夢見る少女がそこにはいた。そしてそんな少女を攻撃しつつも、楽しそうなエムジも。先ほどまでの映像とは、打って変わって活き活きしてるエムジも。
……ウチは、エムジを好きになったのか。記憶を失っても、再び、エムジを。エムジ、喜んでくれてるかな? 数億年レベルの長い時間待たされて、ウチが復活して、もう一度で会えて、良かったって……。
──そんな事、考えなくても彼の顔を見れば一目で解ってしまう。ウチはエムジにとてつもない悲しみも追わせたが、同時に幸せも運んだのだ。エムジに幸せな時間があった。それだけで、ただそれだけで、ウチの心は少し満たされる。涙はずっと、止まらないけどさ。
「は? 女が何処にいんだよ」
「まさぐれ! ついてないだろ!」
「その前にパンツ履けよ」
「パンツハケヨ? ドウイウイミデスカ……? シーエワカラナイ」
「なんだろな。育て方を間違えた親の気分を味わってる」
「子は親を見て育つんだよ」
「そうね、確かにシーエちゃんの言葉遣い、貴方に似てるわよね」
「……真屡丹ぃ……また盗撮してやがったな」
バニ様の姿は見えないが声だけは聞こえる。盗撮と言うに隠し持ったカメラで撮っているのだろう。
「記録よ、記録。大切な記録」
「言葉遣いが似てるのは認めてやるが、この巫山戯た性癖だけは断じて違う。この変態は自家製だ」
「むしろウチは自家発電? 燃料はエムジ?」
「おっと手が滑った」
「正確無比な目潰しと何を間違えたんだグボァー!?」
かしゃこん、とウチの頭が胴体から外れる。どうやらこの時点での躰では、頭は着脱式可能になっているようだ。
……この人格、ちょっと頭痛前のウチとも違う? 攻撃されることに腹を立てていたウチとも、違う気がする。攻撃される事自体を楽しんでいる、今のウチに近い。
穴の記憶は無いのに、変態性やエムジとの関係性は今のウチに近い?
「え? 目玉を刳り抜くつもりだっただけだけど?」
「バニ様ぁーエムジがいぢめるー」
まるでデュラハンのように、ウチの胴体は頭部を抱え走りだす。遠隔操作機能があるのかこの時の躰。便利じゃん。
──しかし、映像のウチは自分が機械である事を受け入れている。当然と言えば当然だが……。人間の記憶を植え付けられたウチが、むしろ性格が変わった? 危機感は頭痛で手に入れたけど、本来の人格は今に近かったのか?
「寄らないでファッション思春期。変態が伝染るわ」
「バニ様ももっと変態になればいいぞー、変態ビーム」
「きゃー、私までノーパンにさせられるわ」
「ふふふー、分かってないなバニ様は。ウチだけがノーパンなのに悦びがあるんだろ。なんつーかな、晒す悦び、みたいな? もし世界中の皆がノーパンなっちゃったら、ウチは生きていけないね」
「……ねぇエムジちゃん。この子の人格って、もともとなの……?」
「……さあな、もう覚えてねーよ」
「まぁ、けど人格情報は一応女性っぽいから外骨格も女性用にしたけれど……本当に不思議ね……もう暮らし始めて二年になるけど、ますますヒトリディアムにしか見えないわ……」
「何いってんだ? ウチはエムジとおんなじアンドロイドですぜ! 変態アンドロイドですぜ!」
やはりウチは機械であることを受け入れている……どころか、誇りに思ってる? 今のウチはただ受け入れてるだけだから、少し違う。本当のベース人格は、目の間のウチなのだろう。
「子孫繁栄なきアンドロイドの変態は、何処からくるのか……哲学的ね。もっと記録に残さないと」
バニ様の疑問はごもっともだ。アンドロイド……ネブルでは聞かない単語だが、知性を持つ機械の事だ。ウチはいったい何のために作られた? 生殖行為を行えない機械が変態である意味とは。
「ふふ、しょーがないなー、なら映していいぞバニ様てか映せ……ハァハァ……後世に残そうずハァハァ……カメラでウチのヴァギ」
「見せんな阿呆が」
「あ痛ぇ」
ウチがエムジに殴られた時点でこの映像は終わる。こんなやり取りを、ずっとお前としたかったよ、エムジ……
* * *
次の映像に切り替わる。
食後だろうか? 食休みでテーブルに突っ伏しているエムジの傍ら、裸エプロン姿のウチが机に転がる謎の装置を指で突いている。
「ねーねー、エムジ、これなんぞー?」
「んあ、御劔が置いてきやがった『ナントカ計測器』だよ。電子汚染されきって使い物になんなくなったらしーぜ」
「へー、よくわかんねーけど、まだ動くじゃん」
「ん、へ?」
「──ちょ、は?! 待って002!」
撮影者のバニ様が驚き、カメラそっちのけで走り出す。学術的に驚きがあると識別名称に呼称が変わってたのか当時のバニ様は。……もしかして今も?
「え、なに?? ごめんバニ様……ウチ興味本位で……触って……」
「う、嘘……電子汚染が……消えてる……」
ここで、初めて電子汚染浄化の現象を観測したのだろう。
* * *
次の映像に切り替わる。
薄暗い部屋、重々しい空気、机を囲む二機と二人。
「そろそろ……話してくれてもいいんじゃないかしら、001。貴方と、002は何者なのか……何処からきたのか」
バニ様が口火をきった。
「……ヱレームは、俺とシーエを狙っている」
「……狙う? あの殺戮機械が……? なぜ?」
「……シーエは、奴等を破壊する《唯一の鍵》だからだ」
「……唯一の鍵?」
ヱレームを停止させる機能の事を言っているのだろう。
「ああそうだ……。……奴等は執念深い……あらゆる手で、俺らを探そうとしている……クロムシェル内部も徐々に奴等の活動区域になりつつあるからな……ネブルまで到達するのも、時間の問題だろう」
エムジの発言から察するに、エムジ視点でもヱレームはクロムシェルには元々入れなかったのだろう。それがジワジワ入れるようになって来たと。
「ちょ、ちょ……待ってよ、話が散漫としてるわ……。一から確認するけど、ヱレームには……意志があるの?」
「分からない……」
「分からないって……。なら、ヱレームたちがクロムシェル内部にまで、活動域を伸ばしてるのは本当なの? なんであなたはソレを知ってるの?」
「すまん、なぜ知ってるかは分からない……」
「……」
……? 何か歯切れ悪いな、エムジ。
「だが事実だ。既にクロムシェル内部で、俺は奴等と殺しあいを続けてきている……もっとも、奴等も未だクロムシェルの全域で活動なんてできないようだが……出来るようになる日がきたら、終わりだろうな……この世の何処にも、安全な場所なんてなくなっちまう……」
「……信じろっていうの?」
「……信じるかどうかは任せる。だが今更、お前らに隠すつもりはないから本音で語っているつもりだ。だが俺もシーエも、殆ど覚えちゃいないんだよ」
「記憶にございません、か。ふふ、ねぇエムジ、貴方、政治家に向いてるんじゃないかしら?」
「おいおい止めろ御剣、嘘じゃないんだ。断片的な記憶が散らばってるだけで、整合性がないのは自分でも理解している。けど気がつきゃ、俺とシーエはヱレームどもに追われていた。シーエの外骨格は破壊されちまったのも覚えてる、途中から仕方なく電子端末で保存したのも……で、いつからか俺はずっと、あの階層で待っていた」
何億年も、一人で……
「アタシみたいな話のわかる天才技術者が来るのを、ね。まぁ、あれだけ記憶領域が錆びついていれば、記憶データが破損してても不思議じゃないかしらね。ふふ……やっぱり救世主はいるものね」
バニ様が言ってたエムジが記憶喪失ってのはコレか。しかしエムジは英語が読めた。全てを話してる訳ではない? 今は議題に上がって無いからか? しかしヱレームが思考してるかは知らない様だ。ここで嘘をつくメリットも見当たらない……。何だこれどうなってる??
英語はヱレーム由来の言葉だと思っていたが、違うのか? エムジも意味記憶だけ部分的に保持してて、英語が読めた? でもヱレームが喋るとは知らなかった? 単に数億年の時間の中でヱレームの会話記憶だけ失って、英語って概念を覚えてただけか?
……というかそもそも、何でエムジは最初、バニ様に出会った最初、普通に会話出来てたんだ???
よくよく考えればおかしい。クロムシェルの各集落では言語が違う。のに、エムジとバニ様は全く問題なくコミュニケーションを行った。日本語で。……日本語って何だ? これらの言語の由来はどこだ?
ウチが思考する間にも、映像は容赦なく進む。
「自画自賛が過ぎるわよ、真屡丹」
「あら、アタシが救世主だって言ってるんじゃないわよ。そこのシーエちゃんが『救世主』だっていってるの」
これはウチの推測と同じものだ。
「へぇ。つまりだ、真屡丹。貴方が考えた解釈は正しかった、そういいたいわけかしら」
「そう、なるわね」
「どういう意味だ、御劔」
「簡単な話よ、エムジ。真屡丹はね『救世主伝説』を信じているの」
「それは貴方もでしょ」
「昔の話よ。けれど貴方は今もでしょう? 『人の心を持つ機械』という『救世主伝説』は、予言ではなく理論なんだと解釈し。『人に匹敵する人格情報』を制作するプロセスに、ヱレームどもをブチ殺すシステムが隠されているのだろうと予測した」
「なるほどな」
……ん? これはウチの推理と違うというか、別のアプローチだ。ウチのは逆説、ウチにヱレームを鎮静化する能力があり、かつ躰が機械であり、さらに救世主伝説を信じる記憶を植え付けられているという状況証拠から、自分が悠久文献に出てくる救世主という存在であると予測した。自分が救世主として複数の集落を回っていれば、胸に空いた無数の穴の説明もつくし、ネブルでは得る事の出来ない意味記憶を知ってる理由にもなる。
しかしこれはウチの体験を元にした推理であり、ウチという証拠があって成り立つもの。バニ様はウチを見つける前から救世主伝説に仮説を立てていたのか。
ウチの考えはバニ様の次の言葉で確証に変わる。
「けど、完璧な人格情報なんて作れなかったわ。どれもこれも拙いロボットの延長線。原理的に不可能だって思った、人に匹敵する人格情報なんて作れないって──貴方達に出会うまでは」
バニ様は仮説を立て、救世主を探すのではなく救世主を作ろうとした? 機械に人の心を持たせれば、それが対ヱレームの兵器になるだろうと。悠久文献の記述は逆なのだろうと。……いや解るけど、割と突拍子もないな。人格情報とヱレーム無効化能力──仮に《逆電子汚染》とでも呼ぼうか──が紐づいている? ならエムジは電子汚染されないはずだ。ウチがされなかったんだし。
まぁ、バニ様のはあくまで仮説。外れたという事なのだろう。実際はウチが各集落を回って人を守った事が、そのまま悠久文献に載っただけ。たぶん。確証は無いけど。
「シーエが救世主……か。くはっ笑える」
エムジは側でウチを見てたんじゃないのか? 他の集落の情報は覚えてないのだろうか。……何億年と一人でじっと待ってたと言ってたな。記憶が飛んでても不思議は無いか。
「だが、事態は笑えないわよエムジ。ネブルにもいずれ、ヱレームが襲来する日が来る、ということよね?」
「いずれは、な……。十年後か、百年後か、はたまた一億年後か──或いは今日か」
「だがしかし、その日はくる、と」
「そうだ」
……その日は、来る。これは確実だろう。エムジはクロムシェル内で戦っていたと言ってた。あのボロボロの躰はそれが真実だと物語ってる。
それに六日前、クロムシェル内で出会ったヱレーム。実際、動いていた。いつかは、ヱレームはネブルにやって来るのだろう。
「なら十全に恐怖ね、濡れそうだわ。災厄は起こりうる、ネブルの安全神話が崩れたのだもの。これは尋常ならざる悪夢だわ」
「悪夢にしちゃ、顔が笑ってるぞ」
──ウチはその笑顔に、寒気がした。
「くはっ……なぁに、女って生き物はね、生き方を肯定されると喜ぶようにできているのよ。30近くもなるとどうもだめだね、おだてにも弱くなる」
御劔学長は笑顔を崩さないまま、続ける。……何で笑える? ネブルが危険と知って、人々に危機が迫る可能性を知って、何で笑えるんだこの人は。
「なぁシーエムジ。貴方達二人に、私から提案が──いや、作戦立案がある」
寒気が、止まらない。




