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ゼロマキナIF -始まらない物語-  作者: Deino
IF5話 救世主伝説
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IF5話-05 帰りを待つ人の元へ

 まずは帰る事だ。そのためには天馬を機動しないと。


 エムジの躰をかき集め、一か所にまとめる。一緒に帰ろうな、エムジ。

 たぶん、ウチの力を使えば天馬を起動できるはずだ。ダメな場合は頑張ってまたクロムシェルを下るか。食事や睡眠が必要無かった理由は単純だったなぁ。だってウチ機械だもん。


 天馬に向かおうとしてふと気が付く。そうだ、エムジのビデオレコーダー、人型に付いてたんだからこっちの躰にもあるだろう。あったこれだ。動く。折角だから録画しておこう。何かに使えるかもしれない。


 漠然とだけど、本当に漠然とだけど、ウチはウチを、救世主を使った計画の目的に、なんとなく気が付いていた。そして、それに対するウチなりの答えも。


(救世主を見つけたのにすぐに発表しない理由。わざわざ救世主を人型の躰にして、軍学徒をさせた理由。救世主にあこがれてる過去を植え付けた理由。監視用に友達を作らせた理由。エムジがもしもの時の為に天馬に乗っていた理由──)


 それらを整理すると、どうしても一つの目的へとたどり着く。とても危なく、危険な思想に。


(まぁ、帰って確認してから対策練るで良いとは思うけど)


 そのためにも映像証拠。ウチだけが使える手札として持っておこう。ウチはカメラを回し、天馬の突起物に触れる。これは無線か?


 ウチが振れると無線が起動し、ジージーと音がする。やはり、ウチには電子汚染を浄化する機能がある。

 ヱレームと電子汚染に深い関係がありそうというのはアルマで戦う街抗が身をもって経験したデータからも推測できるが、触れるだけでヱレームを停止させるウチの機能と、触れるだけで機械を停止させるヱレームの電子汚染は似ている気がした。


(反対の作用を持ったヱレームが、ウチなのか?)


 ということは、その辺に転がってるサソリ式はウチが《電子汚染》させた状態なのだろうか。通常の機械を電子汚染させるのがヱレームで、ヱレームを電子汚染させるのがウチ。ならウチが電子汚染を解除できるみたいに、他のヱレームがウチによって汚染されたヱレームに触れればまた動き出すかもしれない。帰る前にネットワーク端末を破壊しておこう。


 しかし無線には誰も出ないな。ウチが何もしゃべって無いからかもしれないけど。試しに「もしもし」と話しかけてみたら、無線の向こうから驚いた声が聞こえてくる。


『無線が、復活してる?』


「ええ。こちらは天馬上部、真屡丹研究室長はいますか?」


『何故研究室長を……? 貴方は誰?』


「詳しくは話せません。ともかく、真屡丹研究室長を。それ以上は私からは何も言えません」


 計画は秘密裏に行われていなのだろう。今はバニ様以外に知られない方が良い。

 待つこと数分。無線越しに大好きな声が響いた。……おかしいな、バニ様は計画の中心人物で、ウチの事も002とか呼んでたヤツなのに、やっぱり好きだよ。


 この愛が、偽ものじゃないといいなぁ。バニ様、ウチの事好きでいてくれてるといいなぁ。


『……シーエちゃん?』


「よくわかったね。バニ様」


『……信じてたわ。アタシ、アナタが生きてるって』


 バニ様の声はとても安心しきった声だ。本当に信じてたのだろうか? そしてその安心は、救世主という存在の無事に対する安心ではないのだろうか?


「はは……。バニ様、周囲に人は?」


『今はアタシだけ。通信も傍受されない様にしてる』


「そか」


『シーエちゃん、エムジちゃんはどう? 無事?』


「……」


『シーエちゃん? シーエちゃん、まさか』


「エムジは……ダメだった……」


『……』


 絶句している。この絶句はどんな感情なんだろう。バニ様は、エムジの事をどう思って……


『……おかしい! おかしいわ!!! 何でよ! 何でエムジちゃんが、そんな……シーエちゃん触った? エムジちゃんの事、触った??』


「うん、触ったよ。でも、ダメだったよ」


『そんな……そんな……』


 バニ様の声は涙ぐんでいた。ただの研究対象に、計画の仲間にここまで感情をむき出しにするだろうか。


「ねぇ、バニ様」


『……何?』


「エムジの事、好き?」


『……』


 バニ様は少しためて──



『大好きに決まってるじゃない!!!』



 と叫んだ。機密の通信じゃないのかよ。叫んだら誰かに聞かれるかもよ?


『大好きよ! 大好きなのよ! エムジちゃんもシーエちゃんも、大好きなの!! 何で、何でエムジちゃんが……彼はただの機械よ? 人じゃないからヱレームから狙われる事も無いはずなのに……電子汚染されてもシーエちゃんなら直せるはずなのに……』


「バニ様、ウチが電子汚染直せるって、ウチに教えちゃっていいの?」


『あ……』


 完全に取り乱してるし。まったく、子供っぽいんだから。でも、そうか。バニ様、エムジの事好きだったか。ウチの事も……


「ねぇバニ様、帰ったらさ、抱きしめてくれる?」


『……もちろんよ』


 涙をすする音が聞こえる。


『エムジちゃんも、全パーツ残さず持って帰ってきて。命に代えても修理するから』


「バニ様が死んじゃダメだよ。軽々しく命に代えてなんて言っちゃ」


(それにバニ様でも、この状態のエムジを直せるとは……)


『軽々しくない! 軽くないわ!! だってアタシ、エムジちゃんのおかげで人生が変わって……アナタ達に出会えて、こんなにも充実した日々を送れて……この四年、本当の、家族だって……』


 ううう、ううう、と。バニ様の言葉はそれ以上続かなかった。有難うバニ様。エムジの事を好きでいてくれて。ウチを好きでいてくれて。帰る理由が、ちゃんとできたよ。



 バチ、バチ



『シーエちゃん?!』


 ウチの躰から飛び出る火花の音にバニ様が反応する。


『どうしたの?!』


「ちょっとヱレームと戦って、やられちった。まぁ、今喋れてるから無事だとは思うけど」


『……! 急いで! 急いで戻りなさい!! あれ、天馬は? まだ汚染されてる?』


「あぁ、まだ無線しか触って無いから。ちょっと待ってて」


 ウチは無線から離れ、天馬の床を満遍なく触っていく。無線だけで全ての汚染が回復する事は無いみたいだ。つまりウチの汚染浄化やヱレーム停止の能力は大きさに比例する事になる。

 天馬の外周をぐるっと触った時点で、ガコンと音が鳴る。無事駆動箇所を浄化できたみたいだ。


 遠くを見ると、再び数体のサソリ式がこっちに向かって進行してきていた。ウチがいる限り、ずっと湧くのだろうか?

 ウチは無線に戻る。


「お待たせ。動かせるはずだけど、どう?」


『いけるわ! シーエちゃん今天馬の上?』


「うん」


『エムジちゃんは?』


「大丈夫」


 エムジは天馬の上で破壊されていた。恐らくアルマに出た時点で電子汚染にやられ、動けなくなったところを襲われたのだろう。

 バニ様の言う通り、エムジが襲われる理由は解らない。無線は無事だから、ヱレームに機械を壊したい欲がある様にも思わないし。


「……」


 周囲には巨大なひっかき傷の様なものが複数見られる。エムジの躰はその傷の上にいた。巨大なヱレームでもいて、潰されたのだろうか。


(エムジの最期が、どうか苦しみの無い物でありますように。どうか……)


 両手で祈ろうとして左腕が無い事を思い出す。バラバラになったエムジ。部分的にバラバラになったウチ。少しでもエムジと同じ状態になれた事が嬉しい。大切な人とウチが、同じ機械という存在であるという事実が、嬉しい。


『天馬起動確認! シーエちゃん、今登ってる最中の換装士を退避させてるから、30分位待てる?』


「たぶん大丈夫だけど……30分で全員退避出来るのか?」


『降りるだけだから、適度に壁をクッションにして落下すればすぐよ』


 化け物か……。しかし、やっぱ換装士は天馬のレールを登ってたんだな。


 起動まで30分。ウチは周囲に転がってるサソリ式のネットワーク端末をつぶして回った。左腕ごとパイルがなくなってるのでこれだけで一苦労だが、ウチが降下したあと、恐らく次は換装士が遺体の回収に来る。その際にコイツ等がまた起動してたら厄介だし、潰しておこう。ついでに今しがた到着した数匹のサソリ式を撫でて機能停止させ、その上で端末も破壊した。



『換装士の退避確認。天馬起動! シーエちゃんハッチに挟まれ無い様気を付けてね』


「おけ」



 グチャグチャになった同学年の仲間達。もう殆ど、誰が誰だか解らない。第九班もこの中にいるのだろうか。彼等の遺体の回収はウチ一人では無理だ。せめて誰だか判別出来た、玲ちゃんの顔だけでも持ち帰ろう。


 持ち上げた首は思いの外重くて、でも冷たくて。



「ウチだけ生き残って、ごめんな」


『後を追おうなんて考えちゃだめよ。あなたの帰りを待ってる娘のためにも』


 ウチの独り言は、バニ様に聞こえていたみたいだった。



   * * *



 天馬が降下し、扉が開く。六日前は逃げ出した扉が、内側から。



挿絵(By みてみん)



 ドッグに人は少なかった。バニ様が人払いしたのだろう。救世主を使った企画は恐らく機密事項。バレる人間は少ない方が良い。


 ドックにいた数少ない面々は驚愕のまなざしでウチを観察している。そりゃそうだろう。めっちゃ機械だし。しかしそんな中──



「シーエちゃん!!!」


「うお?!」


 全身に感じる柔らかい感触。嗅ぎ続けてきた独特の匂い、安心する香り……


「ミカヌー……」


「大丈夫?! 直るよね? これ、直るよね?! 真屡丹技術局長なら直せるよね?!!」


 涙声でウチを心配する親友。おいおい、そんな抱き着いたら危ないぞ? ウチいまボロボロで所々尖ってるから。でもミカヌーはそんなのお構いなしで抱き着てくる。


 あぁ、こんなの聞かなくても大丈夫だ。そしてウチは、戻ってきて良かったんだ。


「大丈夫だよ。ミカヌー」


「もぉ!! もぉ!!! 心配したんだから、心配したんだからぁ!!! シーエちゃんがいなかったら私、生きていけないんだよ!!!」


 串刺しにされたエムジを心配してる時のウチと、同じじゃないか。機械か人かなんて関係無い。愛は存在する。

 ウチが失いたくなかったみたいに、ミカヌーも失いたくなかったのだ。だからウチは生きなくてはならない。


「……そうだな。ごめん。でもそんな事言わないで、お母さんが悲しむよ」


(ウチだって、エムジがいない世界で、生きてかなきゃいけないんだから)



「シーエちゃん!!」


 もう一人、奥から飛んでくる人物が一人。兎の仮面を被った、変態技術者。


「バニ様……」


「エムジちゃんは……? ……!!」


 エムジを見て絶句するバニ様。解ってしまったのだろう。修理は出来ないと。もうエムジは戻らないと。


「……諦めない。アタシ、諦めない」


 絞り出すように呟きながら、エムジを抱きしめるバニ様。ウチはまた涙を流していた。ありがとうバニ様。エムジを好きでいてくれて、悲しんでくれて、ありがとう。


 二人を抱きしめたいな。ミカヌーとバニ様を。玲ちゃんごめん、すこし床に置かせてもらうね。


 大事に抱えていた友人の首を、出来るだけ柔らかそうな床の上に置いてウチは二人を抱きしめる。左手がないので夬衣守のアームで抱える形になるが。


「シーエちゃん……」


 バニ様も抱き返してくれる。ミカヌーはさっきからずっとウチの腰あたりに抱き着いてる。


「ねぇミカヌー。バニ様、少しだけ、少しだけ泣いていい?」


「いぃょぉ」


「当たり前……でしょ」


 二人共既に涙声だ。優しいなぁ。ネブルの人は優しい。


「うぅぅう……。うぅぅぅぅぅああああああ……エムジぃいいいいい……エムジぃぃぃ……」



 ウチの泣き声は、数分感ドッグの中に響いた。



   * * *



「よく、帰還してくれた」


 奥から御劔学長がやってくる。最初からドッグにいたのは見えていたが、ウチが一通り泣き止むまで待ってたのだろうか。しかし、学園の長だからといってウチの姿をさらしても良いのか?


「シーエちゃん安心して、景織子ちゃんもグルよ」


「あーなるほど」


 どおりで天馬でトラブルが起きた際、ウチが『ヱレームの仕業』と言ったらすぐに信じた訳だ。ウチの記憶は何故か無くなってるが、経験や感情は生きている。エピソード記憶と意味記憶だっけか? 意味記憶だけは引き継いでいる様だ。水が冷たい、お湯が熱いと知ってるように、ヱレームが何なのか、アルマが何なのか、ウチは漠然と知っている。だって救世主だし。様々な集落で戦ってたみたいだし。

 その救世主が言う『ヱレームだ』発言。無視は出来んわな。そしてそれを無視出来ないという事は、ウチが救世主と知ってるという事だ。


(エムジの十七委員会発言も、コレ関連か)


 御劔学長は「狼狽えるな。アレは真屡丹が開発した新型兵器だ。詳細は後日発表する。よって今は箝口令をしかせてもらおう」と周囲の整備士を脅している。可愛そうに。



 しかし、何をやろうとしてたんだろうな、この集団は。ウチがバニ様の新型兵器? 嘘つけ。まぁそれも──


「場所を移しましょう。まずはシーエちゃんを修理して──詳しい事情を話すわ」


 バニ様の提案で解決するのだろう。さぁ種明かしと行こうか、エムジを死に追いやった計画の。ウチに虚像の両親を植え付けた、計画の。

 ウチは胸元のダイヤを握りしめ、前を向く。ウチだけが生き残ってしまったんだ。軍学徒のみんなも、エムジも置いて、ウチだけが。ウチの役割が何なのかはまだ解らないけど、最大限ウチがやるべき事をやろう。死んで行った者達へ、穴の住人へ許しを請うためにも。エムジの死を、無駄にしないためにも。


 そうでもしないと、目標を持たないと、ウチは立ってられないから。エムジのいない世界に、立ってられないから……。





挿絵(By みてみん)




※次話以降は不定期更新になります。

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