001話-02 無機思考体 -ヱレーム-
ウチらが踵を返した直後、背後で爆発音が聞こえた。
「ッ!!」
どうやらヱレームが飛びかかり、その鋭利な刃を地面に突き立てたらしい。衝撃が空気を切り裂き、直後、地面が爆散する。その着地地点は……
(ウチがいた、場所!)
爆発の振動で転がった際に後ろが見えた。ウチがいた場所に、ぽっかりと大きな穴が……
「エムジ!!」
とっさに最愛の人を探す。一緒に逃げたから直撃はしていないはず。周囲を見渡すと部屋の隅に瓦礫の山と共に倒れるエムジを見つけた。
「くそ!」
立ち上がって助けに行こうとするも、足場が悪くてうまく立てない。体自体は動く。幸いにも肩にかすり傷を負った程度だ。早く、エムジの安否を確認しないと。
ヱレームの刃は深々とクロムシェルに突き刺さっている。先ほどの場所から約17m。そんな距離を一気に跳躍して来た事になる。殺意の塊だ。
他のヱレームに漏れず、このヱレームも……有機生命体を、殺す者。
ジジジジジッ
ようやく起き上がるウチの足物で、ヱレームは鉄がこすれる様な金切り声を上げた。威嚇の様に聞こえるその声にウチは恐怖する。殺される。このままでは殺される。ウチも、エムジも……
「ッ!」
見る限りヱレーム──他のヱレームの名称にちなんでムシ式小型と呼称しよう──ムシ式の動きは鈍い。17mも跳躍しておいて鈍いも何も無いが、初撃からの動作が続いていない。仮想訓練で戦うヱレーム達は皆俊敏な動きをしているので、恐らくこのムシ式は調子が悪いのだろう。悠久の時を経て再起動したのだ。むしろ動く方が化け物だ。
だが、これはチャンスでもある。
(今の内にエムジを助けて逃げる!)
と、駆け出そうとしたところで──
「うがっ!」
唐突に足を引っ張られ、前方に転倒する。いったい何が……。
足元を見るとコードの様な物が絡まっていた。その先には──
「くっそ!」
ぱかりと別れたムシ式の頭部。その口元から無数の触手が伸びて、ウチを捕縛し、そして……
『Ideteted the hight-level singularity──』
先ほどまでノイズしか発さなかったムシ式から、言語の様な音声が高速で流れ始めた。
(クソが! ほどけない!!)
抵抗も空しく触手の様なコードはさらに巻き付いてくる。身動きが取れない。何をするつもりだ。
(エロ本みたいな展開になれば良いんだけど)
半ば現実逃避みたいな展開を希望してみるも、叶うはずもなく。
『An extrmination is cancelde. I Refer to registraion information of "A.M.O.S-Server". searching,……Error.Without terminal informaition relevance,A target is "illegal terminal"』
(アムオスサーバー、イリーガルターミナル……)
強調された二つの単語をとりあえず覚える。明らかにこれは言語だ。先ほどエムジがアロイジウスという名前を読めた様に、何かしら意味があるかもしれない。全文記憶する記憶力は自分には無いが、もし生き残れたなら何か役に立つ情報かもしれない。
生き残れた、なら。
『Protextion application is cancelde and an extermination is begun』
ムシ式はウチを目掛け、イソギンチャク状の口をさらに大きく開口し、超音波の様な高周波をまき散らし始めた。
(まずい!)
これは、この攻撃は知ってる! 何度か仮想訓練で見た、荷電粒子砲……人間など一撃で木っ端みじんにする砲撃だ。
(ウチは、死ぬのかな……エムジ……)
最愛の人の方を見る。また、彼を取り残してしまうのかと。……また? と、その時──
「くそッ……シーエッ!」
エムジが瓦礫の山から這い上がり、こちらに向かってくる。
「エムジ! 来るな! 荷電粒子砲だ!!」
生きていた事に安堵しつつ、彼を巻き込みたく無い一心でウチは叫ぶ。しかしエムジはウチの方に向かいながら、ムシ式の注意をそらそうと火薬式の拳銃を敵に発砲している。
だがムシ式の注意がそれる事は無く、周波数の音が限界点に達し、そして──
『ジジガッ?!』
ムシ式は顔ごと吹き飛んだ。
周囲の酸素を燃やし、赤黒い煙を立ち昇らせる。その勢いで触手が何本か千切れ飛び、ウチの体は自由になる。何が起きた? エムジの銃ごときではダメージは与えられていないはず……荷電粒子砲の不調だろうか。
「っしゃ! シーエ! 今の内に下層まで逃げるぞ!」
エムジはウチに手を伸ばし、体を起こしてくれる。そのまま一緒に走り出す二人。
「ああ! エムジは無事か?!」
「問題ねぇ!」
突然の自爆。恐らく老朽化によりどこかしらのパーツが破損していたのだろう。荷電粒子砲のエネルギーに耐え切れずに。
(運が良かっただけだ)
今、確実に死んでいた。ウチは、エムジを一人この世に残し、死んでいた。
重なるエムジの手を強く握る。生きてる。お互いにまだ、生きてる。もう二度と失ってたまるか。失わせてたまるか。
「逃げる方向の目星は付いてるか?」
弱気になる心を切り替える様に、ウチはエムジに現実的な問いをかける。
「いや全く! ともかく距離をかせぎてぇから来た道を戻ってる! つかお前こそ無いのか。しょっちゅうクロムシェル探索来てるだろ」
「この集落初めてだし……ていうかいつも一緒に来てくれてますやん! エムジだってクロムシェルのプロフェッショナルと言っても過言ではないのでせう?」
「俺はお前をどう殴るかしか考えて無かったから道全く覚えてねぇ!」
「道理で殴り方がキレッキレだと思ったよ!!」
軽口の応酬。エムジと話していると落ち着く。こんな時にも、エムジとはいつも通りでいられるんだなぁと感傷深く思ったりもする。
いっそさっきの自爆でムシ式が壊れていてくれないものか。……でもそれはあり得ない。あり得ないと知ってるからウチらは逃げてるわけで……
ジジジジジ
背後から火花が飛ぶ音が聞こえる。全力で逃げてたのに、もう追いつかれたのか。
「自己修復しやがった……」
ヱレームには自己修復機能がある。致命傷以外の破損は自身のパーツや周囲の金属で直してしまう。クロムシェルみたいに周囲が金属だらけの場所なら修理は一瞬だろう。
先ほどの自爆は致命傷足り得ない。ならいつかは追ってくると思っていたが……こんなにも早いとは。
と、ウチが焦っていたら、ふと体が持ち上がった。
「お、お姫様だっこだー!!!」
なんとエムジに担がれている。しかし胸にではなく肩に。
「現実を見ろ! 盗賊にさらわれた町娘だろうが!」
エムジにさらわれるなら町娘でも本望です。とか平常時なら言うだろうが、今はそんな余裕はない。エムジに担がれた分、二人で歩幅を合わせて走っていた時よりも速度は速くなる。しかし──
(ムシ式の方が、圧倒的に速い!)
担がれて後ろを見ているため、敵の様相がはっきりと観察できる。瓦礫を踏み潰し、通路の壁をぶち怖し、のたうち回るように爆速でクロムシェル内を駆け抜けるムシ式は、その距離を次第に詰めて来ていた。
ウチにはその姿が、とてつもない化け物に、死神に、見えた。
あと3m……敵椀部の振りかぶり一回分で追いつかれてしまう距離になる直前。
「近道するッ」
──と、エムジは来た経路とは違う、別の細道に飛び込んだ。
その結果、自己修復したとはいえ、動力系統もガタガタのムシ式はエムジの急激なガーブに対応出来ず、曲道の角に激突。
パーツを破損させながらも無理やり方向転換し、ウチらを追ってくる。
「道が変わったが大丈夫か? エムジ!」
「近道っつたろうが! さっき探索中に三階層下へ通じる排気口があったんだよ! そこに飛び込む!」
「しっかり探索してますやん!!」
「うるせぇ! ともかく逃げるが優先だ!!」
変な道に入ったらネブルに戻れなくなる可能性がある。しかし今生きるか死ぬかの瀬戸際で先の事は考えてられない。エムジの選択は恐らく最適だ。
エムジは足を止めずに上半身だけで振り返り、右腰のホルスターから長方形形状の子型電子銃を取り出した。先ほどウチを助けるために使っていた火薬式の銃とは別種、近距離で大爆発を起こす高威力の銃だ。
恐らく先ほどはウチを巻き込まないために使用しなかったのだろう。その電子銃の先端から閃光が放たれ、クロムシェルの内壁を巻き込みながらムシ式に直撃した。
『ジババッ』
銃弾はムシ式の足元に着弾。悲鳴らしき音を上げ、いくつかの脚部が粉々に吹き飛ぶ。
「ちっ、端末をはずしたか!」
小型電子銃は当たればムシ式の装甲ごと木っ端みじんにするほどの威力はあるが、精度が悪い。少しでも距離が離れていると理想とする着弾点に飛ばないのだ。かといって近いと自身も衝撃に巻き込まれる。難儀な武器ではあるが携帯出来る小型銃としては威力が破格だから文句は言えない。……普段なら。
(もっと良い銃、開発してくれよバニ様)
心の中で大好きな技術開発者へ悪態をつくも、現実が変わる訳ではない。
「今の内に逃げるぞ!」
「ああ」
担がれながらウチは見た。ものすごい勢いで修復されていくムシ式の脚を……。
* * *
しばらく逃げたろうか。先ほどの攻撃はそこそこ効いてたみたいだ。追ってくる気配は今のところ無い。このまま見失ってくれれば……。
「エムジ、疲れて無いか?」
「俺の性能なめんな。お前らといっしょにすんじゃねぇ」
「なら良かった。悪いけどウチお前よりも足遅いから、このまま運んでくれると助かる」
「ああ、まかせろ」
その代わり後方確認はしっかりしよう。
何分走っただろうか、ウチらがたどり着いた先は片面が吹き抜けの《貫通階層》になっており、遥か上と下の階層が見渡せた。落ちたらたぶん、命は無い。
しかし、その先が──
「……行き止まり……だと」
先ほどの地殻変動の影響だろうか。廃工場のダクトの様な細い通路は、崩れ落ちた天井により完全に封鎖されていた。ウチはエムジから降り、対策を協議しようとしたが──その時。
ギジジッジ
不気味な音が、上方から聞こえた。先ほどの《貫通階層》の上からムシ式の顔がのぞく。
「ッ!」
破損した脚部は火花を散らし、自らの駆動にさえ耐え切れず、内臓機構は今もなお崩れ落ちている。それでも追跡を辞めなかった全長3mの機械は、念願叶ってついにウチらを見下ろすまでに接近したのだ。
『ジジジジジイジジジ』
ムシ式は爆発した影響で半分溶けた口を360度広げ、ウチらを威嚇する。エムジの小型電子銃のリロードはまだ終わっていない。
「エムジ……」
どうする? 小型電子銃のリロードが終わるまでウチが気をそらすか? そんな事が可能なのか? あの素早さで動く相手に。でも、やらなきゃ確実に二人共死ぬ。
エムジを一人残すのだけは忍びないが、二人で死ぬよりは。最愛の人が死ぬよりは、数倍良い。また、ウチは罪を重ねる事になるけど──
「ウチが囮にっ……??!」
言い終わる前に、エムジに投げ飛ばされた。とっさにエムジを見る。振りかぶられるムシ式の凶刃。まるでそれからウチをから庇う様に……おい、だめだよ、エムジ、それは……
「うぐあっ!」
「エムジ……!!」
エムジも当然回避行動を取ったが、避けきれない。50cmの刃渡りが、ぐしゃり、と──
容赦なくエムジの腹部を貫いた。
最愛の人の、腹部を。