IF5話-04 偽りの記憶
機械の身体に、ヱレームを簡単に除去できる能力。それに両親と救世主を妄信する記憶のズレ。間違い無い。ウチが、ウチが救世主だったんだ。
だとすれば心に空いた穴にも説明が付く。だって救世主はクロムシェル内の様々な集落が発見されていて……それはつまり……
「──危険。人格情報記憶領域に影響を及ぼすほどの、甚大な損傷を確認、修復作業を即時開始する」
突如聞きなれない音声が鳴り響く。この声はどこから……あぁ、ウチの首元からか。ウチの声色とはまるで別の機械音声が首から発生されている。エムジの人型外骨格と同じ様な声だな。つまりこの躰もバニ様製か?
やはりウチは機械なんだな、と、妙な安心感と共に実感を得ている折、
「がぅ?!」
またしても激しい頭痛が襲う。
『──We have established a connection.』
「……──あぐぅッ?!」
(接続を……確立しました?)
突如――、びり、っと。
聞き覚えのある謎の音声と共に、ウチの脳内に頭痛が迸る。知っている、この頭痛には既知感がある。
「ぅぐぅ……?!」
脳みそを割るような激しい頭痛だ。三度目だ。今度は何を思い出すんだウチは。
『──Welcome , Please enter a message.』
「ぅぐぐぐぉぉ………………」
ウチの頭は今まで頭痛を超える痛みに飽和し、視界が明滅する。メッセージを入力しろったって意味不明で……だめだ、意識が──
世界は引き摺り落とされるように、無音へ誘われた。
* * *
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれ?」
プリズムに発光した、静寂漂う領域の中心で、ウチは呆然と立ち尽くした。
時が止まったのかと錯覚するような停滞感でありながら、分裂を続ける細胞の如き躍動感が漂う不可思議な空間に、気づけばウチは立っていた。
停滞と躍動、物質とエネルギー。
歪でありながら整然として、無機質でありながら鮮やかな。不可思議な空間。
「えっと…………」
流石にこれは予想外過ぎる。今までの頭痛では記憶に無い想いが流れ込んできて、それがもとで性格が変わったりした程度だったが……今ウチは完全に別世界にいる。
調子はすこぶる良い。破損した体も修復されている。それに、説明のしようが無い全知全能感がみなぎっている。
「もしかして……ここが……あの世なのか?」
だとしたら、エムジに……でも、どうも違う。というか、ウチはこの空間を知っている気がする。
ウチは辺りを見合わたした。風景はよくよく観察すればクロムシェルの表層、すなわち今まで立っていたアルマに僅かに似ている。
「夢……いや」
現実味が欠如した色彩の空間において、唯一正常に起動する強化網膜の映像だけが、ギリギリでウチを現実に留まらせた。強化網膜に表示された円状の観測窓は過去見ないほど鮮明に輝いており、照準機の右下、汚染ゲージの真上には『Filamenta』と見たこともないフリップが、碧色でくっきり表示されていた。
「フィラ……メンタ……? ってなんだそれ?」
なんだそれ──じゃない。読み上げて、ウチは驚く。『Filamenta』という目にしたこともない記号列を、ともすれば絵にさえ見えかねないを記号列を、ウチは文字列だと容易く判別し、スラスラと読めてしまったのだ。そう言えば先ほどの謎の発言も意味が理解出来た。
そしてウチはこの文字列を知っている……これは、英語だ。英語が何なのかは、解らないけど。
「この空間は何だ?」
夢ではないだろう。いや、ウチは機械みたいだし、人格領域内を認識してるだけかもしれないから、機械で言う所の夢かもしれないけど……どちらにしろ、何か意味がある空間であることは確かだ。
ウチは一歩、また一歩と周囲を見回し歩き出した──ところで、ふと足元を眇める。すると10cmほどの靄の塊が浮遊している。
ウチはは徐ろに、好奇心で手を伸ばし触ってみた。
刹那、
「あぎゃっ?!」
──バギィゴ、と空間が深裂するほどの衝撃が指を襲う。
「へ?!」
『──Unjust access was detected.』
靄に指先が触れるなり、世界に轟くような音声が耳を貫く。
「不正アクセスを検出……?」
『Refer to a connected terminal.──One in the <<A.M.O.S>> server of NODNOR control, I search….. None terminal. The subject is "illegal terminal". Runs a forced exclusssssssssssssssssss――ブチッ』
(接続されている端末を参照──NODNOR制御の<A.M.O.S.>サーバ内の1つを検索すると……。端末なし。対象は「不正端末」。強制排除を実行する)
言語が理解できる。六日前にヱレームが発していたのと同じ発音の言語、英語。やはりヱレーム達は言葉を操ってる。しかし、アムオスサーバーとは、不正端末とは……ウチが不正端末?
救世主とは人間に味方するヱレームだと聞く。アムオスとやらが通常のヱレーム側の何かしらだとして、ウチが不正端末、つまり通常では無いヱレームなのだとしたら説明は付く。
と、すればこの空間は……ヱレーム同士の通信基盤か何かか? ウチもヱレームならそこにアクセス出来ても不思議じゃない。
空間に亀裂が生じるような衝撃とともに、靄が霧散した。まるでウチの手のひらに拒絶反応を起こし、強制排除されたような有り様だ。不正端末をはじき出そうと必死に抗ってる様に。
「……」
徐々に世界は規律を保てなく為ったかのように細動を始め、次第に色みも赤へと変動する。ウチの掌が、この世界を構築する何か大切な因子を破壊してしまったかのように、世界は音を建てて崩壊していき、粉のように細分化され、警告を促す赤で満たされていく。
やがて赤はウチの躰も喰らい尽くし、飲み込んでいく。
『ERROR──ERROR──』
(まるで溺れて行く様だ)
赤い情報の波は足元、腰、胸と這うように躰を上がっていき、やがて口をも犯し──頭頂までも取り込ん――
* * *
.
..
...
....
.....
......
「────ぅぇ……げほッ」
ぬるりとした液体で満たされたビーカーの中、ウチは勢い良く上体を起こした。
あ、これ、記憶だ。記憶が流れ込んでくる。感覚としては明晰夢に近い。ウチが操作できる要素は何もないが、記憶が追体験される。
思考も、当時に巻き戻る。考える力が失われていき、そのままウチは昔のウチに同期する。
「……ぅえほッ……。……はぁ……はぁ……?」
酸素で胸を膨らまし、ウチは徐々に輪郭を取り戻す視界のまま、周囲を見渡した。
(ここは……? ……?)
まず最初に──粘着質な液体がこびりつき、濡れた自分の躰を眺める。壱糸まとわぬ裸体。慎ましやかな小さい胸に華奢な腕は、おそらく16~17歳くらいの女性のものだ。そうか自分は女性だったのか、と己の性別を再度理解すると同時に、まるで他人の躰を眺めているような乖離感に、名状しがたい恐怖と、僅かな欲情を覚えた。
『気分はどうかしら、識別名称──002ちゃん』
仄暗い空間に幾つもの黒鉄の機械が並ぶ部屋の中央に、男性が一人座っていた。
『貴方よ、たった今お目覚めのお姫様のあなた』
002とは──会話の脈絡的に、己の名前だと瞬時に理解する。しかし実感が伴わない。まるで物語の登場人物の名前を連呼されているような気分だ。
「……ぁぅ……ぇ」
脳みそが未だ混乱しているためだろうか、喋ろうにも嗚咽を零すような情けない声しか出ない。喋りたいことも聞きたいことも沢山あるのに、ありすぎてアウトプットが追いつかずオーバーヒートしているみたいだ。
「おい、本当に初期化は成功したんだろうな? 言語野に障害が出ているように見えるが……まさか失敗したんじゃ」
『大丈夫よ。この私に不備があるはずないし、初期化は無事成功してるわ。有機外骨格に馴染んでる《人格情報》に、損傷もないわよ』
「なら」
『今は、初期化したばかりだから、ちょっと気がね、動転しているだけよ』
どうやらオカマ口調の方は、スピーカーを通した音声のようだ。
『けど、駆動はバッチリね。本当に人間みたいに怯えるわね』
人間、みたい?
『さてさて、002。ゆっくりでいいから、今考えてることを教えてちょうだい。例えば、あなたの目の前に座ってる男性についてとか──』
「──余計な遊びをするな」
目の前の青年は、苛立ち混じりに足を組み替えた。
『いいじゃない。ことのついででしょう? 少しくらい素の《人格情報》のサンプルデータ取ったって』
「御託はぬかすな真屡丹」
『御託を抜かさなきゃ、学者はなにをすればいいのかしら?』
「黙れ。真屡丹──それにお前は技術者だろ」
『優れた技術者は魔法使いなの、魔法はよろずの学を網羅するわ』
「……なぁ。早く、記憶領域を構築してやれ。急がねぇと本当にぶっ飛ばすぞ」
『はいはい、もー怖いんだからー』
突如、青年は立ち上がり、ずかずかとウチへと歩み寄った。もともと気が動転しているのもあり、見ず知らずの青年が迫り来る姿に、ウチは「ひぅ」と情けない声を上げ、ビーカーの中で身を強張らせ後ずさりしてしまう。
しかし、後ずさりは途中で阻まれた。よくよく観察すれば脇腹や背筋、頭蓋骨など身体の至る部分にコードが接続されており、身動きを制限するのだ。
「ふん、おてんばは変わらねぇな」
「ひ……」
それでも青年は軋む駆動音をたて、端正な長い指を、ウチの顎に這わした。余りの恐怖にビーカーの中で上体を崩し、ケーブルの角で頬を軽く切ってしまった。たらり、と血が流れる。赤い血が。
「まったく……いつも寝坊がすぎんだよ──」
気にせず青年は続ける。
「──お前はよ」
青年の指は冷たくて、けれどもとても──懐かしい気がした。
『さてっと。じゃあ《仮想記憶領域》構築と、読み込みを開始するわ』
「ぁ゛──」
直後、海老反るように少女は跳ね、ビーカ内の液体を揺らした。繋がれたコードより電気信号が発せられ、ウチの意識は混濁に沈み、現実と夢と過去と未来が綯い交ぜになっていく。
「ぁぁぁぁぁぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁぁぁぁ」
ウチはバイブレーションが机を揺らすような唸り声を断続的に上げ続ける。続くこと三分弱、スピーカーより『完璧ね』と声が漏れると同時にウチも唸るのを辞めた。糸が切れたように呆然とするウチを青年は眺める。
「準備は本当に、大丈夫なのか?」
『ええ、軍学徒の席も《シーエ・エレメチア》って名前で、架空だけれど開けさせてあるから。入学式からまだ二週間、皆顔なんて覚えちゃいないわ』
「なぁ……蒸し返すようで悪いが、入学式当日から、ちゃんと通わせたほうが良かったんじゃねぇか?」
『ダメよ、もう議論し尽くしたでしょう? 《監視者》と仲良くなれなかったら面倒だから、必要なプロセスを詰め込んだうえで、且つ最大限手前の時間軸から──事実を創ってからの開始にするって』
「だな……。《監視者》のほうの準備は平気なのか?」
『契約した役者はもう外に待機させてあるから、この部屋を出れば、自動的に仮想記憶領域のラーニングが始まるように設定してるわ』
「しっかし、よくもまぁ、《監視者》なんて引き受けてくれる奴がいたな」
『満期終了で栄誉職の確約を条件に、取引をしただけよ。その子にとってもメリットしかないもの──っと、はい終了。さぁ、早く準備しちゃいましょ』
肯定の意を示した青年は、ビーカから裸のウチを抱えるように引き釣りだし、ホースで隅々まで水洗いしてのち、身体を拭った。優しく、丁寧に。水滴を拭い終えるや、直ぐ様用意しておいた服装に着替えさせ、意識を失った状態のウチを、自動ドアの向こうへと放り出投げた。
「じゃあな」
ドアを出ると──そこは銀色の塗装が為された小狭い廊下だった。
ウチは廊下に出るなりスイッチが入ったように立ち上がり、左右を見渡す。
「──わわわ、いたいたシーエちゃん!」
廊下の向こうから──褐色肌の少女が、驚き顔混じりに駆け寄ってきた。
「──……ん」
するや、シーエと呼ばれた機械──ウチの瞳にも色が戻る。
「おぉミカヌー!」
初めて出会ったであろう褐色の娘に対し、ウチはまるで今さっきあったかのような気軽さで両手を広げた。
「ミカヌーも学食いくとこー? ウチさ、午前中のカソセンの実技でめっちゃ疲れちゃって、もう腹ペコのすけだぜー」
「え、あうん、だよねー……」
褐色娘は笑顔を振りまいた。
まるで役者のように──たどたどしい、作られた笑顔で。
......
.....
....
...
..
.
* * *
目が覚めると空が見えた。アルマの空だ。綺麗だ。今日初めて見るはずなのに、とても懐かしく感じる。帰ってきたと思える。
「エムジ……」
夢の中で彼の声を聞いた。もう聞けないと思っていた声を。あの夢、ウチの記憶、何かしらの計画が動いていたのだろう。ウチを、救世主を中心とした計画が。
エムジも、ミカヌーも、その協力者。でも
「エムジの手、優しかったな」
怯えるウチを触る手、優しさに満ち溢れてて……どんな計画なのか、エムジ達の立ち位置が何なのかは解らないけど、彼がウチを心配してた事は紛れもない事実だ。
ウチは立ち上がり、エムジの元に向かう。
「ミカヌー」
彼女に関しては解らない。バニ様も。ウチとの関係はただの計画の協力者なのか、はたまた本当に、親友や家族と呼べる仲なのか。
「父さん、母さん……」
記憶は恐らく偽ものだろう。もう二度と、両親には会えないのだろうか。存在すらしてなかったら、あの世でも会う事すら出来ない。だって、ウチは機械だから。記憶は偽もので、ウチに魂があるかも不明で。
機械は成長しない。あの記憶からも察せるに、ウチが起動したのは軍学徒生活が始まった直後。今から一年程前だろう。それまでの出来事は全て嘘だ。会話から考察するにバニ様に植え付けられた記憶。そりゃ探索委員会の祖語が出る訳だ。
ただ、あの記憶がウチの初回起動ではない。
自分は機械。恐らく悠久文献に出てくる救世主。根拠は、ヱレームとの戦い方を熟知した身体と、毒と、植え付けられた記憶。軍学徒が皆失笑する救世主という存在に魅了されていたという設定の記憶。意味が無ければそんな記憶植えるはずがない。救世主に会えると妄信的に信じてたのも、恐らくは何かのフラグなのだろう。
だから、ウチは救世主。人の心を持ったヱレームで、人と共に戦う起死回生の矢。
その上で悠久文献に載っている記述……悠久文献はでっち上げの存在では無く実在している。それが示す救世主の記述はウチの事。
つまり、ウチはあの起動の前まで、いくつもの集落で人と共に戦ったのだ。そこの人々を救おうと奮闘して。
そしてその結果──多くの人と別れた。失った。おそらく、そうだろう。
頭痛後に入ってきた謎の感情。ウチはどの集落でも誰かを好きになり、守ろうとして、失敗して、でもまた出会ってを繰り返し、そして、ネブルにたどり着いた。たぶんそうだ。経緯は不明だが、たぶん。
思い出したい、忘れてはいけない人達の記憶が、沢山あった気がするんだ。
もう、名前も、顔も、声も、何も思い出せないけど。
でも穴が、無数の穴が、ウチの心に空いているのだけは解る。これだけが、彼らが、彼女らが、いた証明。
何でウチには記憶が無いのだろうか。大切な人達の記憶が。
バニ様に聞けば解るかな? 思い……出せるかな? この感情の出所を。大好きだった人達の事を。
思考が切り替わった理由も少し解る。頭痛のタイミングでウチは少し思い出したのだ。彼らの事を。失った感情を。恐らく、頭痛前のシーエ・エレメチアの人格、あれはウチの元の人格だ。
破天荒で向こう見ずで、前ばかり向いてる希望に満ちた人格。喪失の記憶を無くし、ベースの人格が出現していたのだろう。そこに、記憶……いや感情か? 長い戦いで擦り切れたウチの悲しみが流れ込んだ。その結果、今の人格が形成された。ヱレームによって大切な人々を奪われ続けた、悲しみと恐怖が。
恐らく悠久文献に出てくるウチは、今に似た人格を持っていたはずだ。失い、失い、失い……どんどん臆病に、保守的に、やるべき事をやるように……。最悪の未来を回避するために、頭をフル回転させて。
しかしウチの力は何だろうか。ウチにはヱレームを止める何らかの力がある。毒みたいな。
クロムシェルで出会ったヱレームはウチに触れても止まらなかったから、頭痛の度に力が増した? それとも図体のデカさに比例する?
ウチを利用した何らかの計画を、バニ様は考えていた。エムジもミカヌーもその一員。しかしミカヌーはわかるとして、エムジの立ち位置は何だ? ウチと同じ思考する機械。でもヱレームに電子汚染されていた。ウチはサソリ式にこれだけ穴だらけにされても汚染されない。
ウチが特別なのか。エムジの電子汚染を回復させたのもウチの力か? 今はもう、触ってもエムジは直らないけども……。
ああそういえばミカヌーがエムジを人として扱ってたのも、バニ様とウチの癒着を疑問に思わなかったのも納得だ。グルだもんな。
しかしエムジを人と扱うあたり、機械を人と扱うあたり、ウチに情が沸いている可能性はある。帰らないと。帰ってあげないと。
……
ウチは、ウチは救世主。ヱレームを倒す、起死回生の矢。なら、ならさ……
エムジの元に向かいながら周囲を見渡す。死体、死体、死体。仲の良かった軍学徒も複数いる。もう、彼らが喋る事は無い。彼らが起き上がる事は無い。彼らの帰りを待つ家族や友人が、彼らを抱きしめる事は、叶わない。
ウチは救世主だったんだ。ヱレームを簡単に撃破出来た。だったら、だったらさ? ウチが天馬に乗ってれば、皆を、エムジを、救う事が……出来た?
ウチ一人いても変わらないと思ってた。でもそうじゃなかったら? ウチがいる事で、この場が好転したのだとしたら?
ウチは、重大な、選択、ミスを……
あの日に戻れたら、ウチが天馬に乗っていたら、世界は変わったのだろうか。過ぎた過去を考えても取り返しは付かないのだろう。でも。でも。でも……
時間を巻き戻せるなら、ここではない違う世界線へ行けたのなら、ウチはエムジを失わずに済んだのだろうか。
「エムジ……」
エムジの元につく。再び躰を触ってみるものの、何の反応もない。電子汚染は取り除けていると思うんだけど……人格情報保存領域の破損は、救世主でも直せないのか。
そうか。ウチには力があるのに、こんなにも無力なんだな。
(知ってたよ……)
ずっとずっと、ウチは無力だった。ヱレームに対処できるだけの存在。そんなちっぽけな存在。
大切な人を守ることが出来ない。いつだって、命は手のひらから零れ落ちてしまう。ウチは、誰一人守れない。守れない。
思い出に縋り、過去に縋り、心をすり減らしながらここまで来たんだ。今ではその思い出すらも、無くなって。
いつか、エムジを忘れてしまうのだろうか。穴の住人みたいに、エムジを記憶ごと失ってしまうのだろうか。ただの穴の一つに、エムジがなってしまうのだろうか。
嫌だな、それは、嫌だな。ずっと、ずっと覚えていたいよ、エムジ。ずっとずっと、一緒にいたいよ。
「一緒に帰ろう。エムジ」
ウチはエムジの頭を拾い上げる。
「機械はあの世に行けるのかな? また、エムジに会えるかな」
頭痛後のウチはあの世を意識する様になった。穴の住人達との再開を、そこに夢見てるのだろう。あるかどうかも解らない、不確定な希望だけど、そこに縋るくらいしか、ウチを動かす原動力は無くて。
ミカヌーが本当に親友だったら、彼女が老いて死ぬタイミングで、ウチも死のうか。そしたら、エムジにまた会えるかもしれない。忘れてしまった人達を、穴の住人を思い出せるかな?
……両親には、もう会えないのかな? 偽の記憶だとしても、植え付けられたものだとしても、ウチが両親を愛している事実は消えず……
「会いたいよ。お父さん、お母さん……」
ダイヤに話しかける。偽の記憶と知っていても、それを取り除くことは出来ない。存在すらしていなかった両親。でもその穴だけはウチの中に確かに刻まれていて。
綺麗な輝きを発する宝石は、胸元で空しく光っていた。アルマの太陽光に照らされて、綺麗に、綺麗に──
記憶は消えても感情は消えない──脳仕掛けの楽園でのテーマの一つであり、Deino版シーエの特徴でもあります。
頭痛の度に消えていた過去を、感情を思い出したのがIF√のシーエです。ゼロマキナ正史において彼女の戦いの歴史は存在しており、そこでのシーエはゼロマキナ序盤、偽りの記憶を植え付けられたシーエとは真逆の、本家に近い性格でした。
人も機械も、人格を持つ者は経験によってその人格を構築していく。ゼロマキナシーエが001話と010話で覚悟が違う様に、元はお気楽だった彼女は、長い戦いの中で擦れて、擦れて、擦れて行ったのでしょう。
その想いだけが頭痛で流入したら、というのがこのゼロマキナIFの核であり、『こうなっても不思議じゃなかったゼロマキナ』なのです。
アルマを目指す上で成長して行った正史シーエ・エレメチアと違い、スタートから擦り切れていたIFシーエ・エレメチア。彼女が起こす今後の行動をお楽しみに。
※途中のミカイヌのイラストは字消さん画




