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ゼロマキナIF -始まらない物語-  作者: Deino
IF5話 救世主伝説
25/48

IF5話-03 救世主は……

 転がるエムジに触れる。


「エムジ……」


 頭を拾い上げる。これ以上壊れない様に、大事に、大事に。でも、うんともすんとも言わない。1ヶ月前、エムジに振れた時は電子汚染が消えたのに。今は何も……


 電子汚染、どころの騒ぎではない。エムジの躰は見るも無残に引きちぎられ、パーツが散乱している。ヱレームの攻撃を受けたのだろう。だって、ウチらはいつも目の敵にされてたから……

 人格情報保存領域はどこだろうか? そこさえ無事なら修理可能なはずなんだ。



 だから、探さないと、いけないのに……



「う……うぅ……」


 探す必要が無いほどに穴だらけにされたエムジの躰。ウチだって軍学徒だったんだ。機械の事はある程度解る。特にウチは救世主にあこがれを抱いてたから、座学の中でもヱレームについてだけは詳しかった。

 だからこそ、よけいに解ってしまう。


 もう、希望が無いのだと。

 エムジはもう、壊れてしまったのだと。


 ここでお別れなのか。こないだの夜の会話が最後なのか。もう二度と、お話しできないのか。エムジの声は聴けないのか。エムジの温もりは感じられないのか。エムジの暴力を受ける事ももう、無いのか。



「エムジのM字開脚。なんちて」



 普段なら秒でぶん殴られる冗談をかますも、エムジはうんともすんとも言わない。



「ほらほらー? エムジの顔にキスしちゃいますよー。黙ってて良いんですかー?」



 鉄の顔を拾い上げ、表面に口づけをする。エムジは何も言わない。言ってくれない。離した唇を舐めたら、鉄の味と匂いがした。17年嗅ぎ続けた、大好きな匂い。エムジの匂い。大好きな匂い……。



「な、なあ、エムジ、ウチ、お前の事、大好きなんだよ……」



 ずっとずっと昔から、大好きだった。エムジさえいればよかった。エムジがいなきゃダメだった。



「大好き、大好きなんだ。ねぇ、答えてよエムジ。いつもウチが告白すると、お前は否定してくれたじゃないか……」



 どんなくだらない事を言っても、必ず反応してくれたエムジ。でも、目の前のエムジは何も言ってくれない。突っ込んでくれない。否定してくれない。



「鉄くずにならないって、言ったじゃないか……。ウチを一人にしないって、言ったじゃないかぁ……!」



 倒れ込む。エムジの身体に倒れ込む。少しでもエムジを味わいたくて。エムジと同じ気持ちになりたくて。エムジがいる場所に、一緒に横になりたくて。


 ここで死ねたら、ここで一緒になれたら良いのに。周囲には肉と機械の混合物が散乱している。ウチも同じになれたらいいのに。



「エムジ、天国は、あるのかな?」



 死者の魂は天に上ると、ネブルでは教わってきた。他の集落から発掘される情報にも、似たような宗教概念は存在する。人は死者が消滅するなんて思いたくないのだ。魂があって、いつかまた会えるって、信じたいのだ。



「エムジは、今天国にいる?」



 機械に魂はあるのだろうか? そもそも、人に魂は……。解らない。あるか無いかなんて、断言のしようもない。



「ウチはいるって、信じたいな」



 何をもって魂と言うなんて宗教ごとに違うのだ。感情を持つ機械であったエムジに魂が無いと、誰が言い切れよう。

 少なくともウチは、ウチくらいは、それを信じたって良いはずだ。エムジとの、両親との再会を、あの世に夢見たって。



「ウチもそっちに行きたいな。また、お話ししたいな。エムジに殴られたいな……」



 でもウチはまだ生きている。そしてウチにはそうなってはいけない理由がある。生きなくてはいけない、理由が……



「帰んなきゃ、いけないな」



 ミカヌーの元に、バニ様の元に。残してきた、大切は人達の元に。

 少なくともウチがいなくなったら彼らは悲しむだろう。ウチと同じこの気持ちを、彼らに味合わせてはいけない。あさましく、逃げて生き延びたウチだけど、まだウチにはやるべき事があるんだ。待ってくれてる人がいるんだ。


 だから──


「邪魔しないで、欲しいな」


 周囲には小型のヱレームが群がりつつあった。



   * * *



 サソリ式──そうネブルにて呼称されるヱレームが数機、ウチ目掛けて走ってきている。小型ヱレームの中でも特に小さいその個体は、一機一機は弱いものの群れると脅威だ。

 周囲に転がる鉄くずも、全てサソリ式のものだ。恐らく天馬はアルマに到着するとほぼ同時に、サソリ式の群れから攻撃を受けたのだろう。


「その程度で街抗換装士がやられるとも、電子汚染で天馬が止まるとも思えないけど」


 もっと、もっとヤバイ何かが起きたのだろう。サソリ式はその余波みたいなものか。一人逃げ、現場を見てないウチには何があったかなど知りようもない。その権利もない。


 ウチはエムジから離れ、軍学徒の死体が無い場所まで駆け抜ける。これ以上、エムジや仲間の遺体を荒らされたくない。

 サソリ式の数はだんだんと増えている。六日前に遭遇したヱレームよろしく、ウチを目指して集まってくる。どんだけ有機生命体を殺したいんだよお前らは。


 現在目視できる数は20機程か? 四方八方からなんとなく集まってるみたいな動きだ。元々別々の場所にいた個体が、ウチを目指し動く。しかしコイツ等にはレーダーでもあるのか? ウチがここにいると何故わかった? まぁいい、今はそんな事はどうでも。戦う事に、全神経を集中しろ。

 数はそこまで多くない。目下で転がるサソリ式の残骸は100を超えている。皆が遭遇した悪夢に比べれば、こんなもの、どうという事は無い。生き残れるかは、別問題だけど。


「訓練でも、厳しいレベルだよな」


 実践はさらに厳しいだろう。それにサソリ式の数はジワジワと増えている。20機倒せば終わりという訳でも無い。

 ウチは死ぬのだろうか? 死んでも仕方がない。皆死んだのだ。ウチだけ逃げたのだ。皆と同じ様に、ヱレームにミンチにされて死んでも、文句は言えない。でも


「ウチは……足掻くよ……」


 足元はふらふらだ。絶食不眠による体力不足もそうだが、メンタルがヤバイ。だとしても、ウチは戦闘態勢に入る。だって、死ぬ訳にはいかないから。ウチにはまだ、帰りを待ってくれてる親友と家族がいるから。



「見ててね、エムジ。ウチ、がんばるからさ」



 最愛の機械にそう告げ、ウチは武器を構える。

 20機のヱレーム相手に勝てる気はしないけど、足掻こう。足掻き切って見せよう。



   * * *



「何だ?」


 戦闘をしながら疑問がわく。無数のサソリ式に囲まれ、絶体絶命の窮地。敵の数はじわじわと増して行き、活路は見いだせない。なのに──


(身体が馬鹿みたいに動く……)


 まるでこいつらとの戦い方を体が熟知している様だ。飛び交う刃と針の雨を紙一重で交わしながら、ウチは一機、また一機とサソリ式を撃破して行く。体調不良も気にならない、スムーズな動き。


(それに不思議だ)


 敵が簡単に死に過ぎる。超振動ブレードで一撫で、パイルの先が当たっただけで次々とヱレームは機能を停止して行った。ネットワーク端末を一切破壊してないにも拘わらず。何だこの現象? しかもウチはこの現象を知っている。見たことがある。


「何でだ?」


 ともかくこの力を使えばヱレームの撃破は格段に容易になる。理屈は解らないが、何故かそれだけは解る。


(とはいえ……)


 数が多すぎる。



挿絵(By みてみん)



 このままでは確実にじり貧だ。などと考えていた矢先、予想は的中。


 グサリ


「がっ!!」


 サソリ式の尾から射出された針が、ウチの右太ももを貫通した。


「くっそがぁ!!」


 それでも無理やり夬衣守を進める。夬衣守は神経と接続したパワードスーツだ。脚の筋肉が断裂したり、切断されても動かす意思があれば夬衣守側が動いてくれる。


 無理やり夬衣守を進める事で針を抜き取り、そのまま迎撃の体制に入る。しかし妙だった。



 ウチを刺したサソリ式が止まっている。機能停止でもしたかの様に。



「ぐあ!!」


 良く解らない事態に一瞬気を取られていたら、今度は左手を持っていかれる。肘手前から先が無くなっていた。サソリ式の腕に付いた刃でやられたのだろう。尋常じゃない体調不良にみまわれてるから、痛みはさほど感じない。それより腕に付いた貴重な戦力パイルバンカーが無くなる方が問題だ。が──


(は?)



 腕を切断したと思われるサソリ式が、止まっていた。



 何だこれ? 何だこれ?

 まるで、ウチの体から、ヱレームの苦手とする毒が発せられてるような……


「うらあ!!」


 試しに夬衣守に付いている作業用アームで近くにいたサソリ式を殴打。案の定、サソリ式は機能停止した。


「……」


 今度は背中から生えた拡散銃で別のサソリ式を発砲。サソリ式は大破するものの、ネットワーク端末を破壊出来て無かったのか、動きを止めない。

 そこへ駆け付け、そのまま夬衣守の足で蹴り飛ばす。



 サソリ式は──機能停止した。



 ウチの体だけではない。夬衣守からも毒が発せられている。これは夬衣守が寄生兵器だからだろうか? ウチの体の一部と認識されている? 発射された弾丸には毒は無いみたいだし。



 似たような現象はあった。六日前のクロムシェルにて、エムジが電子汚染を浄化される事態。あれは、ウチが触ったから起きた現象なのか? 電子汚染とヱレームには深い関係があるのはクロムシェルでの騒動でも明らかだ。ウチは触れるだけで、ヱレームに何かする力があるのか。


(ともかく、これがウチの特性なら)


 生きて帰れるかもしれない。エムジのいない世界を生きていくのなんて地獄だけども、それでも、帰りたい理由がウチにはある。


「ミカヌー」


 群がるサソリ式を捌きながら、ウチは親友の名を口にする。


「ミカヌー!」


 泣くウチを抱きしめてくれたあの優しさ、ウチがエムジを追いかけて飛び出した時の悲壮感のある叫び、ウチが死ぬことでもしミカヌーが悲しむなら、ウチは帰らなければ。



「ミカヌーに同じ思いをさせるのかよ!! シーエ・エレメチア!!!!」



 両親を、エムジを失ったこの悲しみを、親友にさせてもいいのか? いいわけ無いだろ!!!!

 エムジの安否が解らないときは飛び出したさ。ウチにはどっちも選べなかったから、生きてるかもしれないなら助けなきゃって。

 でもダメだった。エムジはダメだった。悲しいけど、ダメだった。なら、ならウチは、生きてるミカヌーに会いに行くべきだろ!!!


 だが──


「うぶぅ!」


 なぎ倒すサソリ式の群れの中から、ウチに触れてない、毒に犯されてないサソリ式が現れ、その凶刃を一閃。ウチの腹はぱっくりと、斜めに二つに割れた。


(ああ……)


 吹き出る血しぶき。これは、流石に、ダメだ……。重要な内臓がいくつもやられた。ほら、血と共に零れ落ちる歯車。こんなにもポロポロ零れ落ちたら生命活動が……。……。……。……歯車?


「は?」



 腹を裂かれたのに、ウチはピンピンしていて。傷口からは火花と歯車が飛び散っていて。



(機械の……身体?)


 千切れた左腕を見る。表面の肉の様な組織の下に、金属の骨格と配線が見えた。


 ウチの動きが止まったからか、四方八方からサソリ式の針が飛んできて、ウチの身体を貫通する。しかし、ウチは死なない。傷口からは赤い液体と金属がこぼれるばかりで。


「あは」


 肺も貫通してるはずなのに、問題無く声がでる。針を刺したサソリ式も全員機能停止している。ウチは左右のホイールを逆回転させ、その場で超信地旋回。遠心力の容量で身体から動かなくなったサソリ式を弾き飛ばす。


「あはは」


 滑走し、殴り、蹴り、斬り、次々とサソリ式を撃破して行く。


「あはははははははは!!!!!」


 痛みはもうない。やられ過ぎて痛覚がマヒしたか、痛覚のセンサーが壊れたか、まぁ理由はどうでもいい。


「あはははははははははははははは!!!!!!!!!」


 最後のサソリ式を撃破し、ウチはぽつりと呟く。



「なんだ……」



 あぁ



「救世主は、ウチだったのか……」




 おびただしい機械の死骸の中、唯一活動している機械の声は、アルマの風にかき消された。



挿絵(By みてみん)



■サソリ式ヱレーム


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


デザイン:歯車ラプト 3Dモデル:Deino



■ヱレーム図鑑


挿絵(By みてみん)


イラスト:歯車ラプト


《那級租界》において最も多く遭遇するヱレームである。

基本的には群れで行動する習性をもっており、人類を認知した際は集団で覆いかぶさり、尻尾らしきユニットの先端から巨大な鉄針を射出して対象を破壊する。

換装士を志す者にとってこの小型サソリ式を一人一殺出来るか否かが、一つの初歩的なバロメーターである。



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アルマで何があったのか、それは是非販売中のゼロマキナ005話、006話をご覧ください。

吏人の、橙子の、セロルの、アラギ班の、轟鬼姉妹の雄姿を、是非その目で。

彼らがどう戦ったのか、それはゼロマキナIFにはあまり関係が無い話なので……。


本家ゼロマキナ、主人公のシーエ以外ピックアップされてる登場人物は皆有能でそれぞれに信念があり、それに殉じて逝く人物ばかりです。彼等の話を、熱い展開を、是非とも本家ゼロマキナを読んでこちらと比較してみて下さい。



そしてシーエにサソリ式が集まってきている理由、本編ゼロマキナを読み込んんだ方ならおかしいと思うはずです。

今回はヤツはいないのに。

でも実は、これで矛盾が無いのです。……何ででしょうね?


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